〔コラム 机の上の空〕 陪審、ムサオイの「死刑」を拒否 アメリカ人の良心、ここに
12人のふつうのアメリカ人が、ブッシュ政権の意図を打ち砕いた。
5月3日、バージニア州アレキサンドリアの裁判所でのこと。
「9・11」のテロ容疑者のひとり、ムサオイ被告に対し、男性9人、女性3人による陪審は、「死刑」を科すことを退け、「終身刑」に処すべきとの判断を示した。
陪審の判断を伝える英紙ガーディアン(電子版、5月4日付け)の記事を読んで、ふつうのアメリカ人の冷静な判断力に敬意を表したくなった。
そこに、アメリカ人一般の良心をみる思いがした。
アメリカに来て、飛行学校で操縦訓練を受けていたフランス国籍のムサオイ被告を、ブッシュ政権は「処刑」したくて仕方なかった。
ムサオイ被告を、死刑制度のあるバージニア州の裁判所で裁こうとしたのは、そのためだった。
検察当局は政権の指示のもと、ペンシルバニアの野に墜落したハイジャック機、「93便」の操縦席の録音を公開した。「9・11」で肉親を亡くした遺族を証言席に立たせた。
それもこれも、ムサオイに死をもって罪を償わせるためだった。
ムサオイ被告も法廷で挑発的な態度をとり続けた。処刑されることを覚悟して罵声を浴びせた。
そんな被告に対して陪審は、6週間の審理を見守ったあと、7日間にわたって協議を続け、「死刑」を退けた。
被告は「9・11」当日、すでに米当局に身柄を拘束されており、同時多発テロに関与したとしても、マイナーな役割しか果さなかった、として、終身刑に「減刑」した。
「9・11」の遺族のひとりは、同紙の取材に対し、「彼は悪い男だ。しかし、アメリカはフェアな社会。陪審の判断は、たとえテロリストであっても、われわれは敬意をもって被告を遇することを示したものだ」と語った。
ブッシュ政権の狙った「裁判ショー」は、アメリカの市民たちのフェアな判断の前に潰えた。
ムサオイ被告は退廷の際、「アメリカよ、お前は負けた。勝ったのは俺だ」と叫んだというが、正確には「アメリカ政府が負けた」のであり、「勝ったのは、アメリカの市民らの良識」であるだろう。
いまから200年前、北米を歩いたフランス人のトクヴィルは、「アメリカが善きことをやめたら、アメリカでなくなる」という意味のことを言った。
2006年のアメリカは、依然として善きアメリカのままである。
そのことを証拠立てた12人の陪審らに、わたしもまた、拍手をおくることにしよう。
Posted by 大沼安史 at 11:28 午前 3.コラム机の上の空 | Permalink

















