〔いんさいど世界〕海抜5000メートル 「世界の屋根」をまっしぐら チベット鉄道 総延長1900キロ 開通へ
隣の巨人・中国が、現代版「万里の長城」プロジェクトとも言うべき、大事業に挑戦し、成功しつつあります。
チベットのラサへ通じる、総延長1900キロの「チベット鉄道」新設事業。
来月(10月)にレールの敷設が完了し、来年7月に試運転、再来年の夏ごろまでに営業運転を開始するスケジュールだそうです。
海抜5000メートルを超す「世界の屋根」、崑崙山地に鉄道を通す難事業。これはもう、「万里の長城」など及びもつかない、とてつもないことですね。中国はすごいことをするものです。
中国の最西部、青海省の省都、西寧(シニング)から、ゴルムドを経由して、チベット自治区の首都、ラサに通じる、この「チベット鉄道」。
うち、西寧からゴルムド間、800キロは、1984年に完成していました。西寧は、中華文明の最西端に位置する拠点都市(人口27万人)。人民解放軍の基地もある軍都で、中印紛争ではここからシッキムの前線へ、部隊が送り出されていたそうです。
この西寧ですでに、海抜2275メートル。その先のゴムルド(人口20万人)となると、さらに高地にあり、海抜2800メートル。このあたりまで鉄道を通すのは、現にもうできているわけですから、できないことではなかったわけですが、このゴルムドの先、ラサへ向かって、1100キロもの線路を延ばすことは、絶対に不可能と思われていました。
ゴムルドからラサへは、1950年代につくられた道路が走っているのですが、人民解放軍の兵士たちがこの工事に従事したとき、1キロあたり3人が命を落としたと言われています。
とんでもない難工事だったわけですね。ラサへの道は、5000メートル級の崑崙山地に分け入るルート。そういうところに、道路よりも手のかかる鉄道を敷設するなんて、ありえないことだったわけです。
そんな「無謀」な鉄道工事に中国政府が取り組み出したのは、4年前の2001年のこと。7年計画でレールを敷設する予定でしたが、これまたすごいことに予定が3年も早まり、来月(10月)に完成することになりました。
奇跡ですね、これは。線路は続くよ、ラサまでもの、この「チベット鉄道」、最も標高の高いのは、タングラ峠というところで、海抜5072メートル。
これって、ヨーロッパの最高峰、モンブランの頂上よりも、天に近い。南米ペルーのアンデス山中を走る、世界最高の「アンデス鉄道」を、200メートルも上回る高さなんだそうです。
それだけ、天に近いってことは空気が薄いってこと。で、レールの敷設作業にあたった中国の人たちは、酸素不足にあえぎながら、それでもがんばり通して、軌道を延ばしていった。たぶん、人海戦術で取り組んだのでしょうが、それにしてもすごい。
標高がこれだけ高くなると、地面は永久凍土や氷河に覆われているので、地盤は不安定。溶け出すとぬかるんで軌道を支えることができなくなるため、中国の技術者たちは地中に冷却材を注入したり、高架化することで、この問題を克服したそうです。やりましたね。
さて、気になるのは、この「チベット鉄道」をどんな列車が走るか、ということですが、カナダのボンバルディー社製のものになるそうです。361両が発注済み。
紫外線シャッタウトのパノラマ窓、個室シャワーつき、という豪華列車で、牽引するディーゼル機関車は、酸素の少ない高地、海抜4000メートル・レベルでも、時速100キロを出せる高性能機関車だそうです。
北京からだと、48時間の列車の旅。あたらしい「オリエント急行」が登場するわけですね。
将来は、ラサからさらにレールを延長し、ネパールからヒマラヤを越え、インドに向かうこともありえるわけで、こうなると「天竺鉄道」が生まれるわけですから、玄奘法師もビックリしますよね。
28のトンネル、286の橋(最長のものは全長11.7キロあるのだそうです)を、越えてはくぐりぬけ、ラサへ向かうこの「チベット鉄道」、鉄道ファンならずとも、一度は乗ってみたいところですが、歓迎する声ばかりではありません。
チベットでは昔から、中国からの独立運動が根強くあり、あのダライ・ラマも「(漢民族による)人口構成の変化を狙った政治的な動機に基づくもの」と非難しているそうです。
また、中国の物質主義がチベットの精神主義を汚染するのではないか、と心配する声もあるそうです。
実はこの「チベット鉄道」の話を、ぼくは英紙「ガーディアン」(9月20日付け)で読んで初めて知ったのですが、その記事の筆者であるジョナサン・ワッツという特派員氏が、この鉄路によって、中国の物質主義とチベットの精神主義が深く結ばれ、新しい、持続可能な文化を生んでほしい、という意味のことを書いています。
そうなれば、ほんとうにいいですね。
外のものを阻む「万里の長城」ではなく、自分にはないものを外から内へ取りいれる、摂取の回路としての「チベット鉄道」。
同化の外延的な拡大ではなく、消化によって自らを高める融合のラインとしての「チベット鉄道」――
中華の中国に、果たしてそれができますかどうか?………

















