« 〔NEWS〕 寒風をついて「3・17イラク反戦」デモ 2万人がワシントンに結集 40年前のベトナム反戦マーチを再現 ペンタゴン(国防総省)に抗議 「ブッシュを戦争犯罪人として逮捕せよ」 S・シーハンさん 叫ぶ  | トップページ | 〔いんさいど世界〕 仏レジスタンスの英雄 同名の「息子」と再会 母はナチスの強制収容所で出産、父と同じ名前を名づけていた! »

2007-03-19

〔いんさいど世界〕 「イレーナのリスト」明るみに ワルシャワ・ゲットーから ユダヤ人の乳幼児2500人を救いだしたポーランド人女性 イレーナ・センドレローワさん(97歳)ノーベル平和賞候補にノミネート

 「イレーナのリスト」が明るみに!――最近、こんな驚くべきニュースが世界を駆け巡りました。あの「シンドラーのリスト」のドイツ人実業家、オスカー・シンドラー氏を同じように、ユダヤ人の子どもたちの命を救った、ポーランド人女性がいたことが、わかったでのす。

 ワルシャワの養老院で余生を送る、イレーナ・センドレローワさん(97歳)が、その人。ことしの「ノーベル平和賞」の候補にノミネートされ、彼女の命がけの救出活動が世界の人びとの知るところとなったのです。

 イレーナさんはナチス・ドイツ占領下のワルシャワで、市役所の衛生局の保健婦として働いていました。彼女の担当は、ナチスがユダヤ人らを囲い込んだ「ワルシャワ・ゲットー」。そこへ仕事で出かけるかたわら、幼い子どもや赤ちゃんを脱出させる危険な任務を果たしたのです。

 40万人のユダヤ人が家畜のように追い込まれたワルシャワ・ゲットーが設置されたのは、1940年11月のことでした。高さ3メートルの壁に囲まれたゲットー内ではチフスや結核も蔓延し、ユダヤ人家族は強制収容所行きを前に、苦難の生活を強いられていました。

 イレーナさんの手で、そんなゲットーの塀の中から救い出された幼い子どもたちは、あかちゃんを含めて2500人近く。

 そのひとり、エルズビエタさんの脱出は、こんな風だったといいます。

 エルズビエタさんは当時、生後5ヵ月の赤ちゃんでした。母親は外出の際、新生児の彼女を布袋に入れてあやしていました。あるとき、ナチスの兵士が怪しんで、布袋を銃剣で刺したそうです。エルズビエタさんは奇跡的に刃先を逃れ、助かりましたが、母親はもうゲットーにおいてはおけないと、彼女を手放すことにしました。

 そのとき、母親の願いを聞き入れ、エルズビエタさんを脱出させたのが、当時、30歳のイレーナさんでした。
 イレーナさんはエルズビエタさんを道具箱に隠し、レンガを運ぶ四輪馬車に乗せて、塀の外へ送り出しました。見つかれば死刑になる危険なことでした。

 脱出法はさまざまでした。袋に入れたり、下水本管を通したり、救急車の担架の下に隠したりもしたそうです。

 カーテンを引いた窓の外に子どもを隠し、その子のからだを必死で支えて、ゲシュタポの魔手を逃れたこともあったそうです。

 こうしてゲットーを逃れた幼い子どもたちは身元を隠して、ポーランド人の家庭に引き取られ、ポーランド人として育てられたのです。

 イレーナさんは戦争が終わって実の親子が再会できる日のために、子どもたちひとりひとりの記録をつけていました。タバコの巻紙に書き込んでいたのです。

 そんな「イレーナのリスト」は、万が一に備え、同じものがふたつ、つくられました。それぞれ別のガラスの瓶に入れられ、イレーナさんの職場の同僚の庭に埋められていたのです。

 そんな彼女がナチスのゲシュタポに捕まったのは、1943年10月のことでした。夜明けに自宅に踏み込まれ、家宅捜索の末、彼女はゲシュタポの本部に連行されたのです。

 拷問が待ち構えていました。イレーナさんは手足を折られましたが、口を割りませんでした。
 死刑を宣告された彼女は、ある日、牢屋から連れ出されました。処刑場に向かうのだと覚悟しましたが、違いました。

 イレーナさんの知らないところで救出活動が続いており、ナチスの係に米ドル札の賄賂をつかませ、監獄からの脱出に成功したのです。

 実はカトリックの信者でもあるイレーナさんは、ロンドンのポーランド亡命政府の秘密組織、「ゼゴタ」のメンバーで、人道的な立場から、この危険な救出活動に従事していたのです。

 ナチスの手を逃れた彼女はそのまま、地下に潜伏、母親の葬儀にも出ることができませんでした。

 この「ゼコタ」(架空の男性の名前です)は、カトリックの作家、ゾフィア・コザックさんと、ワンダ・クラエルスカヤ・フィリポウィッツさんという社会主義者が組織した抵抗組織で、ポーランドでも10年ほど前までは、一般には知られていませんでした。そしてイレーナさんの活動もまた、戦後、長い間、知られずにいたのです。

 イレーナさんにわが子を託したユダヤ人の家族は、ワルシャワ・ゲットーから、ナチスの絶滅収容所に送られ、ガス室に消えて行きました。「イレーナのリスト」は、親子の再会には役立ちませんでしたが、脱出した子どもたちに、親の分も生きる、それぞれの「人生」をプレゼントしたわけです。

 養老院にいるイレーナさんは拷問の後遺症で、松葉杖をついているそうです。
 その彼女が、インタビューに来た記者たちにこう言いました。「わたしは英雄ではありません。その正反対です。わたしは、どうしてもっと助けられなかったんだろうと思い、胸が痛いのです」と。

 ことしのノーベル平和賞の候補にノミネートされたイレーナさんは、高齢のため、候補指名のセレモニーに出席できず、代わりにこんなメッセージを寄せたそうです。

 「いまは亡き秘密のメッセンジャーたち全員と、わたしが助けた子どもたちひとりひとりは、この地上におけるわたしという存在の証(あかし)であります。栄誉のタイトルではありません。ホロコーストの地獄から半世紀が過ぎていますが、その妖怪はいまだ世界を覆っており、わたしたちに悲劇の忘却を許していません」

 日本にも「日本のシンドラー」と呼ばれる、杉原千畝さんというリトアニア領事の外交官(6000人に査証を発給して救った)がいますが、イレーナおばあちゃんもまた、世界の誇りです。

 イレーナ・センドレローワさん。
 2500人のユダヤの子どもたちを救ったこのポーランド人女性のことを、わたしたちもまた、わたしたちの「忘却しないリスト」に記録しなければなりません。 

 

Posted by 大沼安史 at 03:11 午後 1.いんさいど世界 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 〔いんさいど世界〕 「イレーナのリスト」明るみに ワルシャワ・ゲットーから ユダヤ人の乳幼児2500人を救いだしたポーランド人女性 イレーナ・センドレローワさん(97歳)ノーベル平和賞候補にノミネート: