〔For the Record〕 国会議員たちの、この「軽き一票」 素晴らしき哉、われらが選良 寝返り自由な赤じゅうたん
参議院で10月14日、郵政法案が賛成多数で可決された。法案の中身も、議員の構成も変わらない。なのに、ちょっと前に「否決」したのが、今回はすんなり「可決」。これはいかなる魔術のなせるわざか。
かの日のNOは、本日のYES。これ、政治屋どもの常識なり。赤じゅうたんの上では、寝返りも変節も自由自在。いやはや、たいへんな「選良」どもを持ったものである。
かく言う小生(大沼)、何を隠そう、郵政法案への反対論者ではない。むしろ賛成派である。
目下、進行中の小泉改革なるもの、史上空前の借金超大国化したこの国の財政を、なんとか延命させようとする、ほとんど絶望的な闘いであり、その意味で、財務省主導のよる「上からの革命=構造改革」を目指す小泉内閣に、賛意と敬意と同情を表せざるを得ない立場だ。
が、そうした国家運営(行政)と国会(立法)は別物である。
国会議員は有権者たる国民の「一票」でもって選出され、国民によって直接、国会へと送り出される。内閣総理大臣はそうした国会議員による選挙で決まるもので、いわば国民の「間接投票」の結果である。
国会議員(とくに衆議院議員)とはすなわち、国民に直接、責任を持つものであるわけだ。
そういう国会議員に、ひょいひょい、立場を変えられたら、国民(有権者)はたまったものではない。なんのための「付託」か、わからなくなってしまう。
そういう、あってはならないことが、総選挙後、再び上程された「郵政法案」をめぐる衆参両議院での採決であった。
郵政法案に「反対」した議員が、ちゃっかり、「賛成」に回ったのである。
その意見180度転換の論理や如何。
衆参両院の変節者代表に登場していただこう。
衆院議員では、やはり野田聖子議員に、おでましいただかなければなるまい。
衆院本会議で賛成に回った「理由」を、聖子センセーは、こうHP上で弁明する。
「郵政改革は進めるべき。ただし、郵政民営化6法案には問題がある」という私の信念は今でも変わっていません。しかし、総選挙を挟み、法案反対の意味は全く異なるものになりました。総選挙前、本会議での反対によって法案を廃案にする可能性があったからこそ私は青票を投じ、別に提出していた対案を軸に郵政改革を進めることを目指しました。
総選挙後、状況は一変しました。与党が圧倒的多数を占める国会で、私が再び反対しても法案成立を阻止することはできません。法案に修正をかけることさえできないのが現実です。私は法案の不備を将来的に是正し、よりよい郵政改革に結びつけるにはどうしたらよいのか、支持者の考えや思いにも再び、耳を傾けさせていただきました。無論、自民党員たる議員として民主党の対案に賛同する考えはありません。自民党では今回の法案再提出にあたり、政務調査会や総務会において全会一致で了承をとりつけました。私はこれまでも党員として、党の正式決定は最大限尊重し、棄権や欠席ではなく賛意をもって従ってきました。これらあらゆる点を熟慮し、私は郵政民営化法案に賛成することを決断しました。そして、法案反対の野田だからこそ支持してくださった方々からのご批判も甘んじて受けたいと思います。
信念は変わっていない。でも、状況は変わった。だから、法案に賛成した。批判は甘んじて受ける……よくもまぁ、ぬけぬけと言えたものだ。「法案反対の野田だからこそ支持してくださった方々」の「一票の重み」をどう考えているのか?
開いた口がふさがらないが、参議院における変節漢の代表、中曽根弘文議員になると、さらに深刻である。
あの風見鶏宰相の「愚息」(康弘氏がまともな政治家、かつ父親であれば、弘文氏を愚息と表現するであろう)らしく、変わり身が速い。
弘文氏は自分のHP上で、郵政法案に「賛成」票を投じたあとも、堂々と以下の主張を展開している。
このように解散・総選挙をちらつかせ、真の議論を封殺するようなことは、「再考の府」とも言われる参議院の自由な審議権や独自性を無視し侵害するものであり、二院制を形骸化させ、議会制民主主義を崩壊に導くものであると考える。郵政法案の中身の良し悪しから離れた理由を以って結論を出させられるようでは、立法府は行政府の単なる追認機関となってしまう。
私は、国民生活と国益、そして議会政治を守り、二院制の下での参議院の使命を充分果たすことこそが重要であると考える。
ならば、どうして「反対」を撤回したのか?
最後まで、風向きが変わっても、それがたとえ逆風であっても、信念を貫くのが、空っ風・上州選出の参議院議員の姿ではないのか?
かくも軽き、議員たちの「一票」。
その「軽さ」は、国民の「一票」の重みをなめているからにほかならない。
彼(女)らはしかし、どう変節しようと、赤じゅうたんに立つ限り、責任を問われないことを知っているのだ。
議会内における政治活動の自由を保障した、国会規則を逆手にとって、清き一票を投じた国民を嘲笑する。
規則にいわく、「両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない」。
そう、たしかに、あなたがたは「院外」では責任を問われないだろう。
でも、勘違いしてもらっては困る。
わたしたちは、「院内」でのあなたたちの責任を問うているのだ。
国民の模範たるべき、政治家としての。
変節議員は、いますぐ辞表を提出すべきである。
郵政法案参院で可決・成立については ⇒
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051014-00000084-mai-pol
野田聖子議員の釈明については ⇒
http://www.noda-seiko.gr.jp/171013.html
中曽根弘文議員の言明については ⇒
Posted by 大沼安史 at 11:41 午後 | Permalink

















