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2005-09-23

アパルトヘイト化する公教育

 ジョナサン・コゾルが、「アメリカの恥(The Shame of the Nation:The Restoration of Apartheid Schooling in America)」という本を出した。

 そのことを、遅まきながら、米誌「エデユケーション・ウイーク(EW)」の電子版に載った、コゾルに対するインタビュー記事(9月21日付け)で知った。

 けっこうな年齢のはずなのに、へこたれずに、がんばっている………うれしくなって早速、「アマゾン」に注文を入れた。

 コゾルは20代でボストンのスラム街にある公立校で教師になり、その経験を1960年代の終わりに「子どものうちに死んでいる(Death at an Early Age)」という本にまとめて発表し、以来、反骨の教育ライターとして、活動を続けて来た。ぼくの最も尊敬する、教育改革者の一人である。

 そのコゾルにぼくはまだ、会ったことがない。一度、彼の「Free Schools」という本を翻訳しないか、という話が来たが、実現しなかった。ぼくにとってはいまなお、会ってみたい、訳してみたい人である。

 EW誌によれば、コゾルはこんどの「アメリカの恥」をまとめるにあたって、全米11州の60校に取材に入ったという。都市部の公立校の現場に立って、アパルトヘイト(人種隔離策)が事実として進む、アメリカの教育の現状を書いた。

 アメリカの公立校はいま、日本に似て(というより、その目にあまる先行事例として)「テスト、テスト」の成果主義、点数至上主義の波に呑み込まている。ブッシュ政権によるNCLB法(「一人の子どもも落ちこぼさない法」)が、全米の公立校に「標準テスト」(日本でいう学力テスト)を押し付けているせいだ。

 コゾルは、EW誌とのインタビューのなかで、このような現状を、「ノンストップ・テストという社会病理的な体制(レジーム)」と、一撃の下に批判し切る。

 「社会病理」? なるほど………このくだりを読んで、日本での「学テ」「低学力」をめぐる、あの気持ちの悪い狂騒の本質を、コゾルが抉り出してくれたような気がした。

 来日したあるミネソタのチャータースクール運動家が、ぼくらとの懇談の席で、NCLB法を、「あれは、一人の子どももテストから落ちこぼさない法だ」と皮肉っていたことも、ついでに思い出してしまった。

 コゾルはまた、アメリカの保守富裕層が、学力は金の問題じゃないといっていながら、現に私立校の高い授業料を支払って金で買っているじゃないか、という意味のことを、インタビューで語っていた。

 リッチな郊外の白と、崩壊する都市部の貧しい黒の対比。そのコントラストが、「逆コース」で強まるいまのアメリカに、「制度的な正義」はない、とコゾルは言うのである。

 しかし、この富と貧の二極化は、アメリカだけの風景ではない。アメリカの教育におけるアパルトヘイト的事態は、格差がますます開く、この日本の現実と重なることではないか。

 今日(9月23日)付けの朝日新聞に、この国の公教育の現場での、子どもたちによる対教師暴力の統計データが紹介されていた。

 小学生が先生に暴力を振るう。まさに学園、死なんとす。

 日本の学校は、自ら「学校」を名乗りながら、少なくとも「学園」――子どもたちの「学びの園」ではなくなっているのだ。

 インタビューの最後でコゾルは、こう言って、アメリカの若者たちに立ち上がるよう求める。

 「わたしは、自分たちの持つ現実を本当の名前で呼び、それを変革するために表へ出て本気になって戦う勇気を持つ、品位ある若者たちの決起をこの目で見たい」

 「学校」がもはや「学校」でなくなっているなら、そうハッキリ言い切り、新たに「学校」をつくり直す。そういう勇気は、日本のわれわれにも必要である。
 

Posted by 大沼安史 at 09:19 午前 2.教育改革情報 |

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