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2007-06-23

〔いんさいど世界〕 「闇の都市」巴里(パリ)にようこそ

 そろそろ、夏休み。バカンスは海外、行き先はパリという方も多いと思います。
 そこで今日は「花の都=パリ(巴里)」の話題を。

 日本では「花の都」と呼ばれているパリですが、世界的には「光の都(市)」と呼ばれています。「花」であれ「光」であれ、「芸術の都=パリ」にふさわしいたとえですね。

 そのパリに実は、もうひとつの「顔」(といっても、不可視の顔というか、見えない顔ですが……)がある……「花」も「光」もない、もうひとつの「顔」が……。

 みなさん、ご存知でしたか?
 わたしも昔、どこかで聞いたような気もするのですが、詳しいことは知りませんでした。パリにはほんとうに意外な、驚くべき「隠れた顔」があるのですね。

 その「もうひとつの顔」のことを、ちょっと調べてみました。リサーチの結果を報告しましょう。

 その予想外の「顔」とは、「闇の都(市)」という「側面」(というより、土台、基礎部分といった方がいいかも知れません)です。

 そう、光の届かない、花の咲かない「闇の都(市)」が、パリにはある。どこに? どのあたりに?

 地上ではなく、地下に。

 「花と光の都」の地表下になんと、巨大な「地下都市」が眠っているのだそうです。トンネルで結ばれ、ところどころに広場もある、広大な「闇の都(市)」。その名も「カタス」!

 トンネルの総延長は300キロ以上。「地図」まで発行され、週末ともなると、当局の目を盗んで、400人もの地下生活愛好家(こういうモグラのような人びとを「カタフィル」というのだそうです)が、闇のなかのハイキングを楽しんでいる、といいます。ちょっとした冒険観光の名所といったところですよね。

 この闇の地下都市の名、「カタス」ですが、「カタリエール」(石切場)と「カタコンベ」(初期のキリスト教徒が隠れていた地下の避難施設)から出た言葉のようです。

 そんな名前から分かるように、パリの地下は昔、石灰岩の石切り場でした。地表から井戸のように縦穴を掘ってゆくと、36メートルもの分厚い石灰岩の層にぶちあたります。そこから石灰石が切り出されていた。

 パリで石切りの地下作業が始まったのは、12世紀から。あのノートルダム寺院も、そんな石灰岩で建てられたものだそうです。
 その後、石の切り出しはどんどん進んで、18世紀には大規模な陥没事故も起きたそうです。

 そのとき、陥没の現場につけられた名前が「地獄通り」。いまの「サンミシェル大通り」だといいます。

 ではなぜ、パリの地下に石灰岩の層があるのか?

 それはいまから4500万年ぐらい前までは、このあたりには浅い海が広がっていた。 
 海生生物の死骸が体積し、石灰石が形成されて行った。

 そんなせいで、「パリ地下」の石灰岩は、1立方メートルあたり、300万もの海生生物の殻が含まれ、それが独特の蜂蜜色をかもし出しているのだそうです。ルーブル宮の石灰石の色合いの秘密は、ここにある、といいます。

 石切りは19世紀になる前、終わりを迎えますが、その跡はそのまま放置され(修復しようもありません)、地下生活者の住み着く「カタス」となって行きます。迷い込んだら、出てこれない、恐ろしい、闇の迷宮。

 1793年11月には、グラス谷病院の地下室から、「カタス」に入り込んで行方不明になった男が、11年後、白骨化した姿で発見されるという事件も起きているそうです。

 第2次大戦中は、ナチスドイツの占領軍を闘うレジスタンスの「地下」司令部が、デンフェール・ルシェロウ地下の「カタス」内に設置されました。

 1968年の「パリ5月革命」でも、警察に追われた学生たちが「カタス」に逃げ込み、追っ手をまいたりした。

 そんな「カタス」が、闇の観光名所になったのは、1983年に『カタフィルたちの都市』というガイド本が出てからだといいます。

 地底探検の冒険ハイキングを楽しむ場所として人気になっていたのですが、強盗やレイプ犯まで出没するようになり、現在は300箇所あるアクセス・ポイントが封鎖され、ときどき、警官隊が坑内跡のトンネルなどをパトロールするなど、取締りを強化しているそうです。

 でも、それでおめおめ退散するような「カタフィル」たちではありません。当局の監視の目をかいくぐって、今なお、もぐりこんでいる。

 当局がアクセス・ポイントを封鎖したおかげで、湿度が100%まで上がって(坑内温度は平均15度)、「快適」とはとても言えない環境になっていますが、それでも「カタフィル」たちはもぐって行く。
 なかには地下でキノコを栽培している「カタフィル」もいるそうです(キノコって光が差し込まなくても育つのでしょうか?)。
 まあ、地下水はそれなりに豊富でしょうから、都会生活の快適さを投げ打てば、けっこう生きていけそうな気もします……。

 そのパリの地下都市、「カタス」で最近、ちょっとした異変が起きているそうです。
 さきほど、当局が入口をふさいだことで湿度が100%に達しているといいましたが、おかげで手のついていない石灰岩層の侵食が進み、ひび割れが起きているのだそうです。
 
 そう、入口を開放して風通しをよくしないと、またも陥没事故が起きて、「花と光の都」に、現代の「地獄通り」が出現しかねない……。
 
 そんな危険も秘めた場所ですから、ルーブルのあとは「カタス観光」などと、パリでのバカンスを計画中の方には、「冒険心」を起こさないでいただきたいですね。

 誘われてもやめた方がいい。捕まれば罰金、です。

Posted by 大沼安史 at 11:24 午前 1.いんさいど世界 |

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