〔教育改革情報コラム 夢の一枝 ①〕 「ギャップ年」の勧め、「予約入学」の提案
「ギャップ年(gap year)」。
そういう英語があることを、最近のワシントン・ポスト紙で知った。
10月11日付けの同紙の記事、「大学への道で、ドトールするティーン(10代)らが増えている」で教えてもらった。
大学に行く途中、全国チェーンの、あのコーヒー店に毎日、立ち寄る、それが「ギャップ年」の意味ではない。
高校卒業後、大学生活をそのまま始めるのではなく、1年間のドトール(detour)、つまり「寄り道」をする。それが、「ギャップ年」だ。
ギャップとはもちろん、有名衣料チェーンの店の名でもあるが、「溝」といった意味を持つ、これまた英語である。
日本語にもなっている。「彼とわたし、考え方にギャップがありすぎるのよね」の、あの「ギャップ」。
ポスト紙によれば、アメリカでも日本同様、「学習」一筋、わき目もふらず、ひた走り、大学に合格したのはよいが、そこで燃え尽き、目的を見失ってしまう若者が増えている。
そんななかで、かの地では、そんな大学生にはなりたくない、したくない、というまっとうな考え方が、若者の間にも、大学当局の間にも生まれ、それが「ギャップ年」を広げている、という。
具体的には、どうやって「ギャップ年」をとるのか?
大学に合格したら、1年間の休学を認めてもらう(大学の側はその申し出を認める)。そして、その1年間を好きに使って、自分を見つめ直す。
ギリシャのクレタ島で羊飼いをしたり、ロック・バンドで音楽活動をしたり、ロシアの孤児院でボランティアをしたり。
そんな経験のあと、大学生活をスタートさせる――これが「ギャップ年」、寄り道してからの再スタートである。
欧州が先進地で、とくに英国では10%以上もの大学進学者が1年間、さまざまな経験を積んでいるそう。ウイリアム王子はチリの南部でボランティア活動し、ハリー王子はアフリカなどの孤児院で働いたという。
このシステム、日本でだってできないことではないだろう。
「病気などやむをえない事情」による「休学」の制度を、拡大かつ柔軟に運用すればなんとかなるはずだ。
「予約入学」制度を新設して、入試合格者には、1年後の「入学」資格を付与するようなことも、考えられる。
大学全入時代、それくらいの柔軟さがあってしかるべきだ。学生募集のセールスポイントにもなる。
もちろんこれは、教育行政の検討課題にもなるべきことである。
「ゆとり教育」を自らつぶし、子どもたちの「夏休み」まで取り上げてしまったのだから、せめてもの罪滅ぼしに、文科省のみなさん、いかがですか?、この「ギャップ年」のアイデア。
いくらなんでも、考え方にギャップ、ないですよね?
Posted by 大沼安史 at 09:48 午前 2.教育改革情報 | Permalink
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親愛なるアッティクスへ
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