〔いんさいど世界〕 「植物人間」とのコミュニケーションに成功! 医師の求めに応じて、「テニス」「部屋巡り」を「イメージ」
東北大学の川島先生が唱える「脳トレ」がブームを呼ぶなど、「脳」に対する関心がますます高まっています。
心の中枢である「脳」って、まさに「神秘」そのもの。まるで宇宙の全体が詰まっているような奥深さがあります。
ぼくなんか、よく、こどものころ(も今も)、「お前はバカだ」とか「頭が悪い」なんて言われた(ている)ものですが、「脳の神秘」を考えれば、それって「脳に失礼」ですよね。「身のほど知らず」というか、「身の脳ほど知らず」というか……。
きょうは、そんなわたしたちの「脳」に関する「常識」なり「無知」を正す、最新の「脳科学」の「発見」を紹介したいと思います。
今月8日付けの米国の科学誌、『サイエンス』に驚くべき研究結果が発表されて、世界中の関係者にショックを与えました。衝撃波が広がった。そう言っていい、と思います。
その衝撃の研究結果(日本では共同通信が記事を配信したようですが、あまり注目されなかったようです)を、英紙ガーディアンの記事を引くかたちで紹介しますと、英国のケンブリッジ大学とベルギーのリージェ大学の神経科学者チームが、「継続的植物状態(PVS)」にある女性患者に対して、ある実験を行ったところ、驚くべき「事実」が確認された――ということです。
では、その「衝撃の新事実」とは何か?
まず被験者である「PSVの女性」について申し上げますと、昨年(2005年)7月――ということは1年以上前――、交通事故に遭い、いわゆる「植物人間」になった人です。現在、「23歳」。若い女の人、なんですね。
ガーディアン紙によると、この「PVS(継続的とか遷延性植物状態、訳されてます)」って、睡眠-覚醒のサイクルを繰り返し、目を開けてもいるのですが、「完璧に反応」のない状態を指す、医学用語だそうです。
さて、この女性に対して、研究チームの脳科学者らはどんな実験を行ったかというと、「fMRI(機能的磁気共鳴画像)」という装置を使って、「話しかけ(スピーチ)」に対して反応するか、反応する場合、それはどんな反応になるのか――を確かめたそうです。
事故から5ヵ月経った時点から始まったこの実験の結果、何が確かめられたか、というと、PVSの女性が表面上、完璧に無反応なのにかかわらず、研究チームの「話しかけ」に対し、彼女の「脳」はまさに正しく反応していた!
具体的には、「テニスをしているところを想像してください」とか「自分の家(アパート)の部屋をひとつひとつ訪ねてみてください」という「話しかけ」に対して、彼女(の脳)はなんと、健康で意識のあるボランティアたちの「想像」と同じ反応をした!
研究チームの「fMRI」はその「衝撃の新事実」をハッキリ、とらえていたそうなんです。
これまでの常識を覆す、「世紀の発見」とも言える新事実!
で、なぜ、これが大変なことかというと、これって人間の「生と死」に、もろに関係することだからです。
昨年の初め、米国のフロリダ州で、テリー・シアーヴォさんというPVSの女性をめぐって、世論を2分する出来事がありましたよね。栄養・水分補給のチューブ(管)を外す・外さないで、連邦議会まで動きだす事態になった、あの事件です。
テリーさんは26歳のとき事故にあって脳に損傷を受けて植物状態に陥り、その後、15年に及ぶ計14回もの裁判ののち、フロリダの裁判所の最終決定でチューブを外され、13日後、昨年(2005年)3月31日に、41歳でお亡くなりになりました。
このテリーさんと、今回、「話しかけ」に反応した女性の状態がどこまで重なり合うかわかりませんが、かりにこの研究結果がテリーさんの裁判の最中に発表されていたら――ということは、「発見」が1年半、早かったなら――、テリーさんの運命は変わったかも知れないわけです。
テリーさんを今回の研究チームがもしも「fMRI」で「診断」していたなら、チューブを外す決断はなかったかも知れない……。
ところで、ガーディアン紙によれば、ケンブリッジ大学医学研究会認知・脳科学班などによる今回の研究結果に対しては、オックスフォード大学のポール・マシューズ教授から「患者が(実験に)協力しようとしたことを確定するものではない。刺激に対する反応は、反応の決断を示す証拠を提供するものではない」といった批判も出ており、学問的な「定説」の地位を獲得したとはいえない状況にあるようです。
つまり、これから「追試」を重ねるべき「新説」が登場した、というのが現状なわけですが、ことは人間の「生と死」に関係することだけに、ここは世界中の脳科学者たちにがんばってもらいたいところですね。
それにしても、わたしたちの「脳」って、なんと神秘的でパワフルなものなのでしょう。
植物人間化したあとも、それがたとえ「刺激に対する反応」に過ぎないにせよ、テニスのプレーを想像し、自宅の部屋を思い描くことができる、だなんて!
「脳力」という言葉に、「脳の奥底に眠る、神秘的なパワー」を加える必要がありそうです。
http://www.guardian.co.uk/print/0,,329571745-117780,00.html
http://news.goo.ne.jp/news/kyodo/kokusai/20060908/20060908a3490.html