2月22日、イラク・サマラのイスラム教シーア派の聖地、「黄金のモスク」が何者かによって破壊されました。サマラはバグダッドの北にある、スンニ派の町です。
ご存知のように、イラクは全体として、シーア派が多数派を占め、スンニは少数派なのですがバグダッドの北部、あるいは西部地区は、スンニ派が多数派を形成する地域。そうしたスンニ派支配地域のシーア派の聖地がテロ攻撃に遭ったわけです。
シーア派はその日のうちに反撃に出ました。首都バグダッドなどのスンニ派モスク168ヵ所に対して銃撃などの攻撃を加え、この日だけで両派の犠牲者は130人にも達しました。
スンニ派の宗教指導者10人が殺害され、15人が誘拐されています。
昨年12月のイラク総選挙で44議席を獲得したスンニ派の有力政党は、シーア派主導の政権協議から離脱しました。
おかげでイラク情勢は、一気に「液状化」し、すでに宗派対立の内戦状態に突入した、との見方も出ているありさまです。
慧眼で鳴る国際政治コラムニスト、ウィリアム・ファフ氏などは、この事件の前から、「終戦なき《長い戦争》」が始まっている、と指摘しています。「終わりのない長い戦争」――ということはつまり「永久戦争」ということですね。
2001年の「9・11」で蓋をあけた「テロとの戦い」は、「イラク戦争」を帰結し、それがせいぜい2、3年で終わるものかと思っていたら、とどまるところを知らずに、いまや「永久戦争」化している。とんでもないことです。
こうしたなかで米国は、米軍の撤退どころか増強を検討する事態になっています。
日本の自衛隊の撤退も、4月から始まる予定ですが、こうなると、米国からの圧力で、再派遣というか再派遣、もしくは駐留延長をせざるを得ない状況に追い込まれるかも知れません。
つまり2月22日にサマラで起きた「黄金モスク」の爆破事件は、イラクにおける政治的・社会的混乱のエピソードのひとつにとどまるものではなく、イラク戦争の「永久戦争化」を招いたものとして歴史に残る、決定的な事件だったと、とらえるべきことなのです。
こうしたことから、2月22日の事件を「イラクの9・11」ととらえるアナリストも出ています。
あのサマラの「2・22」は、ニューヨークなどで同時多発した「9・11」同様、後戻りのきかない、新たな「永久戦争」モードを生み出したという見方です。
ぼくはあの「9・11」に国際的な謀略の影を見るひとりですが、この「イラクの9・11」にも、同じような闇のようなものを感じざるを得ません。
なぜ、この時期に、誰が、サマワの「黄金モスク」を爆破したのか?
その動機と背景に、ある種のきな臭さを感じてしまうのです。
「黄金モスク」を爆破したのは、スンニ派の過激派であるとの説が一般的です。「9・11」はアルカイダの単独犯行であるとの説が有力なように。
しかし、実行犯がかりにスンニ派過激派だったとしても、国際政治はそれほど単純ではありません。
そうしたテロ集団には、さまざまな国の諜報機関が「浸透」するのが常。陰で糸を引く黒幕がいたはずです。いない、と思うわけにはいかないのが、とくに中東をめぐる国際社会のきびしい現実なのです。
そうすると、どういうことが言えるのか? 「イラクの9・11」は誰が何のために、引き起こしたものなのか?
これをわかりきったことですが、この点に関してぼくは二つの点に注目すべきだと思います。
ひとつはイラクの東、イランの動き。
もうひとつはイラクの西、パレスチナ・イスラエル情勢です。
ご存知のようにイランは「同じシーア派」をテコに、イラクの国内多数派であるシーア派主導の新政権との結びつきを強めようとしています。
パレスチナでは、対イスラエル強硬派の「ハマス」が自治政府の権力を握ろうとしている。
つまり、イラクをはさみこみかたちで、アメリカ(そしてイスラエル)によって、決定的に不利な情勢が生まれている。
これは、中東における覇権の確立をねらってイラクに侵攻したアメリカ(イスラエル)にとって、きわめて危機的な状況です。
アメリカがイランの「核施設」の攻撃に踏み切れば、この危機の構図はさらに深化することでしょう。
そうした危機的状況のエスカレートにブレーキをかけるには、何をなすべきか?
その答えのひとつとして出て来るのが、「イラクの内戦化=永久戦争化」です。
イランと手を結びかねないイラク国内シーア派の力を殺ぐために、スンニ派による対シーア派テロを支援する。これはある意味で当然の戦略です。
イラク国内シーア派指導者のサドル師は、テヘラン(イラン)やアンマン(ヨルダン)で、米軍による対イラン攻撃があった場合、イスラム世界を挙げて「聖戦」に立ち上げるべきだと呼びかけています。
アメリカ(イスラエル)がもっとも恐れているのは、スンニ派とシーア派が団結した、アメリカ(イスラエル)に対する、「全イスラム・インティファーダ」あるいは「全中東ジハード」でしょう。
それをイスラム内の宗派抗争で自壊に追い込む。イラクを内戦の坩堝を化し、パレスチナ・イスラエルに対する脅威の水位を低下させる。
サマラの「黄金モスク」爆破は、そのような狙いのもとに実行された……それが「イラク9・11」説の見方です。
米国の敏腕ジャーナリスト、セイモア・ハーシュ氏によると、イラクでの核施設周辺ではアメリカの工作員が大気中の放射性物質の観測を続けているそうです。
この大気中の放射性物質の観測は、米国国内のモスクに対して行われていることが最近、暴露され、問題になっています。
米軍によるイラン攻撃は、まさに秒読み状態。
2006年の世界もまた、「イラン危機」という時限爆弾を抱えながら、キナ臭さに包まれています。