〔いんさいど世界〕 仏レジスタンスの英雄 同名の「息子」と再会 母はナチスの強制収容所で出産、父と同じ名前を名づけていた!
フランスのレジスタンス運動。ご存知ですよね。ナチス・ドイツに対する地下抵抗運動です。
第2次世界大戦が終わって……ヒトラーの支配から解放されて60年。フランスではいま、レジスタンスの英雄とその同名の息子さんの再会劇に注目が集まっています。
父親の元レジスタンスの闘士は、ロベール・ナンさん(82歳)。その「息子」のロベール・ナンさんは(62歳)。現在、DNA鑑定で最終確認中ですが、父親のロベールさんが20歳のときにもうけた子が息子のロベールさんだったわけです。
息子のロベールさんが生まれたのは1945年3月のことでした。場所は「ブッヘンヴァルト収容所」。そうナチスの悪名高き絶滅収容所が、出生地だったわけです。
生んだ女性は名前も分かっていません。ただ、ロベールさんを生んで間もなく収容所内で死亡したことはわかっています。
その女性にとって、おなかの赤ちゃんを産み落とすことは、人生の最後を賭けるにふさわしい、大事なことだったに違いありません。
男の赤ちゃんを産んだあと、彼女はどうしたか?
赤ちゃんの名前を「ロベール・ナン」と登録したのです。
勲章ももらったレジスタンスの英雄、父親のロベールさんには、こんな思い出があります。ノルマンディー上陸作戦が続いている1944年6月の終わり、ナチスの協力者たちの追っ手を逃れて、ヴッルフランシェという街の地下室の潜伏していました。ナチス軍の制服を着て逃亡を続けていたそうです。
そしてその地下室にレジスタンスの同志の長い金髪の若い女性がいた。名前はたしか、ポーレット、あるいはジョーゼット。ふたりは若い情熱をぶつけ合い、一夜をともしたのだそうです。
そして彼女は、翌朝、地下室のアジトを出ていった……。
父親のロベールさんが、彼女がナチスに捕まり、ブッヘンヴァルトへ送られて死んだと聞かされたのは、戦争が終わったあとのことでした。
息子のロベールさんは戦後、リヨンの近くに里子に出され、苦難の少年時代を過ごすことになります。
その息子のロベール・ジュニアが自分の出生の秘密を知ったのは1963年、18歳のとき。母親がレジスタンスの活動家で、自分がその母から、ブッヘンヴァルトで生まれたことを。
それから、息子ロベールの父親探しが始まるわけですが、12年後、30歳の秋(1975年10月)、父親のレジスタンス活動のことを記事で読んで、同じ名前だから、もしかしたら、叔父さんか従兄弟か、血のつながりがあるかも知れないと、手紙を書きました。
そして、ホテルで面会を約束をする。
ところがそのときの約束は、父親の到着が遅れたことで結局家、すれ違いに終わり、その数日後、息子がかけた電話も、父親の奥さんにブロックされてつながらない。
運命の神はそのとき、父と子の再会を赦さなかったのですね。
それから30年……。息子との再会を阻んだ前の奥さんと離婚した父親ロベールさんは私立探偵を頼んで、ついに東部のナンシーで清掃員として働く息子さんを探し出し、DNA鑑定に漕ぎ着けたわけです。
結果ができるのは4月初め。再婚した妻と二人の娘さんが認知に反対していて、ちょっと心配ですが、父親としては「認知」する気でいるそうです。
うまくいってくれるといいですね。
ブッヘンヴァルトで死んだお母さんも、こうなる日を夢見て、息子に地下室のアジトで一夜をともにした同志の名前をつけたんだと思います。
父親はこう言っています。「これは名誉の問題だ。わたしは常に息子を望んでいた。それが叶って素晴らしいと思っている。それが人生のとても遅い時点でのことではあっても」
父子再会の日が来ることを、祈りたいと思います。
Posted by 大沼安史 at 12:29 午後 1.いんさいど世界 | Permalink | トラックバック (0)

















