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2007-03-17

〔緊急アピール〕 悲しみを背負い また走り出した男 都知事選出馬 浅野史郎氏へのオマージュ

 都知事選に立候補した浅野史郎さんは、わたしの学校の先輩である。高校(仙台二高)の1期先輩で、高校時代の制服姿の彼を、後輩のぼくはまだ、よく覚えている。

 彼は東大法学部に進み、ひとつ年下のわたしは地元の東北大学法学部に進んだ。

 大学を出たわたしは、60年安保の新聞各社「共同宣言」(「よってきたる所以は別として」もうデモはやめよう!)に、当時、ただ1社、与しなかった「北海道新聞社」に憧れ(「道新」の須田禎一論説主幹に憧れ)、同社を受験して、北海道で記者生活を始めた。(須田さんは「朝日」の出身。上海特派員などを務め、戦後、自ら報道責任を引き受けて退社、道新に入社し、リベラルな健筆をふるった)

 浅野先輩は東大を出たあと、厚生省に入り、北海道庁に出向して福祉課長を務めた。
 当時、札幌にいたわたしは、特にこちらから挨拶する理由もなかったで、彼が同じ札幌にいることはわかっていても、会いに行かなかった。

 あれは1986年の春のことだった。わたしは当時、道新の東京支社にいて、国鉄の分割民営化を取材したあと、厚生省(厚生記者会)詰めになっていた。そこへ浅野さんが北海道から戻って来た。本省(厚生省)の障害福祉課長として。

 ある日、厚生省の広報課の若い職員が、厚生記者会(記者クラブ)のわたしのところへ、メモも持って来た。「浅野課長」のメモだった。「会いに来い」というメモだった。

 わたしは彼のメッセージを無視した。会いに行かなかった。
 なぜか?
 当時のわたしは、「エイズ問題」で責任を回避し、「血液製剤」ではなく「同性愛」が問題と言い張る「厚生省」が許せなかった。その役所のキャリア公務員である浅野さんをもまた、ついでに許せなかった。

 そんな浅野さんに対するわたしの評価が変わったのは、彼が厚生省を辞め、文字通り無手勝流で、「宮城県知事選」に立候補したときのことだった。
 厚生省の「キャリア」を投げ捨て、からだひとつで立ち向かった浅野さん。

 わたしは彼を見直したのだ。再評価したのだ。仙台二高の同窓として、ひとりの人間として、浅野さんを見くびり、密かに蔑んでいた自分自身を自己批判したのである。

 都知事選への「出馬」が取り沙汰されていたころ、わたしは「出るんじゃない」と、浅野さんを説得したい思いに駆られた。
 宮城県知事としての「重責」を終え、ようやく家族そろった平安な日々に戻れたんじゃないですか、もう務めは果たしたでしょう、と。

 しかし、浅野さんは、にもかかわらず「家族と話しあって出馬を決めた」。
 それは、なぜか?

 それは、障害者福祉を人生のテーマとする浅野さんの義侠心のせいである。正義の心のせいである。
 浅野さんは真っ直ぐな人。意気に感じ、不正義に立ち向かう人なのだ。

 彼が宮城県知事選に名乗りを上げたのは、「宮城県知事」と「仙台市長」が「汚職」で同時逮捕される、ふるさとの汚辱を見過ごすことができなかったからだ。
 だから、無手勝つ流で、無謀な立候補を企てた。

 勝てるとわかっていたから出た……というのは、後だしジャンケンのアト知恵に過ぎない。
 浅野さんは「勝てない選挙に出て、勝った」のだ。

 週刊誌に早くも「浅野バッシング」が出ていると聞いて、さっそく目を通した。
 わたしが知る「事実」とは、違ったことが出ていた。悲しくなった。県知事と政令都市市長がダブルで逮捕される土地柄で、「政官の情報公開」に挑むことがどれほど大変なことか、週刊誌の編集部は、まったく知らない(知りたくもない)様子だった。

 週刊誌の記事のなかで浅野さんは「怒っています」とだけコメントしていた。
 ネガティブ・キャンペーンに対する、彼らしい、潔い「怒りのコメント」だった。

 わたしは仙台にいたころ、浅野さんの周辺を取材して、県知事に再選された彼の悲しみを知った。その事実をわたしは結局、活字にしなかった。

 浅野さんがそれを語らない以上、わたしのようなものに語る資格はないと思い定め、記事にしなかった。彼自身の悲しみであり、人生であり、他人の口出しすることではない。

 都知事選へ、浅野さんはまたも、真剣に考えた末、出馬を決心した。
 
 その彼に、権力への欲もなければ、傲慢さのカケラもないことは、彼を知る誰もが、肯くところである。

 わたしはたまたま、「浅野」さんを、「新しい日本の首相」と想定して、『緑の日の丸』という小説を書いた。 
 「浅野」さんなら、「浅野」先輩なら、自己犠牲を乗り越え、困難な政治課題に、無私の心で立ち向かってくれると期待したからだ。

 「都知事」はある意味で、「首相」よりもストレートな力を行使できるポストである。

 わたしは「浅野都知事」に期待する。
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 もう一度、言おう。浅野さんは自らの悲しみを知るゆえ、他者の悲しみを理解できる人である。わが子に国会議員のバッヂをつけさせ、恬として恥じない、どこかの傲慢な男とは違うのだ。 
 
 わたしは東京都民ではないが、浅野さんへの支持をここに表明する。

 浅野さんよ、走れ!
 メロスのように、走り抜いてくれ!

 悲しみを糧に、怒りを胸に、「都知事選」に勝利せよ!

 

Posted by 大沼安史 at 12:05 午前 |

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