カーン博士をCIAが泳がせる オランダ元首相が言明
北京での6者協議で9月19日、北朝鮮が核開発を放棄する方向が生まれた。
破棄の時期など具体的なことは何一つ、決まらなかったのに、米国が譲歩し、北朝鮮の体制の「護持」を約束したことで、朝鮮半島の非核化に第一歩が印された。
米国が譲歩した背景には、イラク(アフガン)戦争の泥沼化と、ハリケーン・カトリーナによる大規模被災がある。
米軍は、同時に2つの戦争を戦う「2正面作戦」ができるはずだったが、イラク戦争のベトナム化と、強力なハリケーンの直撃によって、それが机上の作戦計画に過ぎないことが暴露された。
イラク・アフガンの「1正面」を守りきるのが精一杯で、北朝鮮とことを構える余裕のないことが、はっきり示された。
本BLOGですでに指摘した通り、今回の6者協議に合わせ、パキスタンのムシャラフ大統領は、日本の共同通信社と米紙ニューヨーク・タイムズ紙に対して、「イスラムの核の父」、カーン博士が北朝鮮にウラン遠心分離器を輸出し、核開発のお先棒をかついでいたことを明らかにした。
その一方で米国は「核先制使用」の手続き策定を進めることで、北朝鮮に対し核攻撃も辞さない強い姿勢を示したが、結局、腰砕けとなった。
米国が強硬姿勢を弱めたことは、朝鮮半島の緊張緩和にとってプラスの要素であり、歓迎したい。
そんな米国に関し、この際、一言、言っておきたいことがある。それは、北朝鮮のウラン爆弾開発に道を開いた、パキスタンのカーン博士と米国との関係である。
権威あるドイツの週刊紙、「ツァイト」によれば、オランダのルッバース元首相はことし8月9日、オランダのラジオで、1975年以降、数度にわたって、当時、オランダ国内の「ウレンコ」でウラン濃縮技術を学んでいたカーン博士の身柄を、スパイ容疑で拘束しようとしたところ、その都度、米国のCIAから圧力がかかり、みすみす見逃してしまったことを明らかにした。
CIAはカーン博士を10年もの間、オランダ国内でカーン博士の監視を続けていたが、泳がせるだけで結局、何もせず、核の拡散を許してしまった。
これはオランダ元首相の言明である。日本の報道機関には確認報道の義務があるだろう。
(大沼・「ツァイト」の記事のコピーが必要なら、電子版のプリントアウトですが提供します)
それにしても、米国のマッチ・ポンプぶりにはあきれてしまう。
「核の火遊び」を許した罪は大きい。

















