2009-12-19

〔いんさいど世界〕 コペンハーゲン不合意

 この「地球」という、かけがえのない「ECO」(住まい)をどう守るか? コペンハーゲンのCOP15が出した答えは、各国の政治リーダーたちが「政治合意」を達成できなかったことを確認し、それだけを「合意」して問題を先送りした「コペンハーゲン不合意」だった。

 英国のミルバンド環境相は会期中、COP15が実質的な議論で頓挫したら「悲劇」になり、手続き的に行き詰まったら「笑劇(ファルス)」になる、と「予言」していたが、そのふたつをあわせた「悲劇的な笑劇」に終わった。

 現代世界の、とくに先進国における政治指導者たちが、どれほど無能な、リーダーシップに欠ける存在なのか、まざまざと示した、無様な失敗興行だった。
 
 反環境派・既得利権の手先を務めて来たロビイストたちは、今頃、祝杯を挙げているだろう。「合意に至らなかったのは残念なこと」などと殊勝な顔で言いながら、内心、してやったり、とほくそ笑んでいる官僚たちもいることだろう。「京都」から「脱走」した、戦争犯罪人でもあるあの男など、テキサスの豪邸で、ザマアミロと笑い転げているかもしれない。

 地球の未来が、人類の未来がかかった「地球環境議会」であったはずなのに、過去によって既定された現状(現在)が、ケセラセラの無責任・先送りによって未来を切り崩した。
 地球環境の現状(現在)が、惨状を広げ、すでに体感できるところまで来ているにもかかわらず、目をそむけ、地球と人類の未来を守る、重大この上ない任務を怠った。

 この「なるようになれ・ケセラセラ不作為」は、われわれが今、考える以上に致命的なことかも知れない。「西暦2009年12月」の「コペンハーゲン不合意」を、未来世代が呪詛せずに思い起こすことは果たして可能か?――そんなことさえ真剣に考えなければならないほど、事態は深刻化しているかも知れない。

                @

 あの、ドリス・デイの歌の歌詞――♪未来は見るのを許されていない、とは逆に、われわれはすでに未来を見るのを許されている――いや、未来を今、もうとっくに、この目で見ている……このことに、僕が遅まきながら気づかされたのは、ネットに流れたビデオで、インドの女性活動家、ヴァンダナ・シヴァ女史のコペンハーゲンでの演説を聴いた時のことだ。

 ヴェンダナ・シヴァ女史(57歳)は、デンマークの物理学者、ニールス・ボーアのリーダシップの下、「コペンハーゲン合意(解釈)」が生まれた、あの量子力学の研究で、博士号を取得した物理学者。哲学者でもあり、インド古来のヴェーダの教えに基づく環境保護、有機農業の実践者でもある。1993年には、環境保護運動の功績を讃えられ、「もうひとつのノーベル賞」といわれる、「ライト・ライブリフッド賞」を受賞した人。

 その彼女が、こう叫んだのだ。

 私はヒマラヤから来たのです。氷河は溶けています。村々は洪水にさらされるか、干上がっているかのどちらかです。農業も崩壊しています。私の住む地域では今年、農作物の90%がダメになりました。川の70%が干上がってしまうました。地元の人々がそうしたのではありません。私の環境運動の旅は『チプコ』をともに始まりました。女たちが木を抱く運動です。今私たちは山を抱いています。そして汚染者たちにこう言っているのです。「汚染するのは止めにしなさい。あなたがたは水を盗んでいる! 食べ物を盗んでいる。私たちの雪を盗んでいる!」

 僕はヒマラヤの雪氷が溶け、鉄砲水を引き起したり、水を枯らしたりしていることを一応、知ってはいたのだが、彼女の「私たちは木を抱き、山を抱いている。私たちの雪を盗むな」の訴えを聞いて――その生身から発せられた言葉を聞いて、慄然たる思いとともに、その意味を、そしてその現実を、今頃になって、初めて理解したのだった。

 「チプコ」とはヒンドゥー語で「抱きついて離れない」の意味。インドの村の女性たちは、からだを張って木にしがみつき、森林伐採に抵抗して来たのだ。
 それと同じ気持ちで、今、ヒマラヤの山を抱いている……。

 そう訴える、COP15を失敗に終わらせようとする者たちへの彼女の怒りを、少なくとも、怒りの一部を、初めて、わがものとすることができたような気がしたのだ。

                @

 日本では、(何者かに仕組まれた?)「決まり文句」でよく「地球環境の未来を守る」と言われるが、問題は「未来」にあるのではなく、「現在」にある。守るべきは、地球環境の現在であり、かけがえのないものとして抱き締め、守らなければならないのは、消え残るヒマラヤの雪である。未来の惨状をすでに現状において見ている以上、問題を先送りすることはできない。

 COP15の場でも、この「現状」からの訴えは、利害得失ばかり気にするパワーゲームの中で、かき消されてしまった。海面上昇による水没の危機にすでにさらされている太平洋の島国、ツヴァルは、先進国、新興国の双方に抜本的な対策を求めたが、無視されてしまった。

 オバマも含め、今の世界の指導者の間に、一人の「ゴア」も見あたらない以上、政治指導者に安易な期待をかけてはならない――「コペンハーゲン不合意」は、そんな世界的な現実に対する民衆の「合意」形成を促した。

 COP15ほど、地球環境という共通の問題をめぐって世界の目が集まった国際会議はない。会場内外の動きは、ネットを通じ、リアルタイムで全世界へ伝達され、おそらくは億の単位の人々が会議の行方を注視したことだろう。

 これは空前絶後の出来事である。もしも「コペンハーゲン不合意」に「成果」というものがあるとしたなら、それは「不合意」を批判するグローバルな合意と、切迫した連帯を、図らずも生み出したことではないか?

 もうひとつ、「成果」を挙げるとするなら、(COP15の場では潰されたことだが)、「世界環境基金」の財源として「トービン税」(為替=通貨取引税)を新設して充てる構想が、国連の正式な会議の場で、とにもかくにも出された事実である。
 この案はエチオピアが示したものだが、「トービン税」は世界の貧困対策の切り札にもなり得るもので、これが「提案」された意味は大きい。

 今回のCOPは100億ドル、1000億ドルと金(ファンド)の議論も焦点のひとつになったが、この財源問題への関心を引き起したことも、「成果」に挙げることができる。  
 地球環境を守る闘いのための、グローバルな「戦費」を捻出する作業は、地球環境に対する人為的な破壊の最たるものである「戦争」の経費、すなわち軍事費の削減、振り替えの問題に、つながり得る――いや、つなげなければならないものであるからだ。

 米国の新年度の軍事費(国防予算)は実に6360億ドル。COP15でヒラリー・クリントンが示した「1000億ドル」の6倍以上にあたる。

                @

 木を、ヒマラヤを、抱き締めるように、この地球をわれわれ一人ひとりが、どうやって抱き締めるか?……その道筋を、COP15の失敗=「コペンハーゲン不合意」は、見まごうことのない、誰もが合意できる、目に見えた形で、くっきり指し示した。

 

Posted by 大沼安史 at 02:13 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-12-12

〔いんさいど世界〕  アフガンのジャンヌ・ダルク  マラライ・ジョヤさん 「花は刈れても、春の訪れは止められない」

 2003年12月、新アフガニスタン憲法を制定するために選出された代議員が集まり、カブールで国民大会議(ロヤ・ジルガ)が開かれた。

 南西部、ファラ州の難民キャンプからやって来た、若い女性代議員が、議場から叫んだ。
 マラライ・ジョヤさん(当時24歳、)が発言を求めたのだ。

 議長が「3分間」、発言を許可した。
 マラライ・ジョヤさんは言った。

 「ここにおられる皆様方の許可と、殺された殉教者たちに対する敬意をもって、私は発言したいと思います。私はこの議場にいる同胞を批判したいと思います。この国の惨状に責任のある犯罪者たちを、この国の惨状に責任のある軍閥たちを、あなた方はどうして、このロヤ・ジルカに出席させているのですか? アフガニスタンは国内、及び国際的な紛争の中心地になっています。彼らは女性を弾圧し、この国をダメにして来ました。裁判にかけられるべきです。アフガンの人々はもしからしたら彼らを許すかも知れない。しかし、歴史は彼らを許さないでしょう」」

 議長が言った。「着席しなさい。座りなさい。彼女は共通の礼儀の一線を超えた。この議会から放する。戻って来てはならない。つまみだせ。彼女はここにはふさわしくない」――

 マラライ・ジョヤさんの、歴史に残る「3分間スピーチ」である。
 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=iLC1KBrwbck

 米国から「支援」され、アフガンを支配する、軍閥・戦争犯罪者によるカブールの政権を告発する発言だった。

 それが、どれだけ勇気のいることだったか?……それはその後、彼女が5回も暗殺されかかったことからも分かる。

 「アフガンで最も勇気のある女性」――マラライ・ジョヤさんは、こう呼ばれている。地下生活を余儀なくされた彼女に刺客が放たれている。「あと何日、生きられるか、分からない毎日」(英紙インディペンデントのインタビュー)を生きて来た。

 そうしてこれまで6年間、アフガン傀儡政権の腐敗、アフガン戦争の停止を訴え続けて来た。

 いま、30歳。彼女を守る「防衛委員会」も組織されている。
 昨年(2008年)には、暗殺されたロシアの女性ジャーナリストを記念する「アンナ・ポリトコフスカヤ賞」を受賞。ことしの秋には、自らの体験を通じてアフガンの再生を訴える自伝、『私は発言する(Raising My Voice)』を出版した。

  自伝の出版プロモートで訪れたニューヨーでは、チャイナタウンにある消防署スタジオで、「デモクラシーNOW」のエイミー・グッドマンさん(キャスター)のインタビューを受けた。
 インタビュー・ビデオ デモクラシーNOW ⇒ http://www.democracynow.org/2009/10/28/a_woman_among_warlords_afghan_democracy

 こんどは(パシュトン語ではなく)「英語」での「発言」だった。(上記ビデオには英文のテキストもついているから、視聴するだけでなく、読むこともできる)

 それによると、彼女の地元のファラ州ではことし5月、150人以上の民間人が戦闘に巻き込まれ死んだそうだ。そのほとんどが婦女子。

 また、アフガン戦争が始まって8年間に、アフガン全土で殺された、罪もない民間人は8000人以上に達するそうだ。これに対して、タリバンの戦死者は200人未満に過ぎない。

 米軍は白リン弾(化学兵器、水をかけても消えない)やクラスター爆弾という非人道兵器も使用しているという。

 米国の傀儡政権は私腹を肥やすことに専念し、軍閥は跋扈、カルザイ大統領の弟は麻薬の密売元締めで巨利を手にするなど、腐敗は極限に達している……。

 このインタビューの時点(10月28日)でオバマは、アフガン増派の検討段階にあったが、マラライ・ジョヤさんは増派を見越して、こう語っていた。

 「(増派される)これら米軍兵士たちは、アメリカ政府の犠牲者です。悪しき理由――つまり戦争のため、兵士たちを送り込んでいるのです。イラク戦争は悪い戦争だけど、アフガン戦争は善い戦争だと、彼らは言っていますが、戦争は戦争です。デモクラシーも、女性の権利も、人権も、戦争によっては実現不可能です」

 You know, that as I said, these troops are the victim of the wrong policy of their government. They send them for a bad cause: for war. They say war of Afghanistan is good war, war of Iraq is bad war, while war is war and impossible to bring democracy, women rights, human rights by war. And unfortunately, Obama’s policy and Obama’s message for my people is quite similar, like his foreign policy like Bush administration. He wants to surge more troops in Afghanistan, which will bring more conflict, more war.

 こうしたマラライ・ジャヤさんの「発言」の前では、オバマ大統領のノーベル平和賞演説の「巧言令色」など、かたなしである。

 米国の世界的な言語学者で、平和運動家のノーム・チョムスキー氏(マサチューセッツ工科大学教授)は、オバマではなく、ジョアさんにノーベル平和賞を、と呼びかけていたが、ほんとうにその通りである。

 オバマはオスロでの演説で、アフガン戦争を「正義の戦争」と言った。マラライ・ジョヤさんは「戦争は戦争だ。デモクラシーを実現しない」と言った。
 どちらの「発言」が、正しき(ジャストな)ものか、すでに明らかであろう。

 オバマよ、ジョヤさんの「正義の発言」を聞いて、考え直せ!
 世界の人々はもしかしたら君に対するノーベル平和賞授賞を認めるかもしれなが、歴史は許さないだろう。

 最後に、アフガンのジャンヌ・ダルクとも言うべき、マラライ・ジョヤさんの、インディペンデント紙のインタビューに対する「発言」の続きを。

 「私は死を恐れていません。不正義を前に沈黙し続けることを恐れているのです……花を切り取ることはできるでしょう。しかし、誰も春の訪れを止めることはできません」……

 You can cut down the flower, but nothing can stop the coming of the spring.
 
    ☆ 

 インディペンデント紙 ⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/malalai-joya-the-woman-who-will-not-be-silenced-1763127.html

 http://www.independent.co.uk/news/world/asia/afghanistans-bravest-woman-brings-her-message-to-uk-1757490.html

 アンナ・ポリトコフスカヤ賞 ⇒ http://www.rawinwar.org/content/view/67/197/

 マラライ・ジョヤ防衛委員会 ⇒ http://www.malalaijoya.com/index1024.htm

 彼女に関するWiki ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Malalai_Joyahttp://www.malalaijoya.com/index1024.htm

Posted by 大沼安史 at 04:18 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-12-11

〔いんさいど世界〕 「戦争」で守る「パクス・アメリカーナ(アメリカの平和)」 オバマ最高司令官、ノーベル平和賞受賞演説 「正義の戦争」論でガンディー・キング師の「非暴力・平和運動」を北極上空の宇宙へ追放!

 「戦争が正義になる時(When war is just)」――オバマ大統領のノーベル平和賞の受賞演説に、英紙インディペンデント(電子版)がつけたタイトルである。⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/americas/when-war-is-just-ndash-by-obama-the-peace-prize-winner-1838196.html

 「正義の戦争」論をふりかざしてアフガン戦争を肯定、「パクス・アメリカーナ(アメリカの平和)」を「戦争」で守り抜く、と明確に言い切った米軍最高司令官、オバマ。

 およそ35分間続いた演説に対し、オスロの式典会場で、拍手は2度、湧いただけだった。こんなにも偽善にみちた平和賞スピーチは、かつてなかったはず。イラクやアフガンではきっと、テレビに向って靴を投げた人もいただろう。

 インディペンデント紙は、オバマ演説に、こんなサブタイトルを付けてもいた。
 「アフガンでのさらなる流血を予告( President's Nobel speech forecasts more bloodshed to come in Afghanistan)」

 オバマ自身は自分の演説に「正義としての永続する平和」とのタイトルをつけていたそうだが、「正義としての永続する戦争」とするべきではなかったか?

 ブッシュには真似できない、さすがオバマならではの修辞と弁舌でもって語り切った受賞スピーチだったが、煎じ詰めれば、ブッシュがオバマの仮面をつけて話したような中身だった。
 
  「正義の戦争 (just war)」、さらには「正義の平和(just peace)」について新たに考え直した?という、このオバマ演説は、ブッシュの代に「軍事帝国」化したアメリカによる世界支配、「現状の圧制」を正当化する、雄弁なる詭弁でしかなかった。

  「ノーベル平和賞」の授章式で、「正義の戦争」はある、とオバマは言ったのだ!

 「そう、その通り、戦争の道具には、確かに平和を維持する役割があります」 
 So yes, the instruments of war do have a role to play in preserving the peace.

 「軍事力の行使は、人道的な理由から正当化できると、私は信じています……」
   I believe that force can be justified on humanitarian grounds…… 
 ――と、まで。
 
 では、なぜ「正義の戦争」は、ある得るのか? 
 この点についてオバマは、演説でこう主張する。
 「世界には悪がたしかに存在するのです。平和を求める非暴力運動は、ヒトラーの軍隊を止めることはできなかったでしょう……」
 Evil does exist in the world. A non-violent movement could not have halted Hitler's armies.

 オバマは、一方でガンディーやマーティン・ルーサー・キング師の「非暴力主義」を高く評価するといいながら、「非暴力」ではなく、「暴力=戦争」でなければなくせない「悪」(ヒトラーの第三帝国や、軍国日本。そしてアルカイダ)がたしかに存在すると言い、だからこそ「正義の戦争」は遂行されねばならない。非暴力の平和運動では止められないものと戦うのが「正義の戦争」だ――と「戦争の論理」を展開したのだ。
 そしてその「正義の戦争」は、「自由」と「デモクラシー」に基づく「正義の平和」を実現するものでなければならない、とも。

 しかし、言わずもがなのことだが、「平和のための正義の戦争」は、「軍国日本」も〔「速(すみやか)ニ禍根ヲ芟除(さんじょ)シテ、東亜永遠ノ平和ヲ確立シ、以テ帝国ノ光栄ヲ保全セムコトヲ期ス」――太平洋戦争の開戦詔書〕も、「ヒトラー」も〔「平和を愛するものとして、私はドイツ国民のために、他の国の人々が平和を追求しなければならないと確信できるよう計算して、軍隊や弾薬を製造して来た」――1938年11月6日 ワイマール演説〕看板に掲げていたこと。

 「戦争」をするものは必ず「平和」を、「正義」を語るのである。敵を「悪」として語るのである。「戦争」こそ、世界に存在する最大の「悪」であるにもかかわらず……。

 その点では、演説に塗りたくった「修辞のドーラン」を剥がしてしまえば、何の新味もない、いつもの陳腐なものでしかないのだが、問題は先にも触れたように、オバマの演説がその気高さ、高邁なトーンを奏でるために、ガンディーやキング師の「非暴力運動」を持ち出し、「正義の戦争」の粉飾を図っていることだ。「非暴力運動」に賛同していると見せかけて、無力なものとして聖なる祭壇に祭り上げ、その高潔な光でもって「正義の戦争」を栄光化しているのである。

 ガンディー、キング師の「非暴力運動」を「理想」として「現実」から分離し、その「理想」の輝きでもって、「現実」の「悪」と戦う「正義の戦争」を、見栄えのよいもの、聞こえのよいものにしている!……

 いわんやガンディーやキング師を、遠くに輝く「北極星」にしてしまい、単なる「道徳の磁石(コンパス)」と指標として、宇宙の果てに「追放」してしまっている!……

 「ガンディーやキングによって行われた非暴力は、あらゆる状況の中で実際的・可能なものではなかったのではないでしょうか。しかし、彼らが説いた愛は――人間の進歩に対する彼らの根本的な信念は――常に私たちの旅を導く北極星でなければなりません。もし私たちがこの信念をなくせば……私たちは道徳の磁石もなくすことにあるのです」
 The non-violence practiced by men like Gandhi and King may not have been practical or possible in every circumstance, but the love that they preached -- their fundamental faith in human progress -- that must always be the North Star that guides us on our journey.For if we lose that faith …… We lose our moral compass.

 いうまでもなく、ガンディー、キング師らの「非暴力運動」は、「現実」と遊離した、単なる「理想」ではない。それは「現実」を変えてゆく、現実的な運動である。

 たしかに、オバマの言うように、「平和を求める非暴力運動」は、ヒトラーの軍隊を止めることはできなかったかも知れない。しかし、「戦争」もまた、ヒトラーの軍隊が生まれるのを止めることはできなかったのである。

 そして「戦争」は、「ヒトラーの軍隊」以外のドイツの一般人をより多く殺した。ヒトラーの軍隊が生まれるのを止めることはできたかもしれない非暴力運動の担い手である民間人まで殺してしまったのである。

 アメリカのいわゆる「全体主義学派」のイデオローグたちは、「ソ連帝国」は「戦争」で叩き潰さないと体制崩壊はありえないと断言していたものだが、「鉄のカーテン」を向こう側から溶かし、「ベルリンの壁」を突き崩したのは、東側の民衆による「非暴力運動」ではなかったか?

 演説のまとめでオバマは、キング師の「私は歴史の両義性に対する最終対応として、絶望を受け容れることを拒否する(I refuse to accept despair as the final response to the ambiguities of history. )」との言葉を引用した上で、世界に向って、最後にこう呼びかけたのだが、まさにこれこそ、キング師が拒否したものではなかったか?

 「今や、曇りのない眼で、私たちは理解することができました。戦争はこれからもあるでしょう。それでもなお、平和への希求も続くでしょう(Clear-eyed, we can understand that there will be war, and still strive for peace. )」

 ガンディーやキング師の「北極星」を「道徳の磁石」とし、「正義の平和」に向って「正義の戦争」を続けると言い放ったオバマ!

 今からでも遅くはない。ノーベル委員会は授賞を取り消し、血まみれにならないうちに「平和のメダル」を取り返すべきである。
  

 オバマ演説全文 ⇒ http://www.nytimes.com/2009/12/11/world/europe/11prexy.text.html?ref=europe&pagewanted=all

                          ☆ 

   歌ブログ 「空から歌が聴こえる」

 本日の1曲は Cantus In Memoriam Benjamin Britten

 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/2009/12/cantus-in-memor.html

 オバマ演説で汚れた心を清めてくれる!

Posted by 大沼安史 at 07:21 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2009-12-10

〔いんさいど世界〕 NO HOPEenhagen?  「ツバル案」を環境派が支持

 ナオミ・クライン氏がビデオ・インタビューに登場し、「ホープ(希望)ヘンハーゲン? ノーサンキュー」と、COP15の「コペンハーゲン合意」案を拒絶する意向を明確に示した。

 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=uLQ_1YgCe4E&feature=related

  COP15のテーブルに載っている案は馬鹿げたもので、そんなもので妥協が成立でもしたら、それで地球環境が救われるとでもいうような「幻想」が生まれ、非常に危険なことになる、というのが彼女の批判のポイントだ。

 「コペンハーゲン合意」案は、たとえば、(デンマークが米英などと秘密協議でまとめ、開幕早々、英紙ガーディアンに暴露された、いわゆる「コペンハーゲン合意」案は、新興国に対して、2012年から15年の間に)「100億ドル」を支出するとしているが、ナオミ・クライン氏は、本来「1000億ドル」の話じゃないと、これを一蹴している。

 ガーディアン紙によれば、議長国・デンマークがまとめた「コペンハーゲン合意」案は「京都議定書」を「放棄(abandan)」するもので、新興国に対し、2050年までに「国民一人当たり1.44トン」の炭素排出量制限を課すほか、新興国に対する「緑の基金」の運営を、国連本体から剥ぎ取り、世銀、及び世銀を中心とした「グローバル・環境機関(ファシリティー)」なるものに移管するなど、先進国に有利なものになっているそうだ。
 ⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/2009/dec/09/copenhagen-tuvalu-protocol-split

 環境報道で世界をリードするガーディアン紙への同案のリークは、そのあまりにヒドイ内容に危機感を募らせた関係筋が行ったものとみられるが、ニールス・ボーアゆかりの地において、「コペンハーゲン合意」(案)を名乗るとは、おこがましい限り。ナオミ・クライン氏が、コテンパーゲンに批判したのも当然のことだ。
 (「コペンハーゲン合意」とはもともと、「量子論」に関する物理学者の合意を指す。わが敬愛する理論物理学者で、米国のデモクラティック・スクール、サドベリー・バレー校の指導者であるダニエル・グルーンバーグ博士によれば、ボーアの研究所は、集まった人たちが議論し合いながら、共同作業で理論を深化させていたところだそうだ。「量子論」の「合意」は、コラボレーションから生まれたのである!)

 コペンハーゲンの会議では、このナオミ・クライン氏の批判ビデオを受けるかたちで、海面上昇で水没の現実的な脅威にさらされている、太平洋の島国、ツバルから新提案がなされた。
 ⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/2009/dec/09/copenhagen-tuvalu-protocol-split

 「京都」を死守する一方、新興国にも削減を求めるもので、アフリカの数ヵ国、グレナダなどから支持が集まったが、中国、サウジ、インドなどは反対に回り、新興国の間に亀裂が走っているという。

 コペンハーゲンに詰め掛けている世界の環境保護派は早速、「ツバル案」支持の声を上げたが、「京都」を守れ、という、同じ太平洋の島国からのアピールに対し、日本政府は聴く耳を持たないようだ。

 朝日新聞によれば、日本政府は(おそらくデンマークから、「コペンハーゲン合意」案のブリーフィングを受けて)9日までに、COP15への対処方針をほぼ固め、「京都議定書をそのまま延長する改正案が示された場合、鳩山首相が打ち出した1990年比25%削減の中期目標を改正案に書き込むことは絶対に賛成しない」(10日付朝刊)ことにした。

 それにしても、「書き込む」ことには「絶対に賛成しない」とは、なんとも奇怪な表現!
 どういう意味?
 
 鳩山首相ははすでに「25%削減」を国連演説で、以下のように、英語で明確に「国際公約」している。

 For its mid-term goal, Japan will aim to reduce its emissions by 25% by 2020, if compared to the 1990 level, consistent with what the science calls for in order to halt global warming.

 力強い、「意志」の表明。日本政府は削減を目指します!(削減します、ではないが……)

 これが政府の日本語訳になると、外務省製翻訳ソフト(?)で転換したとたんにトーンダウン、  

 新しい日本政府は、温室効果ガスの削減目標として、1990年比で言えば2020年までに25%削減を目指すという非常に高い目標を掲げました。

 ――に。

 「日本政府は……掲げました」と、まるで「他人事」のようなものに変わり、挙句の果てが、今回の「交渉方針」。

 困ったことに、朝日新聞の記事は、さらにこう続く。「政治合意文書には25%削減を書き込むことに言及していないが、目標の上乗せはしないという」。

 驚くなかれ、これ、原文のまま! 文章入力のミスではない。一体、どういう意味?……日本語??? 文章??? 新聞の載せる「記事」???

 「政治合意文書」に「25%削減」を書き込むことについては、同意するかどうか、口を噤む一方、それ以上の削減には、断固反対する、との方針を固めた。

 ――と、どうして書けないの?

 No Hope ペンハーゲン! 
 地球の未来にも、日本の新政権のリーダーシップにも、新聞の未来にも、希望、感じられないなあ~     

Posted by 大沼安史 at 06:16 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-12-06

〔いんさいど世界〕 普天間の米海兵隊は硫黄島へ出てゆけ!

 本日(6日付け)の朝日新聞朝刊で、作家の池澤夏樹さ氏が、沖縄・普天間の米海兵隊を馬毛島に移設してはどうか、と提案していた。

 馬祖島では以前、米軍艦載機の発着訓練を行う構想が出て、「地元」の反対運動が起きた。池澤氏はもちろんそれを承知の上で、敢えて馬祖島の名前を出した。「このくらいショッキングなことを言わないと基地が沖縄から出ていかないのだ」と池澤氏。

 しかし、米海軍艦載機の訓練の一部を移すだけで地元から反対運動が湧き上がるくらいだから、実現性はどれ程のものか?

 僕は広大な閑古鳥の聖域になっている、北海道の「苫東」(苫小牧東部工業地帯)などどうだろうと思ったこともあるが、周辺の人たちのことを思えば、言い出し難い。

 そこで僕なりの提案だが、硫黄島に出て行ってもらったらいい。

 硫黄島は自衛隊の管理下にあり、「住民」は戦時中、強制移住させられていない。飛行場もある。

 それにこの島は、海兵隊の先輩たちが奮戦し、摺鉢山に星条旗を掲げたところだ。海兵隊の聖地! 移転場所として、これほど戦闘心をかき立てる場所はほかにはない。

 遠い? なに、グアムに移転できるなら、硫黄島に行けないわけがない。

 硫黄島では栗林忠道中将以下、日本軍守備隊が「玉砕」を遂げた悲劇の島だ。遺骨の収集も進んでいないと聞く。

 日本政府は普天間からの移転に合わせ、この際、遺骨収集作業を終えてしまってはどうか?

 そうして、日米合同で、盛大な合同慰霊祭を行い、日本側は「不戦」を誓い、米側は「世界テロ戦争」の完遂を誓う。  

 硫黄島ほど実現性があり、なおかつ、日米同盟の現実を象徴する、絶好のロケーションはないと思うが、どうだろう?
 

Posted by 大沼安史 at 12:19 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2009-12-05

〔いんさいど世界〕 12月8日 「平和の女神」 リメンバー! ジャネット・ランキン!

 「12月8日」――日本の真珠湾奇襲攻撃で「太平洋戦争」が始まった、悲劇の歴史の記念日です。アメリカ時間では「12月7日」――。
 1941年のこの日を転機に、アメリカは第二次世界大戦に参戦してゆく。「リメンバー・パールハーバー」

 首都ワシントンでは、「真珠湾」の翌日――つまり、アメリカ時間、「12月8日」――、連邦議会で「対日宣戦布告」の決議が投票に付されることになります。
 この時、連邦議会で、上下院を通じ、たった一人……一人だけ「開戦決議」に「反対」した議員がいた。
 そう、その人が、知る人ぞ知る、あのジャネット・ランキンさん!

 中西部、モンタナ州選出の下院議員(共和党)。当時61歳。

 この時、ランキンさんが議会で行った発言が、記録として残っています。 
 
 As a woman, I can't go to war, and I refuse to send anyone else. 

 「女だから私は戦争に行くことができませんが、私は他の誰もが戦争に送り出されることを拒否します」

 たった一人の「平和」の一票。「戦争反対」の一票。

 その当時のことをランキンさんは、お亡くなりになる直前に、カリフォルニア州立大学が行った「歴史の聞き取り」調査に対して、こう語っています。
 ⇒ http://www.gretchenwoelfle.com/jeannette_rankin__political_pioneer_60457.htm

 「反対票を投じて控え室にいったら、開戦を叫ぶ人たちでごったがえしていました。将校に成り立ての男が私に向かって非難を始めました。私は男たちに近づいていって、『あんたたち、酔っ払っているね』って言ってやったんです。そしたら、どこかへ消えていなくなった(笑い)」

 でも、このあとが大変だったそうです。「裏切り者」「卑怯者」ですからね。
 しかし、彼女は世間の非難に耐え切った。

 彼女って若い頃の写真なんか見ると、細面のやさしそうな人なんですが、実は筋金が一本、通った人なんです。

 モンタナ州の田舎のミゾーラというところの牧場の家に生まれたそうです。地元の大学を出ると、ニューヨークに行ってソーシャルワーカーを始める。そうして、第一次大戦最中の1917年、彼女が37歳の時に、米国の連邦議会史上初の女性下院議員に選ばれる。この時も彼女、対ドイツ宣戦布告に反対して(反対する男性議員に交じって)、女のくせに何だ、と叩かれたそうなんです。
 
 一期で議会を追われた彼女が、下院議員に再選されたのが、欧州ですでに戦争が始まっていた1940年。「反戦」を掲げての当選でした。そしてその信念を貫いて、「ノー」と言った。

 当時は、日本の指導者の男たちも、ジャネットさんに突っかかって来た「酔っ払いの男たち」のように、正気を失って、戦争の悪魔に魅入られ、正常心を失って戦争に突っ込んで行った頃。
 そんな時、太平洋の向こう、ワシントンの連邦議会で、「開戦」に「NO」と言った人がいた……これは、私たちの日本人の記憶に残らねばならない歴史的な事実と言えるでしょう。このことは、もっともっと知られなければならない。

 ジェネット・ランキンさんは第二次世界大戦(太平洋戦争)が終わると、インドにガンディーに会いに出かけたりするのですが、彼女の凄いところは、最後の最後まで、平和運動に邁進したことですね。

 1968年には、ベトナム戦争に反対して、5000人の女性たちを引き連れ、ワシントンへ平和行進をしています。
 88歳の時に!

 ジャネット・ランキンさんはその5年後、1973年に92歳でお亡くなりになるのですが、その彼女が今、生きてらしたら、イラク戦争、アフガン戦争と戦争を常態化してしまったいまのアメリカのありようを、どうお思いになるのでしょうか?

 アフガンに3万人もの増派を決めたオバマ大統領のノーベル「平和」賞受賞に、どんなコメントを出すのでしょうか?

 きっと手厳しい批判が飛び出すに違いありませんね。

 ジャネット・ランキンさんの志を継ぐ平和運動はアメリカの草の根に根付いていて、出身地のモンタナ州ミゾーラでは、彼女の名前を冠した平和センターが活動しています。

 そんな彼女の遺志を継ぐアメリカの人たちが、彼女の遺した「言葉」を大切に継承しています。
 ひとつだけ、紹介することにしましょう。
 
 You can no more win a war than you can win an earthquake.

 意訳すれば、「戦争? 地震にも勝てないくせに、何するつもりなの?」……ほんとうにそうですね。
 「地震の国」日本の「9条精神」につながるコメントではないでしょうか?

 アメリカの連邦議会では、ブッシュが始めた「イラク戦争」に、たった一人、NOと言った下院議員がいました。
 カリフォルニア選出の女性議員、バーバラ・リーさん。当時55歳の黒人女性です。リーさんは議会で、こう言いました。

 私はしかし、軍事行動が米国に対する国際テロを予防するものにはならないと確信しています。

 Yet I am convinced that military action will not prevent further acts of international terrorism against the United States.

 イラク戦争、そしてアフガンのその後の経過を見れば、バーバラ・リーさんの考が正しかったことが分かります。

 こうして見てくると、アメリカは自由の女神の国ですが、ジャネットさんといい、バーバラさんといい、「平和の女神」の国でもあるわけですね。 
 
 ジャネット・ランキンさんはお亡くなりになる少し前、1970年に日本にいらしたこともあるそうです。
 その時、彼女が対日開戦に反対したことを、知っている日本人はいなかったと、カリフォルニア州立大学の聞き取りインタビューに答えています。

 きっと残念だったんじゃないですか……

 私たちとしては、「12月8日」を、真珠湾の日、太平洋戦争開戦の日としてだけじゃなく、リメンバー・ジャネット、「ジャネット・ランキンさんの平和の日」として記憶すべきでしょうね。
  
 
 
 Wiki日本語 ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%8D%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%82%AD%E3%83%B3
 Wiki 英語 ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Jeannette_Rankin
 伝記 ⇒ http://womenshistory.about.com/od/congress/a/jeanette_rankin_2.htm 

  バーバラ・リーさん Wiki ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Barbara_Lee

 ☆ 歌ブログ 「空から歌が聴こえる」 本日の歌はスコットランド・ゲールの

  ⇒ Runrig の Faileas Air An Airigh

   http://onuma.cocolog-nifty.com/blog3/2009/12/faileas-air-an-.html

 

Posted by 大沼安史 at 11:55 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-12-02

〔いんさいど世界〕 アフガン増派・撤退演説をしたオバマ大統領への公開質問状 「そうだ!」と言うんだ! オバマ! 

 親愛なるオバマ大統領

 ウエストポイント(陸軍士官学校)での演説で、アフガン戦争の増派エスカレートと「出口戦略」を明らかにされたあなたに対し、平和を愛する「9条の国」の国民の一人として――そして、あなたをなお信じようとする、同時代を生きる一人として、是非ともあなたに確認したいことがあります。お答え頂ければ幸いです。

 わが敬愛する、お国の映画監督、マイケル・ムーア氏は、あなたに対して事前に公開質問状を送り、「そうではないと言ってくれ!」と、あなたに嘆願しましたね。⇒ http://www.truthdig.com/eartotheground/item/michael_moore_to_obama_say_it_isnt_so_20091130/

 このままでは、君は「戦争大統領」になってしまうんだぞ、と、あなたに対して友情ある説得を試みましたね。3万人増派?……そうじゃないと言ってくれ、と。

 私の公開質問状も、ムーア監督と同趣旨ではありますが、私の質問には、明確な「イエス」で答えてほしい――「そうだ!」と答えてほしい。

 これから私があなたに対して提起する「問い」は、どれも「イエス」で答えられる問いであるはず――。

 しかしそれは、オバマ大統領……あなたが大統領として(政治家として、少なくとも今は)公然とは認めにくいことではある……

 もちろんそれは質問者である私もまた、よく承知のこと。でも……それでも、「イエス」の答えを返してほしい。歴史の証言として、「そうだ!」と言いきってほしい。それが私の願いであります。

 質問を始めます。

 あなたは3万人を増派するが、再来年(2011年)の7月から、撤退を始めると、演説で明言しましたね。

 軍(国防総省)は「4万人増派、2017年までアフガンに駐留」を絶対、譲れないものとしていたはずですが、それにあなたは抵抗した? そうですね。
 あなたが国務省の政策企画局長に抜擢した、スローター女史(プリンストン大学教授)ら、あなたの側近も、抵抗するあなたを支え、守り抜いてくれた?

 (「そうだ!」と言うんだ、オバマ!)

 とくに再来年(2011年)7月からの撤退開始は、あなたが軍部の猛反対を押し切って、決めた?……。そうですね?

 (「そうだ!」と言うんだ、オバマ!)

 あなたは、11月11日の「復員兵士の日」に、アフガン問題を討議する、たしか9回目の国家安全保障会議を開いていますね。そして会議の前に、アーリントン国立墓地に行った。歴代の大統領は、アーリントンの「無名戦士の墓」に献花するのが慣わしなのに――それしかしないのが決まりなのに、あなたはそれ以上のことを――「タブー破り」を敢えてした。アーリントンの第60区画に足を運んだ。イラク・アフガン戦死者の区画に足を運んだ。そして、わずか19歳で、バグダッドで死んだ兵士の墓石に、大統領コインを置いた。あなたは、その時、アフガン戦争もまた、なるべく早期に終えなければならない、と密かに決意したのですね?

 (「そうだ!」と言うんだ、オバマ!)

 で、その日の会議であなたは増派人員では妥協して――と言っても、軍部の要求より1万人少ない、3万人ですが――アフガン駐留期間については、大統領一任を取り付けたのですね?

 (「そうだ!」と言うんだ、オバマ!)

 4万人を3万人に減らすにしても、3万を財政的に可能なリミットであることを示し、NATО同盟国に1万人増援してもらうことで辻褄を合わせて、軍部を説得した……
 地上部隊、つまり陸軍は特に猛反対したはずですが、あなたは押し切った。そして陸軍に花を持たせるために、ウエストポイント(陸軍士官学校)を演説会場に選んだ……
 しかし、それにしても、再来年の「撤退開始」は、あなたの大統領再選に合わせたことでもあるわけですが、そんな「政治戦術」とは別に、あなたはもっと大きな「アナウンス効果」を考えて、「撤退スケジュール=出口戦略」を明言したのですよね?

 (「そうだ! その通りだ!」と言うんだ、オバマ!)

 つまり、大統領として「撤退」を口にしたとたん、「流れ」はもう変えようのないものとして、定まってしまう……。そんなアナウンス効果を狙ったんですね。

 (「そう、その通り!」)

 もしかしたら、再来年から撤退開始のスケジュール、予め軍部の了解を得ないで、演説での発表に持ち込んでのではないですか?
 ゴルバチョフと息を合わせた、あのロナルド・レーガンのように、(勝手に)自分で決めた「科白」を吐いた? そうではありませんか?

 (そう、その通り!)

 以上の質問に対する答えが全て「イエス」だとすると、あなたは大変なリスクを背負って、乗るかそるか、生きるか死ぬか、の果敢な勝負に出たことになります。

 軍部・保守派は、あなたに嵌められたと思って、ますます反撃をエスカレートさせるでしょう。

 ブッシュのような「戦争の大統領」ではなく、「平和の大統領」になってほしい……これが、マイケル・ムーア氏と同じく、私のあなたに対する期待であり、願いであります。

 アーリントン墓地第60区画の墓石の数を、これ以上、増やしてはなりません。アフガンの民衆の生活破壊も、同じように、許されないことです。

 ゴルバチョフを見習いなさい。ゴルバチョフはアフガンにいるソ連軍に撤退命令を出した男です。そして「新思考」の下、ペレストロイカ、すなわち「ソ連帝国」の解体に動いた……。

 オバマ大統領、あなたも非暴力の思想の下、「アメリカ軍事帝国」の解体と、兵営国家化したアメリカの経済社会体制の民生転換に向け、動き出せねばならない。

 オバマ大統領、あなたも知っての通り、あなたの闘いの場はアフガンにあるのではなく、あなたの足元、ワシントンにあるのです。  

 大統領の健康と健闘を祈って。

 あなたの、なおサポーターである
 Y・Oより。

Posted by 大沼安史 at 07:50 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2009-11-28

〔いんさいど世界〕 改訂版 交通事故で「植物状態」 「昏睡」の中で「意識」を持続 ベルギーの元大学生 23年後にコンピューター支援で「言語コミュニケーション」を開始! 「閉じ込め症候群」に光明

 注 先に見出し・本文中で「脳死」と表記しましたが、読者より誤りであるとの指摘があり、その通りであるので、削除・訂正します。

                  ☆ 

 看護師の母親は諦めなかった。母親は直感していた。
 交通事故で「植物状態」になり、医師から「希望はない」と宣告された最愛の息子の心の中で、「何か」が動いていることを。
 無反応な息子の中で何かが息づいていることを。
 
 母の直感は正しかった。母親の努力は実った。植物状態の息子は、「意識」を正常に持続していた。
 事故から23年後、脳科学とコンピューターの支援で、息子は母親と――そして誰とでも、コミュニケーションできるようになった。
 ベルギーで、このほど報じられた、奇跡でもないでもない、これは「事実」の物語……。

 忘れもしない今から26年前、1983年11月の日曜日、午前2時のことだった。ベルギーのオランダ国境に近い、カンヌ村に住む、看護師のフィナさんに、息子のロムさん(当時、20歳の大学生)が前夜、リアージュで、交通事故に遭い、入院した知らせだった。
 一命はとりとめたものの、ロムさんは全身麻痺、「無意識・無反応」……。

 フィナさんは医師から、「神経的な植物状態。回復の希望はない」と告げられたが、受け容れることができなかった。

 ロムさんは「無意識・無反応」で、たしかに植物状態だったが、フィナさんは「彼は理解している」との「確信」を持った。母親としての「自分の中の何か」が、フィナさんと家族を確信させていた。

 ロムさんを自宅に引き取り、治療の道を求めて、さまざまな専門家、医療機関とコンタクトを取り続けた。最先端をゆく米国の研究所にも相談した。しかし、希望
の道はすぐには見つからなかった。

 そんな家族の努力を、ロムさんはすべてわかっていた。耳で聴いて知っていた。事故で運ばれた先の医師の話し声も全部、聴いて、心の中で叫んでいた。

 事故から14年後、ロムさんの父親が亡くなった。ロムさんはフィナさんら家族に連れられ、父親のお墓に植樹する現場にも立ち会った。
 父親の死も、植樹も、全部、分かっていた。悲しみを表すことができなかった。

 ロムさんの中に生き続けていた「意識」が「発見」されるキッカケは9年前に訪れた。
 ロムさんと同じような状態から「回復」した人の話を、フランスのテレビが放映したのだ。
 フィナさんの照会に、フランスの医師は、ベルギーの専門家を紹介してくれた。
 ベルギーのゾルダーというところのケア・センターに入所していたロムさんの下へ、言語療法士らがやって来た。

 コンピューターのマウスを、ロムさんが押すことができれば、ロムさんの「意識」を(あるいは意識の欠如)確認することができる……

 その時、(そのことを聴いていた)ロムさんが懸命に動かしたのは、足だった。
 足がマスウを押した。コンピューターの画面に「私はロムです」と出た。
 イエス・ノーだけは「言えた」。

 本格的なロムさんの「意識」の「全開」は、それから6年後――今から3年前に訪れた。
 ロムさんは、リアージュ大学のスティーブン・ローレイ博士によって、「閉じ込め症候群(ロックド・イン・シンドローム)」と診断されたのだ。
 意識はあるが、その中に「ロックド・イン」され、外部とコミュニケーションをとれない状態にあることが確認されたのだ。「タッチ・スクリーン」を使えば、言語コミュニケーションできることが分かったのだ。

 ロムさんは今、女性看護師の援助で、ケア・センターから、自宅にいるフォルさんのもとに電話をかけて来ることができるという。

 「タッチ・スクリーン」でロムさんが書いたメッセージを、看護師さんが代わりに電話口で読み上げてくれるのだ。

 ロムさんは現在46歳、母親のフィナさんは73歳。

 母と息子の、固い絆に結ばれた四半世紀に及ぶ苦闘は、何らかのアクシデントで植物状態に陥った人に、希望の光を点すものだ。

 こうした「閉じ込め症候群」、植物状態に陥った人の4割にも達する、という研究もあるという。

               ☆

 上記の記事は、ドイツのシュピーゲル誌のスクープ報道と、英紙ガーディアンの報道に基づくものです。下記リンクを参照。 

  

  ガーディアン紙  
   
 ⇒  http://www.guardian.co.uk/world/2009/nov/23/man-trapped-coma-23-years

 http://www.guardian.co.uk/science/2009/nov/24/locked-in-syndrome-belgium-research

  シュピーゲル誌

 ⇒ http://www.spiegel.de/wissenschaft/medizin/0,1518,662627,00.html

   http://www.spiegel.de/wissenschaft/medizin/0,1518,645620,00.html
  

Posted by 大沼安史 at 01:32 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2009-11-27

〔いんさいど世界〕 バスで席を立たずに逮捕! ローザ・パークス女史の歴史的な「拒否」の9ヵ月前、同じモンゴメリーで、プロテストをしていた、黒人の少女がいた!

 人種差別撤廃へ向けたアメリカの公民権運動の発火点のひとつ、米国南部の町、モンゴメリーは、ローザ・パークスさんという黒人女性が、バスの白人優先席に座り続けるプロテストを行ったところだ。

 1955年12月1日のこと。ローザ・パークスさんは白人の乗務員から、その席から立つように命じられたのを拒否し、逮捕された。

 アメリカの公民権運動は、この抗議行動を起点に、「フリーダム・ライダース」などの非暴力・直接行動を呼び覚まし、歴史的な勝利につながってゆく。

 そのローザ・パークスさんの「決起」の9ヵ月前に、同じモンゴメリーで、当時15歳の黒人少女が、バスで立ち上がらないプロテストを行って逮捕され、それがパークスさんの抗議行動につながっていたことが、最近、出版された、その彼女の伝記で明かになった。

 ニューヨーク・タイムズ紙 ⇒ http://www.nytimes.com/2009/11/26/books/26colvin.html?em

 その少女の名は、クローデット・コルヴィン。
 そして、忘却の底に沈んでいた彼女のプロテストを「発掘」し、本にまとめたのは、フィリップ・フースさん(2009年の全米図書賞・児童文学を受賞)。

 70歳になる白人男性の作家が、ニューヨークのブロンクスに住む、同じ年齢のクローデットさんを探しあて、本を書いた。

 クローデットさんが、逮捕されたのは、1955年3月2日のことだった。学校からの帰りのバスだった。バスのドライバーに、同じ列の座席が3つも空いているにかかわらず、中年の白人女性に席を譲れ、と命じられた。

 「この白人の女性が、同じこの列の座席に座るんなら、私だって座っていいはず」

 そう思って、立ち上がらなかったそうだ。

 逮捕され、裁判に。
 その時、彼女を助け、夜に自宅のアパートに呼んで、クラッカーにピーナツバターをつけて食べさせてくれた優し女性が、NAACPという黒人組織のメンバーだった、あのローザ・パークスさんだった!

 裁判ではマーチン・ルーサー・キング牧師が先頭に立って応援してくれた。
 この裁判が、キング師のデビュー戦だった。

 その年の末、ローザ・パークさんが同じ抗議をして注目を浴びる中で、クローデットさんは忘れられた。

 彼女が既婚の男性の子を孕んでいたことで、公民権運動関係者は彼女を「ヒロイン」とすることに二の足を踏んだらしい。

 ローザ・パークスさんは当時、42歳で、いかにも信念を持った、ストイックな女性だったが、クローデットさんは、おしゃべりな、15歳の少女。

 世間の目は、ローザ・パークスさんに向かい、クローデットさんは歴史の表舞台から消えていた。

 ニューヨークに出て、老人ホームで介護の仕事を続けていたクローデットさんは、今、引退して、新聞2紙に目を通し、テレビ番組を楽しむ毎日。

 そんなクローデットさんの、キング牧師評は、こうだ。

 「ふだんはどこにもいるような人。そう、〔バスケットボールの〕コーベ・ブライアントのような。でも、いったん、喋り始めると、〔映画の『十戒』で〕モーゼを演じた、〔俳優の〕チャールトン・ヘストンになってしまうんだから……」

 人知れず、歴史の車輪を動かした黒人女性は、「少女」らしさを失わない人だった。

 クローデット・コルヴィンさん。
 ローザ・パークス女史とともに、同時代の歴史の記憶にとどめなければならない人だ。

Posted by 大沼安史 at 05:30 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-11-21

〔いんさいど世界〕 ロビンソン・クルーソーの島が危ない!

 「週末の話題」、今回は、ロビンソン・クルーソーの島が危ない!
 
 ロビンソン・クルーソーの島?――ご存知ですか? そう、みなさん、ご存知の、英国のダニエル・デフォーの、あの物語の島が、あるんです。
 ロビンソン・クルーソーの物語の「舞台」というか、「モデル」になった島が、南半球の太平洋上に、ちゃんと浮かんでいる。
 その名もなんと「ロビンソン・クルーソー島」というですね。
 南米のチリ沖、670キロにある島。
 1966年にこの名前になるまでは、マサティエラ島(スペイン語で「陸に最も近い」という意味だそうです)と呼ばれていました。
 この旧マサティエラ島(現ロビンソン・クルーソー島)と、セルカーク島(この「セルカーク」に注意。あとで説明します)、サンタ・クララ島の3つで「ファン・フェルナンデス諸島」(この「ファン・フェルナンデス」とは、1574年に、これらの島を「発見」した、スペインの航海者の名前です)を構成しているのですが、この諸島の「エコ」に赤信号が灯っているのだそうです。
 で、島の生態系の危機という本題に入る前に、ロビンソン・クルーソーの話を、も少し続けると、3つの島の中で最も大きな旧マサティエラ島・現ロビンソン・クルーソー島で、実は1704年から4年4ヵ月、独りで生活した、スコットランドの船乗り(その船乗りの名前は、アレキサンダー・セルカーク。そう、3つの島のうちのひとつの島名に――「セルカーク島」になっている!)がいて、それがクルーソーのモデルになったそうです。
 このクルーソーのモデルのセルカークさんて、航海長をしてた人なんですが、船長さんとケンカして船から下りたところが、旧マサティエラ島。
 数週間くらいしたら、きっと船が通りかかって助けてもらえるはず、と思って、気軽に「独身生活」を始めたそうなんです。
 それが、結局、足掛け5年の長期滞在に。海賊船に助けられたのが、1709年。そう今から、ちょうど200年前のことなんです。
 で、本題に戻ると、この現ロビンソン・クルーソー島(そしてセルカーク島)を含む「ファン・フェルナンデス諸島」が、エコ的にどれほど貴重なところかというと、「植物のガラパゴス諸島」と言われていることからの分かるように、在来種の植物(それと鳥。ガラパゴスのようにトカゲはいません!)――地球上、ここにしか生育していない、という植物の種・及び亜種が123もあって、しかも、それが今、絶滅の危機に瀕しているんだそうです。
 
 英紙インディペンデント ⇒ http://www.independent.co.uk/environment/nature/why-robinson-crusoe-island-is-at-risk-1821710.html
 10株しか確認されていないの植物が14種類あり、1株だけというのも5種類あり、絶滅の危機が叫ばれているのですね。
 ファン・フェルナンデス諸島が火山島として誕生したのは、今から400万年前のこと。そこで生まれ、根付き、独自の進化を遂げて来た植物たちが、いまぎりぎりのところへ追い込まれている。
 この諸島に住む人は500人ちょっと。チリ政府は森林の伐採を全面禁止するなど保護対策をとっていますが、帰化植物と野生の山羊が「天敵」になって、地元の植物たちを攻撃しているそうです。
 帰化植物のエイリアンの代表格は、植民者が垣根として移植したキイチゴといったシュワブ。
 野生の山羊は16世紀の航海者、ファン・フェルナンデスが「生肉確保」で残して言った4頭の子孫で、現在、3500島にも殖えているんだそうです。
 クルーソーのモデルになったセルカークさんは、この山羊のおかげで生き延びることができたのですね。
 この諸島には、ピンク色の足をしたミズナギドリがいるのだそうですが、これも移入動物のハナグマっているのにやらている。
 まるで警戒心のない鳥なので、相手が近寄ってきても、なかなか飛び立とうとしない。地上で卵を抱くので、やられてしまうわけですね。
 こうした状況に、ニュージーランドの学者が帰化植物の広がりを阻止しようと、がんばっているそうですが、「生き延びるか・絶滅するか」――その中間がない、ほんとうに厳しい闘いになっているそうです。
 ファン・フェルンデス諸島は、英国の保護団体の、なんとしても守らなければならないランキングで、世界第一位、最重要・最貴重の場所に挙げられているところ。
 ロビンソン・クルーソーの物語が永遠に語り継がれてゆくものであるなら、このクルーソーの島の植物や鳥たちも、永遠に生き続けてほしいものですね。
 

Posted by 大沼安史 at 05:26 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-11-15

〔いんさいど世界〕 飼い主の「発作」を察知し、「警告」を発するワンちゃん!

 11月11日(わんわんわんわんの「犬の日」)――過ぎてしまいましたが、先週に続き、ワンちゃんの話題を。
 まずは、ニューヨーク・タイムズ(電子版)で、「最も読まれたランク」のトップに立った「大ニュース」から。

 「介助犬」――ご存知ですよね。「盲導犬」はもちろん、その代表選手。
 最近はその「介助」の幅がうんと広がり、「冷蔵庫」からものを取って来てくれたり、飼い主の「手足」になってくれるワンちゃんもデビューし、日本でも活躍し始めています。

 でも、ニューヨーク・タイムズの記事に出ていた、「ジェット」というワンちゃんには驚きましたね。

 「ジェット」って、アメリカのニュージャージーで、女性の飼い主の「介助」をしているラブラドルなんですが、その「介助」が凄い。

 飼い主の方、癲癇(てんかん)の発作が起きる方なんだそうですが、この「ジェット君(オスです)」、その発作を事前察知できるんだそうです。
 飼い主本人が、全然、気づかないうちに。

 察知したら、どうするか?
 飼い主の目を、一生懸命、見るんだそうです。
 そう、「視線」でシグナルを送るんですね。
 「そろそろ発作ですよ。ベッドに横になってください」って訴えるですね。

 飼い主がそれでも気づかなかったら、どうするか?

 ここが「ジェット君」の、ほんと、偉いところですが、飼い主が倒れたとき、頭を強打しないよう、後ろに回って、自分がクッションになって受け止めるんだそうです。偉いなあ~!

 それから、意識不明になった飼い主を様子を見て、そろそろ起きてはいかがですか?――って、飼い主の手の平にオモチャをポトンと落としたりもする。
 ネっ、凄いでしょ!

 ニューヨーク・タイムズによれば、同じような犬は、ハンガリーにもいるそうです。
 そのワンちゃんに対する、研究結果が昨年、発表されたそうですが、盲人で癲癇のご主人が発作を起しそうになると、吠えたり、顔を舐めたりする。
 それも、10秒前とか、20秒前といった秒読み状態ではなく、なんと「3分から5分前に」察知して警告を発することができる。

 どうして事前察知できるのか、謎なんだそうですが、とにかくワンちゃんには、こんな凄い、超能力があるのですね。

 でも、これだけじゃないんです。これも同じ、タイムズの記事に出ていたことですが(人間の悪性腫瘍、血糖値の低下の感知なんかも、ワンちゃん超能力のレパートリーに含まれるそうですが)、ヒーリング能力――癒しのパワーに期待して、「精神療法犬」……それも、戦場帰りのトラウマを抱えた兵士のために育成しよう、なんて研究も始まっているそうです。
 米軍です。陸軍。ことしの9月、30万ドルの予算をつけて研究が始まったんだそうです。

 イラク・アフガン帰りの米兵たちは、ほんと、心に致命傷を抱えて帰還した人たちなんですね。銃の乱射事件、自殺……もう、こうなると、ワンちゃんたちの「超能力カウンセリング」に期待するしかないのかも……。

 そうそう、そういえば、オーストラリア軍の爆薬検知犬の「サビ」ちゃん(メス)って黒ラブラドルが、アフガニスタンで戦闘中に行方不明になっていたのですが、それがなんと1年2ヵ月ぶりで、生存が確認された(米軍によって保護された)そうです!

 アフガンの戦場で、14ヵ月も、どうやって生き延びたのか知りませんが、「明るさ」というか、「人なつっこさ」を――犬の人間性(?)を失っていなかったそうです。
 犬って、ほんと、凄い!

 ところで、もう一度、ニューヨーク・タイムズの記事に戻ると、犬の中で最もアタマのいいのは……カナダ・バンクーバーのブリティッシュ・コロンビア大学の犬博士、スタンレー・コーレン先生によれば、ボーダー・コリーなんだそうですよ。

 これは5年前、ドイツで明かになったことですが、「リコ」というボーダー・コリーは、モノの名前を1発で200も覚え、しかも記憶が1年間、持続するんだそうです。

 それから、プードルとかラブ、シェパードなんかもアタマがよくて、人間のサイン・音声(コトバ)を、250くらいまで覚えることができるそうなんです。

 最近、アルツ気味の僕としては、なんか、うらやましいなあ~。  
 そのうち、「リコ」ちゃんみたいな「物忘れしないワンちゃん」が、僕んちに、「ボケ介助犬」で来てくれたりして……。 
   
 ニューヨーク・タイムズの記事 ⇒ http://www.nytimes.com/2009/11/01/weekinreview/01kershaw.html?_r=2&em

 アフガンの「サビ」ちゃん 

 http://www.guardian.co.uk/world/2009/nov/12/bomb-dog-safi-found-afghanistan

Posted by 大沼安史 at 10:22 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-11-07

〔いんさいど世界〕 ワンちゃんに人間の名前をつける時代

 11月11日……そう「犬の日」です。この日が、なぜ? 答えは――ワンワンワンワン。

 で、ワンちゃんに、ちなんだ週末の話題をひとつ。

 (まだ)日本じゃ、そこまで行ってませんが、う~っ、ワンワンワンワン、犬たちが大興奮、いっせいに歓声を上げる、大変な事態が起きています。
 じ、実は、欧米(確認がとれたのは、英語圏にかぎってのことですが……つまり英米)で、ペットのワンちゃんに人間の名前をつけるのがフツーになっている……!!!!

 (ワンワンワンワン……ワン・ダ・FUL 日本語に訳すと、「そうだ・そうだ・そうだ・そうだ!!!!」――ワンちゃんたちの「同意」の叫びが聞こえるような事態になっている!!!!)
 
 「人間と犬」との付き合いは、「人間と人間」の付き合いの次に長いってハナシですが、これはもう、人間=イヌ関係史における、画期的な変化というか、史上初の歴史的な事態が生まれているいっていいですよね。

 犬と人間が「名前」、すなわち記号論(?)的に、ついに「同類化」してしまったわけですから。
 犬も人も、名前的に、「一家」「一族」(ワン・ファミリー?? 変な英語ですね??)になってしまった!

 まずは、英紙ガーディアンが伝える、イギリスの状況。
 ある動物保険会社の調査結果(1万2000頭)が、ことし7月に発表されて、是非論が出るやら、大変な騒ぎに。

 イギリスでも、もちろん少し前までは、犬に「ローバー」とか、「スポット」とか、いかにもワンちゃんらしいネーミングをするのがフツーだったのですが、それがいつの間にか、変わっていた。
 犬の名前ランク・トップ10の全てが、人間の名前(がらみ)だったことがわかって、衝撃波が広がったのです。

 1位モリー(2位? ガーディアンの記事に載っていません! 記事を書いた記者の名前だったりして?……)3位チャーリー、4位マックス……

 さて、お次はアメリカ。
 東部のボストンの新聞、ボストン・グローブ紙の記者の方が(この方は愛猫派で、ペットのネコに「タイガー」って名前をつけてるそうです)、ボストン郊外で調査したんですね。 

 そしたら、結果は 1. Sam 2. Max 3. Lucy 4. Lily 5. Bailey 6. Buddy 7. Maggie 8. Mollie 9. Riley 10. Coco。
 これまた、トップ10、全部、人間名!

 う~ん! これ、凄すぎ!

 でも、考えてみれば、分かるような気がします。ホワイトハウスのオバマ家のファースト・ドッグ――あれ、「ボー」って言いましたよね。

 BOO……ボーって……、あ、思い出した。昔、ボー・デレクっていう、物凄い美人女優さん、いたの、憶えてますか!

 パーフェクトな美人で、『10(テン)〔つまり、パーフェクト〕』って映画に出たりしていた……。とってもキレイな人だったなあ……。

 な、なにを、ここで言いたいかというと、そうそう、アメリカのファーストドッグの名前も人間の名前だって言うことです。ボストン郊外のワンちゃんたちがそろって人間の名前を名乗っていようと、別に不思議じゃないことなんですね。チョー・フツー!!

 問題は、どうしてそうなったか、ということですが、これはもう答えはハッキリしている。「家族の一員」が「家族(そのもの)」になっているからです。(大体「家族の一員」なんて言い方自体、ペットを“差別”してますよね。自分の子どものこと――人間ですが――を、「家族の一員です」だなんて言いますか?)
 ペットを「ファーストネーム」(あるいは、その愛称、ジェームズ・ジミーっていうような感じで)で呼ぶようになっている。

 呼ばれたワンちゃんだって、きっと、何かしら感じていると思いますよ。これでようやく、家族の正式メンバーになれたんだ、って。
 うれしいんじゃないですか?、きっと。

 それじゃあ、日本の場合はどうか?
 アニコムっていう動物保険会社の2009年ランクは、
 1チョコ 2ココ 3マロン 4モモ 5ソラ 6ココア 7ハナ 8モカ 9モコ 10ミルク
 ――です。
 人間っぽいのを強いて取り出すとすると、モモとかハナ、モコあたりでしょうか?
 この調査では、英米の傾向はあまり見られない。

 で、もうひとつ、アイリスペットどっとコムの調査を見ると……

 1モモ (2チョコ 3マロン) 4ナナ 4ハナ 8サクラ 13コタロウ 28タロウ……

 人間らしき名前が、これだけある。13位のコタロウなんて、モロ、ヒューマン・ビーイングじゃありませんか!

 そう、その通り。
 英米の傾向は、この日本でも広がって来てるんですね。

 欧米でもポーランドあたりでは、犬に人間の名前をつけるなんてけしからん、なんていう人もいるようですが、みなさん、いかがですか?

 僕の意見を言わせてもらえば、これって、いいことだと思いますよ。
 単なる「呼び名」から「ファーストネーム」へのグレードアップ。それだけ、愛情が増すというものでしょう。

 さっきも言いましたけど、ワンちゃんだって、うれしいはず。
 僕の個人的な体験から言っても、そうです。

 僕、つい最近まで東京の大学で「先生」してましたが、教え子たち(女子)に「ヤスシ」と、(「先生」じゃなく)ファーストネームで呼ばれて(呼び捨てされて)、なんかうれしかったですよ。

 これからワンちゃんをお飼いになる方、人間の名前を考えてみては、いかが?

 英紙ガーディアン ⇒ http://www.guardian.co.uk/lifeandstyle/2009/jul/29/pets-names-dogs

 ボストン・グローブ ⇒ http://www.boston.com/news/local/articles/2009/08/16/a_survey_of_favorite_dog_names_in_scituate_and_hingham/

 アニコム損保 2009年ランク 
   ⇒ http://www.anicom-sompo.co.jp/special/sp091029.html

 アイリスペットどっとコム 2009年 ワンちゃん名前ランキング ⇒ http://www.iris-pet.com/wan/event/ranking2009/5.html

  

Posted by 大沼安史 at 04:56 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2009-11-03

〔いんさいど世界〕 熊さんとロジャース博士の友情物語

 今日はアメリカに棲む、ノースアメリカ・ブッラクベアという熊さん――黒熊さんですね――と、70歳になる、おじいさん熊博士、リン・ロジャースさんの友情物語を。

 最近、イギリスのBBCで、そのドキュメンタリーが放映され、その「トンデモ(よい意味で!)交流ぶり」が話題になり、ニュースにもなって世界を駆けめぐっています。

 で、舞台はアメリカの、中北部、カナダ国境に近い、ミネソタ州北東のノースウッド……つまり、「北の森」。森と湖の、豊かな自然に恵まれたところです。
 
 ロジャース博士は、そこに住み込みで、熊研究を続けている人なんですね。黒熊を研究する白髪のおじいさんです。
 ミネソタのノースウッドに来てから、もう22年になるんだそうです。ミネソタに来る前は、ミシガン州で20年間、熊研究してたといいますから、42年もの研究歴。

 熊はもちろん猛獣ですから、かんたんには近づけません。で、麻酔銃で撃って、電波発信器をとりつけて、生態調査をしていた。

 これってふつうの研究法のようなんですが、ロジャースさんは、それで満足できなかった。

 どうしたか? 仲良くなったんですね。

 仲良くなるといっても、こっちから近づいて行って、いきなりベアハッグ、なんてしてしまったら、一巻の終わり。

 熊さんの大好きな木の実をプレゼントして、ブラック・ベアと信頼関係を築いて行ったんだそうです。

 信頼関係を深めた相手は、現在8歳になる、熊のジューンさん(3児の母です)。

 で、どのくらい親密かというと、たとえばジューンさん、博士の髭面を、舐めまわしてくれるですね。キスしてる、つもりなんでしょうが、すごいですね。

 あと、森の中の木陰で、二人並んで座って、景色を眺めたり。

 その信頼関係たるや絶大なもので、ロージャースが連れて来る人たちも仲間だと思って、絶対に襲わない。

 で、ロジャース博士は「熊の学校」を開いて、野生熊と触れ合う現地学習を続けているそうです。一度、参加してみたいですね。

 ロジャース博士には、もう一頭、ジューンの妹かお姉さんのジュリエットという交流相手がいるのですが、こちらは現在、信頼関係構築中。
 攻撃のするふりをしたり、カメラに左フックを見舞わせたり、まだ「威嚇」行動をしているそうですが、ロジャース博士に言わせれば、「凶暴」なんじゃなく、怖がっているだけなんですね。

 博士によれば、地球で最も危険な動物は人間。熊は100万頭に1頭しか、人間を殺さないけど、人間は18000人に1人、殺人を犯しているそうです。

 うーん、人間が一番、危険……「アフガン」や「イラク」のことを考えると、なんか、納得しちゃいますよね。 
   
 最後にもうひとつ。ロジャース博士の研究で、おもしろいことが分かったので、ご紹介しましょう。

 それは、あの「熊のプーさん」から生まれた、神話、と言うか伝説に関することですが、熊さんってハチミツ大好きってイメージ、僕ら、持ってますよね。

 でも、実際はハチミツ、好きじゃないんだそうです。

 蜂の巣に近づいたら、刺されちゃいますからね。

 ロジャース博士の研究所では――「ワイルド・リサーチ・研究所」というのですが、インターネットでも画像などを公開しています。

 動物好きのみなさん、必見のサイトですね。 
 一度、ごらんになってください。

 中学校の先生たちが――英語や生物の先生たちが、このロジャースさんのサイトを「教材」に「総合学習」の授業をしたら、きっと大人気になるはず。(文科省のみなさんも、学習指導要領違反だなんてケチなこと言わないで、一度、のぞいてくださいね)

 見るだけでも楽しい。とくにジューンの小熊たち、かわいいですよ~!!

  博士の研究所 ⇒ http://www.bearstudy.org/website/

   http://www.guardian.co.uk/environment/2009/oct/27/bearwalker-of-the-northwoods

  

Posted by 大沼安史 at 10:20 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-10-17

〔いんさいど世界〕 悪夢のカリフォルニア 

 「夢のカリフォルニア」が破綻の危機に瀕しています。いや、すでに実質的に破綻しているとの見方も。
 ゴールデン・ステート(黄金の州)、カリフォルニア……ウエストコースト文化の発信地でもあったカリフォルニア。
 それがいまや死に体に……あの若々しい躍動感はどこに行ったのでしょう?

 ことし7月、カリフォルニアの州知事……そう、あのシュワ知事が、州政府機関を月に(さらに)3日、休んで、人件費などを浮かす、と発表しました。
 現金も枯渇し、州の支払いはIOUで、と言いだすありさま。
 IOU―― I Owe You. お金、借りています。つまり、借金証書。

 州政府のスタッフは、サラリーを、このIOUで受け取っているそうです。信じられませんね。

 カリフォルニアは州(ステート)で、アメリカ合州国の一員ですが、州の憲法も、州の最高裁もある、準国家。一つの国と想定して、GDPを算出すると、世界第8位になるんだそうです。
 「G8」のメンバーになれるんですね。

 これまで、まるで「天国」のように思われていた、それだけの「大国」が、どうして、ここまで転落してしまったか?

 1960年代にママズ&パパズが、「夢のカリフォルニア(California Dreamin')」という曲で、アメリカは「冬」だけど、カリフォルニアは違う。あそこは「安全で温ったか」だぜ、と歌った、あのカルフォルニアは、どうして冷え込んでしまったのか?

 「寒いカリフォルニア」の直接の引き鉄を引き、カリフォルニアの人々の夢を奪い、州の財政を破綻させたのは、もちろん、あの「住宅バブル」の破裂。

 カリフォルニアにも、サブプライムな人々(つまり裕福じゃ人たち)がたくさんいて、その「マイホームの夢」が狙われた。どんどん貸し込まれ、バブル崩壊とともに「夢の我が家」から追い出された。
 
 ローンを払えない家族を「マイホーム」から追い出す……これをフォアクロージャーって言うんですが、そのフォアクロージャーに遭ったファミリーが「万」の単位で出た。

 で、なぜローンが払えなくなったか、というと、「失業」もそうですが、なんと言っても「医療費」が大きいんだそうです。

 アメリカには公的医療保険制度がなく、民間の保険に入っていなかったら、まずアウト。入っていても、厳しい「査定」にあって立ち往生するケースが続出、家族の誰かが病気にかかり、家を失うパターンが出来てしまった!

 この8月、ロス郊外のイングルウッドのアリーナで、8日間にわたって無料診療所が臨時開設されたのですが、先着1500人(毎日受付)分の診察券を求めて、前の晩から順番待ちの列が出来た。
 コンサートじゃなくて、診察を受けるために、病人が並んだ。初日には午前3時半で「打ち止め」になった……。

 これを見て、まるで「第3世界だ」と誰かが言ったそうですが、その通りですね。
 ロサンゼルス・タイムズに、診察券をゲットした女性が付き添いのボランティアと抱き合って喜んでいる写真が載っていましたが、とてもGDP世界1の最先進国の姿じゃありません。

 カリフォルニア州には「ヘルシー・ファミリー」という最貧層の子どもたちの医療費を支給する州独自の制度もあったそうですが、財政難でシュワ知事、これも「ターミネート」してしまった。それで100万人の子どもたちがセーフティー・ネットから放り出された。

 で、あのハリウッドの人気者だった知事のシュワちゃん、今や、ブッシュ大統領の最低記録を下回る、超不人気ぶり。

 大学生の数も減り(もう、大学に行けない! 1996年の進学率・43%、2004年・30%)、失業率は増え(12%超、70年ぶり、世界スイカの首都と呼ばれるメンドタという町では、この冬50%を突破する見通し)、税収は細り、州の公債はジャンク一歩手前まで暴落し、レイオフされた教師たちはハンストしているありさま。

 おまけに州政府機関が月3日、休む?……じゃ、刑務所はどうするだ、という問題が浮上したりしてテンヤワンヤの大混乱。ことしの夏など、フォアクロージャーされた郊外の家のプールから蚊が大量発生して、刺されて病院に運び込まれるお年寄りも。

 そのままハリウッドの「映画」になりそうな、とんでもない経済破綻パニック状況になっているのですね。

 「夢のカリフォルニア」じゃなく、「悪夢のカリフォルニア」!

 でも、「対岸の火事」だといって、日本のわれわれが笑っていいともバナシではありません。「対岸の火事」ではなく「対岸の鏡」と見なければならない。

 「霞ヶ関・天下り天国」のおかげで、「日本全国・トバッチリ天下り地獄」に苦しむ、太平洋のこちら側だって、どうなるか分かりません。    
 

 ⇒ ガーディアン カルフォルニア・ルポ http://www.guardian.co.uk/world/2009/oct/04/california-failing-state-debt

   LAT 州財政状況 http://www.latimes.com/news/local/la-me-furlough14-2009oct14,0,7601041.story

   信者の「家」を守る神父 http://edition.cnn.com/2009/LIVING/04/22/foreclosure.priest/index.html#cnnSTCText

   ロシアTV報道 IOUを発行 http://www.youtube.com/watch?v=i8HscRtbths&feature=player_embedded

 
 

Posted by 大沼安史 at 11:22 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-10-16

〔いんさいど世界〕 イランの女性たちが「人権」求め、100万人署名運動

 暗殺されたロシアの女性ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤさんを記念し、彼女がモスクワのアパートのエレベーター内で射殺された命日(10月7日)に贈られる賞がある。

 「アンナ・ポリトコフスカヤ賞」――世界の闘う女性たちを讃え、支援する平和賞だ。

 ブルガリアで民主化運動に取り組んだジャーナリスト、マリアナ・カトザルヴァさんら女性の有志がロンドンで立ち上げたRAWという団体が贈っている。

 RAWは、Reach All Women in War(戦火の下にある、すべての女性に手を差し伸べる)の、イニシャル。
 そう、WAR(戦争)の「反対語」である。

 3周忌のことし、受賞したのは、「平等な人権」を求め、100万人署名運動を続ける、イランの女性たちだった。

 彼女たちのサイトにアクセスして、ほんとうに大変なことをしているのだな、凄い女性たちだな、と思った。

 たとえば、ジェルヴェ・ジャヴァヘリさんという女性が革命裁判所で、「6ヵ月」の判決を受けたという10月12日付の告知。

 昨年、2008年の「6月12日」、テヘランの街頭で、他の8人の女性とともに、「イラン女性連帯の日」の集会に参加しようとして、逮捕された。

 いま、「6月12日」とカッコ付けで日付を強調したが、「100万人署名運動」は2006年のその日、テヘラン市内ハフト・エ・ティール広場で、女性たちが決起したことで始まったものだ。

 女性たちが要求しているのは、「二等市民」として扱われている女性の法的権利・平等の確立だが、その要求事項の最初には、明確にこう書かれている。「社会変革のための協働・協力の推進」――。「幅広い、社会活動家を結びつける触媒になる」と、目的を明記しているのだ。

 なるほど、イラン社会(人口)の半分を占める女性が権利を獲得しようとするのだから、変革が生まれないわけがない。

 だから、「神の国」イラン当局は神経を尖らせ、できれば根絶したいと思っているのだろう。

 では彼女たちは、どんな活動をしているのか?

 ナージド・ミルハジさんという方は、サイトに、こんな体験記を書いていた。

 気晴らしに外出したら、若い女性が一人、「ドロボー、ドロボー」と叫んで、若い男を捕まえていた。車上荒らしを目撃し、現行犯逮捕したのだった。男たちが集まって来た。
 騒ぎが一段落したところで、ナージドさんは早速、「100万人署名運動」を訴え、理解を求めた。男たちの間から、「勇敢な女性だ」「女性だけが勇敢だ」という声が聞こえたからだ。
 が、群衆からは冷たい視線が注がれるばかり。
 その時、ドロボーを捕まえた、若い女性が、ナージドさんに署名を申し出た。そばにいた男性が、ペンを差し出した。
 その場の空気がガラッと変わった。ナージドさんはハンドバッグに署名用紙を2枚しか入れてこなかったことを悔やんだ……。

 僕は「なるほど」と思った。
 あのアハマジャネドの「不正選挙」に抗議する、イランの「緑の革命」の底流には、こうした女性たちの、生活の場での、勇気ある行動の積み重ねがあったのだ!

 「緑の革命」では、抗議デモを行った若者たちが当局に次々び逮捕されたが、女性たちは「自分たちの子どもたちを釈放しなさい」と、共同声明を発表している。

 サイトに登場した女性たちた、皆、それなりの覚悟で自分を曝け出したのだろう。ヴェールを脱いだその顔写真は、彼女たちの希望を、苦悩を、決意を、見る者に、強く訴えかけて来る……。

  

 ⇒  HP http://www.sign4change.info/english/
    ユーチューブのビデオ http://www.youtube.com/watch?v=v7wIXWZ1oWg&feature=player_embedded#

   ガーディアンのビデオ http://www.guardian.co.uk/commentisfree/libertycentral/video/2009/oct/08/million-signatures-campaign-iran-anna-politkovskaya

  ガーディアンへの手紙 http://www.guardian.co.uk/media/2009/oct/07/anna-politkovskaya-award-war-iran

 RAW http://www.rawinwar.org/

  アンナ・ポロトコフスカヤ Wiki http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%8A%E3%83%BB%E3%83%9D%E3%83%AA%E3%83%88%E3%82%B3%E3%83%95%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%A4

 
 ジェルベ・ジャバヘリさん http://www.learningpartnership.org/fr/advocacy/alerts/iranwomenarrests0307

 年表 http://www.learningpartnership.org/fr/advocacy/alerts/iranwomenarrests0307

 新刊NEWS NONO頑爺レモン革命 
     大沼 安史著  定価1680円(本体1600円+税)
  ⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/book/4196.html

 「60年安保」から半世紀を迎える今、平和を、憲法9条をどのように守っていくか。
 「歴史の封印を解き、歴史の真実を見詰め、平和を、9条を守り抜く」異色の政治ファンタジー小説!
 戦後政治最大の謎とされる「M資金」に日本・オランダ混血の美少女NONO(のの)が挑み、 頑爺(がんじぃ)が「9条」を守る「改憲」阻止の闘いに、命の炎を燃やす。 6月15日、夜の国会前・・・イマジン! 「レモン革命」の奇跡が起きる! 卒業式の日の丸・蒸発事件をテーマにした『緑の日の丸』の続編。小田実氏へのオマージュ!

Posted by 大沼安史 at 06:48 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-10-13

〔いんさいど世界〕 米軍のグアム集中移転に、先住民族の「チャモル」の人たちが「反対」を表明! 

 グアムの先住民族、「チャモル」の人たちが、沖縄の海兵隊などの移転による、島の米軍要塞化に反対の声を挙げている!

 反対運動のリーダー、ジュリアン・オゴンさん(弁護士)の話を、米国の反戦・平和放送局、「デモクラシーNOW(DN)」で聞いて、問題の深刻さを初めて知った。

 グアムは、戦時中、日本軍が侵攻、島の名前を「大宮島」と改称、その後、米軍に逆上陸され、悲惨な結末を迎えた、ミクロネシアの島である。そう、あの「横井庄一さん」の島!

 そんな過去も忘れ、今や日本人の観光客が群れる観光リゾートとして「脚光」を浴びているグアムだが、ここはもともと、先住民族、チョモロの人たちの島。7万3000人(全人口の37%)が、このマリアナ諸島最大の島(淡路島サイズ)で生活している。

 なぜ、グアムがチャモロの島なのに、ほかに10万人もの「よそ者」(その中には米軍関係者2万人が含まれる)がいるか、いうと、この島が1898年以降、アメリカによって(それ以前はスペイン)支配され、いいように使われて来たからだ。米軍再占拠後は基地の島となり、戦後、周辺海域ではアメリカの核実験が繰り返されて来た。

 そのグアムに沖縄の米海兵隊をはじめ、駐韓米軍などが移駐、単なる(?)基地の島が、超要塞の島と化す……。

 オゴンさんによれば、今後、グアムに移転してくる米軍(家族、労務者)は5万人(沖縄から移転する海兵隊は8000人、その家族は9000人とされている。なんのことはない、グアムの「沖縄化」が進むだけのこと……)。

 こんな途方もないことが行われようとしているのに、先住民族のチョモロの人たちは何の発言権もない!

 「私たちはアメリカの大統領選にも投票できず、連邦議会に対しても代表を送り出していない」のに、アメリカの委任統治の名の下、これだけ勝手なことをされる(ている)わけだ。

 そして、そのアメリカのやりたい放題に、60億ドルもの移転費を提供する日本政府!
 日本もまた共犯者である。

 ネットで調べたら、沖縄・名護の「二見以北10区の会」の人たちが、チャモルの人たちと連帯していることがわかった。

 沖縄の海兵隊がグアムに「出ていけば」それでいいのではない。
 沖縄の米軍は(韓国の米軍は)、米本土に帰ればいい。それでいいのだ。

 オゴンさんはインタビューの中で、オバマの「ノーベル平和賞受賞」を聞いて、「なんて皮肉なこと」と思ったと語っているが、ほんとうにそうだ。

 オバマが……そしてアメリカが今後、取り組まねばならないこと、それは「世界帝国」化したグローバルな軍の展開を、縮小することである。

 米国が軍のグアム移転を中止し、本国へ撤収せよ!
 
  

 ⇒ http://www.democracynow.org/2009/10/9/guam_residents_organize_against_us_plans

   チャモルの人たちの声明 http://www.7genfund.org/current_actions/news-from-the-field/united-nations-2008/united-nations-statements-from-the-pacific/statement-from-the-i-nasion-chamoru/

   グーグル BOOK検索 http://books.google.com/books?id=InCbIsyMV4EC&pg=PA79&lpg=PA79&dq=Chamoru+nation&source=bl&ots=SZVOEkyFI9&sig=p6TbBDaWeN7fVNJQTR9ZUxS2_po&hl=ja&ei=OzHUSoviMNejkAWStKH0DQ&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=7&ved=0CDEQ6AEwBg#v=onepage&q=Chamoru%20nation&f=false

   二見以北10区 http://kichi-iranai.jp/d_10kumovement/a_news/20070208/20070208.html

   日本軍グアム占領 Wiki http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84_(1941%E5%B9%B4)

   米軍によるグアム奪取 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84

   在沖米海兵隊 グアム移転協定可決 琉球新報 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-143140-storytopic-3.html

   日本政府 移転費用 まず350億円を提供 朝日新聞http://www.asahi.com/politics/update/0711/TKY200907110182.html

Posted by 大沼安史 at 06:33 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-10-11

〔いんさいど世界〕 世界最大の卸売り市場 中国・義鳥(イーウー)で早くもグローバルXマス商戦 中東からの移民、2万人以上を受け入れ 「インド洋海洋戦略」を象徴?

 アメリカの巨大モールがゴーストタウン化し、日本のシャッター商店街がますます錆びつく中、中国・沿海部の港湾都市、「義鳥(イーウー)」はいま、2009年グローバルXマス商戦の最中にあり、「世界の工場」の卸売りセンターとして、活気で沸騰しているそうだ。

 「義鳥(イーウー)」、日本では一般にあまり知られていない地名だが(観光ガイドブックには載っていないが)、貿易関係者の間では「中国ビジネス」のメッカとして知られている。

 漢口の南、100キロにある、浙江省の都市。人口は200万人。

 世界の商売人たちは、この「イーウー」に行って、メイドイン・チャイナの製品を買い付けているという。

 わが愛読の英紙インディペンデントのルポ記事で、その実態を知り、たまげた。
 ⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/asia/chinas-wholesale-market-christmas-starts-here-1799303.html

 400万平方メートルの広大な敷地に、62000軒の卸売り店がひしめき合っているそうだ。売られている品は、32万種類。世界200ヵ国以上に輸出されている。

 で、どんな品物が売られているかだが……文字通り、何から何まで。Xマス商戦用のサンタさんからはじまり、サッカー・ワールドカップ用のテディー・ベア、など何でもあり。

 中国の靴下メーカー5社も直営アウトレットを開いているそうだ。

 で、気になるのは、世界大不況の最中、ここ「義鳥(イーウー)」の景気だが(バロメーターの役割を果たすから……)、昨年の前半はさすがに不景気風が吹き寄せていたが、その後は回復基調。
 
 ある店の縫いぐるみ店の女性経営者は、「日本は不景気だけど、でもピンクパンサーはいつも売れている」なんてホクホク顔――とか。

 (え~、ピンクパンサ~?、ダセー、なんて原宿あたりのギャルならから言いそうだが、世界の「義鳥(イーウー)」の商売人が言ってるのだから、間違いありません!!)

 しかし、「世界の工場=中国」の卸売りセンター=イーウーで驚かされるのは、その万里の長城的ビジネス規模だけではない。

 な、なんと中東の人々が2万人以上、移住して来て、ここに住み着き、働いているそうだ。シリア、イラン、イエメン、エジプト、リビア……イラクからも100人。

 これは凄いこと。いにしえの「長安の春」は、いま「義鳥(イーウー)」において再現されてお~る!

 中華であり続けながら、国際化も進む、中国。しかも、中東勢に対する、この門戸開放政策!

 サウジなど湾岸の産油国が、石油取引から「米ドル」を追放、中国の「元」を中心とした「通貨バスケット」に移行する計画を進めているのも、「義鳥(イーウー)」の動きを見ていれば、よくわかる。

 ひょっとしたら、中国って、東シナ海からインド洋(そしてペルシャ湾)に続く(アフリカまで届く)「大中華共栄圏=インド洋海洋戦略」を採ろうとしているのかも……。

 21世紀はまさに中国の世紀! すごい時代になって来た! 

 

Posted by 大沼安史 at 09:29 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-10-03

〔いんさいど世界〕 完全報道! 2009年 イグ・ノーベル賞 ☆「憲法9条」の平和の真理をビール瓶で証明 ☆原発事故対策で「毒ガスマスク・兼用ブラ」を開発 ☆乳牛に人間と同じように女性の名前をつけて呼ぼう……

 日本の主流メディアのニュース報道は、空間的(紙面的)に、時間的(電波的)な制限があるので、どうしても「つまみ食い」(イイトコ取り)に陥りがち。

 コレに対して、小生のこのコーナーは、つまみ食い・イイトコ取り主義とは無縁の「完全報道」を旨とする! エヘン!

 ……と威張りたいところが、実態と言えば、情けないことに、よく言って――そう、あのミレーの『落ち穂ひろい』。悪く言うなら、ハイエナか、ハゲワシ(最近、頭髪に隙間が生じつつあるので、どちらかと言うと、ハゲワシ……かな?)

 前置きはこのぐらいにして、今週の「ハゲワシ版・ニュースにならない世界の大ニュース・連坊小路風」(*注 小生、仙台の連坊小路で、寂しく暮らしおります……)の「特ダネ」は、あの「イグ・ノーベル賞」。
 そう、あの、愉快・痛快・奇怪(キッカイ)なニセ「ノーベル賞」の2009年・授賞式が、このほど(10月1日)、アメリカのハーバード大学で行われたのであ~る。

 つまみ食い主義の日本のメディアは、すでにご承知の通り、「イグ・ノーベル賞・生物学賞」を受賞した、田口文章・北里大学名誉教授だけを取り上げているが――もちろん、田口博士の「パンダのふんから取り出した菌を使って生ごみの大幅な減量に成功」という業績は大変な学問的成果ではあるのだが、それに負けずとも劣らない、愉快・痛快・奇怪な「世紀の業績」が目白押しなのであ~る!

 まずは、ウシ年生まれの私(*注 60歳)の最(さい)お気に入りは、イギリスのニューキャッスル大学農学部の研究者2人が受賞した「獣医学賞」。

 で、このイギリス人たちが、どんな「世界的な発見」をしたかというと、乳牛のオッパイの出方なんですね。
 乳牛さんに名前をつけて、名前で呼ぶと、名なしの権兵衛ウシより、オッパイが多く出るんだそうです。
 で、どんな名前で呼んでいたかというと、たとえば「デイジー」。
 たぶん、「ハイ、デイジー、ハウアーユー!」とか、「デイジー、グッドナイト!」なんて声かけてたんじゃないですか! たぶん、ウシだって、なんか、感じるところがあって、期待に応えようって気になったんじゃないかな!

 これは日本の牧場でも、パクリOKですよね。
 たとえば、最近、オッパイの出が悪いウシさんに、「フーミン」(*注はナシです)なんて名前をつけ、「フーミン、朝だよ~ん」とか「フーミン、もう寝ようか」なんて声をかけたら、一気にDカップ化して、飼い主をウシウシ、喜ばせたりして。

 「平和賞」もまた凄いんだな。
 な、なんと、あの永世中立・永久平和の国、スイスのベルン大学の研究者たちが、世界の軍縮を加速する――かも知れない、ダ、ダ、「大発見」をした!
 それも、ビール瓶!

 中身の詰まったビール瓶と、空のビール瓶のどっちが、外部からの「攻撃」に強いか、実験で確かめたんです。そしたら、空のビール瓶の方が強かった!

 これって、敵対関係の中では、一国の防衛力の強化は他国の攻撃力の強化に繋がり、開戦の確率を高め、戦争の悲惨さを強めるだけだ、という、あの20世紀の歴史の教訓につながりそうなことですね。(*注 これを僕は「マクナマラの定理」と呼んでいます)

 なんか、日本の憲法「9条」の正しさが、ビール瓶で証明されたような気がするなあ~!(むむ、今晩あたり、受賞おめでとうということで、再開したばかりの禁酒を破り、ひとりビールで乾杯しても、よいかな……ウシシシ)

 そして、「公衆衛生学賞」に輝いた、「毒ガスマスク兼用ブラ」!。
 米国のイリノイ州の女医さんが特許を申請中のもので、ふだんはブラジャーとして着用し、いざ、有毒性のガスが周りに立ちこめ出したら、早速をブラを外し、カップを顔に当てて、有毒ガスから身を守るのだそうです。(下記BBCの記事に図解が出ています)

 ブラだから、カップは2個。残り1個は、近くの人に「提供」できる優れもの!

 この女医さん、どうしてこんなもの、考え出したかというと、この方、ルーツがウクライナなんですね。ウクライナといえば、聖書で「破局」が「予言」されていた「ニガヨモギ」……そう「(ウクライナ語で)チェルノブイリ」。
 あの放射性ガスが拡散した「チェルノブイリ原発」事故から考案したものだそうです。

 う~ん、マジなんですね。ヨード剤(のどを守る)だけでなく、こんなブラも配給しておいたらいいかも知れませんね。

 で、以下、2009年の輝け・イグ・ノーベル賞の他部門を、ごくかいつまんで(これもつまみ食い?)紹介すると……。

 ☆ 医学賞 83歳になるカリフォルニアの医者(男性)が受賞。子どもの頃、お母さんに、指をポキポキ鳴らしているとリューマチになるよと脅かされたことから、実験に着手。これまで60年も左手だけを毎日ポキポキし続け、右手と比べてきたが、違いは見られなかった。「ママ、それって間違いだよね!」

 ☆ 化学賞 メキシコ国立大学の研究者らが受賞。テキーラをダイヤモンド化する技術を開発。もちろん、素面(しらふ)で。

 ☆ 物理学賞 米シンシナティ大学の研究者らが受賞。おなかが大きくなった女性がなぜ、後ろ向きにひっくり返らないか、を物理学的に解明!

 ☆ 数学賞 アフリカのジンバブエ中央銀行の総裁が受賞。1セントから100兆ドルまでの紙幣を発行して、「数に強い国民」を育成!

 ☆ 経済学賞 アイスランドの4つの銀行が受賞。小さな銀行が超大銀行に膨れ上がり、そしてまた縮小できるものか、身をもって証明! 金融ビッグバン&ブラックホール!

 ☆ 文学賞 ジョイスやベケットを生んだ文学の国、アイルランドの警察が受賞。「プラオ・ジャディー」という架空の人物に対して、交通違反の切符を50回以上も切った、ミステリー作を演じたことで。なお、「プラオ・ジャディー」とは、ポーランド人が持つ運転免許証に書かれた言葉で、その意味はポーランド語で、「運転免許証」!

 以上、つまみ食い的な「イグ・ノーベル賞」の「完全報道」でした!

 ⇒ 公式HP http://improbable.com/

 時事電 http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2009100200376

 LAT http://www.latimes.com/news/nationworld/nation/la-sci-ignobels2-2009oct02,0,3349450.story

 BBC http://news.bbc.co.uk/2/hi/science/nature/8285380.stm

  ☆

  新刊NEWS NONO頑爺レモン革命 
     大沼 安史著  定価1680円(本体1600円+税)
  ⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/book/4196.html

 「60年安保」から半世紀を迎える今、平和を、憲法9条をどのように守っていくか。
 「歴史の封印を解き、歴史の真実を見詰め、平和を、9条を守り抜く」異色の政治ファンタジー小説!
 戦後政治最大の謎とされる「M資金」に日本・オランダ混血の美少女NONO(のの)が挑み、 頑爺(がんじぃ)が「9条」を守る「改憲」阻止の闘いに、命の炎を燃やす。 6月15日、夜の国会前・・・イマジン! 「レモン革命」の奇跡が起きる! 卒業式の日の丸・蒸発事件をテーマにした『緑の日の丸』の続編。小田実氏へのオマージュ!

 

Posted by 大沼安史 at 10:37 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-09-19

〔いんさいど世界〕 メキシカン・パワー ギネス全開

 先日、オランダの大学の調査で、メキシコが「幸せ 世界ランキング」第5位の「栄冠」を手にしている(?)と紹介しました(日本はなんと50位グループに低迷!)。

 それで、「メキシコ」にちょっと注目していたら、アンテナに、こんなニュースが!

 メキシコの人って、ギネス好きなんだそうです。
 
 ニューヨーク・タイムズ紙が、スライド・ショーで紹介してました。これがなかなか、楽しくて、幸せになれます。 

 証拠(?)写真、11枚によるスライド・ショー、まずはごらんになってください。

 ⇒  http://www.nytimes.com/slideshow/2009/09/08/world/20090908RECORDS_index.html

 トップバッターは、マイケル・ジャクソンさんの死を悼んで、なんと1万3千人が、首都メキシコー・シティで、あの「スリラー」を一緒に踊った、って話。
 ギネスですね、これは。
 マイケル・ジャクソンさんも、天国で観てて(一緒に踊ってて)、幸せだったんじゃないですか。

 さすがにこれは、日本のテレビでも、ニュースで流れたそうです(僕は観てないのですが……)。
 そっくりさんも登場しました。ヘクター・ジャクソンさん。いじめっ子・ジャクソンさんです。

 食べ物では、クリームチーズとヨーグルトを1トン、砂糖250キロ、バター150キロを使った、チーズケーキづくり。チェフ55人の力作です。見た目、直径2・3メートル。円形。イチゴな海のように渦巻いています。ギネス・ケーキ!

 それから、重さ50キロ近いミートボール。

 さらには、長さ4.5メートルのトルタ(サンドイッチ)も。

 でも、見て楽しかったのは、アルモヨラって町の、繊維工場のみなさんが作った、世界最大のスボン。
 クレーンで吊り上げているんですが、高さは見た目、16メートル。ウエスト20メートル。

 まるで、ガリバー旅行記ですね。
 メタボがどうの、って厚生労働省がけち臭いこと言ってる、どこかの貧相な国とは大違いです。

 こんなズボンの似合いそうな――いや、もう似合わない人がメキシコにいます。

 2006年のギネスで、体重世界1に輝いたマヌエル・ウリブさんて、メキシコの男性がいるですが、560キロの体重の「半減」に成功したそうです。「激やせ」でギネス入りをならっているそうです。

 それから、これは幸せだな~と感心させられたのは、バレンタインデーのキス・ギネス。

 3万9987人が一ヵ所に集まって唇を合わせたそうです。
 これまでの記録は、2007年にイギリス人たちが作った、3万2648人。これを7300人以上、上回ったわけですね。

 でも、気になるのは、3万9987人のこの7という数字。キスじゃなくて奇数……ということは??
 ま、詮索しても仕方ないですね。幸せであれば、いいのですから。

 「集まった」といえば、マリアッチの演奏家549人が一堂に会した演奏会てのも。

 史上最年少の闘牛士、11歳の男と子が2時間かけて牛を倒したってのもありましたが、ギネスは記録として認めることを拒否したそうです。「残酷なのはダメ」……丑年の私としては、賛成です。幸せじゃないですもの。

 ニューヨーク・タイムズは、世界1リッチな麻薬密売人の写真も載せてます。ま、シャレですがね。

 こうして観てくると、メキシコのみなさんのパワー、感じますよね。

 それに比べて、日本のギネス(??)は、国民の借金世界1、とか、相対的貧困率世界1、ですからね~。

 逆ギネスの国、日本!! 
 逆ギレ、したくなっちゃいますね。
 幸せじゃいんだから、この国は、も~~~!!! 

 

Posted by 大沼安史 at 10:26 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-08-27

〔いんさいど世界〕 とほほ ニッポンの「幸せ」 世界50位クラス 

 ☆ 9月1日にラジオ放送する「予定原稿」です。

 9月、総選挙の夏が終わり、再出発の秋が来ました。マニフェストの実行が時が――国民生活、建て直しの秋が、やって来ました。

 これからが本番です。 ようやく、再建へのスタートラインに立った日本。

 今朝は、私たち日本人は、いったいどんな地点に立っているのか、すこし変わった視点から、再確認してみたいと思います。

 すこし変わった視点――それは「幸せ(ハピネス)」の視点です。「幸せ(あるいは不幸せ)」のレンズで見ると、日本は――日本人は今、どんな立ち位置にいるのか?

 オランダのロッテルダムのエラスムス大学が、「幸せ・世界データブック」プロジェクトという研究を進めていて、結果をネットで公開しています。

 ルート・ヴィーンホーベン教授が中心になって続けているプロジェクトです。

 最近、「2000年から2008年までの期間」を通してみた、世界幸せ度ランキングというものを発表したので、まず、それを見ることのしましょう。

 10段階評価。最高にハッピー10点、最悪に(アン)ハッピー0点のスケールで見た、世界ランクです。

 まず、トップ5ですが、①アイスランド(8.5)②デンマーク(8.4)③コロンビア(8.1)④スイス(8.1)⑤メキシコ(8.0)。

 中南米が2ヵ国、入っている……ちょっと意外な気がします。

 気になる国をいくつか拾い上げると、アメリカは7.0で、27~31位グループ。

 アメリカにめちゃめちゃにされたイラクは、4.3で、135~138位グループ。

 北朝鮮は?……というと、リストに入っていません。北朝鮮の皆さんに本音を聞くことができないからなんでしょうね。  建前的には「幸せ10.00」の「地上の楽園」なんですから……。

 で、気になる、われらが日本ですが、これが6.4で、48~53位グループ。

 アフリカのナイジェリアとか、アジアではマレーシアとかと同じグループですね。

 先進国としては、低すぎる。アメリカに負けているですから。

 ちなみにドイツは21~24位グループです。

 お隣、韓国は5.9で、日本より低い、66~71位グループ。中国は、6.3で、日本のすぐ下の54~55位グループ。

 結局、日本って、あんまり幸せな国じゃないんですね。

 で、こんどは、日本に的を絞って、幸せ度の推移をたどってみると、4段階評価(4~1)の10段階換算でみると、平均値が最も高かったのは、1993年で6.78。  最新の2007年の数値は5.77まで下がっています。

 今なら――2009年の今なら、もっと下がっている……これは間違いないことでしょうね。

 日本人は(そんなに)幸せでない!――この不幸せ加減を、「全国世論調査」として、はっきり見せてくれたのが、今回の総選挙の結果だと言うこともできるでしょう。

 では、わたしたちは、どうして(そんなに)幸せでないのか?  「2009年OECDデータブック」によると、日本の相対的貧困率は、共稼ぎ世帯でみると、ついに世界1(最悪)となったそうです。

 アメリカを抜いたのですね。

 貧困大国・日本……政治の責任ですね。

 日本再生……出直しの秋、再出発の秋。

 目指すは、加山雄三的世界、「しあわせだな~」の新生・日本です。  

   ⇒ http://worlddatabaseofhappiness.eur.nl/hap_nat/nat_fp.php   

Posted by 大沼安史 at 08:43 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-08-21

〔いんさいど世界〕 英国防省がUFOファイルを解禁

 UFOのメッカ?、イギリスの国防省が「UFOファイル」を機密解除し、このほどオンラインで公開しました。
 1981年から96年までの期間、同国の国防省が収集した、ファイル14個分、計4000頁ものUFO情報が一挙に開示されたのです。

 昨年5月から、同省が進めているUFO情報公開で、今回で4回目だそうです。

 でも、今回の公表分には、英国で大変な騒ぎとなった

 ①「1981年の空軍基地目撃事件」と

 ②「1993年の警察官も目撃事件」、

 ③「1995年の少年2人による目撃事件」

 が含まれており、英国のみならず、全世界のUFOファン(?)の注目を集めています。

 で、まず①の「1981年の空軍基地目撃事件」ですが、これは同年1月13日に、サフォークの英空軍と米空軍が共同で運用している空軍基地で、2度にわたって目撃されました。
 
 それも米空軍の副司令官、チャールズ・ホールト大佐らが目撃し、英国防省に報告していたのです。

 それによると、光を放つ、不思議な、金属の飛行物体が、基地近くの森に着陸したんだそうです。飛行物体は三角形をしており、地面に放射痕と、3箇所の、目に見える痕跡を残していたそうです。

 この米軍による目撃報告について英国防省は、報告があった事実そのものを否定していました。ところが、2年後の83年、米国の情報自由法に基づく情報開示請求があり、一転して報告の事実があったことを認めているんですね。

 う~ん、こうなると、信憑性が高まって来るなあ~。

 で、これに追い討ちをかけるように、今回の公開資料には、この目撃事件に関する、面白いエピソードが含まれているそうです。

 4年後の1985年のこと、国防省の前高官が当時のサッチャー政権に対して書簡を送り、そんな否定ばかりしてると、「ババナの皮」で足をとられ、コケちゃいますよ、と警告したんだそうです。

 つまり、サフォークでの目撃証言は、それだけ真実性が高い、わけですね。
(ただし、同省は、この目撃情報をファイル化しただけで、UFOの存在を確認するところまでは踏み込んでいません)

 続いて、②の「1993年の警察官も目撃事件」ですが、これは同年3月31日未明、デボンからコーンウォール、サウス・ウェールズ、シュロプシャーにかけて、30箇所以上の地点で6時間にわたって、双胴の船のような形をした大型の飛行物体が、光を放って飛んでいるのが目撃されたものです。
 で、なんと警察官、軍人合わせて70人もの目撃者がいることが、今回、公開されたファイルで分かりました。

 最後に③の「1995年の少年2人による目撃事件」ですが――これはけっこう、イギリスでは有名な話だそうですが――、今回、開示された国防省ファイルで、これまた詳しいことがわかりました。

 同年5月4日の午後11時ごろのことでした。スタッフォードシャーのチェイスタウン近くの農地に、UFOが着陸しているのを、通りかかった10代の少年2人組が目撃したのです。

 これはお皿を逆さにした円盤形のUFO。下部が赤く輝いていたといいます。4階建ての高さ。2人との距離は12メートルでした。

 そして、な、な~んと、円盤の下から、現れたのは宇宙人。
 な、な~んと、レモンのような頭をした宇宙人ではないか。

 そ、それも、な~んと、英語で、2人にこう言ったそうだ。

   We want you,come with us.

    キミタチガホシイ、イッショニオイデ

 ギョッとした2人、恐ろしくなって逃げ出し、警察に駆け込むことになるのですが、警察官の証言によると、2人の皮膚はな、な~んと、赤く輝いていたそうだ。

 翌朝、警察官が現場に行くと、地元のファーマーがいて、「別に変わったこと、なかったぞがなもし」と、言ったそうです。

 もしかしら、その農業してたおじさん、宇宙人が変身・変装していたのかも????  

 この③についても、英国防省は判断を下していません。(同省の公式見解は、UFOは特に防衛上、大きな問題になっていない(だから無視)という態度だ)

 僕なんか、少年2人の証言の方が、信憑性ありと思うのですが、みなさん、どう思いますか????

 で、最後に、もひとつ、オマケを言うと、今回、解禁されたファイルには、1989年と90年の2度にわたって、ベルギー空軍の戦闘機がUFO迎撃のスクランブルをかけたことも記録されているそうです。
 
 三角形のUFOだったそうです。

 ベルギーの目撃情報がなんで英国防省のファイルの中にあるかというと、3年後、ベルギー空軍の首脳から英国防省に報告があったんです。

 それによると、ベルギー空軍の戦闘機のレーダーは、UFOをたしかにとらえていた(ロックド・オン)していたそうです。でも、その物体が何なのか特定できなかった(ので、攻撃しなかった)んだそうです。

 この時、ミサイルを発射なんかしていたら、UFOが反撃して来て、ちょっとした宇宙戦争になっていたかも知れませんね。

 ちなみに、英国防省ファイルによると、英国でのUFO目撃報告は、1993年から96年の3年間に800件に達しているそうです。

 ということはつまり、イギリスのUFOって、珍しいものでもなんでもなく、ごくありふれた、身近なものなんですね。

 な~んだ、つまらない――ですって???

 ⇒  http://www.independent.co.uk/news/uk/politics/secret-mod-files-reveal-ufos-went-to-the-top-1773100.html

 http://www.guardian.co.uk/uk/2009/aug/17/mod-report-ufo-sightings

                ◎ ◎ ◎
 
 ☆ 新刊NEWS 『NONO頑爺レモン革命』 ☆
     大沼 安史著  定価1680円(本体1600円+税)
  ⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/book/4196.html

 「60年安保」から半世紀を迎える今、平和を、憲法9条をどのように守っていくか。
 「歴史の封印を解き、歴史の真実を見詰め、平和を、9条を守り抜く」異色の政治ファンタジー小説!
 戦後政治最大の謎とされる「M資金」に日本・オランダ混血の美少女NONO(のの)が挑み、 頑爺(がんじぃ)が「9条」を守る「改憲」阻止の闘いに、命の炎を燃やす。 6月15日、夜の国会前・・・イマジン! 「レモン革命」の奇跡が起きる! 卒業式の日の丸・蒸発事件をテーマにした『緑の日の丸』の続編。小田実氏へのオマージュ!
  
 ネット購入は ブックサービスで ⇒ http://www.bookservice.jp/bs/PSRRES1001.do?doWindowDispatch=book&ssc=1&sk=01&scn=I490418419X

 AMAZONでは取り扱っていません。善処を申し入れていますが……

Posted by 大沼安史 at 10:25 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-08-18

〔いんさいど世界〕 「日本崩壊」の政治災害下、「リベンジ選挙」がスタート 英紙が「日本貧困譚」 皇居近くに難民村 100円コーヒーで終日、過ごすホームレスたちの沈黙……「一票」に怒りを込める時が来た!

  総選挙告示の今朝、地元・仙台の東北放送のラジオ生番組に出演した。午前8時30分――選管での立候補受付開始時刻。
 遂に選挙戦、ヨーイ・ドン。

 「今、私たちは歴史的な瞬間を迎えているのかも知れませんね」――思わず、こんなコメントをしていた。

               ☆

 番組で私は、総選挙に関して、2点、指摘した。

 ひとつは、今回の選挙が、パーフェクト・ストームの中で迎える選挙であること。

 この「パーフェクト・ストーム」とは、完璧な暴風雨状態、これ以上、ひどいものはない、最悪の嵐(ただし人災)のことである。

 アメリカの保守派のコメンテーターの表現をかりたものだが、今回の総選挙は、生活崩壊、経済崩壊、政治崩壊という、最悪の状況で戦われる選挙だという意味である。

 日本崩壊の中で突入した選挙戦――

 ここから、2点目のポイントが導き出される。    

 「今回の総選挙は単なるチョイスの選挙ではない。有権者が自分たちの政権を創り出し、永田町に据える選挙だ」

 政治の消費者から、政治の生産者へ。

 私たちは今や、それほどまでに追い込まれているのだ。

               ☆

 世界的な経済紙、フィナンシャル・タイムズ(F・T)に、日本の「政治災害」による難民たち(ホームレスたち)に焦点を合わせた記事が載っていた。

 ⇒ http://www.ft.com/cms/s/0/3c619350-8b4a-11de-9f50-00144feabdc0.html

 「最も弱い人々に、安堵できる展望はない」

 その記事を読んで初めて知った。

 東京の皇居近くの公園にまで、テント村が出現している、というのだ。

 日本のマスコミでは(たぶん)報じていない「ニュース」だ。

 ホームレスの人たちは住民登録をしていない(以前、しただけ)だから、選管から届く「入場券」を持ってはいないだろう。

 しかし、「有権者」には変わりない。

 そのテント村へ出かけて、「清き一票を」と頭を下げる、政権党の候補者はいるのだろうか?

               ☆

 FT紙の記事には、100円のコーヒーで、終日、「マック」で時間を過ごす、ホームレスたちの「沈黙」のことが書かれていた。

 そんな「マック」の前を、選車は何度も通り過ぎたことだろう。

 選挙戦初日、「マック」に入り、ホームレスたちと握手を交わした(交わせた)政権党の候補はいただろうか?

               ☆

 麻生総理総裁が行かねばならないところは、「アキバ」ではなく、「テント村」や「マック」だろう。
 政権党の国会議員が行って頭を下げねばならないのは、「靖国」ではなく、「テント村」や「マック」だろう。

  「今日の繁栄を築いた英霊」に感謝する気持ちがあるなら、「今日の繁栄を築き、挙げ句の果てに弾き出された」、苦悩の魂をもってこの世を生きる「政治難民」の諸氏に対して、どうして「申しわけない」の一言も言えないのか!

 未曾有の政治災害、未曾有のパーフェクト・ストームを引き起し、人々を悲惨の底に突き落としたことをまずもって反省し、全国津々浦々の政治難民たちに謝罪してから、選挙運動を始めるのが筋というものではないか!

               ☆

 「リベンジ選挙」である。
 「一票」でもって、人々が繋がり、そのことで、たった一枚の投票用紙に歴史的な重みが加わった、おそらくは史上初の、連帯感と危機意識、そして再生への一縷の望みをかけて行われる、腐敗・酩酊・金満・無責任政治家・在庫一掃処分の「総世直し選挙」である。

 テントの中にうずくまり、マックのイスで口を噤まざるを得ない同胞の心を思い、怒り込めて、私もまた、「一票」を投じることにしよう。

  新刊NEWS NONO頑爺レモン革命 
     大沼 安史著  定価1680円(本体1600円+税)
  ⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/book/4196.html

 「60年安保」から半世紀を迎える今、平和を、憲法9条をどのように守っていくか。
 「歴史の封印を解き、歴史の真実を見詰め、平和を、9条を守り抜く」異色の政治ファンタジー小説!
 戦後政治最大の謎とされる「M資金」に日本・オランダ混血の美少女NONO(ノノ)が挑み、 頑爺(がんじぃ)が「9条」を守る「改憲」阻止の闘いに、命の炎を燃やす。 6月15日、夜の国会前・・・イマジン! 「レモン革命」の奇跡が起きる! 卒業式の日の丸・蒸発事件をテーマにした『緑の日の丸』の続編。小田実氏へのオマージュ!
  
 ネット購入は ブックサービスで ⇒ http://www.bookservice.jp/bs/PSRRES1001.do?doWindowDispatch=book&ssc=1&sk=01&scn=I490418419X

            
 

Posted by 大沼安史 at 07:32 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2009-08-01

〔いんさいど世界〕 小泉ジュニアは米国タカ派の公認ポチ候補?

 小泉純一郎元首相の次男、進次郎氏(28歳)が、米海軍の海軍基地、ヨコスカのお膝元、神奈川11区から、自民党の公認候補として出馬する。

 街頭で交差した、同学年の「よこくめ勝仁」候補の、「握手を」の呼びかけを無視した、ふてぶてしい態度は、どうやら父親譲りのようだが、今、問題にしなければならないのは、そうした「性格」のことではない。
 
 ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=JhFUYwt3kfY
 ⇒  http://www.youtube.com/watch?v=w645WnLs2t8

 「握手」する・しない、より、もっと重要な問題は、この小泉ジュニアが、米国のタカ派の手元で育てられた、政治的な出自の持ち主であることだ。

 日本のジャーナリズムは、プロモーション中のタレントのように、ジュニアの街頭活動を追うのではなく、この二世、いや三世議員候補の、政治的なバックグラウンドを探る必要がある。

              *

 小泉進次郎氏の公式HPによれば、コロンビア大学の大学院を修了し、その後、間もなく、「米国戦略国際問題研究所(CSIS)」の「研究員」となったとある。

 ⇒  http://www.jimin.cc/koizumi/  

 問題はこの「CSIS」なる研究所がどういうものか、だが、それはさておき、まずもって確認しておきたいのは、このジュニアがCSISの研究員になった時期について、である。

 氏の公式HPによれば、CSIS入りは、2006年(平成18年)6月。
 
 ということは、つまり、父、純一郎の首相在任中のことだ。(純一郎首相は同年9月26日まで在任)

 父親の七光りがあった、とは思いたくないが、進次郎氏を「研究員」として採用するCSIS側に、日本の現職首相の愛息であるとの認識がなかったわけではあるまい。
 CSISには「対日問題の研究チーム」(ジャパン・チェア)もあるからだ。

 この「2006年6月」は小泉首相の時代であるとともに、もちろん、ブッシュの時代でもあった。
 日米蜜月時代――そのあきれ果てた親密さのクライマックスが、同年7月1日の、パパ小泉のメンフィス訪問だったことは、なお記憶に新しい。

 ブッシュ夫妻も同行した「プレスリーの聖地」への旅に、ジュニア・進次郎氏は同行したのだろうか?

              *

 ジュニア・進次郎氏のCSIS入りの時代的な背景を確認したところで、次の問題は、「で、CSISって何?」ということになる。

 ジュニアが大学院を修了したコロンビア大学はニューヨークにあるが、CSISはワシントンにある。

 1964年、バーク(海軍提督)とアブシャー(のちのレーガン政権高官)の両氏によって、ジョージタウン大学内の機関として発足、その後、独立して今に至る、ヘリテージなどと並んだ、米国タカ派の代表的な研究所として知られる。

 現在、理事としてキッシンジャーやブレジンスキー(コロンビア大学)、スコウクロフトらが名を連ねているが、私が個人的に注目するのは、CSISの「お抱え学者」として、フレッド・イクレがでんと居座っていることである。

 イクレはレーガン時代に、ワインバーガー国防長官、及び、レーガンに振り付けした、「核の神学者」で、空前の大軍拡のイデオローグだった人物。

 イクレが仕切った、このレーガン時代に、権力の座にありついた連中(ウォルフォウィッツら)が、クリントン時代の空白を経て、再び権力の蜜に群がったのが、息子ブッシュの時代。

 CSISとはつまり、こうした軍事タカ派の中枢シンクタンクであるわけだ。

 ブッシュ=小泉の時代に、ジュニア・進次郎氏がCSIS入りできた背景には、こうした政治的な流れがあったのである。

               *

 さて、このCSISのジャパン・チェアに就いているのが、マイケル・グリーン氏(ジョージタウン大学助教授)だ。(ジュニア・進次郎氏はどうも、このグリーン氏の下で、日米関係の分析の仕事をしていたようだ)

 ワシントンでは、今や希少動物と化したジャパノロジストの一人として、日本のマスコミの寵児扱いされている、このグリーン氏の最近のCSIS論文が面白い。

 (⇒  http://csis.org/files/publication/090519_platform.pdf )

 なかなか為になる。アメリカの保守派(タカ派)の対日観を理解することができるからだ。

 グリーン氏が同僚のニコラス・スジェツィニー氏とことし5月19日付で、共同発表した、このCSIS論文のタイトルは「政治的な不確実性にもかかわらず、日本はなお軍旗を高く掲げることができる(Despite Political Uncertainty, Japan Can Still Show The Flag.)」。

 こんな「タイトル」を聞かされただけで、日本の「ポチ」イメージが、「米軍旗」を担がされた「のらくろ」イメージに変化してしまうが、そこにはたとえば、ジュニア・進次郎氏のパパ・純一郎元首相について、以下のような記述がある。 

 For those in Washington who benefited from the predictability of the Koizumi years, it is hard not to feel some sympathy for alliance managers facing the current circumstances.

 懐かしき「小泉の歳月」! あの頃はよかったなぁ~! 小泉の下で日本は「予測可能だった」から。それに比べると、いまに日米同盟のマネージャーたちに同情したくもなるよなぁ~!

 と、まあ、大体、こんな意味だが、「予測がついた」とは、日本の「軍旗のらくろ」総大将が、ブッシュと親密で、噛み付かれる心配はなかったということだろう。

 ここで話を元に戻すと、だから、ジュニア・進次郎のCSIS入りは、こうした「予測可能性」のあった、よき時代での出来事であったわけだ。

                *
                 
 そんなCSIS出身の進次郎氏に、日本のポチ政治家に、CSIS以下、アメリカの軍事タカ派は何を期待しているかは、最早、言うまでもなかろう。

 ここで再び、グリーン氏らの論文を引用して紹介すると、なんと、こんなことまで言い切っているのだ。

 If one looks beyond the political headlines and examines the politics of Japanese security policy more closely, it is striking how many new precedents are being set. Over the past month, the Self Defense Forces (SDF) have demonstrated capabilities and doctrine on missile defense and antipiracy that would have been unthinkable even a few years ago. Meanwhile, officials and scholars are laying the conceptual groundwork and building a strong consensus for new National Defense Program Guidelines (NDPG) that will position the SDF to increase capabilities even further in the years ahead.

 (政権が交代しようと)な~に、大丈夫。もう、ちゃっと仕掛けは、打ってあるから、気にしない、気にしない。先月なんか、日本の自衛隊、ミサイル能力、見せてくれたじゃない! 日本の当局者も学者たちも、ほか、あの日本の「新防衛大綱」、地ならししてくれているしさ。もう、大丈夫! 

 こういうグリーン氏の下で、ジュニア・進次郎氏は鍛えられたのである!(洗脳された!)のである――これこそ、日本のマスコミが追及すべき大問題ではないか。

 あなたはどう思っているの? 軍旗、掲げよ(ショー・ザ・フラッグ)と命令されたら、言われた通りにするの?――と、まずもって問い質すのが筋ではないか?

 握手した・しない、が問題ではない。問題は、ジュニア・進次郎よ、お前はポチなのか――である。お前は、タカの言いなりになって動く、ポチなのか?????

 自民党の防衛族の中には、「敵ミサイル基地攻撃能力を持て」などと狂ったようなことを言い出している連中もいるが、そうした動きを、CSIS研究員だった、ジュニア・進次郎氏よ、君はいったい、どう考えているのか?

   
 小泉進次郎氏よ! 国政選挙に出る以上、君には、握手に応えなくとも、政治的な信条を問う問いには明確に答える義務がある。
 

Posted by 大沼安史 at 10:07 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-07-29

〔いんさいど世界〕 「神の国」はいつでもどこでも「死の教育」

⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog2/2009/07/post-f84e.html

Posted by 大沼安史 at 09:25 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-07-24

〔いんさいど世界〕 ないない尽くしのアフガン……ウィリアム・ファフ氏、そして、故・藤村信氏のこと

 米ネット誌、「トルースディグ」に、パリ在住の米国人ジャーナリスト、ウィリアム・ファフ氏の論説、『計画通りに行かないアメリカの戦争』が載っていた。

 言うまでもないことだが、ファフ氏は、今は亡き、あの「パリ通信」の藤村信氏(熊田亨氏)のように、パリを拠点に国際情勢を追い、観察結果を記事に書き続けて来た、ベテラン・ジャーナリストだ。
 蓄積があるから、パースペクティブのある記事が書ける。つまりは、信頼できる、大記者。だから、折に触れて目を通す。

           *

 ファフ氏によれば、欧州では、アフガンは米国にとって「新たなベトナム」だという見方が広がっている。アフガン=第2のベトナム戦争。

 ま、ここらあたりは常識的な指摘だが、ファフ氏はさらにグイと踏み込み、「ベトナムよりもっとヒドイ(悪い)」と、イッキに核心に迫る。

 なぜか?

 「ベトナム」には少なくとも、ハッキリした「敵」がいた。「北」には責任ある共産主義者の「政府」があった。
 そして、アメリカにはそこで戦う(的外れではあったが)「理論」があった。(空爆、ゲーム理論)

 「アフガン」にはそれがない。「空爆」できる「タリバン政府」という実態がない。「タリバン」は確かに敵だが、いつの間にか、消えてしまう敵だ。
 だから、アメリカはタリバンを「降伏」に追い込むことはできないのだ。

 では、アメリカに、アフガンで戦って勝つための「理論」があるかというと、それもない。  

 ないない尽くしのアフガン。

 それをファフ氏は一言、The “no’s” have it. と言っていた。

           *

 日本には残念ながら、藤村信氏亡き後、このレベルの、このクラスの大記者は(ほとんど)いない。

  ああ、ホントニ残念なことだなぁ~。

 で、仕方なく、藤村信さんが元気でいらしたら、きっと、こんな「題」の「カブール通信」を書いたはずだ(と勝手に思う)。

 私は一度だけだが藤村信さんの謦咳にふれたことがあるので(この強引な論?法!!)、どんな「題」のレポートを書くか、それだけは分かるのだ。

 そう、きっと、こういうタイトルに決まっている。

 「アフガン 砂漠に乾いたもの」―― 

 ファフ氏の “NO’s” に響きあう題だ。

 ⇒  http://www.truthdig.com/report/item/20090723_us_foreign_wars_not_going_according_to_plan/
 

Posted by 大沼安史 at 09:31 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-07-23

〔いんさいど世界〕 民主党はポチにならない?……FT紙が「自民党」後の日米関係で解説記事 (以下は本ブログの提言)麻生首相よ! 立て! 吠えろ! 噛み付くんだ!

 フィナンシャル・タイムズ紙が「自民党」支配崩壊後の日米関係を展望する解説記事を掲載した。
 筆者は同紙アジア・エディターのデイビッド・ピリング氏(前東京支局長)。

 ピリング氏によれば、「日本の戦後体制」は「2本の柱」に支えられて来た。
 このうちの一本、「自民党(LDP)」が「今、瓦解しようとしている」。

 で、問題は――(自民党支配の崩壊はすでに自明のことだから)、もう1本の柱である「日米関係」がどうなるか?……だが、この点についてピリング氏は、最初の柱、自民党の崩壊を前提に、「民主党の日本」と「アメリカ」の、新しい日米関係の展望に筆を進めている。

 同氏によれば、差し迫った民主党(DPJ)の勝利は、単なる政権交代で終わらない。
 戦争を強く記憶していない政権が史上初めて、日本に誕生し、戦争の罪過、戦後の米国依存にこだわらない、新たな日米関係を模索するだろうとしている。

 そしてその日米関係を――難しいことだが――、日本とアジア・中国との絆を認めさせたものに築き上げようとするだろうと見ている。

 まあ、当然といえば当然の結論だが、ピリング氏の解説記事の結びに、日本の民主党政権のワシントンに対する姿勢に関する、アメリカのコメンテーターの、気になるコメントが出ていたので、記憶(記録)にとどめることにしよう。

  “Sit, stand, bark! They’re just not going to do that any more.”

  「お座り、立て、吠えろ」――彼らはもう、それをしないだろう。

 日本の自民党のポチぶりを下敷きにした指摘だが、それにしても情けない。

 これもピリング氏の記事の中で出てくることだが、ヒラリーは2007年のForeign Affairs誌に寄稿した論文の中で、

  the Sino-US relationship was(is) the world’s single most important.

 と書いていたそうだ。

 「日米関係は」の誤りではない「米中関係」は世界で最も重要な、唯一の二国間関係である、と、ヒラリーは言い切っていたのだ。

 本音なのだろう。このヒラリーの記事を読んで、日本の政府、外務省がどんな反応をしたか、知りたいものだワン。

 最後にもうひとつだけ、ピリング氏の記事の中で気になったことを。

 それは、氏が麻生首相のことを、

  Taro Aso, Japan’s walking-dead prime minister,

 と書いていることだ。

 麻生首相は毎朝、ウォーキングで健康づくりに余念がないが、「歩く屍」とは、(たぶん)的確な表現(英語のネイティブではないので、小生としては断言できない)ながら(?)、いささか語弊がある表現ではある。 

 自業自得とはいえ、自分の国の首相が、ここまでバカにされているかと思うと、ますます情けない。

 このまま、引き下がったらオトコが廃る!――だよね。

 そこで本ブログとして提案!

 麻生首相よ、どうせ、政権を追われるんだ。
 国民が知らない「日米密約」、まだいっぱいあるだろうから、イタチの何とやらで、いっそのこと、全部、バラしたらどうだ!

   “Stand, bark, attack! ”

 ポチよ、立て! 吠えて、噛み付け! バラすんだ!
   

 ⇒  http://www.ft.com/cms/s/0/b74b3e26-770a-11de-b23c-00144feabdc0.html
 

Posted by 大沼安史 at 08:37 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-07-16

〔いんさいど世界〕 オバマよ、学生当時の「ヴィジョン」を忘れるな! 「核のない世界」をつくれ! ヒロシマ・ナガサキに来るんだ! そして……HAARPを破壊せよ!

 ファッション・デザイナーの三宅一生さんがニューヨーク・タイムズ紙に「閃光の記憶」という文章を寄稿し、オバマ大統領にヒロシマを訪れ、「平和橋」を渡るように求めた。

 私は三宅一生さんの文章に感動し、勝手に非公式の全訳をブログに掲載した。
 (⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2009/07/for-the-record-.html )

 オバマもきっとニューヨーク・タイムズで読んだはずだ。 

  Every step taken is another step closer to world peace.
 (ひとつの歩みは、世界平和に、一歩、近付くことである)

 オバマもきっと感動したに違いない。

               *

 先日、同じニューヨーク・タイムズ紙(7月5日付)に、「オバマの青年時代が、彼の、核のない世界のヴィジョンをかたちづくった」という見出しの記事が載っていた。オバマの学生時代の話だった。
 (⇒ http://www.nytimes.com/2009/07/05/world/05nuclear.html?_r=2&hp )

 オバマは、ソ連を「悪の帝国」として大軍拡を進めた、あのレーガンの時代に、ニューヨークのコロンビア大学で学んだ。

 その時(1983年に)、「サンダイアル」という学内誌に寄稿した論文(そう、彼も寄稿したのだ!)が、昨年末、同窓のOBの手で「発見」された。

 「戦争メンタリティーを打ち破る」というタイトルの記事で、その時すでに、四半世紀後の未来の大統領は「核のない世界(a nuclear free world)」のヴィジョンを語っていたのである。

               *

 「核のない世界」――これはオバマがベルリンで語り、プラハで語った希望の言葉だ。
 アメリカの大統領(候補)が、ここまで言い切る……これはかつてなかったことだ。

 オバマは学生時代のヴィジョンを捨てずに生きて、大統領として発言したのだ。

 オバマはコロンビアの学生時代、マイケル・バロン先生の国際関係論のゼミに入り、「大統領としてロシアとどう交渉すべきか」論文に書き、提出していたそうだ。(A評価だった!)

 そして今、ロシアの大統領と話し合い、新たな核削減交渉に入ろうとしている……!

               *

 米ロ交渉は今後、とりあえず、核弾頭数の削減ということになるだろうが、私がオバマ大統領にお願いしたいのは――それは世界の多くの人々が願っていることだが――、レーガン時代の「スター・ウォーズ」の落とし子である、あの「HAARP」を廃棄して欲しいことだ。

 HAARP(Frequency Active Auroral Research Program=高周波活性オーロラ調査プログラム)。
 アラスカのフェアバンクス郊外の原野で1980年代の終わりから建設が始まり、2005年に完成したものである。

 アラスカ大学が研究機関として関与しているが、米国防総省のファンドを下に、米空軍・海軍が合同委員会を設けて運用にあたっている謎の施設である。

 このHAARPについて、ロシアの国会が2002年8月、米軍の「新たな統合地学兵器(integral geophysical weapon)」である、との声明を発表、国連にアピールしたことを、オバマ大統領――あなたは知っているはずだ。
 (⇒ http://www.rense.com/general28/deathray.htm )
 

               *

 地上のアンテナ群から電離層に向かって、360万ワッツの電波を集中照射し、電離層のターゲットを数千度の高熱の温めるなどして、

 ① 電離層を押し上げて、ソ連のICBMをプラズマで破壊(「スターウォーズ」計画の構想)するほか、

 ② その際、生まれた低周波の電波を地表・地中に向かって反射させ、人工的に大地震を引き起す、とともに、

 ③ 人間の脳と同じ低周波でもって、人間の精神活動を破壊する

 ――もので、ロシア議会のみならず、世界の人々から批判が高まっている存在であることを、オバマ大統領、あなたは知っているはずだ。
 (ネットでは、中国の四川地震は、HAARPによる攻撃だという説さえも飛び交っている!
  ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=AYA8avPrygA&feature=fvsr 

  6月29日、ニューヨークの上空に現れた、不気味なオレンジ色の乳房雲も、HAARPのせいだする憶測さえも飛び交っている。
  ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=Mea9jXGG7XU&feature=related 
 
  世界はそれだけ恐怖しているのだ! )

               *

 HAARPの危険性については、世界的に名高い、カナダの女性科学者でカトリックの尼僧でもあるロザリー・バーテル博士も警鐘を鳴らしている。
 (⇒ http://www.youtube.com/watch?v=OEFJGDurfa4&feature=related )

 オタクの「妄想」ではなく、バーテル博士の指摘である。

 重く受け止めるべきだ。

 私見を言わせていただけば、HAARPは「核」と並ぶ、究極の「絶対兵器」である。この地上にあってはならない兵器である。

               *

 オバマよ、ヒロシマに来て、「核」と「HAARP」の廃棄を語れ!

 

Posted by 大沼安史 at 05:50 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-07-09

〔いんさいど世界〕 「私はウイグル人の涙」 “ウイグルの母” ラビア・カーディルさん、中国大使館に抗議デモ

 アメリカのワシントン郊外で、「ウイグルの母」と呼ばれる、ラビア・カーディルさん(63歳)が亡命生活を送っている。

 世界ウイグル会議の議長、ウイグル民族の「母」は、自ら11人の子の母である。
 うち、息子2人は中国の刑務所に囚われているそうだ。

 新彊ウイグル自治区の生まれ。レストラン、小売店などを経営する実業家として成功したが、1999年、中国当局に逮捕され、釈放後、2005年に米国に亡命した。

 その「ウイグルの母」が7日、ワシントンの中国大使館に抗議デモを行ったことを、ワシントン・ポスト紙で知った。

 デモには100人を超す在米ウイグル人が参加した。
 
 青と白のウイグルの旗を持って。髪の青く染めた参加者もいたそうだ。

 ラビアさんは通訳を通して、こう語ったそうだ。

 「毎日、ウイグル人が死んでいます。私は自分をウイグル人、数百万人の声だと考えています。私は彼・女らの涙だと、自分のことを考えています」 

 「中国政府は私たちをとても抑圧しています。私たちウイグル人は私が欲していることを欲しています。自由が欲しいのです」

 ウイグル語が禁じられ、イスラムの祈りも禁じられ……今回のウイグル人の「決起」の背景には、経済的な困難に加え、民族的な誇りを奪われて来た悲しみと怒りがあるようだ。

 デモには、ラビアさんの末っ子(末娘)の大学生、ケケヌス・シディクさん(19歳)も参加、英語でこう叫んだそうだ。

 「私たちはあまりにも長い間、騙され。殺され、レイプされ、犯され、奪われ。裏切られ、捨てられ、売られ、拷問にかけられて来た」と。

 ラビアさんは赤いケータイを持ち歩き、そのケータイで現地と連絡を取っている。

 中国当局は彼女を暴動の扇動者としているが、ラビアさんはこれを否定。「中国の警察が挑発した結果」と、非難している。

 チベット人にとって「ダライ・ラマ」が精神的な支えであるように、ラビアさんはウイグル人の希望の拠りどころだ。

 ラビアさんは、ウイグルの黒い角帽を被ってデモ隊を率いた。お腹が空くと、腰と下して、持参したオニオンとグリーンペッパーのピザ・スライスを食べたそうだ。

 中国の一人っ子政策を無視して、11人もの子を産んだ「ウイグルの母」は強し!

 
 ⇒  http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/07/08/AR2009070804141.html?hpid=artslot

    http://www.allfacebook.com/2009/07/rebiya-kadeer-urumqi/
 
   写真 ⇒ http://www.google.co.jp/imglanding?imgurl=http://www.epochtimes.de/pics/2008/04/29/xxl/2008-04-29-xxl--20080419_Rebiya_Kadeer_12.jpg&imgrefurl=http://www.epochtimes.de/articles/2008/04/29/275955.html&h=600&w=800&sz=84&tbnid=rBBBBYiJLSxJsM:&tbnh=107&tbnw=143&prev=/images%3Fq%3DRebiya%2BKadeer&hl=ja&usg=__fxmQCkqEqPaT6FGIr7X_Ty-NzgA%3D&ei=YcNVSun1N6aI6wOo44TGDw&sa=X&oi=image_result&resnum=7&ct=image&q=Rebiya+Kadeer&start=0#start=1

  WIKI 英語 ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Rebiya_Kadeer

   同 日本語  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%93%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%AB

  日本での紹介 ⇒ http://www.geocities.jp/kokok0512/

  アムネスティ(フランス)⇒ http://www.amnesty.fr/index.php?/amnesty/agir/campagnes/femmes/droits_des_femmes/defenseures/chine_rebiya_kadeer

Posted by 大沼安史 at 08:40 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-07-01

〔いんさいど世界〕 イラン 若者の革命

 ディリップ・ヒロ(Dilip Hiro)というロンドン在住のインド系の作家・評論家がいる。
 中東問題に関するこの人の論説には、いつも教えられることが多いが、今回のイラン「緑の革命」でも、そうだった。問題の所在、背景を、わかりやすく的確に示してくれているので、門外漢の私にはありがたい。
 ⇒ http://www.tomdispatch.com/post/175089/dilip_hiro_the_weeks_of_living_dangerously
 
 とくに人口学的な背景説明には目を開かされた。
 あの1979年の「イラン革命」から1999年までの20年間に、イランの人口は6500万人に倍増、総人口の3分の2が25歳以下になったそうだ。
 「シャーの時代」を知らない世代が、圧倒的多数を占めているのである。

 学生は3倍し、女性のシェアはなんと60%に。テヘラン大学では全学部で男子学生を上回っているのだそうだ。

 若者の国、若い女性の国、イラン。

 ヒロ氏によると、イランで宗教的な締め付けが緩んだのは、1997年以降のハタミ政権の時代。
 ロックコンサートも、NGO(非政府組織)も容認されるようになった。

 そんな「自由化」が逆コースをとるのは、とくに2005年以降。アフマジャネドが政権に就いてから。宗教警察が街頭で服装をチェックし、大学では男女、席を同じうせず、という事態が生まれた。

 通りで手を握り合うこともできない若者たち。

 今回、若者たちが立ち上がった背景には、こんな「神の国・反革命」があったわけだ。
 
 若者が求めるデモクラシー、人権、表現の自由が、イスラムの支配ともろにぶつかり合った――これが今回の「イラン・緑の革命」の本質である。
 
 ヒロ氏が、「イスラム」と「デモクラシー」の衝突が起きている、と指摘しているのは、こうした事情があるからだ。

 政治分析における人口学的視点の重要性は、フランスのエマニュエル・トッドも指摘しているところだが、イランがここまで「若者の国」化している以上、「神の国」側がいかに弾圧強化で臨んでも、デモクラシーへの流れを阻み続けることは難しかろう。

 Greening of Iran――イランは「イラン革命」を、つまりは「シャーの時代」を知らない世代によって、CIAが打倒した「シャー以前」の民主政権の時代へと、遡行しつつ前進(Back-to-the Future) しようとしているのかも知れない。  

 

Posted by 大沼安史 at 07:52 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-06-28

〔いんさいど世界〕 イラン 「神の国」情報戦争

 イランの民主化闘争をめぐって、ネット情報戦争が起きている。
 抵抗する市民と、弾圧する「神の国」当局の間で、「コミュニケーション」をめぐる闘いが続いている。

 民衆のコミュニケーションを断ち切ろうとする「神の国」側は、既報の通り、ムサウビ氏のウェブ・サイトをハッカー攻撃し、閉鎖に追い込んでいる。
 ⇒  http://server307.webhostingpad.com/suspended.page/
 
 アナクロな「神の国」らしくない所業だが、米紙ウォールストリート・ジャーナル(WSJ)によれば、イラン当局はヨーロッパのテレコム企業の援助で、世界最高レベルの「ネット検閲・コントロール」メカニズムを整備し、民衆のネット・コミュニケーションを大量にスクリーニングしているというから、サイトの閉鎖など、お茶の子さいさい、ということか。

 WSJによれば、イランが「モニタリング・センター」で運用しているのは、DPI(ディープ・パケット・インスペクション)という監視システムで、ネット利用者のウェブ閲覧、Eメール、友人同士のダウンロードなど、ほとんど全てを傍受することができるそうだ。
 ⇒ http://online.wsj.com/article/SB124562668777335653.html

 こうしたオーウェル的な監視社会化の中で、イランの民衆がネットを通じたコミュニケーションを守るツールにしているのが、当局の「オンライン検閲」の防火壁をかいくぐることのできる「ゴーストネット」ソフトウエアだ。

 カナダの企業が開発したもので、AFP通信によれば、この10日間に18000人もイラン人がダウンロードしたという。
 ⇒ http://www.google.com/hostednews/afp/article/ALeqM5gcMQujm9uRlw0hHaQBlWxr_K90nA 

 「ゴーストネット」――幽霊ネットとはおもしろいネーミングだが、これを使えば、たとえば「FACEBOOK」に開設された、ネダさんを悼むコミュニティー、「イランの天使」サイト (⇒ http://www.youtube.com/watch?v=B7l1MruLmgE )にも自由にアクセスすることができるし、ユーチューブの「映像」にもアクセスすることが可能だ。

 いうまでもなく、コミュニケーションは社会運動のライフライン。最後の、最高の砦である。
 「神の国」において、死守されるかどうか、そこにイラン「緑の革命」の成否がかかっている。
 
  

Posted by 大沼安史 at 06:19 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-06-19

〔いんさいど世界〕 アウシュビッツで闘った「あしたのジョー」たちの話

 ことしは「アンネの日記」のアンネ・フランクさんの生誕80年の記念の年です。
 誕生日は、1929年6月12日。

 そう、生きていれば(15歳でナチスのベルゲン・ベルゼン収容所で亡くならなければ)、今月の12日で、満80歳になったはず。

 日本では、80歳で、元気いっぱいなおばあちゃんたちはフツーですね。そのおばあちゃんたちが10代半ばの乙女だった頃……といったら、そんなに昔のことじゃありません。歴史的には、ついこの間、ナチスによる、あんなひどいことがあった! 忘れてはならない歴史の教訓です。

 で、今日は、日本ではあまり知られていない、ナチス時代に実際にあった話、「アウシュビッツの、あしたのジョー」の実話を。

 ことしの春、4月26日、サラモ・アラウチさんというギリシャ出身のユダヤ人男性が、イスラエルでお亡くなりになりました。86歳でした。アンネ・フランクさんより、6歳年上、ですね。

 そのサラモさんの訃報をイギリスの新聞(電子版)で読んで、この方のことを知ったのですが、サラモさんはナチスの収容所で――あの悪名高き「アウシュビッツ」で生きるために闘い続け、移送先のベルゲン・ベルゼン(そう、アンネ・フランクさんが赤痢でなくなったところですね)で解放の日を迎えた方なんです。

 生きるための闘い……「アウシュビッツのあしたのジョー」。そう、サラモさんはボクシングの闘いの日々を生き抜いたんです。

 サラモさんはギリシャのテッサロニキの出身。子どもの頃から、港で沖仲士(港湾荷役)として働き出しました。腕っ節が強かったそうです。お父さんの指導でボクシングの練習を始め、14歳でデビューしたそうです。その後、2年間(1939年まで)の戦績は、24戦24KO。ギリシャ国軍のボクシング・チームにも選ばれたそうです。

 そんなサラモさんの住むテッサロニキに、ナチスがやって来て占領した。テッサロニキには当時、ユダヤ人が4万7千人、住んでいたそうですが、みんな強制収容所に送り込まれた。(生き延びた人は2000人だけだそうです)

 サラモさんの家族もアウシュビッツに送られたのですが、お母さんと3人の姉妹は着いたとたん、ガス室送りになったそうです。(サラモさんは後で、お父さんともう1人、お兄さんか、弟さんかを、アウシュビッツで亡くしています)

 アウシュビッツに着いて間もない頃、ナチスの司令官が車で収用棟に乗りつけ、「ボクサーはいないか?」と言ったんだそうです。サラモさんは当時、16歳。アウシュビッツに着くまでに疲労困憊し、怯え切ってもいたのですが、一歩前に踏み出したそうです。

 リングは、土の上に線を引いただけ。グローブを渡され戦わされた。最初の相手は、「チャイム」という名のユダヤ人。この相手をノックアウトすると、次の相手は身長180センチ以上あるチェコ人だった。

 サラモさんは167センチで、体格ではかなり劣っていたのですが、これもノックアウトで地面に沈めたそうです。

 それ以来、毎日、ちゃんとした食事を与えられ、週に2、3回のペースで、リングに上る生活が始まったそうです。

 負けたら死が待ち受ける、苛酷なルール。そんな生と死の賭かったボクシングの試合を、収容所のナチたちは酒を飲みながら面白がって観ていた。どっちが勝つか賭けをして。

 サラモさんは結局、1945年、ベルゲン・ベルゼンへ移送されるまで、ざっと200戦、対戦したそうです。
 
 赤痢にかかっていた時、2回、引き分けただけで、あとは連戦連勝だったそうです。

 サラモさんはギリシャ時代、「バレエダンサー」と言われたくらい、フットワークがよかったそうです。それで、勝ち続けることができた。

 最大のピンチは、ドイツ系ユダヤ人ボクサー、クラウス・シルバーさんとの戦いでした。クラウスさんは、収容所に来る前、アマチュア時代、44戦全勝だった人で、アウシュビッツに来てからも、100戦以上、勝ち抜いていた。

 大変な試合になったそうです、最初、クラウスさんがサラモさんをダウンさせる。にもかかわらず、サラモさんは立ち上がり、逆にクラウスさんをノックアウトした。

 サラモさんは試合後、クラウスさんの姿を見ることがなかった。クラウスさんのような強い選手でも、決まり通りに、殺されてしまったのですね。

 サラモさん自身、何度も、もういやだ、殺されてもいい、戦いたくないと思ったそうです。

 それでも戦い続けたのは、アウシュビッツで見たことを、世界に告げるんだという「熱い決意」があったからだそうです。そういう使命感もあって、戦い続けることができたのでしょうね。

 でも、内心はどんな辛かったことでしょう。
 生き抜くには勝たなければならない、しかし負けた相手は――同胞は、死なねばならない……

 それを喜んで観ていたナチス……

 これはもう「あしたのジョー」を超えた、ほんとうに物凄い、惨い話ですね。

 生き延びたサラモさんはベルゲン・ベルゼンで会ったユダヤ人女性と結婚し、パレスチナに移住、お子さんを4人授かり、運送業でも成功、幸せな人生を送るのですが、今から20年前、自分をモデルにした映画の撮影で、アウシュビッツに戻ったことがあるそうです。

 「私は心の中で、両親にあった。そして泣き出した」と、その時のことを語っています。

 サラモさんは「明日」をつかみましたが、闘いに敗れ、明日をつかめずに死んでいったボクサーたちもたくさんいた。

 「アンネ・フランク」さんとともに、私たちはサラモさんら、ナチの収容所で闘った「アウシュビッツのジョー」たちのことを、忘れてはなりません。 

⇒ http://www.telegraph.co.uk/news/obituaries/5258959/Salamo-Arouch.html

http://www.independent.co.uk/news/obituaries/salamo-arouch-boxer-who-stayed-alive-in-auschwitz-by-fighting-200-exhibition-bouts-for-nazi-officers-1689791.html

Posted by 大沼安史 at 05:38 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-06-16

〔いんさいど世界〕 100万人が抗議デモ 「イラン・運命の日」&「雨の中のメーク・ラブ」 ロバート・フィスク記者@テヘラン 

 英紙インディペンデントのロバート・フィスク記者がテヘラン入りして、現場からレポートを続けている。

 16日の同紙(電子版)でのレポートのタイトルは「イランの運命の日」。

 前日、15日のデモを目撃したフィスク記者は「それはイランの運命の日であり、勇気の日だった」と書いた。

 フィスク記者は、あのビンラディンとも何回か会って取材している、中東報道の第一人者。その彼がテヘランに入っている! 頼もしい限りだ。

 フィクス記者によれば、「群衆は歌い、叫び、笑い、大統領を“クズ”と呼んでバカにした」そうだ。

 1979年の「イラン革命」以来の大群衆の抗議行動。100万人!

 群衆の勇気は「信じられないほど」だとフィスク記者は言う。
 デモの人々は皆、テヘラン大学で学生が5人、ピストルで無残に撃ち殺されたことを知っており、それを知りながら街頭に出た。

 フィスク記者が15日朝、大学のゲートに行くと、学生たちが泣いていたという。「虐殺だ」と叫んでいたという。

 雨の中、フィスク記者の横を、若いイラン人男性が歩いていた。ペルシャ語の詩を歌いながら。テヘラン大学の学生だった。フィスク記者はその学生に、その歌を訳してくれ、と頼んだ。

 「現代イランの詩人、ソーラブ・セペリの詩です」

 学生の(英)訳はこうだった。

   私たちは雨の中、行かねばならない
   私たちは目を洗わなければならない
   そして私たちは世界を別の目で見なければならない

 現場からのレポートで、詩を紹介するフィスク氏。
 さすがだ。

 テヘラン大学の学生はさらに、フィスク氏にこう続けた。

 「この詩の次の一行は、雨の中での女性とのメークラブ。ちょっとデモには似合わないね」
 その学生と、仲間の2人は笑いながら、頷き合ったのだそうだ。

 雨の中のメーク・ラブ……デモの本質――「自由」を、この一言で見事に描いてみせた、イランの学生たち&フィスク氏。

 やがてテヘランの雨が上がって、デモの群衆の上に陽が降り注いだという。

 運命の女神がイラン民衆に微笑むことを祈る。

⇒  http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/fisk/robert-fisk-irans-day-of-destiny-1706010.html

Posted by 大沼安史 at 07:54 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-06-13

〔いんさいど世界 (増補版)〕 ピョンヤンより愛を込めて 金正日の対米プルトニウム・ラブコール

 北朝鮮がまたも「強硬姿勢」を強めた。「3回目の核実験準備」に続き、こんどは「全プルトニウムの兵器化」だそうだ。
 ⇒  http://www.independent.co.uk/news/world/asia/north-korea-says-it-will-weaponize-its-plutonium-1704347.html

                     *

 1945年の「神の国」(日本)と、2009年の「地上の楽園」(北朝鮮)は、民衆の福祉などそっちのけで、独裁者どもが(とその取り巻き)「国体護持」に躍起となった点で共通している。

 「神の国」は「冷戦」の幕開けという「カミカゼ」が吹いて、戦後民主主義の「皮」をかぶることで「国体護持」に成功したが、「地上の楽園」の将軍さまは、3男坊への権力移譲=皇位継承が無事、実現するかどうか――果たして自分たちは生き残れるかどうか、気になって仕方がないようだ。

 で、「瀬戸際政策」のカードを次々に切って、「聖戦遂行!」「撃してしやまん」「欲しがりません、勝つまでは」と国内の引き締めにかかる一方、「国体護持」の確約を求め続けている……。

 北朝鮮の「挑発エスカレーション」の「構図」には、そんな、既視感とやりきれなさが漂う。

 が、それにしても、「国体護持」に躍起な金正日は、なぜ、次から次へと、世界の反発を買う――世界に叩かれっぱなしの「強硬姿勢」を打ち出しているのか?

 逆説的な言い方になるが、答えはひとつ――北朝鮮はアメリカに対して、「対決」という名の「塩」を贈っているのだ。

 つまり、金正日の「核」には、米国への「愛」が込められている。すなわち、「プルトニウム・ラブコール」。

 ではなぜ、「敵に塩」のラブコールを、「北」はアメリカに贈るのか?
 それは、朝鮮半島の軍事緊張が高まれば高まるほど、米国の、中国に対する立場が強まるからだ。

 「世界帝国」として経済的にも破綻した米国は、金融面で中国の協力を引き出すしかないが、イラク・アフガンという重い足枷もあり、ペキンに対して切れる、自前のカードはゼロ。
 そんな時に「北」の将軍さまが、脳卒中にもめげず、暴れまくってくれることは、米国にとって、願ってもない「交渉材料」。実にありがたいことであるわけだ。

 アメリカとしては(その気もないのに)、中国に対して、そんなに言うならいいですよ、北朝鮮の体制存続、認めてあげてもいいですよ……でも、その代わり………と言える――。

 2回目の核実験の際、中国外務省は北朝鮮を「罵る」声明を発表したが、それは子飼いのポチ(将軍さま)が勝手に、オバマ政権に対し「シッポ」を振る……あ、いや、「塩(それもプルトニウムをまぶした!!??)」を贈ったことへの怒りだったはずだ。

 オバマ大統領は今年後半、初の中国訪問を行うことを模索中だと言われる。
 後半とは秋以降という意味だが、北朝鮮の軍事独裁政権にとっても、10月初めは「皇位継承」発表の山場である。

 金正日は、そこらあたりに「終戦の日」を設定、オバマ政権に花を持たせるかたちで、朝鮮半島の「現状維持」を――つまりは、国体維持の護符を、あわよくば米・中・北朝鮮による3ヵ国共同宣言によって勝ち取る戦略でいるのだろう。

 もちろん、米政権もこうした「北」の意図を知っているから、今年後半に向かう政治日程の中で、「第二次朝鮮戦争」カードをちらつかせながら、北朝鮮を適当にあしらいつつ、中国に圧力をかけ、日本をもまた、いいように操ることだろう。

 となると、「米」「北」双方が「賭金」を吊り上げる必要が出るから、小競り合い的なミニ・軍事衝突ぐらいは、ありそうだ。

 (オバマは賢いから、1962年の「キューバ危機」の際のケネディのように、「北朝鮮」を海上封印(seal-off)したとしても、「封鎖」(blockade)という言葉は使わないだろう。たぶん、「隔離(quarantine)」と言い換えるはずである。「封鎖」は「戦争行為」であるからだ)

                       *

 北朝鮮の超瀬戸際政策は「国体」の存続を賭けた、アメリカに対する媚態――醜態である。「核」という名の「ぶって! ぶって!マゾ姫」を、アメリカに押し付け、いいように使ってください、と言っている。

 それは米占領軍に対して、食うに事欠く「大和撫子」たちを集め、早速「特殊慰安所」を開設した、「終戦時」の日本の権力者の姿と、どこか似ている。
  

 

Posted by 大沼安史 at 08:59 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-06-06

〔いんさいど世界〕 「ハグ」しよう! アメリカの若者に「連帯」の動き

 10代の若者たちにとって、「ハロー」は「どお? ハグしない」の意味――こんな見出しの記事が、ニューヨーク・タイムズの電子版(5月28日付)に載っていた。

 Hello&Hug――ハローはもちろん、あのハロー。ハグは、「抱き抱き」のハグである。
 この「ハロー⇒ハグ」を、アメリカの10代が、大規模に始めている……なんだか、面白そうな「ニュース」なので、しっかり(?)、読み込んだ。

 で、感想は、ムム、ナ・ナニイ! い、いまどきの若いもんワ~!……偉い、凄い、ガンバレ、いいぞ!

 さすが「オバマ」をホワイトハウスに送り出した、アメリカの若い世代のやることは凄い! 立派だ!

 「ハグ」でもって連帯のコミュニティーを生み出そうとしている……そんな気がして、嬉しくなった。

 で、その「アメリカン・ヤング・ハグ(?)」の実体だが、「ハグ」にもいろいろあって、最も、一般的なのは、「基本友だちハグ(basic friend hug)」。

 これは、いわゆる、ふつうの(???)ハグ。これが最もポピュラーだそうだが、その熱烈バージョン(?)、「ベア・ハグ(熊抱き)」も、もちろん人気テク。

 その最新の発展型が、「ベア・クロー(熊爪)」。
 これは男の子が女の子をハグする技で、両肘を両サイドに突き出しながら、抱き抱きするのだそうだ。(これ、たぶん、プロレスから来た技!?)

 もちろん、いきなり「ハグ」は、目下、熱愛中でないかぎり、なし。

 最初は「ハイ5(ファイブ」(これ、分かりますよね)で始まり、続いて「フィスト・バンプ」(たぶん、こぶしの甲を合わせる……)、このあと「スラップ・オン・ザ・バック(背中に手を回して、手のひらでやさしく叩く)をして、最後に「ハグ」する、由緒正しき作法があるという。
 ハグ、小笠原流!?

 こうした「ベア(熊)系」の「ハグ」だけではない。後ろから抱き抱きする「シェーク&リーン」というのもあるそう。
 これってたぶん、背中に取り付いて、カラダを揺さぶって(シェークさせ)、2人で1本の、細身(リーンな)の棒(ステック)みたいになってしまう技じゃないかな。

 それから、「トリプル」というのも。男の子と女の子が3人で同時に決める、難度の高いハグ技だそうだ。

 で、アメリカの、どこで「ハグ」が異常発生しているか、と尋ぬれば、学校!、学校」! 中学!、高校!
 若者たちの集団生活の場で蔓延しているそうなのだ。

 慌ててしまったのが、学校の「管理者」たち。廊下の渋滞などを緩和するため、ハグ禁止令とか、ハグ3分間ルールを施行、規制に乗り出す学校も出て来た。

 なんと無粋な! 「いじめ」とか「校内銃乱射」などより、よっぽどいいことなのに、ねえ!

 で、この「ハグ」蔓延を、どうみるか、だが、エイミー・ベストさんて、女性社会学者によると、1970年代に始まった(ああ、あのヒッピーたちの……?)「アメリカ人全体のあいさつ進化」のひとつの現れ、とか。

 つまり、カラダを触れ合い、人間的な接触を求める、全体的な文化潮流の変化が底にあって、そこから生まれた新たな若者文化だというのだ。

 それも、草の根に生まれ、広がった現象。文化史的なルーツを辿ると、黒人男性たちの、「ダップ」といわれる「ハグ」に遡るという。

 ああ、なるほど、そうか。
 「ダップ」して連帯する黒人文化を起源とし、このクソな「分裂社会」を「触れ合い連帯」で再生しようとする若者たち……そう考えると分かりやすいし(?)、そう考えるのが自然じゃないかな?

 「ハグ」による認め合い。同じ人間なんだという共感。

 オルタナティブ・スクールのある女性教師は、タイムズ紙の記者に対し、「(ハグは)、誰もがみんな、年齢、自意識を超え、大切にされたいと思っている、そんな願いの核心を突くもの」と指摘している。
 まったく、その通り。

 「オバマ」を担ぎ出したアメリカは、若者世代が「ハグ」し合いながら、その先頭に立ち、競争社会・分裂社会・自己責任社会を乗り越える、共生社会づくりに進みだしているのかも知れない。そんな、希望のイメージが膨らむ。

 そういえば、オバマも凄い「ハグ」男。奥さんのミシェルさんも相当な「ハグ」女で、選挙キャンペーンでは、一度に2人も「ハグ」してたっけ!

 でね、日本の社会もまた、その縮小型である日本の学校社会もまた、陰湿な「いじめ」が横行する分裂社会。

 とりあえず、学校で、「ハグ」しようぜ!

⇒ http://www.nytimes.com/2009/05/28/style/28hugs.html?_r=2&hp

 

Posted by 大沼安史 at 09:32 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-05-23

〔いんさいど世界〕 荒地のアメリカ 「死のモール(Death Mall)」が続出 超大型ショッピングセンターがゴーストタウン化

  「死のモール(Death Mall)」――経済危機にあえぐアメリカで、こんな「言葉」が……「現象」が普通に使われる(見られる)ようになりました。

 「モール」とはアメリカの消費経済のシンボルだった、超大型ショッピングセンターのことです。
 それが経済不況のあおりを受け、旗艦店(キーテナント)であるチェーンの大型店の撤退などで、ガラガラになって店じまいに追い込まれている。

 ゴーストタウン化……「死のモール」は、アメリカ型消費文化の死をも物語っているようです。

 そんなアメリカの「モール」をめぐる現状を、22日付けのウォールストリート・ジャーナル紙(WSJ、電子版)が詳しく報道しました。

 アメリカのあとを追って来た、日本の消費文化の未来を予告することでもあるので、レポートに内容を少し詳しく紹介します。

 「死のモール」化をめぐるデータで、まず挙げなければならないのは、「グリーン・ストリート」という調査機関のものです。

 この機関は個人経営を除いた「モール」だけのウオッチしているので、そのデータには限界があるのですが、全米1032の「モール」のうち、84の「モール」が「死んだ」のだそうです。
 同機関によれば、アメリカの「モール」の平均年間売上高は、「30平方センチ」あたり381ドル。これが「250ドル」(ざっと、2万5000円)を下回ると、持たなくなるんだそうです。
 
 また、旗艦店の「シアーズ」はこの5月と6月の2ヵ月間だけで、「モール」内の23の店舗を閉鎖し、撤退するそう。

 「モール」というのは、四隅に「シアーズ」とか「メイシー」といったチェーンの超大型店(デパート)を置いているのが普通ですが、こうした「コーナーストーンの店」が抜けることで、「モール」の死への歩みが加速するわけです。

 「グリーン・ストリート」によれば、ことし2009年の「死のモール」数は、「100を超える」ものと予想されています。2006年は「40」でしたから、倍から3倍へ、激増するわけですね。

 WSJの記事はもちろん、こうした統計だけでなく、「死のモール」の具体例をいくつか紹介しています。
 その一つは、ノースカロライナ州シャーロットの東部にある「イーストランド・モール」
 
 この「モール」の30平方センチあたりの年間売上高は昨年210ドルまで落ち込んだんだそうです。で、旗艦店の「シアーズ」と「ディラーズ」が来月、いなくなってしまう。

 この「イーストランド」ができたのは約20年前。シャーロットの高所得層が街の北部、南部に住み始めることで、低所得地域の「モール」へと変わり、苦戦するようになったようです。
 (マイケル・ムーア監督の映画、『華氏911』でも、ミシガン州の低所得地域にある「モール」が出て来ますね。そこでないと、兵士としてイラクの戦場に送り込む、貧しい若者をリクルートできないのだそうです……)

 「イーストランド」のケースは、経済危機が低所得層を直撃し、それが「モールの死」にストレートにつながっていることを物語る事例のひとつ、といってよいように思われます。

 さて、次の問題は、こうした「死んだモール」をどうするか、という問題です。そこでしか営業できない地元の業者の方もいるわけですから、地元の自治体としても、そのまま、ゴーストタウン化を許すわけにもいかない。

 シャーロット市で「イーストランド」を、マンションや公園を含む新しい商業施設に再開発しようとしてはいるそうです。
 
 しようとはしているけれど、期待した民間からの出資がなく、計画しただけ、というのが現状だそうです。

 郊外型超大型ショッピングセンターの死……日本でも先行するアメリカから教訓を学び、早めに対策を考える必要があるようです。
 

⇒  http://online.wsj.com/article/SB124294047987244803.html#mod=rss_Today's_Most_Popular

Posted by 大沼安史 at 09:49 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (2)

2009-05-19

〔いんさいど世界〕 「自分の真実を見つけるんだ。そしてソウルフルな人生を生きてくれ」 アメリカのソウル歌手、ジョン・レジェンドが母校、ペンステートの卒業式でスピーチ

 グラミー賞を受賞したアメリカのソウル歌手、ジョン・レジェンドさん(31歳)が17日、母校のペンシルバニア州立大学(ペンステート)の卒業式(学位授与式)で、「クラス・オブ・2009の」(2009年卒業組)の、人生の門出を祝うスピーチを行った。

 ジョン・レジェンドさんは名曲、「エブリバディー・ノウズ」などで知られる本格派の歌手だが、スピーチを聞いて、あの伝説のリフレーン、♪ One more try,try を聴いた時のように鳥肌が立った。

 ソウル歌手のソウルフルなスピーチのタイトルは、Finding Your Truth: Living a Soulful Life(「自分の真実を見つけるんだ。そしてソウルフルな人生を生きてくれ」)。

 10歳年下の同窓生への餞の演説は、虚言と欺瞞に充ちたアメリカの権力政治を厳しく非難。善悪二元論の思考停止から脱却し、自ら真実の探し求めながら、リアルでピュアなものを見出してゆく、ソウルフルな人生を送るように、と励ますものだった。

 ジョン・レジェンドさんはオハイオからペンステートへ出て来たばかりの頃を振り返り、当時の世界観を「善対悪、闇対光、天国対地獄、こちらの味方か、テロリストの味方か」という、「パーフェクトな二項対立」が用意された世界だった、と語り、このペンステートでの学生生活で、その呪縛から解放されるキッカケを掴んだ、と自らの精神の遍歴を明らかにした。

 呪縛を解く言葉は、たとえば黒人作家、トニ・モリソンの「何もかも振り払えば、風に乗れるかも」――だったという。

 単純明快、あれかこれかの二元論を超える道はどこにあるか?
 自らの経験を振り返るや否や、ジョン・レジェンドさんの演説は早速、核心に向かい、「国民として、世界として、ぼくらにはもっと真実が必要だ」と訴えかけた。

 何の「真実」か?

 みんなが自ら知らねばならないこと、それはたとえば「イラク戦争」の真実であり、「金融危機」の正体である、とジョン・レジェンドさんは言い切ったのだ。

 そしてその「真実」の追求を、「ソウル」の探求につなげて、人生を生きて行け、と。

 ♪「真実」を求めることも、「ソウル」を求めることも、同じだよな。
 (Searching for truth is in many ways the same as searching for your soul.)

 ♪「ソウル」って、まともなことだし、人生でリアル&ピュアなことを探すってことだろ。それって、ぼくたちのど真ん中にあることだよな。それ、やるために、この地球に生まれたんだよな。
 (Soul is about authenticity. Soul is about finding the things in your life that are real and pure. The things that are at your core. The things you know you were put on this earth to do.)

 まるでソウルを聴くような、シンプルな文句の連打が心を揺さぶる。

 演説の締め括りは、さらに凄かった。

 「真実はいつの日か、君を自由にしてくれるぜ」
 (The truth will set you free someday.)

 「2009年の卒業生諸君、君たちの“いつの日か”は今日、始まるんだ!」
 (Class of 2009, your someday begins today.)

 こういう先輩歌手がこういう演説をし、共感の叫び声をあげる大学の後輩たち……

 そう、それはもう、今や(間違いなく)レジェンド(伝説)と化した、と言っていい、稀に見る名演説だった!

⇒  http://www.johnlegend.com/us/news/%E2%80%9Cfinding-your-truth-living-soulful-life%E2%80%9D-john-legend-university-pennsylvania-commencement-speec

    http://www.youtube.com/user/johnlegend?blend=1&ob=4

Posted by 大沼安史 at 10:00 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-05-09

〔いんさいど世界〕 映画 「南京!南京!」、中国で制作・上映 「南京虐殺」を映像化 監督がBBCのインタビューで「日本人も人間である」と発言 

 「南京虐殺」事件を描いた中国映画、「南京!南京!」(英語名は、City of Life and Death、「生と死の街」)が、中国各地で上映され、反響を呼んでいるそうだ。

 英国BBCが報じた。
 
 監督は陸川(ルー・チュアン)氏(38歳)。白黒映画で、日本人の俳優も出演している。

 中国国内で反響を呼んでいるのは、中国側に「同情的な日本兵」(最終的に自殺する)が登場するなど、客観的な視点が採用されているからだ。

 このため、ルー監督のもとには、映画を観た中国人から「死の脅迫状」が届くなど、反発も出ているという。

 この点についてルー監督は、BBCのインタビューで、

 「この映画は南京虐殺を扱った他の映画と違う。この映画は日本人の目で戦争を見つめようとしたものだ」

 「日本人も人間であって、獣ではない。このことを中国の人々に知らせることは非常に重要だ」

 ――と語った。

 日本での公開も予定されているが、ルー監督はBBCに対し、ふつうの日本人になぜ中国人がなお彼らを憎んでいるか見てもらいたい、と語っている。

〔大沼 注〕

 日中新時代は、歴史の過去を直視する未来志向のものでなければならない。

 映画「南京!南京!」の日本公開の実現と、それを契機として民衆レベルにおける相互理解、信頼関係の構築が本格的に始まることを望む。

 またぞろ、「日中和解」にブレーキをかけようとする(「親日」の仮面をかぶった親方?)「外国勢力」が、日本の自称「右翼」「愛国者」たちを使って、「南京虐殺はなかった! 反中キャンペーン」に乗り出す恐れ、なきにしもあらずだが、ルー監督の考えに習えば、われわれ日本人もまた、そろそろ「中国人の目」で「南京虐殺」事件を見るべきときだろう。

 この映画が「日中」の隔たりに架橋するものになることを切に祈る。  
 

⇒  http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/8039832.stm

  http://twitchfilm.net/site/view/full-trailer-for-lu-chuans-nanking-massacre-film-city-of-life-and-death/

  http://www.recordchina.co.jp/group/g31189.html

  

Posted by 大沼安史 at 08:35 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-05-06

〔いんさいど世界〕 ゴールをゲットだ! 人生でも! ニューヨーク ホームレス・サッカー・チームが大活躍

 ホームレスたちのサッカー・チームが、ニューヨークで大活躍しているそうだ。
 ニューヨーク・タイムズが報じた。

 不況の直撃にも負けず、キックバックして自立の道を探る、プレーヤーたち。
 彼らにとって、チームとはホームであり、ピッチはまさに人生の夢を甦らす「フィールド・オブ・ドリームズ」であるのだろう。

 電子版の記事は、ビデオ付き。見て、読んで、ブログに書かずにはおれなくなった。

 レンガ色のユニフォーム、セコハン(お古)シューズ姿の「ストリート・サッカー・NY(ニューヨーク)」の面々が、4月28日、「チェルシー・ピアーズ」という室内サッカー競技場で対戦した相手は、カナダの「ロイヤル銀行」チーム、「ガナーズ」だった。

 真新しいユニホーム姿のバンカー・チームは、学位(デグリー)持ちのエリート。
 バンカーとホームレスの対戦は、まさに金融不況の加害者と被害者、リッチ対無一文、マンション対ストリート(路上)との対決。現代を一枚の縮図として見せるゲームとなった。

 結果は、10対4で――ホームレスの勝ち。ホームレス・チーム(ビデオで見ると、全員が黒人のようだ)が、余裕のバンカー(銀行家)チームを破ったのだ。

 「ストリート・サッカー・NY」の本拠は、マンハッタン島に沿って流れる「イースト・リバー」の中島、「ワーズ島」のホームレス・シェルター。

 昨年秋、ノースカロライナからニューヨークに引っ越して来た、ローレンス・カンさん(白人、31歳)という元学生サッカーのスター選手が、シェルター内の、埃だらけの体育館を練習場に、チームづくりに取りかかった。

 サッカーなどしたこともないホームレスたちが集まったが、最初の練習で大半が脱落、2回目の練習に顔を出したのは6人だけだった。

 英語も満足に話せない移民ホームレスが中心で、お互い、名前も知らない状態。パスを出す時、相手を名前で呼ぶところから始めたそうだ。

 ナイキ社からジャージーの寄付を受けるなどして練習を続けるうちに、サッカー以外の面でも進歩の兆しが現れた。ケースワーカーに会うのを拒否していたメンバーが話し合いをするようになり、ほかにシェルターを出て家族のもとに帰る者も現れた。

 チームのセンターバックを務めるクリスさんは25歳。まだ、シェルターをねぐらにしているが、デパートのカフェで働き始めた。そのクリスさんの弁が、なかなかいい。

 「(サッカーとして)ノーマルなところに戻ったと言うつもりはないけど、自分を取り戻したような気がする」

 みんなサッカー通じ、自分と自信を掴んでいるのだ。クリスさんらにとって、サッカーは「自分の足で立つための道具」になっている……。

 バンカー・チームの「ガナーズ」に勝つまでは、負けてばかりだった。

 待望の初勝利は「流れるようなパス」で勝ち取ったもの。その見事なチームプレーぶりに、隣のフィールドから観戦していた人の中から、感嘆の声が上がった。

 「パスの出し方さえ知らなかったんだ。お互いを信じることができないところから始めたんだ」と、監督のカンさん。

 信頼のパスワークはピッチの上に限らず、ホームレス・プレーヤー一人ひとりが自立を目指す面でも、大きな支えとなるものだろう。

 タイムズ紙の記事によれば、アメリカでは2005年に、「ストリート・サッカーUSA」という競技団体が発足、現在、ニューヨークを含む16都市でチームが活動しているそうだ。

 また、ホームレスのサッカーはアメリカに限ったことではなく、世界各国に広がっており、ことし9月には「ホームレス・ワールド・カップ」がイタリアのミラノで開かれるそう。(日本からも出場するチームがあるのかしら……)

 ストリートから巻き返し、人生のゴールを決めようとするホームレス・プレーヤーたちに、みんなで熱い声援を贈ろう!

⇒  http://www.nytimes.com/2009/05/03/nyregion/03homeless.html?_r=6&hp

Posted by 大沼安史 at 05:17 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-04-23

〔いんさいど世界〕 窓ぎわのダニィ(Dani)ちゃん

 ことし、2009年のピュリツァー賞が4月20日に発表された。同賞のサイトで受賞者、受賞作のリストをざっと眺めているうち、「特集記事」部門のところで、釘付けになった。

 受賞者、フロリダ州の地方紙、「セントピ-ターズバーグ・タイムズ」紙の女性記者、レイン・デグレゴリー氏の受賞作、「窓際の少女(The girl in the window)」から目を離すことが出来ず、その長文(A4用紙へのダウンロードで、14頁分)の特集記事(フィーチャー)を最後まで読み通してしまった。

 シングルマザーに6歳までネグレクト(育児放棄)され、8歳まで、言葉を覚えず、おむつもとれなかったた少女、ダニィをめぐる物語である。

 痛みにも反応せず、視線を結び合うこともできない彼女を引き取り、自分たちの娘として育て始めた、共稼ぎの夫婦と、その息子、ダニィより一歳年上の兄の、つましい家族の、愛の物語である。

 少女の不幸を包み込み、絶望を希望に変えた、奇跡の物語。
 読んでしまったからには、どうしても紹介せずにはいられない、魂を揺すぶられる実話――久しぶりに、涙で心が洗われる気がした。 
  
 デグレゴリー記者の受賞記事(2008年7月31日付)は、借家のボロ家の、たったひとつの窓のシーンから始まる。

 ガラスが割れ、カーテン代わりに毛布を垂らせた窓の奥から少女が顔を覗かせているのを、近所の人が見たのだ。

 その家には中年の女性が、すでに成人した息子2人と、自分のボーイフレンドとともに、3年前から住んでいたが、その家に、やせ細った少女がいるとは、近所の人もそれまで気付かなかった。

 少女は陽の光を見て、家の奥に消えた。

 それから数ヵ月が過ぎた2005年7月13日、通報で警察官2人が、そのあばら家に駆けつけた。一足早く到着した州政府の保護担当者(女性)が、車の中ですすり泣いていた。「信じられない。こんなの初めて」と。

 警察官らが中に入ると、部屋は犬猫、人間の排泄物で汚れ、ゴキブリの巣と化していた。ゴキブリは冷蔵庫の中にも住み着いていた。

 ドアを開けると、暗闇の中で足元に何かを感じた。少女が床のマットレスに体をまるめて転がっていた。裸で、汚れたおむつをつけたきり。そばに使用済みのおむつの山ができていた。

 警察官が最初に見たのは、少女の両目だった。黒い瞳を大きく見開いたまま、まばたきもせず、焦点を合わせようともしない。「黒髪」には虱がたかり、皮膚は虫に食われた痕だらけ。警察官が抱き上げようとすると、少女は子羊のような鳴き声を上げた。

 「名前は?」と聞いても無反応。
 警察官がその場にいた母親に詰め寄ると、「わたしには、これしか、できない」という弁解が返って来た。

 少女の名前はダニエルだと母親は言った。もうすぐ、7歳になると。

 タンパ総合病院に収容された少女の体重を量ると、17.2キロしかなかった。食事を与えようとしたが、噛むこともできない。いないいないバーにも、アイコンタクトにも、栄養注射の針の痛みも無反応、泣くことさえ知らない様子だった。おしゃぶりを続け、歩行はカニのように横歩きするだけ。

 脳をスキャンするなど異常がないか調べたが、何の問題も見つからなかった。目に光がなく、人やモノに対して関心を示すこともない。診察した精神科医らは、「私が診た最悪のネグレクト」「一生涯、正常に戻ることはないだろう」と語った。

 タンパ総合病院で1ヵ月半、過ごした少女は、退院後、養護施設(グループホーム)に入った。依然として、おむつのとれない状態。

 2005年10月、7歳になったばかり少女は小学校の特殊学級に通うことになったが、喚いたり、クローゼットに逃げ込んだりの毎日で、なんとかなだめることができるようになったのは、それから1年経った後のことだった。

 2007年の春分の日が過ぎた復活祭の週末、少女は住宅の改装業を営むバーニーさんと、ハウスクリーニングをして共稼ぎするダイアナさん夫妻に引き取られ、ひとつ年上の9歳になるウイリアムちゃんの妹として、新しい生活を始めた。

 「最悪の新生活だった」(バーニーさん)。

 人形を引き裂き、包み紙ごとチョコレート・エッグを食べ、髪の毛をブラッシングすると、暴れて抵抗した。
 おむつもとれず、ベッドで眠ろうともしない。それでも、やがてバーニーさんに歯を磨かせるようになった。
 その年の10月、少女は正式に一家の養子となり、「ダニィ」の愛称で呼ばれるようになった。

 それから1年近く。
 ダニィは背が伸びて、体重も保護された当時の倍になった。黒かった髪は、ほんとうはブロンドだと分かった。ブラッシングには叫び声を上げて抵抗するが、してよいことと悪いことをだんだんと区別できるようになった。

 乗馬セラピーとスピーチ・セラピーを受けている。
 まだ、言葉を言えるところまで行かないが、兄のウイリアム君は、ダニィが「ストップ」と「ノー」と言うのを聞いたと証言している。「自分の名前も言ったような気がする」と。

 おむつはとれたが、まだ高いベッドで眠ることはできない。

 でも、今、彼女はハムを噛むことができるし、周りの人と視線を交わすこともできるようになった。泳ぐこともできる。

 そして何より、自分の名前が「ダニィ」であることも、ちゃんと知っている。

 デグレゴリー記者の記事の結びは、書き出し同様、窓辺のシーンで終わる。
 新しい家の窓。外を見ることができる窓。
 デグレゴリー記者は、こう書いている。

 「彼女が外を眺めたいと思ったら、両手を伸ばすだけでいい。すぐ後ろにはお父さんがいて、抱き上げようと待ち構えている」と。

 父親のバーニーさんはいつかダニィが「パパ(ダディー)」と呼んでくれる日が来ると信じている……。

 バーニーさんは、養子紹介機関のあっせんで、ダニィと小学校で初めて会った日のことを覚えている。他の人は拒絶するのに、黙ってブランコを揺らさせてくれたのだそうだ。

 その夜、バーニーさんはこんな夢を見たそうだ。
 寝室の天井に、両手が伸びて指を絡ませ、その指でつくったブランコに、ダニィちゃんが乗って揺れている夢を。

 その夢を見たとき、バーニーさんの決意はすでに固まっていたのだろう。
 バーニーさんの決意が固まった時、ダニィちゃんの人生に、心の窓が開いたのである。

 一家にますます幸せが訪れることを祈る。

 また、ダニィちゃんをめぐる物語を書いてくれたデグレゴリー記者には、敬意と感謝の気持ちを届けたい。

 デグレゴリー記者はドラマーの旦那さんとの間に、11歳と10歳の2人の息子をもうけたママさん記者。

 受賞記事の中では、ダニィちゃんをネグレクトしたシングルマザーにも取材し、枯葉剤を浴びた後遺症で、ベトナム帰りの夫を亡した女性であることも紹介している。

 調べ上げた事実を過不足なく淡々と記述し、事実をして語らせた、見事な筆。
 ピュリツァー賞、受賞、おめでとうございます。

⇒  http://www.pulitzer.org/

  http://www.tampabay.com/specials/2008/reports/danielle/

Posted by 大沼安史 at 11:15 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2009-04-18

〔NEWS〕 フランス 怒れる労働者 交渉拒否の経営者を吊るし上げ

 ワシントンポスト紙が18日に報じたところによると、フランスで、怒れる労働者らが、レイオフを一方的に通告した経営者らを吊るし上げる事態が相次いでいる。

 同紙によれば、労働者が経営者のオフォスに雪崩れ込み、交渉を求める事態は、米系のキャタピラー社やソニーなど6社で起きている。

 グルノーブルにあるキャタピラー社では、約40人の労働者が経営トップ5人を閉じ込め、レイオフ通告を巡り交渉を求めているという。 

 経営不振の責任は、まずもって経営者が負うべきこと。労働者にしわ寄せするのではなく、自らを「合理化」(解雇?)するのが先決だ……。役員報酬も自主返還する――これは当然のことだ。

 身奇麗な経営者は、フランスにも、いない?!

⇒  http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/04/17/AR2009041703181.html?hpid=topnews

Posted by 大沼安史 at 05:56 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-03-08

〔いんさいど世界〕 アメリカで「環境学生運動」盛り上がる 史上空前 ワシントンに1万2千人が結集

 アメリカで学生運動が盛り上がっています。先週、首都ワシントンに、なんと1万2000人を超える大学生らが結集、連邦政府、連邦議会に圧力をかけました。

 学生だけの首都結集としては、史上空前の規模だそうです。

 テーマは「反戦・平和」ではなく……なんと「環境」。
 これから、地球という「エコ」(「エコ」とは、「家」の意味。「エコ」を管理する(ノミー)するのが経済で、「エコのロジー(状態)がエコロジーです)に生きる若い世代が、ぼくたち・わたしたちの「環境」を守り抜こうと、集まったのです。

 名づけて「パワー・シフト'09」。「パワー(権力&エネルギーの意味)」を変化(シフト)させようと、全米50の環境団体でつくるネットワーク、「エネルギー行動連合」が、3月2日から4日間、アメリカの権力中枢を舞台に、ヤング環境サミットを開催しました。

 参加者は18歳から26歳までの若い世代が中心で、高校生も。カナダからも駆けつけた大学生たちもいたそうです。

 オハイオ州のマウイント・ユニオン・カレッジからは3人が参加しました。このカレッジは「グリーン・キャンパス」づくりに先進的に取り組んでいるところ。2006年に旗揚げした「キャンパス・気候・チャレンジ」(700大学加盟)にも参加しているそうです。
 大学のHPに、「必要なのは、ダーティーな燃料を燃やすことではなく、クリーンエネルギーを手にすることだ」との参加学生の声が紹介されていました。

 アメリカNO1の「反戦・平和」環境放送局」、「デモクラシーNOW」は番組で参加者へのインタビューを特集しました。
 そのうち、ネバダ州からやって来たナヴァホ族の女子学生は、「ナヴァホ(インディアン)がウラニウム鉱山で何も知らされず働かされ、癌になっている」現実を告発、原子力エネルギーの恐怖を訴えていました。
 火力発電のための石炭採掘に伴う水銀汚染を告発する声もあり、全米に広がるさまざまな「環境汚染」が、若者たちの手で、ワシントンに届けられたわけです。

 若者たちは連邦議会の芝生の庭先(ウェスト・ローン)に陣取り、議員たちにロビー活動を続ける一方、「環境にやさしい建築技術」といったテーマでワークショップを開くなど交流を続けました。

 このようにアメリカで、若者たち「世直し」の前面に躍り出たのは、実に半世紀ぶりのこと。
 1960年代の、あのベトナム反戦、公民権運動の盛り上がり以来、久しぶりのことですが、学生だけの1万2000人もの結集は、60年代でもなかったことだそうです。

 では、どうして今、若者たちは立ち上がったか? それも「環境」をテーマに!

 ひとつはやはり、オバマ氏を草の根の選挙戦でワシントンへ送り出した、若者たちの自信が考えられます。
 実際、今回の「パワー・シフト'09」参加者の多くが、オバマ氏の選挙運動に携わった若者たちだそうです。

 二つ目は、若者たちが肌で感じている「地球環境の劣化」に対する危機感です。
 若者たちとは、社会の未来をつくる世代であるわけですが、その社会の未来が危ういものになっている。この世界、なんか変だ、ぼくたち(わたしたち)、この先、ちゃんと生きているけるのか?……といった危機意識を強く持っているようなのです。
 それって実は「人類の本能」に基づく、人間的・生物的な「直感」によるものなのかも知れません。

 「ヤバイぞ、地球環境」――は、日本の若者たちも「共感」しているものでしょう。
 この日本でも、そろそろ、アメリカのような「環境学生運動」が前面に出て来る頃合ではないでしょうか?

 
  

⇒  http://media.www.mustangdaily.net/media/storage/paper860/news/2009/03/02/Columns/The-60s.Are.Back.Students.March.For.Environmental.Change-3656778.shtml

  http://www.alternet.org/environment/129728/a_new_epoch_for_environmentalism%3A_massive_climate_change_action_proves_a_turning_point_/?page=entire

  http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/02/28/AR2009022801877.html

  http://www.nytimes.com/gwire/2009/02/27/27greenwire-student-activists-hit-washington-to-push-for-em-9912.html

  http://www.time.com/time/health/article/0,8599,1882700,00.html

  http://www.1sky.org/

   http://media.www.mustangdaily.net/media/storage/paper860/news/2009/03/02/Columns/The-60s.Are.Back.Students.March.For.Environmental.Change-3656778.shtml

Posted by 大沼安史 at 12:51 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2009-03-03

〔いんさいど世界〕 オバマ ノーベル平和賞に「内定」 えっ? ホワイトハウスに農園?

 アメリカのオバマ新大統領、最初から安定した走りをしてますね。先日の一般教書演説もすごかった。世界中の人が「ユーチューブ」などで「視聴」しました。こうなると、アメリカの大統領じゃなく、世界の大統領、地球村の村長さんって感じですね。

 ご存知のように「ファーストドッグ」(の犬種)も決まりました。
 ポルトガル・ウォーター・ドッグ。
 プードル系ですが、もともとポルトガルの沿岸で、漁師さんと一緒に海の漁に出ていた(いまも、出ている)犬なんだそうです。

 魚を網に追い込んだり、漁具を回収したり、船と船、沖と浜の連絡役を務めたり……「猟犬」というのは聞いたことがありますが、「漁犬」というのは初めてですね。

 遠くはアイスランド沖の厳寒のタラ漁にも出るんだそうです。

 写真でみると、真っ黒な犬。こういう働きものの犬を、ファーストドッグにするあたり、オバマ家らしいですね。(決め手は人間へのアレルギーがない犬、ということらしいですが……)

 で、今日の「知られざる話題」、ニュースにならない世界の大ニュースは、オバマ大統領がことしの「ノーベル賞」の「内定」したってニュースです。

 もちろん、「平和賞」。

 ノーベル平和賞を選ぶ、ノルウェーのオスロの財団がオバマさんを、平和賞の「候補」にピックアップしたそうです。

 イラクからの米軍撤退を表明したオバマさんですから、これに敵う人はいません。
 てことは、オバマさんで「決定」ですね。「内定」どころか「決定」です。

 でも、ノルウェーの選考委員の人たちって、賢いですね。オバマさん、あなたを「平和賞」候補にしたんだから、ちゃんと「イラク・イラン・アフガン・中東和平」に取り組んでください……って念押しのメッセージを突きつけているですね。

 うーん、さすが。選考委員の人たちに「ノーベル平和賞」、あげたくなっちゃいます。

 まあ、これはこれとして、もう一つ、オバマさんがらみで、知られざるニュースを紹介すると、ノーベル賞よりもすごいのが、な、なんと、ホワイトハウスに「農園」できるって話です。

 ホワイトハイスの広々とした芝生を畑にしてしまう。そこで農作物を育てる。
 夏ごろには「オープン」(って言うんですかね)するんだそうです。

 オバマさんて庶民派なんですね。ホワイトハウスで農業やるっていうですから……。「漁犬」こと、ポルトガル・ウォーター・ドッグもお手伝いするかも知れませんね。

 そのうち、農耕用の「ファースト・ホース(馬)」とか、「ファースト・カウ(乳牛)」、「ファースト・ピッグ(豚=食用)」なんてのも現れたりして……。

 でも、ホワイトハウスの農園って、初めてのことじゃなく、ルーズベルト大統領時代にも造られたことがあるそうです。

 戦時中のこと。アメリカでも当時、「ビクトリー・ガーデン」って言って、自給自足の家庭菜園がいたるところに造られたんだそうです。
 
 「ホワイトハウス」のイメージが、ブッシュ時代の軍事帝国総本山イメージから、平和の庶民派白亜館 にますます変わっていってほしいものですね。

⇒  http://en.wikipedia.org/wiki/Portuguese_Water_Dog

  http://www.independent.co.uk/news/world/politics/obama-in-running-for-nobel-peace-prize-1633669.html
 
  http://www.commondreams.org/headline/2009/02/24-9

Posted by 大沼安史 at 08:03 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-02-20

〔いんさいど世界〕 時は金なり 助け合いシステム 起動 大不況下 Time Dollar に脚光 

 先週は、公式通貨を補完する「第2のマネー」、「コミュニティー通貨」を極大ざっぱに紹介しました。地域社会の人びとがお互いの信頼を担保に、地域限定型の「自分たちのマネー」を発行、モノとサービスを交換して地域の経済を守る動きが、経済大崩壊の震源地・アメリカで生まれているのです。

 今日はそうした「コミュニティー通貨」の双子の兄弟というか、姉妹のような、ユニークな動きを報告したいと思います。

 アメリカで誕生し、北米各地に広がり、欧州など全世界に根付き出した「タイム・ドル(ダラー)」の動きです。

 Time Dollar――訳して「時間ドル」。アメリカのエドガー・カーン博士が(1980年に)発案し、1990年代半ばに、本格的な草の根運動として注目を集めるようになった、地域社会における経済活動活性化のアイデアです。

 ニューヨーク州イサカで発行されている「イサカ・アワー」というコミュニティー通貨は、独自紙幣を発行、サービス(労働)のほか、モノ(労働による生産物)の交換(売買)も可能とするシステムですが、「タイム・ドル」は「労働(サービス)」の「交換」を地域社会ベースで行う仕組みです。

 エドガー・カーン博士が創始した「タイム・バンク(時間銀行)USA」のHP(⇒参照)に、わかりやすい概念図が出ています。

 それをより簡素化して説明すると、こうなります。

 ひとり暮らしのマーサおばあさんが、地域の「タイム・バンク」を通じて、誰か代わりにお店で買い物してください、とSOSを発しました。
 それを「タイム・バンク」を通じて聞きつけたのが、スタンレーさん。マーサおばあさんとは面識はありませんが、代わりに買い物してあげようと思い、買い物代行をしてあげました。遠くのお店へ行くので、所用時間は「2時間」。
 労働1時間あたり「1タイム・ドル」の決まりになっていますから、マーサおばあさんは「タイム・バンク」の「口座」上、「2タイム・ドル」の「マイナス」。スタンレーさんは逆に「2タイム・ドル」(以下、TDと表記)の「プラス」になります。
 「2TD」を手にしたスタンレーさんですが、自宅でパーティーを開くことになり、その「2TD」でもって、サキソフォーン演奏家のラウルさんに出演してもらいことになりました。
 一方、「2TD」マイナスのマーサおばあさんは、「タイム・バンク」登録者のロベルタという人の依頼で、セーターを編んで(5時間かかったので)「5TD」をゲット。さしひき「3TD]のプラスに戻しました。
 そこで、マーサおばあさんはキャシーさんに頼んで、TDでもって家の掃除をしてもらいます。そのキャシーさんがこんどは…………という具合に、あらゆる「労働」が「1時間」あたりの単位計算で、平等に交換され、「公式通貨」の「$ドル」がなくても、地域の人びとの経済的な助け合いが実現する仕組みです。

 この「何をしても、1TD」が、「タイム・ドル」システムのいわば肝。脳外科の手術も、庭の草むしりも、同じ1時間なら「1TD」。平等主義が貫かれているわけです。
 「労働をなるべく高く売る」とか「市場の需給バランスで」といった「非人間的な市場・競争原理」を意図的に排除した、「みんな同じ人間。お互い様」路線が徹底しているのですね。

 こうした「タイム・ドル」システム、昨年5月には西海岸の大都市、ロサンゼルスに初めて、「エコー・パーク・タイム・バンク」というのが誕生、地域の住民28人で、「留守中の花の水やり」「ネコの世話」「チェロ教習」など、TDを媒介に助け合いを始めているそうです。

 東海岸のバーモント州(「緑の山の州」って言うんだそうです)では、「タマネギ川(オニオン・リバー)エクスチェンジ(交換)」というTDがあり、「車での送迎」「お料理教室」、あるいは「昔話の語り聞かせ」など、それぞれの技能・労働を交換しているそう。

 西海岸、サンフランシスコ近郊、東オークランドには「ソブランテ」というTDが5年前に立ち上がり、160人のメンバーを抱えるまでになっているそうです。

 こうしたTDがアメリカでどれだけの数に達しているかというと、「タイム・バンクUSA」がつかんでいるだけで、60。世界的にはスペインなど22ヵ国に広がっているそうです。
 (ちなみに、独自紙幣の発行は、アメリカでは2004年時点で、なんと82地域にも達しているそうです)

 「お金」(公式通貨)がなくても、「時間」(自分の人生の時間)さえあれば、地域社会の人びとが助け合うことができるこのシステム。
 まさに「時は金なり」――あなたの地域でも立ち上げてみてはいかが??!!! 

⇒  〔タイム・ダラーの流れ〕 http://www.timebanks.org/documents/timebanks_cycle-1.pdf

 〔タイム・ダラー HP〕 http://www.timebanks.org/

 〔ロサンゼルス〕 http://www.timebanks.org/documents/LATimes2008.pdf

 〔バーモント〕 http://www.timebanks.org/documents/VermontMaturityJune2008.pdf

 〔オークランド〕
    http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/g/a/2009/02/16/moneytales021609.DTL

Posted by 大沼安史 at 11:27 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-02-14

〔いんさいど世界〕 金融危機を生き延びる 「マネー創出」の時代、到来

 カジノ化した世界経済が崩壊し、グローバルな危機が進行しています。巨大バブルが弾けて金融機関、及び財テクに走っていた企業はどこも、火の車。貸せない、借りれないの「マネー不足」が深刻化、流れの末端に位置する庶民の生活を直撃しています。

 世界の中央銀行はマネーの大放出でもって危機を乗り越えようとしていますが、放出先は一般の庶民ではなく、あくまで金融機関。担保力のあるリッチな企業、個人しか、恩恵にあずかることはできません。

 日本も同じ。日銀がいくらマネーを供給しようと、われわれ一般の日本人の財布の中になかなか落ちて来ない。

 そんな状況の中で、日銀オンリーではなく、中央政府もマネーを発行する「政府紙幣」構想が今、取りざたされているわけです。

 国債だと買い手が必要ですが、「政府紙幣」であれば、買い手がなくともじゃんじゃん発行できる。これを使って、公共事業を実施し、景気の底上げを図ろうという狙いです。

 「政府紙幣」とはつまり、公式通貨と「平行」して流通する、中央政府(お上)発行の「第二のマネー」ということになるわけですが、経済危機が一段と深刻化する中で、世界的には、コミュニティー・レベルで「新通貨(マネー)」を発行する動きが出ています。

              # # #

 英国の新聞、「ガーディアン」は、ジョージ・モンビオというスター・コラムニストを抱える、高級紙です。英国のみならず、国際世論に影響力を持つ、この「ガーディアン」が先月、モンビオ氏の「政府がわれわれを救えないなら、われわれは自分たちをマネーを自分で刷るライセンスを持たねばならない」という論説を掲げました。

 「われわれのマネーを刷る」……そう、われわれ民衆が中央銀行、中央政府の手をかりず、自分たちで自分たちのための「マネーを創出」せよ、というアピール文がガーディアンの紙面を飾ったわけです。

 ついに出た、といべきか、ようやく出たというべきか?

 実は、この自分たちで自分たちのマネーを発行し、地域社会(コミュニティー)の経済(モノとサービスの交換)を守るという取り組み、実は1929年の「世界大恐慌」(の前段階)以来、世界各地で実際に行われ、今に続いている、新しい経済の流れ、なんです。

 この流れ――「代替通貨」とか「コミュニティー通貨」とか「平行通貨」とか「補完通貨」とか、いろんな呼称のある、自分たちのマネーの創出する運動については、僕個人、かねがね関心があり、以前、アメリカのグレコという人が書いた本を翻訳、『地域通貨ルネサンス』というタイトルで刊行したことがあるのですが、さまざまな成功例があるのに、これまでは「草の根」に隠れて、あまり知られることはありませんでした。

 モンビオ氏はこの知られざるアイデアをガーディアンのコラムを通じて、一気に世界の人びとの元へ届けたわけです。

               # # #

 これまで世界では、どんな「われわれのマネー」が発行されて来たか?

 ドイツのシュバネンキルヘンという炭鉱町では1923年、シルビオ・ゲゼルという経済学者の提案に沿って、炭鉱主が「ヴァーラ」というマネーを発行、ヤマの暮らしを守りました。
 モンビオ氏によれば、この「ヴァーラ」はドイツ国内2000の企業が採用、各企業コミュニティーの経済を支えたそうです。
 当時のドイツは政府紙幣の「マルク」がハイパーインフレを続け、マネー不足が深刻化していたのです。

 また、オーストラリアのヴェルグルという町では1932年に、町役場がゲゼル博士の草案した独自通貨を発行、市民の暮らしを守る一方、公共事業にも力を注ぎ、スキーのジャンプ台まで建設したそうです。

 より現代に近いところでは、ブラジルの南部、パラナ州のクリティバ(現在の人口180万人)という都市(日系人も4万人いる!)。道路などのゴミ拾い、清掃をした人に、報酬として「クリティバ・マネー」というバス乗車コイン(という形の独自通貨)を発行、地域経済の活性化につなげたそうです。              

 以上が、モンビオ氏がコラムで紹介している事例ですが、世界的には1980年代以降、米国ニューヨーク州イサカの「イサカ・アワー」(紙幣発行)や、カナダ・バンクーバーの「LETS」(台帳方式)といったコミュニテイー通貨が次々に登場しており、「われわれのマネー」を創る動きは多面的、重層的に展開しているのが実情です。

               # # #

 それでは金融危機の震源地であるアメリカでは、どんな状況か?

 インディアナ州のサウスベンドでは、「ミチアナ・マネー」というコミュニティー通貨を創出する動きが出ているそうです。地元のコーヒーショップの店主らが立ち上げようとしているもので、「ドル」札が流れてこないなら、自分たちでマネーを発行、地元経済を維持しようと意欲を燃やしています。

 北カルフォルニアのフンボルト郡では、「フンボルト交換コミュニティー通貨プロジェクト」が存在感を増しており、参加者(地元企業)は毎月、6社ペースで増えてる、といいます。(現在、70社加盟)

 世界的にはどうか?

 世界の動向を端的に示すものとして注目されるのは、ブラジルの動きです。ブラジルのベレムで先月、始まった「世界社会フォーラム」で、ブラジルの「新しいマネー」として、新通貨「アマゾニダ」と立ちかげる決議が採択されています。

 日本ではどうするべきか?
 
 「マネー創出」の動きを見続けてきた僕としても、モンビオ氏同様、「やってみる価値あり」という考えです。

 たとえば、仙台なら仙台で、公式通貨「円」と同価値の市内及び周辺地域限定の地域通貨「ダテ」(伊達政宗から命名)を発行、モノとサービスの交換(売買)を支える。

 「円」と組み合わせて(補完通貨機能)使えるようにすれば(たとえば、パン屋さんが代金の半額をダテで受け取る)、「円」の有効活用にもなり、それだけ地域全体の流動性が増すわけだし、(円の消費)税収にもつながる。 

 「われわれのマネー」、コミュニティー(地域)通貨の創設は、まさに「やる価値」あり、です。
  

⇒ 
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2009/jan/20/george-monbiot-recession
-currencies

  http://www.dawn.com/2009/01/31/top17.htm

   http://www.wsbt.com/news/local/39529132.html

 http://www.times-standard.com/localnews/ci_11489434

 
http://www.rcreader.com/index.php?option=com_content&task=view&id=13473&Item
id=42

 http://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=100450777

Posted by 大沼安史 at 03:51 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2009-02-02

〔いんさいど世界〕  反貧困 レジスタンス フランス流

 フランスで、反貧困レジスタンスが勢いづいている。スーパーの売り場でお祭り騒ぎをする「ピクニック闘争」や、空きビルを占拠して、住居として「解放」する動きなど、さすが革命の国らしいラジカルさだ。

 スーパーでの「ピクニック(再所有)闘争」を続けているのは、「呼びかけとツルハシ」という若たちのグループ。

 カルフールといった大型スーパーの売リ場に乗り込み、その場でパーティーを開く、新たな闘争スタイル。音楽を鳴らし、果物など棚の食べ物を食べ、ミニ宴会を楽しむ。

 店のガードマンや警官が駆けつけるまでの短い時間を、精一杯楽しむ。

 これまで4回、「ピクニック」を決行、これからも続けるという。

 リーダーは、レイラさんという若い女性。政治学の学位を持っているが、パートで辛うじて生活している。

 英紙・オブザーバーの取材に、「スーパーマーケットは公共空間。(ピクニックは)楽しい。単に反スーパーということではなく、社会システムに対する挑戦だ」と語っている。

 空きビルの占拠を続けているのは、「暗黒の木曜日」という若者グループ。1月にはパリの(セーヌ)左岸の空き病院を占拠し、解放した。
 
 住む場に困った若者がいるのに、空きビルを使わない手はない、という論理だ。占拠したクリニックは、5年も空いたままだった。

 大学生の3割もが職に就けず、社会に巣立たなければならない、「不安定世代」と呼ばれる、パリの若者たち。

 それにしても、「ピクニック闘争」とは凄い。

 ⇒  http://www.commondreams.org/headline/2009/01/25-3

     http://lappeletlapioche.blogspot.com/

     http://www.liberation.fr/societe/0101313602-sa-loi-du-marche

   http://www.jeudi-noir.org/En-3-mots-Jeudi-noir-pour-un.html

Posted by 大沼安史 at 03:40 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2009-01-03

〔いんさいど世界〕 ふるさと・ハワイで充電 オバマ大統領 「アロハ精神」で「チェンジ=世直し」に挑戦

 ふるさとハワイで2週間にわたり、英気を養っていたオバマ氏が元日にシカゴに戻った。ワシントンでの就任式は今月20日。あと2週間ちょっとで、「新大統領」になる。

 ハワイで大統領選の疲れを取り、再充電したパワーでもって、いよいよ「世紀の難局」に立ち向かうオバマ氏。

 大統領選の嵐を「フツーに」乗り越えたオバマ氏のこと、ホワイトハウス入りしても、いつものように驕らず、昂ぶらず、平常心で難問に取り組んでくれるものと、オバマリアンのぼくとしても、期待をかけているところだが、その「落ち着き」「平常心」の秘密、実は「ハワイ」にあり、と知って、目からウロコが落ちる思いがした。

 ニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストの両紙に、オバマ氏の「精神力」の源泉、ハワイの「アロハ精神」にあり、と喝破する記事が掲載され、一読、思わず手を打って、なるほどそうか、それなら大統領になっても大丈夫、と頷いたものである。

 ALOHA……ハワイで日常の挨拶に使われている現地の言葉だが、これって単なる「コンニチハ」ではないそうなのだ。

 ハワイに生きる人びとの心の基底にある、深い、深い、意味合いを持つコトバだそう。オバマ氏にもそれがあり、それに気付いた両紙の記者が、「ハワイ発」の「大ニュース」として、米本土の人びとに伝えたのである。

 で、「アロハ」とは実はどういう意味かというと、「直訳すれば、生命の息吹」(ニューヨーク・タイムズ)。より丁寧な言い方をすれば、「平安な(ピースフルな)精神状態であり、さまざまな考え方、文化を受容する、フレンドリーな態度」(ワシントン・ポスト)なのだそうだ。

 一説では、ALOHAは「A(アカハイ)=優しさ」「L(ロカヒ)=団結」「O(オルオル)=同意」「H(ハアハア)=謙遜」「A(アホヌイ)=忍耐」の、5つのコトバの頭文字からなる、ハワイの人びとの気高き精神のあり様を指すもの、ともいう。(ニューヨーク・タイムズ)

 優しさ・忍耐・謙遜・同意・団結、ピースフル・フレンドリー……それが「アロハ精神」。

 オバマ氏がこの「アロハ精神」の体現者であることの具体例として、両紙の記者が挙げているのは、ヒラリーやマケインとの激しい選挙戦の最中、オバマ氏が攻撃的ではない態度を取り続けたことだ。

 一時は「言われっぱなし」の、あまりの受身ぶりに、支持者の間からも批判が出たそうだが、それもこれも、相手に対する「優しさ」、「忍耐」「謙遜」「同意」「団結」があったればこそ。

 こうした「落ち着いた態度」が逆に、心が広い「大統領らしさ」を醸し出し、11月の「圧勝」を呼んだという分析である。

 つまりはオバマ圧勝の一因として、ふるさとハワイがオバマ氏の心に育んだ「アロハ精神」があったわけである。

 ハワイ選出の下院議員、アバクロンビー氏(民主)によれば、オバマ氏の「アロハ流」演説は全米の有権者の血圧、心拍数をともに「10ポイント」下げたそう。

 言われてみればその通りで、オバマ氏の演説には、罵倒や憎悪、誹謗や中傷は全くなく、たしかに聞くものの心に沁み入るものがあったことは事実である。

 それではなぜハワイに「アロハ精神」が根付き、オバマ氏の心に宿ったのか?

 この点について、ハワイ大学のケント教授は、「ハワイは小さな島国。みんなで一緒に暮らすしかない。だから、ハワイ人はなかなか他人に怒りをぶつけられない」と説明する。

 だからハワイでは、交差点でイライラしてクラクションを鳴らしまくることもないのだそうだ。

 今風に言えば、ハワイという「共生」の社会が、「アロハ精神」を生み、オバマ氏を育てたのである。

 ケント教授は今回の大統領選で、オバマ氏の応援団として、米本土のオハイオ州でボランティア活動を行ったが、その時、オバマ氏の演説を聴いて、「これ(思いやり、優しさ)って、ハワイだなぁ~」と思ったそうだ。
 
 イラク、アフガン、そしてガザ。
  大恐慌以来の経済危機。

 オバマ氏の前には、まさに世界=史的な課題がヒマラヤ状態で山積しているが、ワシントン・ポストの記者は、これを「ホーポノポノ」でもって打開してくれるものと、「アロハ新大統領」に期待をかけている。

 「ホーポノポノ」とは「話し合い」と「赦し」でもって、正しい解決の道を探り出す、ハワイ伝統の知恵だそう。

 「アロハ」&「ホーポノポノ」

 不況でギスギスし始めた、われらが日本も見習うべき「精神」&「知恵」のような気がする。

 ハワイから学ぶべきは「フラダンス」だけではない。 

⇒ http://www.nytimes.com/2008/12/25/us/politics/25obama.html?scp=1&sq=Aloha&st=cse 

  http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/01/01/AR2009010102035.html?hpid=topnews

                    ☆ ☆ ☆

△△△ 本の森 出版NEWS  △△△ 

☆ わかる「裁判員制度」 ~その概要と実際~
   氏家 和男
   定価1890円(本体1800円+税)
  http://homepage2.nifty.com/forest-g/book/4097.html

  前・日弁連副連会長の著者が、さまざまな疑問や質問を想定して、150問以上にわたって丁寧に解説。裁判員裁判の事例や最新の法令・政令も収録。一般市民ばかりでなく、企業の担当者や自営業者も使える内容。

☆ 緑の日の丸
   大沼 安史
   定価1680円(本体1600円+税)
  http://homepage2.nifty.com/forest-g/book/891.html

  「大分教育汚職事件」を「予言」! 君が代、日の丸問題、不登校、いじめなど、教育界が抱える様々な問題をテーマに、制度疲労で壊れかかった日本に再び「緑」をよみがえらせるには何が必要か。明日を担う若い命を育てるには何をすれば良いかを、小説形式で提言。加藤周一氏へのオマージュ!


杜の都・仙台の「本の森」は、郷土史家、教師、元新聞記者らが地域の文化運動として立ち上げた市民出版社です。本にしたい原稿募集中!
⇒  http://homepage2.nifty.com/forest-g/index.html

Posted by 大沼安史 at 07:24 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-12-21

〔いんさいど世界〕 素足に涼しい砂浜in Dubai & 素肌に冷たい風in Paris そして遂に「現代の自由の女神」現る!

 最近のこのコーナー、「ニュースにならない世界の大ニュース」(注・仙台の東北放送ラジオの番組コーナー名です)、ワールドクラス(?)の「世界3面記事」みたいになって来ました。

 硬派のぼくとしては、エヘン、意に染まない部分もあるのですが、「神は、笑いと驚きの中に宿り給ふ」(ジャック天野氏の迷言)そうなので、今週もこの線で行きたいと思います。

 地球温暖化と世界大不況――暑さと寒さの2題噺を。

 まずは暑さから。
 イギリスの新聞、「デイリー・メール」の報道によると、中東のドバイに、プライベート・ビーチ付きの超豪華ホテルが、来年末か再来年にオープンするのだそうです。

 これだけ聞くと、「フツーじゃん」ということになってしまいますが、イタリア風の建物はともかく、この「プライベート・ビーチ」が凄い。

 なんと、「リフレジレーティド・ビーチ」なんだそうです。リフレジレーター(冷蔵庫)の「リフレジレーティド・ビーチ」。

 そう、砂浜を冷やしちゃうんだそうです。

 湾岸のドバイは、ぼくも一度だけ行ったことがありますが、とにかく暑い。ビーチの表面温度も50度ぐらいに達して、裸足だと火傷しかねない。

 そこで、お客様が素足で歩けるよう、砂浜全体を冷やすんだそうです。

 もちろん、「世界初」の「冷蔵ビーチ」。

 別にサンダル履きでいいじゃん、と、ぼくなんか思いますが……
 冷やす電気でまたまたCO2大放出、石油成金さんたち、いい加減にしてくれ、と文句のひとつも言いたくなります。

 ま、これは「前菜」程度のお話ですから、このぐらいにして、「本日のメーンディッシュ」に移りたいと思います。

 世界大不況にからむ、「寒~い」パリ発の話題です。

 フランス各紙の報道によると、今月(12月)15日、パリ市庁舎文化局前で、全裸の男女8人(男性3人、女性5人)が、着衣の仲間3人とともにポーズをとりました。

 花の都も、冬は寒い。でも、この全裸の8人、寒さにめげず、正々堂々と自らの存在を曝け出した。

 それを、スケッチする、支援の画学生たち…………

 そう、絵のモデルさんたちがポーズを取ったのですね。

 「裸の群れ」が決めたポーズは、1830年の革命を描いたドラクロアの名作、『民衆を導く自由の女神』。

 芸術の都、パリのモデルさんたちにも不景気の波が押し寄せ、生活保障を要求してポーズをとったのです。

 で、なぜ、パリの市庁舎文化局の前で、かというと、裸デッサンのギャラリーを運営する当局が、「コルネ」を禁止したからです。

 「コルネ」っていうのは、アイスクリームのコーンのような円錐形の紙袋で、モデルさんたちがこれを回して、チップを得ていた。これを禁止しちゃったそうなんです。

 真っ裸の抗議プロテスト。真冬だけに迫力ありますよね。

 フランスではいま高校生たちが「マニフ」っていう街頭デモをするなど、無能な政府に対する民衆の怒りが噴き出しています。

 ギリシャでもスウェーデンでも、若者たちが立ち上がっている。

 ひっとしたら、「裸の民衆の群れ」の中央でポーズを決める、この超美人モデルさんって、「トンデモ世界」に対する「グローバル世直し大革命」を呼びかける、「現代の自由の女神」なのかも知れません。

   

⇒  http://www.dailymail.co.uk/sciencetech/article-1094797/Worlds-refrigerated-BEACH-built-luxury-hotel-Dubai.html#

    http://www.lemonde.fr/culture/article/2008/12/15/en-pleine-crise-d-identite-les-modeles-parisiens-manifestent-pour-leurs-salaires_1131301_3246.html

  http://www.lefigaro.fr/actualite-france/2008/12/15/01016-20081215ARTWWW00459-a-poil-.php

  http://www.bakchich.info:8080/spip.php?page=imprimir_articulo&id_article=6183

Posted by 大沼安史 at 10:12 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-12-13

〔いんさいど世界〕 寒さも何の 「アイスマン」 氷漬け・世界新記録に挑戦 暑さにゃ負ける オーストラリア 暑熱砂漠を立ち入り禁止

 寒くなりましたね。灯油代はかかるし……。国民の税金使って無料「給油」やるなら、「常夏のインド洋」じゃなく、「師走の宮城県」でやってほしい。そんな愚痴のひとつも、こぼしたくなる、不況の年の瀬です。

 というわけでは、今朝は「寒さ」(だけじゃ、舌、かじかんじゃう?んで)と「暑さ」の話題を。

 まず、「寒さ」の話題ですが、みなさん、「アイスマン」さんってご存知ですか?

 英語で ICE MAN、そう「氷男」……。

 その名の通り、驚くべき「耐寒性」を持った人がいるんです! どこに? オランダに!

 名前は? ウィム・ホフさん。

 この48歳のオランダ人のおっさんが、「アイスマン」として世界に名高い方です。

 この「アイスマン」さん、今月20日、ドイツのケルンで、世界記録の挑戦するというので、話題になってます。まあ、「また、やるの? おっさん」って感じで、半ば呆れているのですが……

 挑戦するのは「氷漬け」の世界新記録更新。氷のキュービック(直方体)を詰めた透明の「五右衛門風呂」に裸(パンツ一丁)で入り、どれくらい長い間、耐えられるか、我慢の限界に挑戦するんだそうです。

 現在の世界記録は1時間31分。これってもちろん、「アイスマン」さん自身の記録ですが、ケルンでは「1時間45分」に挑むそうです。

 東北新幹線の東京発「はやて」号が仙台を過ぎてもまだ「氷漬け」になっているわけですから、凄いですね。

 で、この「アイスマン」さん、「氷漬け」以外にも、これまで数々の偉業を達成して来ました。北極の氷海の下を60メートル、泳いだり、160キロもの北極圏裸足マラソンを走破したり。

 昨年、2007年の4月には世界最高峰、エベレストの8合目(?)、7400メートルまでパンツ一丁で登山し、その後、裸での立ち入りを禁止されたりしているそうです。

 「アイスマン」は、お騒がせ「ハダカマン」でもあるわけですね。

 で、ここからが話のキモになりますが、この「アイスマン」さん、なぜ寒さにへいちゃらかというと、自分の才能に気づき、能力開発を続けて来たからです。

 20年以上も前の冬、オランダの町の公園を散歩していたとき、池に氷が張っていた。その氷になぜか魅せられ、服を脱いでザボンと飛び込んで出たら、チョーいい気持ちだった。それで目覚めちゃったんですね。

 以来、チベット仏教の導師に「トゥモ」という「内なる炎を燃やす発熱」の技を学んで修得、暖房はいらない(かどうかは知りませんが)あったか人間になっちゃったんだそうです。

 ぼくも微々たる「年金暮らし」を前に、ノー暖房生活を慣れようとする毎日ですが、その「トゥモ」とかいう「発熱の技」、なんとかゲットしたいものです。「発熱」といえば、一昨日、風邪で熱、出したばかりですが……

 寒さの話が発熱の話に変わったところで、「暑(熱)い」話題をひとつ。

 南半球のオーストラリアはいま、「真夏」ですが、オーストラリア政府が史上初めて、砂漠への立ち入り制限(全面禁止)をかけた、というニュースがつい先日、流れました。

 シンプソン砂漠ってところで、地球温暖化の中で暑熱化が進み、今「夏」は日中の最高気温が摂氏58度に、砂の表面温度が95度に達するだろうって予報が出て、これはもうこの砂漠に入ったら、焼け焦げてしまう、ということから、オフリミットの措置をとったんだそうです。

 こうしてみると、人間って寒さには耐えられるけど、暑さ(熱さ)には弱いんですね。

 寒さの本番はこれからですが、そんな中でも「地球温暖化」の危機のこと、忘れてはなりませんね。 
 

http://www.innerfire.nl/en/index.php?module=dagboek

   http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/europe/netherlands/3684102/Dutchman-aims-to-break-record-in-freezing-bath.html

   http://jp.youtube.com/watch?v=UOT2OSb5tUY

   http://www.guardian.co.uk/travel/2008/nov/12/australia-outback-desert-simpson

Posted by 大沼安史 at 03:00 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-11-30

〔いんさいど世界〕2009年7月4日付「ニューヨーク・タイムズ」を先行発行 「イラク戦争 終結」「ブッシュが懺悔の自己訴追 国家転覆罪」を「予言」報道

 来年の話をすると鬼が笑うと申しますが、来年の話を――それも「希望」の話をしなければ鬼も泣く、昨今のありさまではないでしょうか?

 ジョージ・ブッシュがイラク・アフガンをぶっ壊し、ウォールストリートが世界経済をぶっこわし、日本では漢字も読めない「あっ、そう太郎」が政治をぶっこわして、退場もせず権力の座に居座っている。

 鬼だってあきれ果てているのではないでしょうか? というわけ(?)で、今日、紹介するのは、鬼も拍手の「来年のビッグニュース」。

 来年、2009年7月4日付「ニューヨーク・タイムズ」が先行発行され、その「予言報道」に喝采の嵐が湧き上がっている、という(日本では)知られざる大ニュースです。

 「32頁」建て、「120万部」が発行された、このアメリカを代表する「最高級紙」で何が報じられているかというと、これがほんと、凄いんです。

 1面のトップ記事は……「米兵、即時帰還へ」。そう、「イラク戦争、終結」の「大ニュース」です。
 米国防総省は「本日、7月4日、イラク派遣の米軍部隊が数週間に帰国する、と発表した」。
 「国連がイラクの復興活動に入り、病院・学校・道路その他の建設を進め、総選挙を監督する」と。
 
 この「トップニュース」の「関連記事」も組まれており、ニューヨークのマンハッタンでは、アパートの窓から「早く帰って来て! ベッドでかわいがってあげる」(意訳ではありますが……)なんてサインを出す市民(女性?)も。

 ま、この程度なら、さもありなんで、「あっ、そう」とか言って読み捨てできますが、ビックリ仰天、目が点になる超ど級ニュースも、ゾロゾロ目白押し。

 その最たるものが、「国家転覆罪でブッシュを訴追」で、「大量破壊兵器などイラクにはないことを知っていながら、イラク戦争をおっぱじめ、アメリカをガタガタにしたことが、遂に法廷で裁かれることになった」というんですね。

 大統領に選ばれた人は、ウォーターゲート事件のニクソンのように、刑事訴追を免れるものなんですが、ブッシュ前大統領って人は、やっぱトンデモ男で、自分の方から「訴追をリクエスト」したそうなんです。以前、イラクの抵抗勢力に向って「かかって来い」と言ったように、こんどは「やってくれ(Bring it on!)」と叫んでいるそう。

 ブッシュ前大統領の「改心」理由というのもふるっていて、「先月、イエス・キリストを話し合って、生まれ変わったから」っていうんです。
 で、ビンラディンについても、「一人でも追い詰め、つかまえる」というんですから、これはもう、正義の味方、「テキサスの保安官」って感じですね。

 ま、こんな調子で、世界の誰もが実現を「期待」する「ビッグニュース」が並ぶ中、「うん。これはいい」と思ったのがあります。
 「国連による包括的兵器禁止条約が加盟各国の全会一致の賛成で批准された」って「ニュース」です。

 「小火器」から「核兵器」まで、およそ「兵器」なるものを、地上かた一掃する国際条約が遂に締結、批准されたっていうわけですから、ブッシュの訴追なんか、チンケな話になりますよね。

 ホント、この2009年7月4日付「ニューヨーク・タイムズ」にあるような世の中になってほしいものですが、すでにお気づきのように、この新聞って、高級ブランド品によくある「フェイク」。

 紙面の体裁も、ネット上の「電子版」の「つくり」も、ホンモノと全く同じで、一瞬、騙されちゃいますが、「7月4日付」という日付に着目すれば、「あっ、そうか……」と納得もできます。

 7月4日はアメリカの独立記念日。
 つまりこれって、アメリカよ、もう一度、原点に立ち返れ、みんなで再出発しよう、という、呼びかけのメッセージなわけですね。

 制作・発行元は、反骨のフェイク・サイトや偽スポークスマンで有名な告発者グループの「ザ・イエス・マン」や、「桃色暗号(コード・ピンク)」という女性平和団体など。半年かけて編集、このほど(といっても、11月12日ですが)、全米各地の街頭で配布しました。無料のフリーペーパーっていうやつです。

 お遊びというより、社会風刺、社会に対する提言です。新聞は社会の木鐸っていいますが、コレってまさにソレ。

 あくまでも「パロディー」であることを明示しながら(これは事実ではありません。フィクションですと断って)、こうした「未来新聞」を発行するのも、言論活動のひとつのあり方かも知れません。

 先日、僕の「友人」の「ジャック天野」にこの話をしたら、

 「おれもやってみるか! 毎朝新聞とか読毎新聞といった架空の新聞を創刊し、

 『閻魔さまが復讐 トンマさまと読んで 太郎ちゃん、舌抜かれる』(先のことだけど……)

 『岩波書店 太郎ちゃん専用、ルビふり広辞苑を発刊』(僕もほしいなあ~)

 『教科書会社 太郎ちゃんに小学生用国語教科書をプレゼント!』(したかも)

 ――なんてスクープ記事を乱発するのもいいな」

 なんて言ってました。

 とまれ、鬼に笑われてもいから、今年の忘年会では、やなことを忘れるだけでなく、来年に実現すべき、いい話、夢ある希望の話を、いっぱいしたいところですね。
  

⇒  http://cityroom.blogs.nytimes.com/2008/11/12/pranksters-spoof-the-times/

  http://cityroom.blogs.nytimes.com/2008/11/12/pranksters-spoof-the-times/

Posted by 大沼安史 at 04:52 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-11-09

〔NEWS〕 どうなるファーストドッグ?(ついでにブッシュのラップドックの運命やいかに?……)

 オバマ新大統領の「誕生」で、ワシントンのブッシュ政権がすっかり霞んでしまいました。
 オバマの地元、シカゴが、「新世界」の新しい「首都」になった感じです。

 こうなると、ブッシュは「レームダック」どころか、すでに「ペキンダック」(?)ですね。それも、犬も食わない……

 ホワイトハウス記者会とのパーティーで、ブッシュが「想い出のグリーングラス」の替え歌を歌い、「♪ ブラウングラス(枯れ草)になった芝生で待つのは(ファーストドッグ=大統領家の愛犬を指す)のバーニーだけさ」と自嘲的に声を張り上げ、「出て行け拍手大喝采」を浴びたことは、本ブログで既報の通りですが、よく考えれば、大統領が交代するって、「ファーストドッグ」まで交代することなんですね。

 そこで今日は、今、全世界の愛犬家注目の、オバマ大統領家の「ファーストドッグ」に、どんな犬がなるのか――って話題を紹介しましょう。

 この話、実はオバマ氏の「大統領勝利演説」に始まるんです。

 あの世界が感激し、涙を流した、歴史的な名演説の中で、オバマ氏がユーモア交じりに、お嬢さんのマリアさん(10歳)、サーシャさん(7歳)に対して、「これで君たちも約束のパピーを(ホワイトハウスで)飼えるね」って言ったんです。

 これで俄然、「どんな犬がファーストドッグになるんだろう?」――と期待と関心が高まったのですが、オバマ氏はさらに先日、シカゴで行った当選後初の「新大統領記者会見」で、ファーストドッグ問題に「この問題は重要だ」と言ってわざわざ言及、この問題に関する今後の「政策方針」を明らかにしたことから、話題沸騰といった状態になっています。

 この席でオバマ氏が明らかにした「ファーストドッグ」選びに関する「政策基準」は2つ。その2つの「調整」がなかなか難しいことも、明らかにしました。

 その2つの「基準」とは、

 ① 長女のマリアさんがアレルギー体質なので、「低刺激性」の犬にしなければならない

 ② ファーストドッグは(ペットショップで売られている、血統書つきの高価な子犬ではなく)、野犬・不用犬収容施設(シェルター)出身の犬にしたい

 ――というもの。

 ②のシャルター犬を選ぶと、「(白黒混血の)ぼくのようなマット(雑種)が多いから」(低刺激性の血統かなかない見分けがつかないのが悩み)――と、揺れる胸のうちを明らかにしたわけです。

 高額なペットショップ・パピー(低刺激犬)にすれば問題は解決されるが、シカゴの貧困地帯のコミュニティー活動家として出発したオバマ氏としては、やはり草の根出身の「シェルター犬」から選びたいと思っている……わかる気がしますね。オバマ氏だって草の根をうろついていたマット人間で、それがアメリカの「ファースト・ジェントルマン(大統領)」に選ばれたわけですから。

 さて、この苦しい心中を吐露した記者会見に、ユーモアの国・英国のBBC放送がすばやく反応し、雑種でもこんな低刺激犬がいますよ、と早速、トップニュースで提案しました。

 BBCによれば、たとえば「ラブラドゥードル」なら、アレルギーの人が飼っても大丈夫だそうなんですね。「ラブラドゥードル」……そう、ラブラドルとプードルの雑種。

 それから、「シュヌードル」ってのも、OKだそうです。麺類のような名前ですが、これって、シュナウザー犬(ドイツ出身)とプードルの雑種だそう。

 「コッカプー(コッカプドルではなく、コッカプー)」も、BBCのお薦めリストに入っていました。

 「コッカプー」……なんか間抜けそうな(筆者=私の後世における生まれ変わりであるような……)名前ですが、これ、コッカースパニエルとプードルの雑種なんですね。

 こうして見ると、プードル・ベースなんですね。

 BBCによれば、長女のマリアさんのお気に入りは、「ゴールデンドゥードル」だって噂が流れているんだそうです。

 ゴールデンレトリバーとプードルの子なんですが、これも恐らく低刺激性の犬じゃないでしょうか?

 ちなみに、この夏、行われたアメリカの愛犬家たちの「ファーストドッグ」選によれば、ペディグリー・プードルが「当選」しているそうです。

 オバマ氏としても、国民の意思を無視できないはずですから、次期ファーストドッグは、プードル系で決まり、っていうことでしょうね。

 さてこうなると(???)、ファーストドッグの座から転落するブッシュの愛犬「バーニー」とともに、ブッシュのラップ(ひざ上)ドックといわれた、われらが日本の政権当事者の行方が気になるところです。

 先だって、麻生さんのところへオバマさんが電話して来て、「10分間」話し合ったって新聞に出てましたが、別に特別に麻生さんだけに掛けてきたわけではなく、オバマさんってシカゴから世界の指導者に電話掛け捲っているんですね。

 ドイツのシュピーゲル誌の英語版サイトを覗いたら、あのフランスの政界のラカイユ(クズ男)、サルコジなんかと「30分」も話し込んでいるんですね。

 ブッシュの「ポチ」だった日本、このまま世界のマケイン、いやアンダードッグ(負け犬)にならなきゃいいんですが……

   


  http://news.bbc.co.uk/2/hi/americas/us_elections_2008/7716985.stm

   http://news.bbc.co.uk/2/hi/americas/us_elections_2008/7714480.stm

  http://www.nytimes.com/2008/11/08/us/politics/08obama.html?_r=1&hp&oref=slogin

   http://www.spiegel.de/international/world/0,1518,druck-589084,00.html

Posted by 大沼安史 at 09:22 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-11-02

〔いんさいど世界〕 オバマが拓く 「グリーン・ニューディール」 「軍産金油官複合体」を超えて

 いよいよ、世界が注目する米大統領選の投票です。ブッシュ政権下、最悪のものになった「悪夢」が、夜明けの光の中で、退場の時を迎えるのか、それとも延命し続けるか?

 選挙戦は最後まで過熱したものになりました。

 事前投票では、電子投票のソフトウエアに「トリック」が仕込まれ、「オバマ」のタッチパネルを押すと、「マケイン」に「清き一票」が入る“不正”も発覚。

 大統領選と同時平行で行われている上院議員選挙では、共和党女性候補がオバマと同じ、民主党の女性候補の「声」を捏造、テレビコマーシャルで「神なんか、いない」と言わせる、とんでもないネガティブ・キャンペーンまで繰り広げられて来ました。

 ブッシュが初「当選」した、あの2000年の「フロリダ逆転?劇」のような、不正な選挙管理による「新大統領」の「捏造」は、二度とあってはならないことです。

 さて、「オバマ新大統領」に世界が期待をかける中で、オバマの選挙「公約」の中から、新しい世界の標語、というか、合言葉が生まれています。

 ネオリベ+ネオコン、「軍産金油官複合体ドラゴン」どもが食い荒らした、われわれ世界の人々が住まう「家(エコ)」を、新たに立て直そうという「願い」と「決意」のこもった「新語」が登場しました。

 「グリーン・ニューディール」という言葉です。哲学でも、政策構想でもあります。

 「グリーン」とはもちろん、あの「環境を守る」グリーン。「ニューディール」とは、あの有名な、ルーズベルトによるアメリカ世直しプロジェクトのことです。

 1929年の大恐慌でメチャクチャになったアメリカ(の「エコ・ノミー」(家政)を)を立て直した「ニューディール」を、世界的な金融経済危機に苦しむ現在において再現しようというプロジェクト、これが「グリーン・ニューディール」です。

 この希望の哲学&政治が、米大統領選キャンペーンの中で浮上したのは、オバマ候補の努力によるものです。

 オバマ候補は「今後10年間、毎年150億ドル以上を投入し」、

 ①アメリカを石油に頼らない再生可能なエネルギー経済の国にチェンジする

 ②それによって、500万人分の新しい「グリーン・ジョブ(環境雇用)」を生み出す

 ――と公約に掲げました。

 オバマ候補は、この「第2のアポロ計画」(人間を月に送った)によってアメリカ経済の「グリーン景気回復(リカバリー)」を実現すると宣言しました。

 このオバマ候補の公約が大きな弾みとなって、「グリーン・ニューディール」を目指す世界的な潮流が生まれているのです。

 たとえば、米誌「ネーション」(電子版、10月29日付)には、「グリーン・ニューディールに向けてともに活動しよう」という、ヴァン・ジョーンズさん(「万人のためのグリーン」という組織の代表)の論文が発表されました。

 労働者、社会正義活動家、環境保護運動家、学生、宗教者を中心に「グリーン成長同盟」を結成、新たな社会づくりに取り組もうと呼びかけています。

 また、英国の「新経済財団(NFE)」という組織は、「金融危機」「ピーク・オイル(石油枯渇)」「気候変動」を一体化してとらえ、「成長」の「神話」に見直しを迫りつつ、現在進行形で破局へと進む世界的危機への対策プログラムを発表しました。

 「金融・経済」と「環境」という「双子の脅威」が国際社会を、人類の生存を脅かす中、今後さまざまな「グリーン・ニューディール」構想が生まれ、現実化してゆかねばなりません。

 日本政府も「バブル崩壊後の経験を教えてさしあげます」などとばかり言わずに、「日本発」の、画期的な「グリーン・ニューディール」の政策・提言づくりに取り組むべきでしょう。

 オバマ候補は、「脱石油」経済への移行を「アポロ計画」に譬えましたが、日本政府が取り組むなら、「グリーン維新」とでもいうべき、体制変革を伴う、根本的なものになるかも知れません。

 「緑の維新」を、果たして日本の政治は起すことができるのか?

 今、口をヘの字にして頭を悩ますべきは、「解散」の時期ではなく、戦時中以来の全体主義のゾンビがネオリベ路線をとった挙げ句、ついに日の本を奈落の底に突き落とした、この国の従来型政治の「解体再構築」でありましょう。

⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/americas/obamas-green-jobs-revolution-984631.html

  http://www.thenation.com/doc/20081117/jones

  http://www.opendemocracy.net/node/46653/print

Posted by 大沼安史 at 02:27 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-10-28

〔いんさいど世界〕 難病のプロゴルファーが奇跡の復活 優勝飾る 多発性硬化症 新薬で克服

 今朝はゴルフの話題。クラブも握ったこともない僕が話をするのも何ですが、とてもいい話(日本

ではいまだ知られざる……)があるので、ご報告したいと思います。

 難病にとりつかれ、いったん選手生命を失ったプロゴルファーが、52歳にして奇跡の復活を果た

し、英国のシニア・ツアーで優勝したという話です。

 このゴルファーが克服した難病は、「多発性硬化症(MS)」。これを臨床実験中の新薬で直し、

再起に漕ぎつけました。

 これは世界中のMS患者の皆さんにとっても、大変な朗報。ほんとに勇気付けられますね。

 このプロゴルファーは、ジンバブエ国籍、英国在住の白人男性、トニー・ジョンストーンさん。
 ことしの6月、英国のジャージー島のゴルフ場で開かれた「ジャージー・シニア・クラシック」で

、強風が吹く悪コンディションの中、辛抱のゴルフを続け、優勝を飾りました。

 2001年のカタール・マスターズ以来、7年ぶり、7勝目のヨーロッパ・ツアーでの勝利。22

勝を上げている米国プロゴルフツアーを加えれば、通算29勝目の栄冠を手にしたわけです。

 そんなジョンストーンさんがなぜか急に歩けなくなったのは、2003年のことだったそうです。

「9ホールまで行ったところで、コンセントを抜かれたように、先に進めなくなった」そうです。

 医者の診断は、筋肉痛とか疲労骨折といった「職業病」のカテゴリーを超えた、「多発性硬化症」

(MS)という難病。

 この病気は、中枢神経系の脱髄疾患のひとつで、運動マヒ、視神経炎など引き起すといいます。日

本では人口10万人あたり8~9人の発症率で、全国に約1万2千人、患者がいると見られています

 しかし、ジョンストーンさんは、ゴルファーとしての人生をあきらめませんでした。英国のケンブ

リッジ大学の研究チームが新薬開発を続けていることを知り、その実験台になったのです。

 その新薬、「アレムツズマブ(Alemtuzumab)」は元々、白血病治療薬として30年前に開発されて

いたもの(発見者のセザール・ミルステインさんは1984年にノーベル賞を受賞)ですが、ケンブ

リッジ大のチームはMSに有効ではないかと2005年から。投与法を含め実験を開始、欧米での臨

床実験の結果、インターフェロン投与者と比べ、症状を71%も軽減できる、といった好成績を収め

ることができました。

 ジョンストーンさんは、その「アルムツズマブ」に救われ、グリーン上に甦ったわけです。

 診断から5年、練習を再開してから2年後の快挙。

 「ジャージー・シニア・クラシック」でジョンストーンさんは最終日、16番のホールで、ドライ

バーをミスショットして、ボールをラフの中に入れてしまったそうです。
 「ゴルフ人生最悪のドライバー・ショット」だったそうですが、そのあと奇跡のリカバリーに成功

し、このホール、なんとバーディーまで奪ったそうなのです。

 そのバーディー・パットを決める際、ジョンストーンさんは、「オレはまだやれるぞ」と、自分の

ゴルフに再び、自信を持つことができたそうです。

 執念の復活を遂げたジョンストーンさんなわけですが、優勝インタビューにこう答えたそうです。

「この勝利はMS患者の仲間に対する、希望を捨ててはいけないというメッセージになるだろう」と

 日本のシニアツアーになんかにも参戦して、元気な姿を日本のファンにも(日本のMS患者さんに

も)見せてもらいたいですね。

 ところで、この「アレムツズマブ(Alemtuzumab)」という新薬、まだ試験を継続中で、英国でもま

だ認可が下りていません。
 早く安全性と効果が確かめられて、日本でも使えるようになるといいですね。 

 

⇒  http://www.independent.co.uk/life-style/health-and-wellbeing/health-news/drug-can-

reverse-the-effects-of-ms-969774.html

  http://www.europeantour.com/default.sps?pageid=127&pagegid=%7BAEFB93B0%2DEFF5%2D4C05%

2DAB0F%2DFD08D947D944%7D&eventid=2008844&reportid=62774

  http://www.nanbyou.or.jp/sikkan/068.htm

Posted by 大沼安史 at 08:02 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-10-11

〔いんさいど世界〕 氷の国 アイスランド メルトダウン

 北大西洋の氷の国、アイスランドで金融メルトダウンが一気に進み、国家破綻の危機に瀕している。人口30万人の小さな島国は、「グローバリゼーション」の反動「引き潮」の中で、今や「沈没」寸前だ。

 国有化された3大銀行が抱え込んだ負債は、アイスランドGDPの12倍にも上る。この計算の根拠となった「GDP」は、金融ツナミが押し寄せる前のものだろうから、今後の国内経済の縮み具合では「数十倍」「数十年分」にも達するはずだ。

 国家破綻を回避しようとアイスランド政府はロシアから「40億ユーロ」の外貨注入を受け、息をつなごうとしている。

 北欧諸国にSOSを出したが、断られ、なぜかロシアにすがりついた。

 しかし、この「40億ユーロ」も(本当に融資が行われたとしても……)当座をしのぐだけで、最終的には「IMF」による「救援」を待つしかないと言われる。

 が、そんな頼みのIMFも欧米救済を優先せざるを得ず、今後の展開しだいでは、「焼け爛れたまま」放置される恐れもある。

 仮にロシア、IMFなどの救援があったとしても、国家破産は避けられない。
 経済のグローバル化が引き起した、史上初めての「国家倒産」劇だ。
 なぜ、そうなったのか、原因究明、真相のあぶり出しが求められている。

 しかし、それにしても不思議なのは、漁業が主産業(ニシンはしかし、1982年を最後に、獲れなくなってしまった……)のこの氷の島国に、なぜ「金融センター」が出現したか、ということである。

 この疑問に、フィナンシャル・タイムズがヒントらしきものを出しているので紹介しよう。
 10月10日付の「残酷な風」という、同紙の資本市場担当エディター、ジリアン・テット記者(元東京特派員)が補足取材してまとめた追及記事である。

 アイスランドは今世紀に入って、いきなり急角度で「離陸」を始めるが、そのエンジンをふかした「マネー」は何処から来たのか?

 これについてFT紙の記事は、「ロシアとの不思議なリンクの物語」を指摘する。アイスランドの金融力の起源にはロシアの影の部分がつきまとっている、というのだ。
 これはもう、アイスランドの「奇跡」の陰に、ロシア・マフィアが存在していると言ったも同然である。

 ロシアとアイスランドとのかかわり……。同紙によれば、たとえばアイスランド一の大金持ちは40歳になったばかりのカリスマ富豪だが、ロシアのサンクトベテルブルクで醸造所を営み、それをハイネケンに売って財を成した人物だ。その男は今や世界第4位のジェネリック薬品メーカーを経営するまでになっている。

 こうしたロシア・マネーのローンダリングの受け皿として、アイスランド金融セクターの規制緩和を徹底的に進めたのは、前首相のディヴィッド・オドソンだ。

 「規制緩和(デレギュレーション)」とは耳障りのいい言葉だが、要は「無法地帯」の容認。オドソンは、レイキャビークを「番外地」化し、なんでもあり・やりたい放題の「金融ヘイブン」にしてしまった。

 アイスランドの銀行も地道な商業銀行の枠を超え、ウォールストリートの投資銀行のような真似を始めた。地元の産業に「投資」するのではなく、欧米の金融カジノでの「投機」にうつつを抜かす、酒と薔薇の日々。ドイツや英国の銀行がジャブジャブ金を貸してくれるので、ギャンブル資金に不自由しない日々が続いた。

 ガーディアン紙(10月8日付)によれば、「円資金」もスイス・フランとともに、キャリー・トレードで流れ込んでいたそうだ。

 とすると、今回のアイスランド・デフォルトで、重い火傷を被った(逆にぼろ儲けした)日本の金融機関、投資家(機関)もあるはず。在京の経済ジャーナリストには是非とも実態を解明してもらいたい。

 英国では自治体がアイスランドに投資して、巨額の焦げ付きが出そうな雲行きだ。おそらく、日本でも、ハイ・リターンを期待して、投資に走った公的団体もあるはず。
 在京ジャーナリストには、この点についても、是非ぜひ、追及してもらいたいものだ。

 疑い深い元社会部記者の小生としては、厚生年金・国民年金のファンドなんかも案外、注ぎ込まれているかも知れない、などと、ついつい勘ぐってしまう。

 氷の国の首都、レイキャビークでは国有化された銀行の前で、アイスランドの「プレスリー」による、士気高揚のロックコンサートが開かれたりしているそうだ。(ニューヨーク・タイムズ、10月9日付)

 もう、ここまで来ると「歌う」しかないのかも知れない。(そういえば、あの「大恐慌」のあと、アメリカではジャズ&ミュージカルを中心としたショービジネスが最盛期を迎えた……)

 しかし、歌えば気は晴れるかも知れないが、アイスランドの一般大衆の前途に待ち構える苦難はリアルなものであり、歌って消せるものではない。通貨の価値は下がり、インフレは激化し、借款返済のための増税も始まるだろう。

 が、ただ黙って金満家どもから回されたツケの支払いを続けるのは癪だし、正義に反する。
 そこで、提案である。

 ① アイスランド国営の「民衆銀行」を設立し、国民経済・国民生活の安定を図れ!
 (これはあの「華氏911」のマイケル・ムーア監督が、アメリカ民衆の救済策として打ち出している提案である)

 ② 公式通貨、クローネと「平行」して、国内限定のコミュニティー通貨を発行し、経済復興を図れ!
 (アメリカでは大恐慌後、「スクリップ」という代替通貨が自発的に流通した!)

 ③ アイスランドの監督官庁、捜査当局は国営化した3行の取引履歴を精査し、送金元での脱税、マネーロンダリングなど犯罪事実を掴んだら、「国際刑事裁判所」に告訴せよ!
 (アイスランドはいわば「密室」。犯罪の立証は意外に簡単かも……)

 ところでさっき、「歌で現実は変わらない」などと、とんでもないことを書いてしまったので、最後に弁明をひとつ。

 アイスランドの首都、レイキャビーク沖の島には、オノ・ヨーコさんが建てた「イマジン・ピースタワー」がある。
 そう、あのジョン・レノンの「イマジン」を光に換え、世界の空へと放射している「光のタワー」だ。

 「歌で現実は変わらない」のは確かだが、「イマジン」すれば、「歌で現実を変えられる」かも知れない。

 同じ島国、アイスランドの苦境は他人事ではない。アイスランドの国難を無にしない、想像力が求められている。
   
⇒ http://www.ft.com/cms/s/0/57967514-96f9-11dd-8cc4-000077b07658.html

  http://www.guardian.co.uk/world/2008/oct/08/iceland.globaleconomy

  http://www.nytimes.com/2008/10/09/business/worldbusiness/09icebank.html?_r=1&oref=slogin
  
  http://www.independent.co.uk/news/uk/home-news/council-millions-at-risk-in-icelandic-banks-955702.html
 

      
  

Posted by 大沼安史 at 11:44 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (3)

2008-10-04

〔いんさいど世界〕 ペイリンは、ブッシュ時代を締め括るビックラ・マーク=感嘆符(!)に過ぎない……NYTコラムニスト、ボブ・ハーバート氏が筆刀両断!

 ニューヨーク・タイムズの黒人コラムニスト、ボブ・ハーバート氏が、副大統領候補「討論」に触れ、共和党のサラ・ペイリン候補を筆刀両断、厳しい筆誅を加えた。

 すごい切れ味。

 新聞のコラムとは、こういうものか、と思わせる、見事な筆さばきだ。

 書き出しは、こうだ。

 Sarah Palin is the perfect exclamation point to the Bush years.

 サラ・ペイリンという共和党副大統領候補とは、単なる「!」に過ぎない……。
 そう、あの文末につく「!」
 それも「ブッシュ時代」を締め括る「!」

 なぜ、彼女は単なる「完璧な」「!」でしかないのか?

 それは民主・バイデン候補との「討論」で「討論」できなかった、彼女の発言・文章(無)能力にもよる。

 Now comes Ms. Palin, a smiling, bubbly vice-presidential candidate who travels in an alternate language universe. For Ms. Palin, such things as context, syntax and the proximity of answers to questions have no meaning.
 
 笑顔を振りまき、元気に「別世界の言語宇宙」を行くだけで、「文脈」「構文」「質問に対するまともな答え」に何の意味も見出さないサラ。

 そう、彼女には「ブッシュ時代」の終わりを告げる「!」の存在価値しかないのだ。
 日本語で言い直せば、「中身ゼロ」。
 アメリカの政治家も、ウォールストリートの株同様、随分、値を下げたものである。
 (もちろん、その暴落ぶりや、日本も負けてはいないが……)

 「応答」もできず、「質問」への「答え」を「別の質問」への「答え」で返すサラ。

 “I may not answer the questions the way that either the moderator or you want to hear.”

 「コーディネーターやあなたの聞きたいような風に答えないかもしれないわよ」と、最初から釘を刺す彼女……。

 彼女が一方的にまくし立てたあと、バイデン候補はコーディネーターに対し、こう聞いたそうだ。
 「どこから始めていいかわからないよ」と。

 これについて、ハーバート氏はこうコメントを付け加える。

 Of course he didn’t know where to start because Ms. Palin’s words don’t mean anything. She’s all punctuation.

 「もちろん、わかるはずがなかった。ペイリン氏の言葉は意味のないものだったから。単なる感嘆符に過ぎないから」

 ペイリン候補の「エネルギー対策」の発言も「!」ものだった。

 But after Senator Biden suggested that John McCain’s answer to the nation’s energy problems was to “drill, drill, drill,” Ms. Palin promptly pointed out, as if scoring a point, that “the chant is ‘Drill, baby, drill!’ ”

 「掘るのよ、ベイビー、もっと掘るの」

 掘る(ドリル)、とはもちろん油井掘削の意味だが、「ここほれニャンニャン(???)」ぽくって反吐(ヘド)が出そうだ。

 「ドリル、ベイビー・ドリル」、何だよ、それ 「!!!」???

 これでマケインの負けが決まった!!!
   

⇒  http://www.nytimes.com/2008/10/04/opinion/04herbert.html?_r=1&hp&oref=slogin

Posted by 大沼安史 at 05:51 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2008-09-08

〔いんさいど世界〕パリ発 衝撃の告発 サルコジはCIAのスパイ?! T・メイサン氏が「サルコジ作戦:CIAはいかにしてエージェントの一人をフランス共和国の大統領に据えたか」で追及 陰謀でドヴィルパンを追い落とし、仏社会党を撹乱 

 「9・11」をめぐる疑惑追及で名高い、フランスのジャーナリスト、ティエリ・メイサン氏が、自ら主宰する「ヴォルテール・ネット」で、衝撃の告発を行った。

 「サルコジ作戦:CIAはいかにしてエージェントの一人をフランス共和国の大統領に据えたか」と題する告発記事は、仏大統領選へのCIA(米中央情報局)の関与を暴露、サルコジを結節点とした、CIA、フランス金融右翼、コルシカ・マフィアなどによる、闇の権力ネットワークの実像に迫っている。

 メイサン氏は、『驚くべき謀略』や『ペンタゲート』といった著作で、あの「9・11」事件のうち、とくに「国防総省」に対するハイジャッック機「突入」疑惑を追及したことで、国際的にも有名なジャーナリスト。
 そのメイサン氏による今回の「調査報道」は、自国・フランスの新大統領、サルコジを「CIAのスパイ」と名指しで告発したものだけに、今後、世界的な波紋を呼びそうだ。

 「サルコジ」といえば、シラク大統領の後継者争いを同じ与党・共和国連合のライバル、ドヴィルパンと演じた男だが、メイサン氏によれば、このドヴィルパン追い落としに、CIAが一役買ったという。

 ドヴィルパンを嵌める罠を仕組んだのは、「フランス・アメリカ協会」のロンドン・オフィス。CIAも共用するこのアジトで、「ルクセンブルクの銀行の秘密口座リスト」なるニセ文書が偽造されたという。

 サルコジは、その「リスト」には自分の名前が載っていることを逆手にとって、ドヴィルパンによるフレームアップだと主張、治安(警察・検察)を担当する内務大臣の職権を利用して、ドヴィルパン宅を家宅捜索。これによってライバルの政治生命を奪い、与党内における大統領候補として立場を万全のものにした。

 ドヴィルパンは2003年に、米国のイラク侵攻に反対する演説をしたことで、ブッシュ政権の目の仇になっていたことは、なお記憶に新しい。

 さて、文書偽造の舞台となったロンドン・オフィスを管理する「フランス・アメリカ協会」とは一体、なにものなのか?

 メイサン氏によれば、その「会長」はCIAの局長だったネグロポンティ、その「事務局長」だったのが、フランク・ワイズナー(ジュニア)という人物だ。
 実は、この「フランク・ワイズナー(ジュニア)」という男、ネオコンの中心人物の一人である、あのウォルフォビッツ(前・世界銀行総裁)の後を襲い、米国防総省の重要ポスト、政策計画局の局長を務めた経歴の持ち主。
 このことからも、(イラク戦争に反対した)ドヴィルパンの追い落としの黒々とした背景が浮かび上がる、というののだ。
 (この「フランク・ワイズナー」こそ、「サルコジ」がアメリカとつながるキーパーソンなので、名前を記憶にとどめおいて欲しい)

 さて、「サルコジ」を与党候補にしたCIAが次ぎに打った手は、野党、フランス社会党に対する工作だった。

 アメリカ(CIA)=サルコジ一派が最も恐れたのは、「ミッテランの秘蔵っ子」として人気の高かったファビウスが社会党候補になること。組みしやすい女性候補のロワイヤルに勝たせるため、二通りの方法で対社会党工作が進められた。

 ひとつは、ファビウス陣営の票を割るために、ドミニク・ストロース・カーンを対立候補として立たせたことだ。

 メイサン氏によれば、このストロース・カーンという男もいわくつきだ。
 米国のライス国務長官がスタンフォード大学にいた頃、彼女の引きでそこで教えていたのが、このカーン。
 さらに驚くべきことに、ストロース・カーンは国際通貨基金(IMF)の総裁に選ばれ、いまもその椅子に座っているのだ。

 もうひとつの工作は、社会党にトロツスト系の人間を、「少なくとも1万人」も入党させ、その組織力をファビウス、ロワイヤル追い落としに使ったことだ。

 メイサン氏によれば、CIAはソ連のスターリン主義に対抗するため、歴史的にフランスのトロツキストを支援しており、その組織力を利用してフランス社会党内に、リオネル・ジョンパンらエージェントを送り込むことに成功しているという。(あのジョスパンまでも!……)

 こうしてフランスの新大統領となったサルコジだが、「勝利」の夜、選挙運動を担った支持者をそっちのけで、向った先はシャンゼリゼにある「フーケ」という有名なカフェ。この「フーケ」は、フランスのカジノ王の店で、そこにはフランスの富裕層の群れが待ち構え、サルコジとともに祝杯を交わしたという。

 サルコジが次ぎに何をしたかというと、豪華ヨット、「パロマ」号の上での地中海バカンス。
 この「パロマ」号は、サルコジの友人である、ユダヤ大財閥、ロスチャイルド出身のヴァンサン・バロールという男の持ち船だそうだ。

 この秘密のヨット・バカンスは、パパラッチに撮影されて暴露されることになるが、サルコジがパリに戻って大統領として最初にした仕事、さらなるカジノの認可だったという。

 以上はメイサン氏が描く「サルコジ」の成功(裏)物語の概要だが、同氏の暴露で見逃せないのが、イタリア・マフィアとつながりがあるとされる、「コルシカ」(仏領、地中海の島)をめぐる疑惑だ。

 コルシカ担当の長官が、何ものかに殺害されたのだが、サルコジは旧友であるはずの男を「犯人」として逮捕したのだ。(この男は無罪を主張したが、その後、なぜか沈黙し続けているという)
 メイサン氏の調査によれば、「真犯人」は金で雇われた殺し屋で、アフリカのアンゴラに逃走、そこでフランスの石油企業にガードとして雇われたそうだ。
 コルシカ担当長官の殺害は、コルシカにおけるマフィアの影響力を守るため仕組まれたものと、メイサン氏は見ている。

 ところで、ここで出て来た、この「マフィア」問題は、実はCIAのサルコジ工作につながる歴史的な背景を織り成すものだが、その話に進む前に、サルコジが政権の柱として頼りにする「4人組」なるものの素性を、ごく簡単に見ておくとにする。

 「4人組」とは、シャルル・パスカ(後述)の右腕だったグエン官房長官、ロスチャイルド銀行出身のペロル官房副長官、レヴィト外交顧問(シラク大統領からブッシュ寄り過ぎると解任された経歴の持ち主。ユダヤ系)、そして閣僚名簿に登載されていない諜報担当のボエ(米国の国家安全保障局のヨーロッパ担当次席を務めたこともあるという)。

 この顔ぶれを見ただけで「サルコジ一派」の正体が浮かび上がるが、極めつけはサルコジが経済・財政相に抜擢したクリステーヌ・ラガルデという女性である。

 メイサン氏によれば、彼女のキャリアはすべて米国内でつくられたもの。ディック・チェイニー(副大統領)の「国際戦略研究センター」で、ブレジンスキーとともに、ポーランドの民営化問題を検討していたという人物である。
 あのストロース・カーンのIMF総裁就任などと考え合わせれば、国際金融資本が吹きまくる「ネオリベラリズム」が、このアメリカ「育ち」の女性を通して、フランス政権の経済中枢を握った、といっても過言ではなかろう。

 ついでにもうひとつ、メイサン氏が挙げるサルコジがらみの事実を紹介すれば、サルコジの異母兄弟であるピエール・オリビエ(アメリカでは「オリバー」を名乗る)は、ブッシュ家なども加わる軍事・石油・金融権力、「カーライル・グループ」のカルーチ(元国防長官、CIAの元副長官。カルーチがCIAの副長官になったのは、ドヴィルパン追い落とし工作のところで名前が出て来た、フランク・ワイズナー〔ジュニア〕の父親、フランク・ワイズナー〔シニア〕の引きによるものだった!)により、同グループの新設ファンドの代表に取り立てられたという。

 ここまでの話の流れは、「サルコジ大統領」が生まれ、「サルコジ政権」が登場した、いわば同時代の舞台背景を追ったものだが、メイサン氏は、こうした経過を生んだ歴史的な流れについても調査のメスを入れている。

 メイサン氏の指摘のうち、「サルコジ」と絡む事実関係について、列記するとこうなる。

 ① 米国が第2次世界大戦の末期、シシリア島上陸作戦などで頼ったのが、シシリア系マフィアの大ボス、ラッキー・ルチアーノだった。このルチアーノとのコンタクト役を果たしたのが、フランク・ワイズナー(シニア)だった。

 ② 1958年、北アフリカへのソ連の影響力拡大を恐れたCIAは、アルジェリア問題を利用、引退していたドゴールをフランスの大統領につける「クーデター」を組織した。ドゴールは権力の座に就くと、対米従属一辺倒の姿勢をとらず、米国を苛立たせる。そのとき、ドゴールを守る私兵(SAC)が結成されるが、その中心にいたのが、後にフランス政界の黒幕としてサルコジを引き立てることになる、シャルル・パスカだった。

 コルシカ人のパスカは、カナダの密造酒家、「リカード」の娘と結婚、ラッキー・ルチアーノなどアメリカのシチリア・マフィアとも密接な関係を持った。パスカはSACの私兵をリクルートする際、ルチアーノの「コルシカ大使」に協力を求めた。

 パスカは後に内務相まで出世する。この時。パスカはサウジ、イスラエルと関係を結び、イスラエルの諜報機関、モサドの名誉会員にもなった。

 パスカはサルコジの初婚の際、新郎・サルコジに付き添うベストマンを務めたいわば後見人で、パスカが内務相だった時、サルコジは予算相兼政府スポークスマンを務めていた。

 ③ サルコジはハンガリーの貴族の父親と、ユダヤ人の母親の間に生まれた。両親は離婚、父親は再婚したが、サルコジの母、アンドリー・マーラーが秘書をして働いたのが、シャルル・パスカとともにSACを創設したアシール・プレッティだった。

 プレッティは後にフランスの国民議会の議長にまで上り詰めるが、1972年、米誌「タイム」が麻薬の「フレンチ・コネクション」を暴く記事を掲載、その中で名前を挙げられたため、失脚を余儀なくされる。「タイム」誌の記事は、コネクションの立役者の一人として、ジャン・ヴェントゥーリというマフィアのボスを名を挙げているが、このボスは、シャルル・パスカルの「リカード」の代理人だった男だ。

 ④ サルコジの父は1977年に再婚相手とも離婚するが、このフランス人女性がアメリカに渡って再婚した相手は、アメリカの政府高官。当時、国務省のNO2だった相手の名は、驚くなかれ「フランク・ワイズナー(ジュニア)」。そのあの「シニア」の息子で、ドヴィルパン追い落とし工作の「ジュニア」が(サルコジの義母の)再婚相手だった!

 この義母の伝でサルコジは米国務省の「訓練プログラム」で「便宜を供与」されているという。

 ――以上が、メイサン氏の暴露する、「サルコジ」をめぐる歴史背景だが、まるで大河ドラマのような経過を振り返ると、同氏がサルコジを「CIAのエージェント」と結論づけたわけが納得できる。

 傍若無人な振る舞いを続け、「フランス政界のラカイユ(屑)」でしかない「チンピラ」が、どうしてフランス大統領になれたのか、不思議でならなかったが、メイサン氏の「告発」でようやく事情がわかった。
  
 (「サルコジ」といえば、大統領になる以前、治安を担当する内務相として、都市の郊外に住む若者たちを「ラカイユ(社会の屑)」呼んで抑え込もうとした強硬派としての「実績」があり、その「強面」ぶりがフランス人保守層の支持を取り付けた、とばかり思っていたのだが……)

 「サルコジ」という男の人格を知る上で、見過ごすことができないのは、シラク大統領の娘との不倫問題だ。メイサン氏によれば、サルコジは「フィガロ」紙の論説委員と結婚したシラク氏の娘を(自分が新郎のベストマンを勤めながら)「寝取り」、夫を自殺に追い込んだそうだ。以来、シラク氏はサルコジを憎み、両者の間の対立はその後も尾を引いたといわれるが、シラク氏とすれば当然のことだろう。

 最後にひとつ、これも「意外なこと」だったので、付け加えておきたいことがある。それは、サルコジによって外相に取り立てられた、ベルナール・クシュネルのことだ。

 クシュネルは「国境なき医師団」にも関わって来た「良心的」な人物で、サルコジ政権入りに驚いた人も多かったが(わたしのその一人だった)、メイサン氏によれば、「クシュネル外相」を指名したのは、あのフランク・ワイズナー(ジュニア)で、彼に与えられた任務は「コソボ独立」と「フランスのアラブ政策の変更」だという。

 メイサン氏によれば、このコソボの「ボンドティード米軍基地」こそ、アフガン産のヘロインが米空軍機で運び込まれる中継拠点であるそうだ。

 今回のメイサン氏の暴露は、あの「9・11」事件でのペンタゴン「突入」疑惑のすっぱ抜き並みの、超ド級の衝撃力を秘めている。

 メイサン氏の今回の「暴露」と「告発」が、今後、どのような「続報」を生み出すか、世界は今、息をのんで事態の進展を見守っている。
 

⇒  http://www.voltairenet.org/article157821.html

Posted by 大沼安史 at 03:12 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (2)

2008-08-31

〔いんさいど世界〕 CIAがカーン博士の「核の闇ネットワーク」に「モグラ」「仕込む スイス人技術者父子を買収 スイス政府 技術者のパソコン情報を全面削除 米国の圧力か?!

 「イスラムの核の父」、パキスタンのカーン博士による「核の闇ネットワーク」に、米国のCIA(中央情報局)が「モグラ」(スパイ)を仕込み、サボタージュ(妨害破壊発動)を行わせていたことが分かった。

 「モグラ」は、スイス人技術者(71歳)とその息子2人。
 スイスでは外国のためのスパイ活動を自国民に禁じており、本来なら訴追を免れないが、事件が発覚しているにもかかわらず、スイス政府は技術者一家のパソコン・ファイルを破壊し、証拠を隠滅してしまった。

 スイス政府はパソコンには核の設計図などが含まれており、テロリストらの手に渡ることを阻止するためデータを破壊したとしているが、ファイルにはCIAにとって暴露されては困る情報が多数含まれていると見られ、それが裁判を通じて公開されるのを恐れ、消去した――との見方が強まっている。

 ニューヨーク・タイムズ(電子版)が8月25日に報じた。

 それによると、CIAによって買収されていたのは、フリードリッヒ・ティナー技術者と、息子のウルス、マルコの父子3人。

 CIAはまず、2000年にウルスの取り込みに成功、その説得で「モグラの父子」が生まれた。
 ティナー父子側にCIAから流れた買収・工作資金は、その後、4年間に1000万ドルに上った、とされる。

 父親のティナーは、真空ポンプを開発した技術者で、これがウランを濃縮する遠心分離機に利用できることから、カーン博士とつながり、30年来、博士の「核の闇マーケット」活動に寄与して来た。

 ティナーがCIAの指示で従事したサボタージュ工作は、IAEA(国際原子力機関)の査察官らによっても確認されている。

 査察官らは2003ー04年に、イランとリビアの核施設で、見た目には全く問題はないが、正常に動かない「真空ポンプ」を確認。
 また、2006年の初めには、イランのナタンツで、工作が施された「電源装置」により、遠心分離機が50基も爆発、使用不能となった。

 カーン博士のネットワークへのティナー父子の関与は、2004年の初め、マレーシアの警察報告書の中で明るみに出た。

 これを受けてスイス当局が捜査に乗り出し、身柄を拘束したりもしたが、(おそらくは米側の圧力で)この一件は立件されることなく、ことし5月23日、スイスの法務大臣が米国から帰国後、パスコン・ファイルの「廃棄処分」が行われ、裁判を維持しうる「証拠」が全て失われた。

 ファイルの「情報」がテロリストの手に渡るのを防いだとする「処分理由」の説明に対し、当然ながら、スイスの国内外から批判が噴き出ているという。

 ファイルを厳重に保管すればいいだけのことなのに、どうして廃棄したのか――という、極く真っ当な批判だが、IAEAに近い欧州の外交官によると、ファイルの中にあった「核弾頭」の設計図は、スッケチーで不完全なものだったという。

 となると、ファイルを全面廃棄した理由が他になければならないが、タイムズ紙の記事は、そこにCIAとのコンタクトの一部始終が記録として残されている可能性がある、と指摘している。これが「公開」されるのをCIAは恐れた……もちろん、これは説得的な推論だが、もうひとつ考えられるのは、ティナーのファイルによって、イランの核開発が実はブッシュ政権が喧伝しているほどには、進んでいない事実が明らかになることである。

 ブッシュ政権はたぶん「イラン抑止の大義」をなくすことを恐れ、ファイルを封印したのではないか? 

 米側はティナーのパスコン・ファイルを「レビュー」してはいる。当然、「コピー」もしていることだろう。

 その「コピー」にはもしかしたら、「北朝鮮」情報も入っているかも知れない……。  
 

⇒ http://www.nytimes.com/2008/08/25/world/25nuke.html?_r=1&scp=1&sq=Shadowy%20Deals&st=cse&oref=slogin

Posted by 大沼安史 at 06:04 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-08-18

〔いんさいど世界〕 中国で「平和の祭典」 イラクで「地獄の血祭り」 「北京五輪」の影の下で……「米中蜜月」 互いの首都で「新大使館」をオープン イラクでは8日以降、米兵6人、イラク人200人が死亡

 「北京五輪」の熱い夏が続いています。世界新記録のラッシュ、代表選手のメダルの数……世界中の人びとの目が、オリンピックが続く中国に注がれています。

 そんな中、今朝は「北京五輪」の陰に隠れて、日本のわれわれに届かなかった(いまだに届いていない)重要なニュースを2つ、お届けしたいと思います。

                  ◇

 最初の「知られざる大ニュース」は、8月8日の開会式当日、開会のちょうど12時間前、北京であったことです。

 開会式が始まったのは午後8時8分(末広がりのゲンをかついだわけですが)、その朝、午前8時8分、アメリカのブッシュ大統領がテープカットの鋏を入れました。

 何のテープカットだったか、というと、これがアメリカの新大使館。
 地上8階建て、総床面積50万平方フィート、日本円で450億円もの工費をかけた新しい北京大使館にこけら落としだったんですね。

 このアメリカの新大使館のオープンがなぜ、注目すべき出来事だったかというと、この建物、アメリカの在外公館としては、バグダッドの新大使館に次ぐ規模なんだそうです。

 バグダッドのそれは要塞をして建てた半軍事施設ですから、アメリカの「純粋な」(?)大使館としては、世界1の規模。国務省のほか、20を超す連邦政府機関を含む、700人のスタッフが常駐、10月から業務を開始するそうですが、これでも足りなくて、別館新築工事に間もなく着手するんだそうです。別館にはさらに10機関、230人のスタッフが入る予定。

 一方、中国の方は一足早く、先月(7月)末、ワシントンに、新しい大使館をオープンしました。述べ床面積25万平方フィート。
 ワシントンの在外公館の中で、最大のものだそうです。

 この米中「新大使館」の「エール交換」は何を意味するか?
 これはもう、分かり切ったことですね。

 「米中蜜月」……このレンズを通して見れば、北朝鮮に対するアメリカの「友好」姿勢の理由がハッキリわかります。中国に気兼ねしてるんですね。

 米中大接近の中で、日本はどうするのか?
 ここは考えどころでしょう……。
                  
                  ◇

 もうひとつの「知られざるニュース」は、「イラク」です。

 北京では平和の祭典が続いているわけですが、酷暑のイラクでは血みどろの殺し合いの日常が続いている。
 「オリンピック」のニュースの陰で、完全に忘れ去られた形ですが、目をそむけてばかりはいられません。

 開会式が行われた8日以来、イラクでどれだけの人が戦闘で命を落としているかというと、これは17日までの数字ですが、イラクの人びとが少なくとも199人以上、米兵は6人、亡くなっているのです。

 開戦以来の米兵の死者数は、これで「4142人」。(これもまた「記録」です……)

 この間、女性の自爆テロも2件、起きています。
 
 メソポタミヤの夏は、世界1の猛暑の夏。そこでこれだけの地が流れてしまった……。
 イラクの人びとは「北京五輪」をテレビで楽しむ余裕なんてないと思いますよ。

 要塞のようなアメリカの新大使館は5月に一応、完成し、7月から移転・入居が始まっています。

 そのアメリカ大使館のインターネットのホーム・ページにアクセスしてみたら、バグダッド動物園にベンガル虎が2頭、アメリカからやって来たという記事が写真つきで紹介されていました。

 写真は水浴びするトラの写真で、「観客」は写っていません。

 イラクでは動物園のトラの方が、イラクの一般市民より、よほど快適な生活を送っているのではないでしょうか?

 2頭のトラのうちの1頭の名前は、なんと「ホープ(希望)」。

 悪い冗談でしかないような気がしますが、さすがに「平和(ピース)」とは付けられなかったのでしょう。

 「北京五輪」の陰で「イラク忘れまじ」……オリンピックの盛り上がりの中で「8・6」「8・9」「8・15」を迎えた、われわれ日本人だからこそ、肝に銘じなければならないことですね。 
 
  

⇒ http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/08/07/AR2008080700568.html 
 
 http://2008games.nytimes.com/olympics/story.asp?i=20080808071404100000101&&scp=4&sq=U.S.Embassy,China&st=cse

  http://www.sfgate.com/cgi-bin/article.cgi?f=/n/a/2008/08/04/international/i113406D42.DTL&type=printable

  http://www.csmonitor.com/2008/0424/p01s04-wome.html

  http://www.guardian.co.uk/world/2008/feb/29/usa.iraq/print

  http://iraq.usembassy.gov/prt_080808.html

  http://wiredispatch.com/news/print/?id=288789

  http://wiredispatch.com/news/print/?id=288793

  http://wiredispatch.com/news/print/?id=292252

  http://wiredispatch.com/news/print/?id=296426

  http://wiredispatch.com/news/print/?id=297486

Posted by 大沼安史 at 04:30 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-08-10

〔いんさいど世界〕 半ズボン COOL! 夏の男性ファッションの主流に 

酷暑です。地球「温暖化」どころの騒ぎじゃありません。「暑熱化」の夏です。

 これだけ暑くなると、「夏のファッション」も変わります。変わらざるを得ないし、事実、変わっている。で、今朝は真夏のファッションの話題を……。

 といっても、女性のファッションの話ではありません。男性ファッション。それも短パン(ショーツ)。

 ニューヨーク・タイムズ(電子版、7月31日付け)に「短パン、掟破り」って記事が出ていました。「スライド・ショー」付きの読みごたえ、見ごたえのある特集記事です。

 「短パン。掟破り」の「掟(服装コード)」とは、やはり職場とか、フォーマルなシーンでは長ズボン、穿きましょうよ――っていう長年の習慣。

 そんな「長ズボン」の掟に対し、短パンで挑戦する男たちが、2008年のこの夏、アメリカで増えているんだそうです。

 女性が「OKミニ・スカート」なのに、男が「NO短パン」なのはおかしい、短パンでオフィスに来て何が悪いんだ――ってヤンキー野郎が増殖してるんだそうです。

 つまり、男ども、「短パンでドレスアップ」って感覚ですね。

 ニューヨーク・タイムズの記事についた「写真」を見て驚きました。  足は素足、短パン……とここまではまあ、理解できるのですが、ノーネクタイなものの、ちゃんと長袖の背広の上着を着こなした若者が、カメラに向かってポーズを決めている。

 日本で言えば、ピカピカの1年生が、そのまま大人になったような、おかしな感じ。

 でも、第一印象としては衝撃であっても、見慣れれば(そう30秒くらい眺めれば)、別に何とも……。短パンに背広、なかなかイケルじゃん!……てな訳です。

 では、なぜ、アメリカの男たちは長ズボンを脱ぎ始めているか? 答えはかんたん、暑さ対策ですね。

 それから、もうひとつは、SEXアピール。女性って、短パン姿の「ふくらはぎ」とか、「くるぶし」に魅力を感じるそうなんです。 ホントだろうか?

 ま、SEXアピールは横に置いといて、たしかに長ズボンは暑苦しいですね。仕事の能率も上がらない。そこで、アメリカのソレトレークシティーって西部の盆地の都市では、「社内長ズボン禁止」なんてオフィスが登場したそうです。 「震度7」っていう宣伝会社の英断です。タイムズの記事についた「スライド・ショー」に同社のオフィスの様子が出てきますから、ごらんになってください。

 「スライド・ショー」には、90歳代でいまなお、弁護士として活躍している、ニューヨークのハイマン・グロスさんの颯爽たる短パン姿も収録されています。

 ハイマンさんは15年前、マンハッタンの職場の上司に、夏は短パンにしようと提案したことがあったそうです。そのときの上司の答えは「ビーチにでも行きな」。

 でも、この15年間に、時代は大きく様変わり。 ハイマンさんは短パン姿で、オペラにもバレエにも行くのですが、周囲の人は今や、誰も気にもとめないそう。もはや職場でも劇場でも、違和感がなくなってるんですね。

 「スライド・ショー」を見て、もう1個、びっくりしたことがあります。 「プラダ」など有名ブランドの、2009年(つまり来年)の春・夏ものの男性ファッションショーがミラノなどですでに行われているのですが、モデルが着ているのはすべて短パン・ルックなんですね。

 中には、日本の学生たちの就活スーツの短パン版のようなのを着込んだモデルもいる。

 で、どうも欧米の来年の夏は、ことし以上に「短パンの夏」になりそうな感じです。

 こうした欧米のファッション状況に対し、日本の男たちは、こんごどう対応していくのか?

 波に乗るのか、トレンドに背を向けるのか?  これはもう流れに身をまかせるしかないような気がします。

 だって、こんなに暑いんだもの。

 日本のクールビズって、今のところノーネクタイ程度にとどまっていますが、来年あたりは、背広(上着)に短パン、ノーソックス・ノーネククタイでないと、クールビズって言われなくなるかもしれませんね。

 でも、日本人としては、欧米のトレンドに流される一方だなんて、情けないですよね。

 政府が音頭をとって、お洒落な「ビジネス・ふんどし」なんてものの普及を図ってはいかがでしょう。 短パン以上に「クール」でることは間違いありません。 

 

⇒  http://www.nytimes.com/2008/07/31/fashion/31shorts.html?scp=1&sq=Shorts%20Crack%20the%20Code&st=cse

 http://www.nytimes.com/slideshow/2008/07/30/fashion/0731-SHORTS_index.html

Posted by 大沼安史 at 03:22 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-08-06

〔いんさいど世界〕 北京五輪 いよいよ開幕 仙台で国際メジャー・デビューを果たした天才ピアニスト、「ランラン」が開会式で演奏 & 検査にひっかからない走力超アップのスーパードラッグが登場

 いよいよ「北京五輪」が開幕します。世界が注目する真夏のスポーツの祭典。どんなドラマが待ち受けているのでしょう。楽しみですね。

 そこで今朝は、直前に迫った北京オリッピックをめぐる話題を2つ。

  明るい話題と、ちょっと厭な暗めの話題を1個ずつ(いすれも英紙インディペンデントの記事より)、お届けします。

 まずは、明るい方の話題から。

 開会式で、仙台ゆかりの天才・若手ピアニスト、ランラン(朗朗)さん(23歳)が記念の演奏を披露するのだそうです。

 「朗朗」とは、中国語で「輝き」の意味。
 「鳥の巣」のステージで、スタジアムのスポットライトと世界の注目を浴びながら、自慢の「真っ赤なスタインウェー」で何を弾くのか、注目されています。 

 仙台ゆかりのランランさんといいましたが、1995年、仙台で開かれた「若い音楽家のチャコフスキー国際コンクール」のピアノ部門で優勝、見事、国際メジャー・デビューを果たした人なんですね。

 当時、ランランさんは弱冠、13歳の少年。2年後、アメリカにわたり、15歳でシカゴ交響楽団と協演しました。

 でも、ランランさんに国際舞台への切符を手渡したのは、われわれ仙台でのコンクールだったわけです。

 で、ランランさんが五輪開幕式で何を演奏するかというと、たぶん、ピアノ協奏曲「黄河」になるのではないか、と見られています。

 Xian Xinghaiが1940年頃、作曲したカンタータ「黄河大合唱」をもとに、1970年頃、ピアノ協奏曲に編曲された作品。いかにも「中国のクラシック」という感じの名曲です。

 ランランさんの熱演に期待したいですね。

                     ◇

 一方、暗めの話題は、というと、ドーピング・テストにひっかからない、走力増強ドラッグがなんと2種類も出回っていて、北京五輪に影を投げかけているのだそうです。

 ドーピングでこれまで問題となっていたのは、筋肉モリモリのステロイド系ドラッグでしたが、今、問題になっているのは、ちょっと違ったタイプのドラッグです。

 その中のひとつには、「カウチ・ポテトの夢」ってあだ名がついているそうです。
 「AICAR」という、英国製のドラッグ。

 寝椅子でリラックスしながら、ポテトチップを口に放り込み、テレビなんかを楽しむ、あの「カウチ・ポテト」。そんな「体を動かさない」状態にいながら、何もしないでエクササイズでカラダを鍛える、そんな夢のドラッグなんだそうです。

 マウスによる実験では、カラダを動かさない「座ったきり」マウスに投与したところ、走るスピードがなんと44%も向上したそう。

 このドラッグ、細胞に直接命令を出し、脂肪を燃やし、血糖を下げるなどしてエネルギーの発散を促進する「効き目」があるんだそうです。

 もう1個は、アメリカで開発された「GW1516」ってドラッグ。「AICAR」と効能は同じですが、効き目はもっと凄い。

 エクササイズしているマウスより、なんと68%も走行距離をのばせるんだそうです。こっちは、マラソン向き、っていうことでしょうか?

 この2つの薬物、糖尿病などの実験治療に実際、使われているそう。合成も簡単にできるんだそうです。

 そうなると……やはり……。

 スピード社の水着だけでもやんなっちゃうのに、こんなの使って、男子100メートル、夢の8秒台へ、とか、男子マラソン、ついに1時間50分の壁、突破……なんてことになったら、厭ですよね。

 えっ、それも見てみたい……たしかに、それもその通り……なんですが―――
 

 
⇒  http://www.independent.co.uk/news/world/asia/why-chinas-first-olympic-superstar-will-be-a-pianist-called-lang-lang-882634.html

  http://www.independent.co.uk/life-style/health-and-wellbeing/health-news/warning-to-beijing-olympics-over-pills-that-mimic-exercise-882608.html

Posted by 大沼安史 at 10:43 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2008-08-01

〔いんさいど世界〕 イラク戦争の真実を写す 「ファルージャ自爆テロ」の現場を撮影! フリーの写真記者 ゾラーヤ・ミラー氏 イラク米軍が取材禁止・追放処分

 米国のフリーランス・カメラマン、ゾラーヤ・ミラー氏(32歳)をご存知だろうか?
 
 インドネシア大津波など災害の現場やイラクなどの戦場に入り、撮影を続けているフリーの写真記者である。(日本にも来て、OKINAWAを撮影している)

 Zoriah(ゾラーヤ)……ファーストネームだけで呼ばれる気鋭のフォト・ジャーナリストだ。

               ◇

 その「ゾラーヤ」(以後、敬意を込めて「ゾラーヤ氏」と呼ぼう)が、イラク駐留米海兵隊から取材禁止の通告を受けていたことが、最近、分かった。

 イラクでの従軍取材は原則自由だが、「敵に攻撃の効果を知らせてしまう」という理由にもならない理由で、「追放」を言い渡されていた。

 米軍による、写真取材禁止が強化され、米国民、そして世界の人びとの目に、戦争の惨たらしい実像が届かないよう、徹底した報道管制が敷かれているのだ。かつての日本の、情報局による検閲を思わせる、厳しい報道規制である。

 アメリカのネット反戦放送局の「デモクラシーNOW」や、ニューヨーク・タイムズ紙などの報道によると、ゾラーヤ氏はことし6月26日、イラクのファルージャで、米海兵隊第3連隊に所属する「E中隊」に同行取材をしていた。

 「市議会」を取材しては、と誘われたが、パトロール部隊への同行を選んだ。そして間もなく、その市議会で爆発が起きた。

 ゾラーヤ氏もパトロール隊員とともに、現場に急行した。海兵隊員3人を含む20人が死亡した自爆テロの現場でシャッターを切った。

 身元も分からないほど、バラバラに飛散した人体の部位。下半身を吹き飛ばされた男。床に転がった手首……
 
 ゾラーヤ氏は、自爆テロのむごたらしさを記録した現場写真を、自分のウェブサイトに掲載した。
 すると、早速、イラク駐留海兵隊の司令官、ケリー少将から、取材禁止の申し渡しがあった。  

 ニューヨーク・タイムズによると、写真記者が撮影後、追放された事例は、同紙として、ほかに4件、確認しているそうだ。

 そのうちの1件は、2005年1月18日、「ゲティー・イメージ」に属するクリス・ホンドラス氏が、タル・アファールで撮影した、両親を米軍に殺されたイラクの少女が、血まみれになって泣き叫ぶ写真を撮影し、その後、米軍部隊から追い出されたケースである。
 (この少女の写真は、下記のニューヨーク・タイムズの電子版記事にも掲載されている)

 同紙によれば、イラク戦争の従軍写真取材はベトナム戦争時と比べ物にならないほど厳しく制限されており、ゾラーヤ氏に対しては、米軍は海兵隊取材ばかりか、イラク及び全世界での米軍同行取材を全面禁止する処分を行った。

 それだけ、「生写真」が出るのを恐れているのだ。

 ゾラーヤ氏はイラクを出たが、イラクで撮影した写真は、彼のウェブ・サイトに保存され、世界の人びとに目の当たりにされるのを待っている。

 まさに、百聞は一見に如かず。ゾラーヤ氏のサイトの「イラク写真館」に収録された写真の数々は、観る者に戦争の真実を告げ、戦争というものに対する態度決定を迫るものだ。 

 その中に、ちょっと変わったスナップが混じっているので、紹介しておこう。
 2007年にバグダッドで撮影した、米軍兵士のお腹の刺青の写真だ。

  “Walk peacefully on heavens streets, You’ve done your time in hell.”
 (「天国の通りを平和に歩きなよ。地獄でたっぷり時間を過ごしたんだから、さ」)

               ◇       

 ゾラーヤ氏はコロラド州デンバーの「デンバー・ヴァルドルフ」校の出身。つまり、シュタイナー教育を受けて育った人だ。

 同窓会のインタビューに、ゾローヤ氏は、こう答えていた。
 「ヴァルドルフ教育が教えてくれた重要なレッスンは、前へ進み続ければ、いつか、そこにたどり着く、ということ。途中、どこにいるか分からなくなることもあるけどね」

 イラクでの米軍同行取材を禁止されたゾローヤ氏だが、イラク及びイラク米軍に対する取材はたぶん、今後とも続行するはずだ。

 前へ進み続けて、いつか、そこにたどり着く……ゾローヤ氏のこれからの取材活動の成功と身の安全を祈ろうと思う。 
  

⇒ http://www.zoriah.net/blog/suicide-bombing-in-anbar-.html

  http://zoriahphoto.com/Iraq/iraqintro.html

  http://www.democracynow.org/2008/7/14/embedded_photojournalist_accuses_us_military_of

  http://www.nytimes.com/2008/07/26/world/middleeast/26censor.html?_r=1&scp=1&sq=Zoriah%20Miller%20&st=cse&oref=slogin

Posted by 大沼安史 at 07:09 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-07-18

〔いんさいど世界〕 大地を守れ! アメリカ先住民が「ロンゲスト・ウォーク(最長行進)Ⅱ」 「昨日」を知り、「今日」、「明日」を祈る……

 サンフランシスコからワシントンへ……アメリカの先住民たちが5ヵ月かけ、3600マイルの「最長行進(The Longest Walk)Ⅱ」を歩き切り、ゴールインした。

 1978年の第1回から数え、30年ぶりの大行進。連邦政府の条約破棄を覆した前回に対し、2回目の今回は「環境」保護を訴え、ゴミ拾いをしながら歩き通した。

 今回の「Ⅱ」は、AIM(アメリカン・インディアン運動)の指導者、デニス・バンクス氏らの呼びかけで組織された。

 出発は真冬の2月11日。サンフランシスコからスタートした行進は南北2ルートに分かれ、途中、先住民の居住地を訪問しながら、ワシントンの連邦議会に突きつける要求事項を積み上げ、7月11日、首都に到着した。

                 ☆

 デニス・バンクス氏が、ネット放送局「デモクラシーNOW」のインタビューで語ったところによると、30年ぶりの「最長行進Ⅱ」の準備に取り掛かったのは、5年前から。
 先住民の居留地でも、「地球温暖化」の影響が顕著になって来たからだという。

 「彼・彼女ら(先住民)の何人かは、泣きながら私たちに話してくれました。汚染された水がどれだけ儀式を穢し、汚染されら空気がどれだけ呼吸を損なっているかと。地球温暖化はまさに真実なのです」

 バンクス氏が辿ったのは、南ルート。コロラド川にはクロニウムが流れ込み、モジャヴェ、ワラパイ、ハヴァスパイ、ヤヴァパイ・アパッチ族の生活を危機に陥れていた。
 ナヴァホの居留区ではウラニウム鉱山が稼動し、ナヴァホ族による反対運動が起きていた。

 先住民の聖地も蹂躙されていた。ケンタッキーでは1200ヵ所の墓地に開発の波が押し寄せていた。

 デニス・バンク氏によれば、今回の「Ⅱ」にもまた、日本山妙法寺など日本から29人が参加し、「南無妙法蓮華経」を唱えながら、先住民と一緒に歩き通した。日本の先住民族であるアイヌの女性も参加したそうだ。

 行進最終日の7月11日は、数千人がワシントンで合流、コンヤース連邦議会下院議員に嘆願書を手渡した。

                 ☆

 「Ⅱ」のネットのサイトに、「行進」の意味を書いた「変化へのマニフェスト」が掲載されており、のぞいて見ると、冒頭に「祈り」が掲げられていた。

  祖父よ 今日、私たちはこれから生まれて来る世代のために祈る

  祖父よ 今日、私たちは生きとし生けるもののために祈る

  祖父よ ひとつの精霊、ひとつのからだ、ひとつの声の祖父よ 私たちはこの祈りを送る

  祖父よ 今日、私たちの祈りを聞いてほしい そうでなければ、Red Man(レッド・マン)たる私たちの明日はないかも知れない

 「明日」(未来)のための祈りを「今日」(現在)捧げる……それが先祖によって聞き入れなければ、私たちに「明日」はないかも知れない……

 ここでいう「祖父」(先祖)とはたぶん、「過去(昨日)」を指すに違いない。

 平易な言葉が、深い真実を湛えて、心を打つ。
 私たちはどれだけ「昨日(過去)」を大事にし、「明日」のため、「今日」を祈っているのだろう?

 湖畔の山上におったてた「バブルの館」に集まった、あの指導者たちの胸に、大地を歩き通した人びとの「祈り」のカケラもなかったろう。

 洞爺もまた、アイヌ・モシリであった「昨日」を、思い起こす者はなかったはずだ。

                 ☆

 デニス・バンクスさんらがコンヤース下院議員(ミシガン州選出)に嘆願書を渡した、というくだりを読んで、コンヤース議員に仮にもし、「ベンジャミン・フランクリン」の霊が乗り移っていたなら、どんな感想を持っただろう、とフト思った。

 そう、アメリカ建国の父の一人、先住民の「イロコイ共和国」の民主主義・平和連邦をモデルに、アメリカのデモクラシーを構想した、あの「ベンジャミン・フランクリン」が今、アメリカ連邦の首都、ワシントンに甦ったなら、どんな思いで先住民たちの「最長行進」を迎えていたか、と――。

 250年の時間の流れは、アメリカの自然を破壊し、大地を変え、ブッシュ政権下で遂に、昔、先住民から学んだ「民主主義」の知恵を蹂躙してしまった……。

                 ☆
 
 「昨日」に学び、「明日」のために「今日」祈る……アメリカ先住民たちの「最長行進Ⅱ」は、そのことの大切さを、踏みしめた歩数の確かさでもって、日本のわれわれにも教えているようだ。
    

⇒  http://www.longestwalk.org/

  http://www.democracynow.org/2008/7/10/longest_walk_2_thirty_years_after

Posted by 大沼安史 at 12:38 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-07-14

〔いんさいど世界〕 ミサイルか? 学校か?

 ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、ニコラス・クリストフ氏が、アフガン、パキスタンで「学校」づくりを進める、アメリカ人男性のことを書いていた。

 グレグ・モーテンセンさん(51歳)。
 アフガンで医療活動と井戸掘りを続ける日本人医師、中村哲さんのような、肝っ玉の中に決意と希望を秘めた活動家である。

 クリストフ氏のコラムに導かれ、モーテンセンさんのことを少し調べた。
 そして感動し、うれしくなった。こういうアメリカ人がいる! 

 その感動は、以前、中村哲さんの活動を初めて知ったとき感じた、誇らしい思いと同じものだった。

 モーテンセンさんはアメリカはミネソタの生まれだが、間もなく両親に連れられ、アフリカのタンザニアへ。キリマンジャロが見える場所で育った。

 父親は現地にキリスト教系の病院をつくり、母親はインターナショナル・スクールを開いた。

 米陸軍の衛生兵として「冷戦」下の西ドイツに駐留。その後、アメリカに戻り、大学で神経病理学を専攻した。

 転機は妹の突然の死で始まった。1992年、モーテンセンさん、35歳の年。
 翌年、モーテンセンさんは悲しみを断ち切ろうと、世界第2の高峰、K2に、パキスタン側から登頂を試みた。

 失敗し、道に迷い、疲れ果てたモーテンセンさんがたどり着いたのは、コルフェという、イスラムの貧しい、山間の村。が、村人たちは、見ず知らずのモーテンセンさんを助けてくれたという。

 そのコルフェ村で、モーテンセンさんは、自分がなすべき「使命」に出会う。
 村には、学校の校舎はもちろん、一本の鉛筆も、一枚の紙もなく、凍てついた地面に棒で文字を刻み込む子どもたちがいた。

 元気を回復したモーテンセンさんは、村人に「学校をつくりに戻って来る」と約束して帰国。
 カリフォルニア・バークリーの救急病院で看護士として働いてお金をため、テレビのキャスターや、理解ある科学者からもらった寄付金と、自分の登山用具、マイカーを売り払った代金を足して、1万2千ドルをつくり、コルフェ村に戻って「学校」を建てた。

 村人への約束を果たしたモーテンセンさんだったが、これで終わり、ではなかった。これを手初めに、篤志家からの資金援助で「中央アジア協会」というNGO(非政府組織)を設立、アフガン、パキスタンの辺境山岳地帯を中心とした地域で、次々と「学校」を建設、その数、いまでは73校に達しているという。

 モーテンセンさんが建てている「学校」はすべて、女の子のための学校。
 「もし、男の子を教育したなら、それはその子自身の教育になる。しかし、女の子を教育すれば、村全体の教育につながる」という、アフリカの諺に学び、「女子校」づくりに専念している。

 2005年10月に大地震が起きたカシミール地方のパティカという村にも翌年9月、中国から機材・資材を運び込み、学校を建てた。学校の中庭に、地震で亡くなった村の女の子7人のお墓をつくった。

 タリバンに捕まり、8日間、拘束されたこともあるが、村の長老らがモーテンセンさんの後ろ盾になってくれた。

 中村哲さんの場合もそうだが、人道的な貢献を阻むものは、結局のところ、何もないのである。タリバンもイスラム原理主義も、たしかに「ハードル」になるものかも知れないが、飛び越えられないわけではない。

 モーテンセンさんのようなアメリカ人の存在は、他ならぬ「アメリカ」にとっても救いであり、貴重なプラスである。

 武力行使という「破壊」より、学校づくりという「建設」の方が、「地域の平和と安定」に役立つのは言うまでもない。モーテンセンさんの「貢献」によって、どれだけ「アメリカ人」の悪しきイメージが回復されていることか? 

 モーテンセンさんは「トマホーク・ミサイル1発で、学校を25校、つくることができる」と訴えている。
 
 日本の自衛隊をNATO軍に組み込み、アフガンに派兵するなんて、それこそ愚の骨頂。
 「井戸」を掘り、「医療」を施し、「学校」を建てることこそ、われわれがやらねばならぬことである。

 モーテンセンさんが本を書いているというので、読んでみたくなり、洋書屋さんに一冊、注文を入れた。

 本のタイトルは「3杯のお茶」。

 インドネシアのバリ島に伝わる諺から採ったそうだ。
 「相手と最初、飲むお茶は、他人と飲むお茶だ。2回目に飲むお茶は、大事なお客様と飲むお茶だ。3回、お茶を飲んだ相手は、もう家族である」

 モーテンセンさんはたぶん、ほんとうの「国際貢献」とは、ミサイルをぶち込むことではなく、一緒にお茶を飲みながら信頼を深めることだと訴えたくて、本のタイトルにしたのだろう。

 もしかしたら……いや、絶対に、間違いなく、モーテンセンさんは中村哲さんの「井戸掘り」の仕事を知っている!!

 知らないわけがない。だからこそ、「お茶」の諺を、わざわざ書名したのである。

 モーテンセンさんと中村哲さんの「対談」を、一度、どこかで、ぜひとも聞いてみたいものだ。
 日本の政治家たちにも是非とも聞いてもらいたいものである。   
  

⇒  http://www.gregmortenson.com/welcome.php

  http://www.gregmortenson.com/Articles/FeaturedArticles/01-13-08PhiladelphiaInquirer.htm

  http://www.nytimes.com/2008/07/13/opinion/13kristof.html?em&ex=1216094400&en=dbe49e9756ce6974&ei=5087%0A

Posted by 大沼安史 at 02:33 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-07-10

〔いんさいど世界〕 TOYAサミット 無責任の極み(サミット)で限界露呈に「大成功」  増補・訂正版

 道民がかつて「バブルの館」と呼んだ、お山の頂上、金ぴかリゾートホテルでの「G8サミット」が終わった。

 「大成功」だった!!??
 ……そう、「首脳」たちの「無力」と、「サミット」の「地上」との隔絶ぶりを満天下に曝したという意味で、史上「最高」のサミットだった。

 「標高」においても「無責任」ぶりにおいても、まさに史上「空前」のサミットだった。

 ■ 「最悪汚染男から、おサラバさ」

 英紙インディペンデントが報じたところによると、G8の首脳会議の場で、ブッシュ大統領が「これでグッドバイだ、最悪汚染男から」と、ジョークを一発、放ったという。

 「2050年まで50%削減」への「前向きな取り組み」を表明したときのことらしい。

 インディペンデント紙は「石油を寝て来たテキサス男の大統領」の口から、よもやそんな言葉が飛び出すとは、とからかっていたが、ブラックユーモアとしても気色悪い。

 「50年50%」で「最悪汚染男」の汚名が晴れると思ったら、「100%」大間違い。
 「ジョージ・ブッシュ」の名は、「石油奪取・イラク戦争男」の異名とともに、「人類最悪男列伝」の中の、輝かしいトップの座の一画を占め続けることだろう。

 ■ 「3B」仲間に「史上最悪汚職男」のレッテル

 ニューヨーク・タイムズ(電子版)に載った、ルスツ(留寿都)プレスセンター発特電の末尾についたAFP電には、正直ビックリした。

 ホワイトハウスが同行記者団に配った参考資料の中に、イタリアのベルルスコーニ首相に関する、こんな「人物紹介」が交じっていたそうだ。

 「政治汚職と悪で有名な、イタリア史上最悪の問題男」と。

 国務省あたりの内部資料がフリーパスで出ただけのことのようだが、慌てたホワイトハウスのスポークスマン氏、「明らかにミステーク、ずさんな仕事だった」と、火消しに懸命だったそう。

 それはともかく、ベルルスコーニといえば、名前の頭文字をとって「3B」と称せられる(TOYAサミットに抗議に来日した「グローバル・ジャスティス運動」の指導者、スーザン・ジョージ氏の表現)、最悪政治家トリオの重要構成員。

 その「3B」の親玉格のBUSHから(残る3人目はブレア)冷や水を浴びせかけられたベルルスコーニ首相、サミット会場では(日本のテレビ報道で見る限り)なぜか、終始、満面の笑みをたたえていた。

 ブッシュといい、ベルルスコーニといい、自国の若者を「ラカイユ(社会のクズ)」と呼んだサルコジといい、とんだ「トンデモ男」が、そろいもそろって、TOYAの山の上に登ったものだ。

 あの種の人間のことを、東北弁では「ホイド」という。「Gホイド」

  ■ 「食糧危機」尻目にグルメ大盤振る舞い

 TOYAサミットでもうひとつ、世界の失笑を買ったものがある。そう、あの「18コース」グルメ大盤振る舞い。

 食糧が世界的に高騰、飢えが進行しているにもかかわらず、「対策」を話し合うのも忘れ、美食、美酒に舌鼓を打った、あの醜態。

 カネの出所はもちろん、日本国民が納めた税金。
 その財源の中には、北九州市で老人の「生活保護」を剥ぎ取り、「オニギリ、食いたい」と叫ばせて餓死に追い込んだ「節税分」も含まれていよう。

 この「グルメ三昧」もまた、「G8」の正体を明らかにしたものとして、「歴史」に残るに違いない。

 ■ 「KY日本」、流れを読めず

 あのブッシュに「50年50%」を認めさせたと、鬼の首でもとったかのような日本政府だが、アホとしか思えない。

 「TOYAサミット」を、プラスの意味で後世に残るものにしたかったら、ホスト国=日本としては、最悪でも例の自爆カミカゼ戦術をとるべきだった。

 ブッシュのわがままを放っておき、「宣言なし」「合意なし」の「空中分解サミット」にしておけばよかったのだ。

 そうすれば、「ポスト・ブッシュ」の世界で、一から出直すことも可能だったはず……。

 ないしろ、オバマは「80%カット」を、ブッシュ後継を目指すマケインでさえ「60%カット」の公約を掲げているのだから、もっと高い場所で仕切り直しし、交渉を再開することも考えられたはずである。

 なのに、「50%」で手打ち……。

 ブッシュが悪乗りして、ジョークを飛ばしたくなった気持ちもわかる。

 ■ 年金積立金損出「5兆8000億円」の謎

 それにしても、「温暖化ガス抑止」コミットメントに、あれだけ「断固ノー」を貫いていたブッシュが、サミット会議中、一転、「まあ50%なら仕方ない。それも2050年時点でなら」と態度を変えたのは、どうしてなのか?

 朝日新聞によると、日本側の「最後のお願い」に、「ホスト国に恥をかかせるわけにもいかない」と米側が「譲歩」した、水面下の交渉があったようだが、いかにも日本の「政治部記者」の手になる「真相報道」のようで、気持ちが悪い。

 これは全くもって根拠のない話であり、まったくもって直感に基づく想像だが、疑い深い元「社会部記者」の小生としては、サミット直前に発表された「年金積立金 2007年度 5兆8000億円運用損」と関係あり、と睨んでいる。

 日本の政府当局は、ブッシュからの依頼(恫喝)を受け、恐らくは前年度の最終局面、ことしの1-3月期において、「債権証券化デリバティブ商品」の紙屑の山の買い取りを迫られたのではないか……これが、小生の元ブン屋としての「勘」である。

 日本政府は、あれだけ出血大サービスしたのだから、「50パー」ぐらい言ってくれたっていいんじゃないの(クーン、クーン、ワンワン)と迫った!!!……

 この「推論」を支える状況証拠はふたつ。

 ひとつは、1月のダボス会議で行われた、G8の秘密「債権証券化バブル崩壊対策」会議(この秘密会議については、ウォールストリート・ジャーナル紙が報じている)。

 もうひとつは、ニューヨーク・タイムズの東京特派員(経済担当)が書いた、「ドル安円高対策で日本政府にできること」という記事の内容である。
 その記事にはなんと、サブプラ組み込み「債権証券化商品」の日本政府による大量購入アイデアが書かれていた!!

 日本の現役ジャーナリストに期待したいのは、事の真相の解明である。「5兆8000億円」もの年金積立金が、投資の失敗(または覚悟の「損失補填」)で消えたのだ! 「ブッシュの押し売り」によるものなのか、ハッキリさせてほしい。

 ■ 「山頂」と「下界」と

 今回の「TOYAサミット」は、お山のサミット(頂)の「リゾートホテル」を会場としたことで、その「下界」(現実の生活世界)との隔たりを際立たせ、その点では予想を超える「大成功」だった。

 「G8」がいかに「世界の民衆」から遠い存在なのか、いかに「世界の民衆」を見下しているか、「頂上」と「裾野」の「標高差」が、その絶望的なまでの隔たりが、全てを物語った。

 これほどまで現実から離れた「別世界サミット」は史上初めてのことではないか?

 山頂でのサミットは、G8の限界をも曝け出した。

 G8だけでは最早、世界を動かせないことが、あの洞爺湖畔の山頂で明らかになった。

  そして高らかな「TOYA宣言」を合図に始まった「全世界同時株安」!!

 ふだんは熊しか出ないTOYAの山から、「不況」を連れて「ベアー」が降りて来た!!

 「視界ゼロ」の濃霧に閉ざされ、その後、晴れ間が覗いた洞爺湖の頂上からの眺めに、(もしかしたら熊の姿はあったかも知れないが)人の姿はなかったはずだ。

 世界の現実にコミットせず、世界の民衆の姿に目を向けないで来た先進国サミット。

 「TOYAサミット」が終わり、「G8」に、世界が「グッドバイ」を告げる時が来た。
   
  

⇒  http://www.independent.co.uk/news/world/politics/bush-to-g8-goodbye-from-the-worlds-biggest-polluter-863911.html

 http://www.nytimes.com/2008/07/09/science/earth/09climate.html?pagewanted=2&sq=Gay%20Stolberg&st=nyt&scp=4

http://www.democracynow.org/2008/7/9/as_global_food_crisis_tops_g8

http://www.ft.com/cms/s/0/43f7cf18-4e05-11dd-820e-000077b07658.html

Posted by 大沼安史 at 08:16 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-06-29

〔いんさいど世界〕 姿を変える変身ビル 「可変・超高層マンション」 湾岸のドバイで着工へ

 ペルシャ湾岸、アラブ首長国連邦の都市、ドバイ。
 一度だけ行ったことがあります。

 もう20年近くも前のこと。イラクのサダム・フセインが侵攻したクウェートに、バーレーン経由で現地入りしようとして失敗、仕方なくドバイまで、すごすごと引き揚げた時のことです。

 そのときですら、ドバイの繁栄ぶりはもの凄いものでした。まるで、現代建築の見本市。
 その後、海面埋め立てが進み、人工島がいくつも出来て、いまや非現実感さえ漂わせる、未来を先取りした都市へと成長しています。

 そのドバイに、超高層ビルのイメージを一新する革命的なビル(マンション)の建設が計画されているそうです。

 フィレンツェ在住、イタリアの建築家、デーヴィッド・フィシャー氏が先日、ニューヨークで記者会見して発表しました。

 その名も「ダイナミック・アーキテクチャー(動く建築)」。

 これがどういうものかというと、高さ420メートル、地上80階建て。

 ふつうのビルだと、鉄骨を組み上げ、各フロアを仕切って部屋を配置する建築法ですが、このビルはまず、ビルの芯になる巨大な円筒を建て、その周りにプレハブの「家(部屋)」を最上階から地面に向かって、1階ずつ配置して行く。

 「プレハブ」の「家」は、イタリア南部のバリの工場でつくるんだそうです。そこで内装まで仕上げ、壁に絵をかけた完成品にして、ドバイまで運んで大円筒に取り付ける。
 これだと、1階あたり1週間で出来上がるのだそうです。

 革命的なのは建築法だけではありません。大円筒の周りに取り付けられた「家」(部屋)は、各階ごと、なんと水平に、ぐるぐる、自由に動くことができる。

 フロアごと自分の住まいにしてしまえば、自分の寝室の窓から朝日を見たいなと思ったら、その寝室部分を東に向ける。「居間」から、ペルシャ湾を眺めてみたいときは、「北」向きに……。

 そんなふうに、80階の全てが、ルービック・キュービックのように、それぞれ思い思いの方向へ水平に移動することで、ビル全体の形が変わる。

 つまり、ドバイに建設予定のこの超高層ビルは、世界初の「変身するビル」になるわけです。

 もっと驚くことがあります。

 各階ごとに、大きな風車がついているんです。ふつう、風車の羽根は垂直に回転しますが、このビルのは水平に回る。ビル風をとらえて、それで風力発電し、各戸の屋根に取り付けた太陽光パネルと合わせ、エネルギーを自給するのだそうです。

 この「動くビル」、ドバイの次はモスクワで、70階建て、高さ400メートル。そのあと、摩天楼の本場、ニューヨークにも建てる計画。

 いずれ、日本にもお目見えするのでしょうが、たしかに革命的ではあるけれど、僕にはどうも、住みたいって気がしません。

 そんなに動いてどうするの?……てな感じ。

 家にいるときぐらい、動かず、じっとしていたい、「いつもの窓からの眺めと眺めていたい」と思いますが、皆さんはいかがですか???  
 

⇒  http://www.dynamicarchitecture.net/ 

http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/art-and-architecture/news/revolutionary-skyscraper-will-offer-rooms-with-a-variable-view-853536.html

☆☆PR 「ソーシャル・ビジネス」の市民出版社「本の森」原稿全国募集 PR☆☆ 
          低価格(四六版並製 500部50万円 より) 全国書店配本可
⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/  

Posted by 大沼安史 at 03:26 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-06-22

〔いんさいど世界〕 「スーパーバブルが弾けている!」 ジョージ・ソロス氏 「狼少年、3度目の正直」

 世界的な投資家、ジョージ・ソロス氏が、「スーパーバブルが崩壊している」と、警報を発している。過去25年間に膨らんだ、空前の「バブル」がいま、弾け出したというのだ。

 ソロス氏は過去2度にわたり、世界経済の崩壊を予言、2回とも外したが、3度目の今回は確信を持って「叫ぶこと」が出来るそうだ。
 今度こそ、「スーパーバブル崩壊」という「ホンモノの狼」が来た、と。

 ソロス氏は、ハンガリー生まれのユダヤ人投資家。今はアメリカに住んでいる。
 子どもの頃、「ナチス・ドイツ」「ソ連」とふたつの「全体主義」を経験、英国に出て苦学したあと、投資家としてのし上がった。
 1992年には英政府を相手どって戦いを挑み、遂には英ポンドを切り下げに追い込むなど、華々しい実績を残して来た。

 ソロス氏が運営するヘッジ・ファンドの、1969年から2000年までの平均収益(リターン)は、実に30.5%。 

 そんな投資家として名を成す一方でソロス氏は、「全体主義」に反対する慈善活動を続け、旧東欧に大学を開設するなど、リベラルな「開かれた社会」づくりに富を還元している。
 氏の「開かれた社会」財団の寄付金は総額50億ドルに達するという。

 投資家としてのソロス氏は昨年(2007年)になって一線を引退するが、すぐさまその年夏、現役へ一時復帰する。

 世界経済の雲行きが怪しくなったことを察知し、自ら対策に乗り出したのだ。
 「ソロス・ファンド・マネジメント」が運営するヘッジファンドのポジションを変更、サブプライム・ローン問題が顕在化する直前、逃げ切りに成功した。おかげでソロス氏のファンドの昨年の利益は40億ドルに達し、利益率としては32%という高水準の維持に成功したという。

 新たな「ソロス伝説」が生まれたわけだ。

 そんなソロス氏が、いま世界で「スーパーバブルが崩壊し始めている」と、警告を発したのは、ことし5月のこと。
 当時は、経営破綻したウォールストリートの大手証券会社、ベア・スターンズが、巨大投資銀行、JPモルガン・チェースに「吸収」されることが決まり、サブプライム・ローン問題に端を発した「金融危機の」前途に、ようやく光明が見えて来た(と言われていた)矢先。

 そんな最中の、ソロス氏の警告(ソロス氏は同月発売の新著、『金融市場の新しい枠組み』の中で、「スーパーバブル崩壊」を指摘し、その後、欧米マスコミとのインタビューで自説を繰り返している)だけに、発言は衝撃波となって広がったが、世界経済の安泰ぶりを強調する「金融エスタブリッシュメント」からの反発もまた激しく、いまなお揺れ続けているのが現状だ。

 ソロス氏に反旗を翻してる筆頭は、ウォールストリートの「機関紙」、「ウォールストリート・ジャーナル」紙。

 6月21日の紙面で、ソロス氏とのインタビューを掲載、同氏が1987年と1998年の2回、世界経済の崩壊を予言して、いずれも外している事実を指摘、まるで今度も「外れ予言」だと言わんばかりの聞き方をしている。

 そんなインタビューアーの突っ込みを軽くいなしてソロス氏はこう語っている。

 「狼は、少年が3度、叫んだあとに来る」と。

 つまり、3度目の今回は、ホンモノの狼、ホンモノのバブル、ホンモノの世界経済の危機だと言っているのである。

 そのバブル(崩壊)の規模、危機の規模についてソロス氏は、ニューヨーク・タイムズ紙とのインタビュー(新著発売前のプロモーション会見)で、77歳になる彼の人生の中で最大のものだと言っている。ソロス氏は、あの大恐慌の翌年、1930年生まれだから、大恐慌以来、最大の経済危機がいま、世界に襲いかかっている、というわけだ。

 それでは、ソロス氏がいう「スーパーバブル」とは一体何ものなのか?
 その膨れ上がった「泡」の具体的な中身は何なのか?

 この点に関し、ニューヨーク・タイムズ紙に書かれているのは2つ。
 ひとつは「住宅・住宅ローン」バブル、もうひとつは「石油バブル」。同紙によれば、ソロス氏はこの2つのバブルに言及、それが過去25年間に膨れ上がったものだと語っている。

 そう、たったそれだけ……。ソロス氏は、それしか語っていないのである。

 なぜ、たった、それだけなのか?……
 もちろん、それしか話せないだけのこと。それ以上、話せば、「崩壊」の速度を加速しかねないと心得ているからだ。

 しかし、「たったそれだけ」でも、およそのことは想像がつく。

 いま、崩壊し始めた「スーパーバブル」とは、1980年代半ば以降のマネーの奔流が四半世紀後に生み出した「債権証券化バブル」と、そのバブルから逃避したマネーが生み出した「石油バブル」の双子のバブルのことである。

 中でも親バブルの「CDO債権証券化バブル」は、62兆ドルもの「CDSデリバティブ保険」という「金融核兵器」を抱え込んでおり、破綻の連鎖反応が始まれば一気に核爆発を起こしかねない、とんでもない代物である。

 ソロス氏はそのことを臭いほど知っているから、言わずにはおれないから、投資家人生の終幕の今、オブラートに包んだ形で、敢えて発言したのだろう。

 ソロス氏はブッシュ政権の「CDO・CDS」野放し政策を批判し、オバマ氏支持を早くから明言していた人物だ。

 ことし1月、G8の中央銀行が「CDO・CDS対策秘密会」を開いたといわれる、スイス・ダボスでの「世界経済フォーラム」にも居合わせて、慌てふためく「金融エスタブリッシュメント」エリートどもの姿を冷ややかな目で眺めていたはずだ。

 こうしてみると、このダボス会議で、アメリカの記者団にソロス氏が語った「日本の非ナチ化しなければならない」との発言(本ブログ既報)は、ますます重大な意味を帯びて来る。

 「日本銀行」を、ヒトラーの「ライヒス・バンク」のように「打ち出の小槌」化し、円キャリ=ドル・ツナミを送り続けたブッシュ政権のポチどもの無節操・無責任ぶりに、たぶんソロス氏は怒って発言したのだ。

 「スーパーバブル」を極大化した責任のかなりの部分は、ブッシュ政権の言いなりになり、「格安マネー」の怒涛の出荷を続けた、日本の金融権力者にもあるだろう。

 「スーパーバブル」の崩壊がいよいよ本格化した来たら、おそらくソロス氏はもっと具体的な形で、「犯人」の名指しを始めるはず。

 ソロス氏が「3度目の正直」で呼んだ「狼」は、日本の当局者の喉笛にも食らいつこうとしている。

 
⇒ http://www.nytimes.com/2008/04/11/business/11soros.html?scp=18&sq=Soros&st=nyt#

  http://www.nytimes.com/2008/06/07/business/07oil.html?scp=8&sq=Soros&st=nyt

  http://dealbook.blogs.nytimes.com/2008/04/11/george-soros-the-face-of-a-prophet/?scp=2-b&sq=Soros&st=nyt

http://online.wsj.com/article/SB121400427331093457.html?mod=home_we_banner_left

Posted by 大沼安史 at 03:49 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-06-12

〔いんさいど世界〕 フラットな市場幾何学@AKIBA 惨劇の意味を問う

 東京・秋葉原の電気街で、日曜日の白昼、悲劇は起きた。トヨタ系自動車工場への派遣社員、加藤智大・容疑者(25歳)が歩行者天国にトラックで突っ込み、歩行者を無差別にナイフで突き刺して17人を死傷させた惨劇――。

 そこでは、あのオウムのサリン事件のような、世界の救済のために人殺しをしでかす集団倒錯はなく、孤独な一人の青年による、まるでマニュアル通り仕事をこなすような「自己=他者の破壊」の作業が、異様な集中力でもって黙々と演じられた。

 犯人の青年に、いったい何があったのか?

 動機の核にあるのは、すでにハッキリしている。「派遣労働」に伴う絶望が、青年の怒りを掻き立てた……これはもう、すでにわかっている。

 分からないのは、そうした絶望と怒りが、なぜ「AKIBA」に向かったのか、という問題である。
 なぜ、青年は「AKIBA」を目指したか?……

 わたしになりに到達した結論は、青年は「市場の原理」を、そのフラットな断面、平面の一次元において内面化させ、その限りにおいて、純粋な「自己=世界の破壊」へと突き進んだという、至極、当たり前なことである。

 別な言葉で言えば、加藤智大という若者は、労働力が「市場化」され、若者が「使い捨て」されている、日本経済(ECO)の、取り付く島も奥行きもないフラットな「現実」の中で、折り目正しく、対称的な補償行動に走っただけのことだ。

 その恐るべき「素直さ」「正直さ」に、わたしは慄然たる思いを禁じ得ない。

 自動車工場で塗装の仕事を命じられていた彼は、「解雇通知」を機に、怒りを募らせる。が、その怒りの矛先は、工場あるいは派遣会社に、ではなく、「AKIBA」に向かった。

 青年はおそらく、「生産」の現場における絶望的な自らの「生」の「対称点」を、「AKIBA」に見出したのである。「生産」から遠く離れ、しかも、その「生産」から逃れられない、「消費」の聖地でもある「AKIBA」に。

 自動車工場における「派遣労働」は、青年にとって「負の労働」でしかなく、永続する自己否定=死ぬまで続く「生の死」を意味した。対する「AKIBA」は、刹那の歓喜の連続する自己肯定=死ぬまで続く「死の生」。
 そのことを、青年は無意識にせよ、感じ取っていたのではないか。

 青年はたぶん「AKIBA」に、「自動車工場」の日常から連続する、反転してポジ化した「死」の臭いを嗅ぎ取り、その「偽装された生の謳歌」に我慢ならなかったのだ。だから静岡から高名高速で直行し、「AKIBA」の「生」の抹殺を演じた。

 「不特定」多数を狙った「無差別」殺人ではない。自動車工場における自分から見て「対称点」に群れる「特定」多数を狙った、ある意味で徹底して「平等」な殺人だった。

 「派遣労働」の地獄を許したのは、「小泉構造改革」という「政治」だったが、「AKIBA」の惨劇には、「政治的な怒り」のカケラもなかった。「労働の市場」(工場派遣)において「敗者」を自認し、絶望の人生を送ることを拒否した青年による、「消費の市場」(AKIBA)における、瞬間的な「リベンジ」、一瞬の「勝者幻想」……。

 あの殺戮はまさに、「AKIBA」という祝祭の場における、花火のような血祭り。「政治」として制度化される「他者」の存在に一切、目を向けることのない「市場原理主義」的な、生と死の秘儀だった。

 フラットで、酷薄なほど公平な、「AKIBA」というマーケット。青年はたぶん、その「市場」の評価を期待して犯行に及んだのだ。「惨劇」を「惨劇」として、エンタメとして評価の秤にかけてくれる「AKIBA」――(青年は犯行の前日、秋葉原でゲームソフトを売り、定価より高く売れたと、携帯の掲示板に書き残していた……)

 それにしてもやりきれないのは、「自己破壊」に向かって、一路、「AKIBA」に突き進む、青年の「律儀さ」である。

 まるであの「カンバン方式」のように、効率的な「工程表」の指図するまま犯行に及んだ、青年の「段取り」の確かさは異様だ。それはまるで、自動車工場での作業を、そのまま再現したようでもある。

 恐らく、それは、たとえ無意識であったにせよ、「真面目」だったというこの青年にとって、曲げてはならない、人生態度であったろう。変身すらできず……いや、変身することを拒否し、「等身大」の、いつもの自分の姿をあくまでも晒し、値踏みをしてくれといわんばかりの懸命の作業ぶりで、車に塗装でもするかのように、ナイフを突き立て、突き立て、次々に新たな血潮を噴き出させた加藤智大容疑者。

 彼にとって、「AKIBA」とは、「対極」ではなく、あくまで「対称点」でしかなかった。彼は逆方向の福井に向かい、そこでナイフを買って静岡に引き返してしまうのだが、そのままどうして、たとえば日本海沿いを列車で北上し、ふるさとの青森に戻れなかったか、残念でならない。

 (彼は福井でナイフを買った店の店員を、「いい人だった」と掲示板に書き残している。この時点ではまだ彼に、引き返すチャンスはあっただろう……。せっかく福井まで「脱走」し、「AKIBA]を「工場」の向うにある、幻想の対極=対称点としてとらえられるポイントに立てたのに、そこに踏みとどまることができず――あるいは再出発すること叶わず――つまりは「福井」を「対極」ととらえられず――、弓を振り絞るように、己という矢を放ってしまった……)

 「対極」は、ラウンドな、まるい大地を前提とし、地平の向うには何かがある。が、「対称点」は一次元の、フラットな平面における、一見、正反対の価値を持った「一点」でしかなく、そこには逃げ場も、隠れ家もない。あるのは任意の必然性だけだ。

 ナビに導きかれるまま、トラックのハンドルを握り、アクセルを踏んで、一路、東名をひた走った、解雇された派遣労働者、加藤智大容疑者。

 「AKIBA」は彼の、自らの「自己破壊者」としての「価値」を最大化する、「工場」からの線分の延長にある平面幾何学の「対称点」、フラット化した市場社会の、「消点(バニッシング・ポイント)だった。

 「対極」として用意された「ウラ=もうひとつの日本」、生を養える逃げ場、再出発の場の制度的再保証(たとえば、派遣労働者への雇用保険の適用……)――「労働」を再建する「政治」が動き出さなければ、この国は滅んでしまうだろう。

☆☆PR 「ソーシャル・ビジネス」の市民出版社「本の森」原稿全国募集 PR☆☆ 
          低価格(四六版並製 500部50万円 より) 全国書店配本可
⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/  

Posted by 大沼安史 at 10:23 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2008-06-07

〔いんさいど世界〕 「オバマ」を育てた「黒毛のアン」

 写真を見たら、髪の毛が黒かった。黒褐色かも知れないと思っていたら、「raven-haired(黒髪)」と出ていた。「赤毛のアン」ならぬ「黒毛のアン」……アメリカの次期大統領(候補)、バラク・オバマのお母さんは、われわれ日本人と同じ、みどりの黒髪の持ち主だった。

 アン・ダンハムさん。
 1942年の生まれ。1995年、52歳で亡くなった。生きていれば今、65歳。
 自分より5つ年下のヒラリーを破り、民主党の大統領候補になったわが子の姿を、天国からどんな思いで見守っていることだろう。

 まさに、「この母にしてこの子あり」……。白人の母親の勇気は、自らを「黒人」という長男の挑戦心となって受け継がれている。

 アンお母さんは、カンサスからハワイへ移住した白人家具セールスマンの家に生まれた。
 ハワイ大学でケニア人留学生と出会い、18歳で結婚。その年、オバマをもうけたあと、こんどはインドネシアからの留学生と再婚。ジャカルタに渡り、一子をもうけ、ハワイに帰郷、ハワイ大学に入り直し、文化人類学のフィールドワークで、再びインドネシアへ。「村の鍛冶屋」という800頁もの大論文を書き上げて博士号を取得、ジャカルタで貧しい人びとのための「マイクロ・クジレット」事業に取り組む……

 彼女がケニア人留学生と結婚したのは、1961年のこと。当時、白人女性が黒人男性と結婚することは、(ニューヨークタイムズは「稀」なこと、と書いているが)実際はタブーに近いことだったろう。
 そんな母親を、オバマは「リベラルな1960年代の申し子」と書いている。

 再婚した母に連れられてオバマは幼少の頃の5年間をインドネシアで過ごした。現地の学校に通うオバマを、母親は毎朝4時にたたき起こし、通信教育の教材で一緒に英語を勉強したという。

 そのころ、母親は共働きで、ジャカルタのアメリカ大使館に勤務していた。「働きながら教える」教育ママ。

 そんな早朝レッスンをサボったオバマを、母親はこう言って叱りつけたそうだ。「ピクニック、やってるんじゃないんだ。このバカたれが」と。

 教育ママのお母さんは「働きながら学ぶ」人でもあった。再婚した夫との間に生まれた娘とオバマを連れてハワイに帰郷、ハワイ大学に入り直して、働きながら、子育てしながら、勉強を始めた。

 フィールドワークの場をインドネシアに定め、農村をオートバイの荷台に乗って駆け巡った。「農民の鍛冶屋」がテーマだった。

 彼女の最後の活躍の場は、ジャカルタを拠点とした、マイクロ・クレジット事業。貧しい人びとを対象にした民衆金融の普及に取り組んだ。

 ジャカルタの彼女の家は、人権活動家やコミュニティー活動家のたまり場だったという。
 コロンビア大学を出て、シカゴのスラム(サウスサイド)に入り、コミュニティー活動を始めたオバマのカラダには、そんな母親の血が流れているのだ。

 これはオバマの回想でもあり、異父妹のヌグ(9歳年下)の証言でもあるが、母親は、「正直、率直な物言い、自立した判断」を尊ぶ人だった。偉ぶった人間も大嫌い。動物が不当な扱いを見ただけで涙を流す、同情心にあふれた女性だった。
 
 ニューヨークタイムズは彼女のことを「オバマの道筋をつけた、自由な心の放浪者」と呼んだが、まさにその通り。異国の草の根に飛び込んでゆく彼女の自由闊達な行動力と、「Yes,We Can!」と叫んでホワイトハウスを目指すオバマのチャレンジ精神は、同じDNAに刻み込まれたものだろう。

 そんなアンお母さんがハワイの病院で亡くなったとき、オバマはイリノイ州の上院議員選挙戦で、彼女のそばにいることができなかった。そのことがオバマの人生最大の悔いだという。

 オバマにとって「一番大事な品」は、オアフのサウスビーチの崖で撮った写真だ。その崖の上から、インドネシアの方角目指し、太平洋に母親の遺灰を散らしたのだ。

 『Audacity of Hope』という本の中でオバマは、少年の頃の母親との思い出をいくつか綴っている。

 夕暮れ時、散歩の途中、母親に「目をつぶって」と言われて聞いた、葉ずれの音のことを。
 
 真夜中、母親に起こされ、並んで一緒に見上げた、素晴らしい月のことを。
   
 オバマは「命短し、だからこそ生きるのだ」と、どこかに書いていた。

 それは正しく「母の教え」であり、たぶん、アメリカ大統領への道をひたすら歩む、一個の異色の政治家、オバマを導くものである。

 
⇒ http://www.nytimes.com/2008/03/14/us/politics/14obama.html?_r=2&oref=slogin&oref=slogin

  http://www.time.com/time/nation/article/0,8599,1729524,00.html

Posted by 大沼安史 at 02:35 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (2)

2008-06-01

〔いんさいど世界〕 サルがマインドコントロールでロボットアームを操作 食べ物を口に BMI(脳・マシーン・インターフェース)、実用化へ一歩

 「マインドコントロール」というと、誰かに自分の心が操られてしまう感じがして、嫌な気がしてしまいますが、自分が気合を入れるだけで、たとえば機械を動かすことができる、そんな「マインドコントロール」なら、どうでしょう?

 これなら、嫌じゃありませんよね。頭の中で考えただけで、その通り、機械が動いてくれるんですから……。

 頭が考えただけで機械が動く――これって「BMI」というんだそうです。BはBrain(脳)のB、MはMachineのM、IはInterface のI。つまり、「脳・マシーン・インターフェース」。

 インターフェースって界面、二つの別々の顔(もの)をつなぐ(接続する)ことですよね。
  BMIってつまり、脳とマシーン(機械)を接続することなんです。脳が考えたことを、カラダではなく人体の外の機械に伝え、脳の指示通り、機械を動かす。

 そんなSFまがいの、夢のような実験に、アメリカの脳科学者たちが成功して、世界中の評判になっています。米紙ニューヨーク・タイムズや英紙インディペンデントなどが報道して、いっぺんに知れ渡りました。

 お猿さん2匹を使ってBMIに成功したのは、ピッツバーグ大学のアンドリュー・シュワルツ博士らのチーム。

 で、どんなBMIだったかというと、ロボットアームを使った事件だったそうです。

 お猿さんの脳の運動中枢にある、100個のニューロン(神経単位)に電極を取り付け、お猿さんの脳が出す「指示(考え)」をコンピューターが解析、その信号を、マシュマロとかフルーツといったお猿さんの好物を運ぶロボットアームに伝える仕組み。

 お猿さんの脳がちゃんと指示を出せば、ロボットアームはちゃんと口の前まで食べ物を運んでくれる仕組みです。

 お猿さんとしは、食べ物が口の前まで来たところで、(これはロボットアームではなく)自分の手で握っていたグリップを緩めると、食べ物がポーンと口の中に飛んで入る――そんなBMI実験の成功し、食事風景を撮影したビデオを公開しました。
(下記の英紙インディペンデントの記事にアクセスすると、ビデオを見ることができます)

 念力というか、マインドコントロールでロボットアームを操作し、好物をゲットする……これはもう、ものすごいことですが、このお猿さんたち、けっこう簡単に「マスター」してしまったんだそうです。

 どんなふうにして、そこまでたどりついたかというと、よくスポーツ選手(もちろん、人類の……)がする「イメージ・トレーニング」――アレなんだそうです。

 ロボットアームがこう動くと、食べ物が口の前まで来て、そのときグリップを緩めれば、おいしいものにありつけるよ、っていうことを何度もお猿さんに見せる。

 それをお猿さんが頭の中で正しく「再現」したとき出す脳の電気信号が、コンピューターを通じてロボットアームに送られ、ロボットアームが正しく動く……どうも、こういうこと、らしいんです。

 で、この実験成功が、われわれ人間にとって、どれぐらいの意味を持っているかというと、これが計り知れないぐらい大きいんだそうです。

 たとえば脊椎損傷で手足が麻痺した人がいたとします。いまのところ、介助なしにモノを動かすことはできませんが、このBMIが実用化すれば、「考えた」だけでロボットアームが、自分の手(足)になって動いてくれる。

 今回のお猿さんの実験では脳に電極をつないでいますが、脳科学者たちはシリコンのハードウエアを脳の運動中枢に植え込み、炭素のソフトウエアで動く構想を練っているそうです。

 つまり、脳の思考による遠隔操作が可能となる時代が遅かれ早かれやって来る。

 うーん、なんだか、すごいことになって来ましたね。

 で、今回、お猿さんMBIに成功した、ピッツバーグ大学のシュワルツ先生たちですが、次の目標に掲げているのが、お猿さんにロボットアームがモノをつかむ「感触」を(脳で)感じてもらうことなんだそうです。

 脳の「考え」をロボットアームに一方的に伝えるだけでなく、逆方向の信号を脳で受け取ることができるようにする。

 な~るほど、そこで「双方向性」が生まれるわけですか(?????)。

 うーん、やっぱ難しい……知ったかぶりもここまで。アタマがこんがらがって来たところで、この辺でお開きにしたいと思います。

⇒ http://www.independent.co.uk/news/science/a-small-bite-for-a-monkey-a-giant-leap-for-mankind-835851.html

http://www.independent.co.uk/news/science/bmi-the-research-that-holds-the-key-to-hope-for-millions-835850.html

  
 

Posted by 大沼安史 at 03:31 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-05-18

〔いんさいど世界〕 ミーハー的オバマ論 大統領になってほしい5つの理由

 何を隠そう、僕は(ONUMA)は、「オバマ(OBAMA)」のファンである。いわゆる「オバマ・マニア」の一人。名前のローマ字を2文字、入れ替えれば、すぐ「オバマ」になれる(?)ほど、根っからの支持者である。

 そう、「NU]と「BA]は、交換可能(?)な運命の星の下に、生まれて来た!?……

 「BA」氏が「次のアメリカ大統領」へ向け、王手をかけた。そこで、「NU」としては、59歳、チョー晩生な「ミーハー」ぶりを発揮、なぜ「BA」を「NU」が支持するか、ここでその理由を明らかにしたい。

                ◇ 

 まず、オバマ氏の「言葉力」である。「言葉力」……変な言葉(「KY」よりはまとも)だが、話す力、書く力を指す。この言葉力が彼にはある。それもハンパじゃないレベルの言葉力が……。

 「文藝春秋」6月号の「座談会」で、作家の井上ひさしさんが、オバマ氏の「言葉力」について、こんな発言をしていた。

 「この記事を読んで、オバマさんの演説はとても演劇的、物語的だと感心しました」
 「簡単な言葉を使っているといっても、小泉純一郎さんの『ワンフレーズ・ポリティックス』とは違います。小泉さんの言葉は暴力的でうしろ向きすぎます。小泉さんの『ぶっ壊す』は、今わたしたちの歩いている道を『ぶっ壊す』という感じですが、オバマさんの『チェンジ』は、歩いている道の少し先に明かりを灯して、そこまで行きたいを思わせます……」

 井上ひさしさんの指摘の通りだ。
 たとえば、オバマ氏が3月18日、「独立宣言」の地、フィラデルフィアで行った、あの名演説、「よりパーフェクトな団結を目指して(A More Perfct Union)」。

 演説は、「かの独立宣言が行われたホールは、いまわれわれがいるこの場所のすぐそば、通りの向うに立っている」と切り出し、聴衆を一気に「アメリカ史」の「物語」の中の「舞台」に引き入れて、自分たち一人ひとりが、「物語」の当事者であることに気付かせることから始まる。

 「わたしたちの前に立ちはだかる挑戦を、わたしたちは解決できないだろう……もし、わたしたちが力を合わせ、一緒に問題解決に取り組まなければ……」
 「わたしが歴史の中のこの瞬間、大統領選挙に出ようと決めたのは、そのためである……」

 演説のビデオを見て確認したが、オバマ氏は原稿を「見ないで」語り切った。原稿の文章が目の前に浮き出る装置に頼らず、最後まで言い切った。事前の発表された演説テキストとの「違い」(といっても微細なものだが)は2ヵ所だけ、1回、言い淀んだだけだった。

 演説テキストはたぶん、オバマ陣営のスピーチライターによるものだろうが(オバマ氏が自分で書いたものでないかもしれない……わたし(大沼)は、オバマ氏自身が書いた可能性が高いを見ている)、中身はオバマ氏自身が「すでに書いた」ものの集成である。

 オバマ氏は「自伝」を含め、本を2冊、それもかなりの分量のものを、政治家には珍しく、ゴーストライターなしに書き上げ、出版しているが、そこに書かれた言い回しが演説の随所に見られるのだ。

 オバマ氏の演説の力(語りかける力)は、その「書く力」によって裏打ちされている。その演説が人の心を動かすのは、その「言葉力」にある。

                ◇ 

 僕の「オバマ・ミーハー」の第2の理由は、「あれか、これか」の「2項対立」を超える柔軟な発想力である。対立しているだけでは、何の解決も生まれないし、結果として「勝者がすべてを分捕る」だけである。

 そんな「2項対立」の間に道を通していく。これはすでに紹介したことだが、オバマ氏はイリノイ州の上院議員時代、死刑制度賛成・反対派、双方から批判を浴びながら、死刑になりうる犯罪容疑者の取り調べについて、「自白」場面だけでなく、取り調べの全過程のビデオ撮影を捜査当局に義務付ける法案(捜査当局は、これに抵抗したという。日本ではこの抵抗に屈し、「自白」場面のみのビデオ撮影になった)を上程、結果的に死刑賛成・反対の両派から支持を取り付け、成立させてしまった。

 無実の人を処刑する、取り返しのつかないことだけは、とにかく避けようという現実的な知恵。
 オバマ氏は、「自白」の信憑性を裏付けるためには、取り調べの全過程に「強制」や「誘導」がなかったことを証明しなければならない、そのためには全過程をビデオに記録する必要がある、と訴え、州議会の全会一致の賛成を取り付けたのだ。

 イリノイ州では当時、地元・ノースウェスタン大学ジャーナリズム大学院のプロテス教授のチームが、「無実プロジェクト」という、冤罪の死刑囚を救出する再捜査プロジェクトに取り組み、ある年老いた黒人死刑囚のケースでは、なんと執行48時間前に救い出される、といった劇的な事態が続いていた。(この点については、宣伝めくが、拙著、『緑の日の丸』(仙台「本の森」刊、109頁以下、参照)

 このオバマ氏の「2項対立」を超えてゆくスタンスは、その先の「大所高所」からものを見、政策を構想する力(アドバテージ)を、この人に与えているようだ。

 たとえば、オバマ氏は連邦議会の上院議員として、「ハイブリッドでヘルスケアを」という法案を提出したことがある。

 この法案は、ガソリンと電気で動く「ハイブリッド車」の開発に取り組む米国の自動車メーカー(ビッグ3)に対し、連邦政府がそれを立て替える形で補助金を投入、その代わりメーカー側に退職社員への健保の維持を義務付ける法案だ。

 自動車産業の育成、環境対策、エネルギー対策に医療保障を加味する「合わせ技」。

 黒人(ケニア人=ルオ族)を父に、白人(カンサス出身)を母に持つ、いかにもオバマ氏らしい、「ハイブリッド」な発想ではある。オバマ氏はハワイの生まれだが、カリブ海の「クレオール」的な資質の持ち主らしい。

                ◇ 

 オバマ氏に対する僕の「ミーハー」支持の第3の理由は、その草の根でのコミュニティー活動の実践歴である。

 オバマ氏はコロンビア大学を卒業後、ニューヨークで、短い「エリート・サラリーマン」生活を過ごしたあと、あっさり「キャリア」を投げ捨て、シカゴのスラム、サウス・サイドに入り、下水終末処理場のあるアルトガード(ドイツ語で「古い金」)という地区を中心に、「貧困・地域崩壊」と闘うコミュニティー運動に邁進した人である。

 シカゴのスラムでオバマ氏は、さまざまな人と会話し、さまざまことを学ぶ。そして、こんな確信を深める。

 人にはそれぞれ「物語(ストーリー)」があり、それぞれの思いがある。そうした「物語」の「ユーモア」と「悲嘆」と「希望」をベースに、「われわれの家庭は、われわれのコミュニティーは、われわれの経済は」再建されなければならない、と。

 オバマ氏は、アメリカの貧困、底辺の中から生まれて来た「大統領候補」なのだ。

                ◇ 

 僕がオバマ氏を支持する第4の理由は、その「視界」の「広さ」と「高さ」である。
 子どもの頃、オバマ氏はインドネシア人と再婚した母に連れられ、一時、ジャカルタで生活したこともあるが、そうした異文化体験(後年、父親の出身地、ケニアも訪ね、親族と交流してもいる)を経ているせいか、テリトリーを自由に超えてゆく、身軽な自由さがある。

 たぶん、彼はいい意味で、恐れを知らぬ「風来坊」なのだ。あるいは、自分の中にだけ「定住」する「ノマド(遊牧の民)」。

 シカゴのスラムに「ストレンジャー(異人)」として入ったオバマ氏は、その根を下ろしつつ、東海岸、ボストンに近いハーバード大学のロースクールへ、またも「異人」として入り、法律を学ぶ。 その「最高学府」ハーバードで、有色人種初の「ジャーナル」編集長になり、アメリカのエリート層と対等の付き合いをしてゆく。
 そして、シカゴに戻って政治家となり、その傍ら、シカゴ大学ロースクールで憲法を講じる。

 越境者=オバマ氏は「分裂国家・アメリカ」の、「上」から「下」までのすべてを、知っているのである。

 この鳥瞰するような視野の広さ・高さは凄い。しかも、それが、単に「見下ろす」ものではなく、草の根の中の視点でもって、担保されている点は重要なことである。

 オバマ氏はその著書の中で、自家用ジェット機の客となって、カリフォルニアの「グーグル」本社を訪ねたときの経験を書いているが、そのあと、すぐ続けて、イリノイ西部へドライブし、閉鎖される工場の人びととの対話集会に臨んだ時の思い出を書いている。

 オバマ氏は、地上の現実(錆びた地帯)に、その上空を飛翔する、もう一つのアメリカの現実(シリコンバレー)を架橋しようとしているのだ。

 そこから彼の、「シヴィル・リバタリアン」(ニューヨーク・タイムズ)としての立場が、上記のさまざま要素と綯い交ぜになって生まれて来る。

 官僚制に頼り切る「保守的なリベラル」ではなく、あくまで「リベラル」な立場を貫きながら、制度的な改革に取り組む「革新的なリベラル」……

 「ネオ・リベ」を装った「ネオ・コン」(市場原理主義で統治の土台まで「ぶっ壊す」、右翼リバタリアン)とは違った次元で、社会経済のイノベーション(革新)に挑戦し、アメリカに新たなシヴィル・ソサエティー(市民社会)を創ってゆく「革新的なリベラル」……

 それが、たぶん、ニューヨーク。タイムズの言う「シヴィル・リバタリアン」の意味の内実であろう。

                ◇ 
 
 ぼくの「ミーハー」的支持理由の5番目、リストの最後に来るのが、オバマ氏と日本との縁である。

 ハワイでの少年時代、近くの日系人から「SASHIMI」のいいところを分けてもらった思い出。

 ケニア人の父親のアメリカの大学生時代のことを、電話で教えてくれた同窓の日系人の思い出。

 母親に連れられ、インドネシアに向かう途中、日本の鎌倉で「大仏」を訪ね、箱根の湖で「緑茶アイス」を食べた思い出……。

 オバマ氏には、日本、日本人に関する「いい思い出」が、けっこうあるのだ。

                ◇ 
 

 ぼくはオバマ氏がきっと、次の「大統領」になると確信している。

 アメリカにようやく、改革者が現れた!

 O・B・A・M・Aの5文字はぼくにとって、ミーハー的に並べ立てた、5つの「支持理由」の頭文字である。
  

☆☆PR 「ソーシャル・ビジネス」の市民出版社「本の森」原稿全国募集 PR☆☆ 
          低価格(四六版並製 500部50万円 より) 全国書店配本可
⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/  

Posted by 大沼安史 at 11:26 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (3)

2008-05-09

〔いんさいど世界〕 中東に平和を 願いをペダルに込め 世界の女性たち300人が自転車ツアー

 中東に、一筋の平和の流れが……。世界各国から集まった女性サイクリストたち300人が、中東和平を求めてサイクリング・ツアーを始めたそうだ。

 ダマスカス(シリア)発、AP電(5月6日付け)を遅ればせながら読んで、すっかり嬉しくなった。

 レバノンからシリア、ヨルダンを経て、ヨルダン川西岸のパレスチナに入る12日間、銀輪の旅。

 名づけて「ペダル・フォー・ピース2008」。平和の願いをペダルに込めてひた走る女性たちの中には、われらが「大和撫子サイクリスト」も含まれているそうだ。

 英国に本拠を置く、「女性に続け(フォロー・ザ・ウイメン、FTW)」の主催。
 FTWは元航空管制官で、錯綜した状況の中で冷静さを失わず、空のトラフィックをさばいた経験のある英国人女性、デッタ・レガンさんが結成した市民団体で、この「中東和平サイクリング」を、2004年から毎年、続けて来た。

 ことしのツアーには、日本を含む世界28ヵ国から女性サイクリストが集まった。レバノンのベイルートに集合、5月3日に出発し、同14日まで、300キロを走破する。

 すでにゴラン高原などシリアを回り、今日9日はヨルダンのアンマン周辺を走っている(FTWの日程表による)。

 アンマンは丘と谷の坂の街。大変だろうなぁ~。

 AP電によれば、300人のサイクリストは、アメリカ人あり、南アフリカ人あり、トルコ人あり、イラン人ありと国際色も豊か。アラブ各国からも、もちろん参加しており、世界のさまざまな国の人びとの平和の願いが、それぞれの国の女性たちによって中東に集結、自転車の長い流れとなって、連帯と励ましの軌跡を残している。

 うーん、凄いなぁ~。凄い女性たちだなぁ~。強い女性たちだなぁ~。
 現地の人たちも、きっと勇気づけられているだろうなぁ~。

 中東和平は自転車に乗って! 
 パレスチナ、忘れまじ!

 パレスチナ問題が平和裏に解決すれば、中東を震源とする世界の混乱も収まる。そのためにも、だからこそ、平和へのペダルは、こぎ続けなければならない……

 そのことを、女性たちは、日本の私たちにも告げながら、いま中東の大地を走っている。

 アンマンから西岸のジェリコに入るのは、日曜日、11日の予定だ。
 

⇒  http://www.iht.com/articles/ap/2008/05/06/africa/ME-GEN-Syria-Cycling-for-Peace.php

 http://www.followthewomen.com/activities/pedalforpeace/2008/

 http://www.followthewomen.com/activities/pedalforpeace/2008/
☆☆PR 「ソーシャル・ビジネス」の市民出版社「本の森」原稿全国募集 PR☆☆ 
          低価格(四六版並製 500部50万円 より) 全国書店配本可
⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/  

Posted by 大沼安史 at 10:35 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-04-27

〔いんさいど世界〕 動き出す?「NAU」(北米連合) 米加墨を経済統合 共通通貨は「アメロ」 EU(欧州連合)を追撃

 アメリカ、カナダ、メキシコの3ヵ国を、「NAU」(北米連合)へ経済統合する動きが加速しそうな雲行きだ。

 ドル急落の中で、「ユーロ」共通通貨とする「EU」(欧州連合)の世界の政治経済の中で影響力を増し、アメリカ、ひいては北米の存在感が弱まっていることが、その背景にある。

 「NAU」の共通通貨の名は、「アメロ」。米加墨4億5千万人のアメロ経済圏の建設する世紀のプロジェクトの構想は、再来年、2010年までに、米外交評議会から発表されそうな見通しだ。

 アメリカで「NAU」構想がマスメディアなどで語られるようになったのは、昨年暮れから。大統領選を背景に、争点のひとつとして急浮上した。

 観測筋の間で、「NAU」構想がどうやら密かに進められており、これが現実化すれば安価な労働力の流入などで、アメリカのミドルクラス(中流階級)が破壊的なダメージをこうむるのではないか、との不安が表面化、連邦議会下院でNAU阻止の決議案が提案されるなど、警戒感が広がっている。

 「NAU」をめぐる事の起こりは3年前、2005年の春に遡る。

 その年の3月、テキサス州ウェイコーで、ブッシュ米大統領とカナダのマーチン首相、メキシコのフォックス大統領が首脳会談を開き、「SSP」を創設することで合意した。

 この「SSP」とは、「セキュリティー・プロスペリティー・パートナーシップ」の略。つまり、米加墨3ヵ国が「安全保障」と「繁栄」でチームを組み、互いにパートナーとして「行政のハーモニー」に力を合わせて行く枠組みが、この「テキサス・サミット」で立ち上がったわけだ。

 そしてその2ヵ月後の同年5月、アメリカの最有力シンクタンクのひとつ、「外交評議会」(CFR)が、カナダ、メキシコのシンクタンクとの共同研究の成果を、「北アメリカ共同体の建設」という報告書にまとめ公表する。

 この報告書はテキサス・サミットの合意を踏まえ、具体的な方針を提起したもので、政権レベルの動きと明らかに連関している。「シームレスな単一市場(北米経済圏)の創設」、「資源管理」、労働力の自由な移動と管理(「北米国境パス」の創設)などが、その提言の主な中身だ。

 昨年11月以降、アメリカの再浮上した論議は、こうした3年前の動きをさらに前に進めた観測に基づく議論である。

 3年前の「SSP」あるいは「北米共同体・経済圏」創設をめぐる提案が、いまや「EU」並みの「NAU」建設論議、「ユーロ」の北米版「アメロ」導入論議に発展しているわけだ。

 もちろん、「NAU」にしても「アメロ」にしても、メディアが勝手に捏造したコンセプトではない。「SSP」合意に道筋をつけた、カナダ・バンクバーのシンクタンク、「フレーザー研究所」の1999年9月の提言、「アメロ導入論」が下地になっている。

 この提言は、「北米通貨統合」を求め、その具体的なインフラ、カレンシーとして、「北米米中央銀行」と共通通貨「アメロ」の創設を提唱している。

 こうした情勢下、CFR(米国外交評議会)では2年後の2010年を目指し、さらなる具体的な提言を行うとしているが、その中に「北米中央銀行」「ユーロ」をめぐる提言も盛り込まれそうな雰囲気だ。

 「アメロ」はすでに、非公式の銀貨、銅貨のかたちで、ウェブ・サイトを通じ、記念硬貨として売られ、出回っているとか。

 米ドル、カナダ・ドル、メキシコのペソに代わって、「アメロ」が正式通貨として流通する日も、案外、近いかも知れない。
  

⇒  http://www.boston.com/bostonglobe/ideas/articles/2007/11/25/the_amero_conspiracy/

  http://www.globalresearch.ca/index.php?context=va&aid=7854

  http://www.cfr.org/publication/8102/

  http://www.fraserinstitute.org/Commerce.Web/publication_details.aspx?pubID=2512

☆☆PR 「ソーシャル・ビジネス」の市民出版社「本の森」原稿全国募集 PR☆☆ 
          低価格(四六版並製 500部50万円 より) 全国書店配本可
⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/  

Posted by 大沼安史 at 05:27 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-04-14

〔いんさいど世界〕 テキサスの大平原に世界最大の「風の農場(ウィンド・ファーム)」 石油王が事業開始 100世帯分の電力を供給へ

 米テキサス州西北部で今月、世界最大の「風の農場(ウィンド・ファーム)」の建設プロジェクトが始まる。

 地元の大富豪(石油王)、T・ブーン・ピケンズ氏が一世一代の大事業に乗り出すのだ。

 「石油」から「風」へ。79歳、たたき上げのビジネスマンは、時代の風向きを敏感に嗅ぎ取り、テキサスの大平原を舞台に、風力発電の事業化に挑もうとしている。

 英紙ガーディアン、米紙ニューヨーク・タイムズなどによると、「風の農場」が生まれるのは、テキサスの最深部、オクラホマ寄りに突き出たパンハンドル地域。

 プロジェクトの取っかかりとして今月、風力タービンを500基、設置して発電を始める。1基あたり、200万ドル。これを今後4年かけて、2700基まで増やす。

 風車のタワーの高さは、20階建てのビルの背丈と同じ。20万エーカーもの建設予定地に屹立する巨大な風車の群れが、大平原を渡る風をとらえ、電気に換える。

 総工費は100億ドル。発電総量は4000メガワット。100万世帯の電力をまかなうことができるそうだ。

 ピケンズ氏はアメリカでも有名な、富豪オイルマン。大恐慌下の混乱の中に生まれ、1956年、若干28歳の若さで「メサ石油」を設立。以来、石油会社の買収を繰り返し、自前のヘッジファンド(BPキャピタル・マネジメント社)を設立するなど、アメリカで117位、世界でも369位のビリオネーアまで立身出世を遂げた。

 ハリケーン「カテリーナ」の被災者を救援するなど、慈善事業にも私財を投じている、スケールの大きな人物である。

 その石油王がなぜ、今なぜ「風力発電」に関心を持ったのか?

 地球環境を守るために……といった答えを期待したいところだが、英紙ガーディアンの記者の問いに対する答えは、「金儲け」のため。

 なぜ、パンハンドル地区を選んだか、の問いに対しては、「50年もクイナ撃ちをやってるから、どこでどんな風が吹くか分かるんだ」と、軽く受け流す。

 地元にはもちろん、自分の農場もあるが、そこには風力タービンは設置しないそう。「あんなけったいなもの、気味が悪い」と言ってのける強心臓の持ち主だ。

 夢はこれだけにとどまらない。テキサスの一角、パンハンドルにつくる、この世界最大の「風の農場」は最初の一歩。北米の大平原を南北に貫く風の回廊の風力発電のタワーの大群を配し、テキサスからカリフォルニアへ、西に向かって太陽発電のパネルを並べてゆく大構想を練っているそうだ。

 アメリカの風力発電は、全発電量の約1%(450万世帯分)だが、ピケンズ氏の大風呂敷……いや大構想すれば、目下、風力発電・世界1のデンマーク並みに、20%の水準まで持ってゆくことも夢ではなさそう。 

 「ワイルド・ウエスト」(大西部)から、「ウィンド・ウエスト」(風の西部)へ。アメリカはいま、テキサスを中心に自然エネルギー大国へと変身を遂げそうな風向、風力である。 

⇒ http://www.guardian.co.uk/environment/2008/apr/14/windpower.energy/print

 http://www.nytimes.com/2008/02/23/business/23wind.html?_r=1&oref=slogin

 http://www.lubbockonline.com/stories/061407/nat_061407027.shtml

 http://www.boonepickens.com/

Posted by 大沼安史 at 10:09 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-04-08

〔いんさいど世界〕 SNIFFサービスが場所を嗅ぎつけ 携帯サービス 諸刃の剣

 「電脳世界」の発展は、基本的な矛盾をはらんでいます。つまり、「自由」と「管理」のせめぎあい。
 一方で、わたしたちが享受する「自由」(たとえば、情報をゲットする自由)が爆発的に拡大する反面、徹底的に「管理」されてしまいます(たとえば、検索の履歴分析)。
 
 そんな矛盾をあらわにする、あらたな携帯サービスが世界で始まっていて、いま注目の的です。北欧ですでに大変な人気を呼んでいるサービスだそうですが、「これはちょっと」と二の足を踏む動きも多いとか。

 今朝はそんな、携帯サービスをめぐる話題を紹介したいと思います。

 SNIFF(スニフ)って聞いたこと、あります? S(ソーシャル=社会的)N(ネットワーク)I(インテグレイティド=統合)F(フレンド=友)F(ファインダー=発見者)の略。
 SNIFFそのものの意味は、英語で「クンクン、嗅ぎつける」ってことです。

 このSNIFFサービス、アメリカの「ユースフル・ネットワーク」ってIT企業がソフトを開発したもので、いつでも、どこでも、自分の「友だち」の居場所を、地図つきで確かめることができるんだそうです。

 この「友だち」が「恋人」だったりすれば、「彼女・彼氏、いまどこにいるんだろう、気になるな?」とか、「待ち合わせ場所、間違えているんだろうか? ちょっと確かめよう」とか、いろんな使い道が出て来ますよね。

 いまのところ、北欧・スカンジナビア諸国で大流行しているそうですが、そのうち、日本でもきっと始まりますよね。

 このSNIFFってIT技術、警察の捜査用に開発、実用化されているものと同じ発想のもので、そこから「嗅ぎつける(SNIFF)」って愛称もついたわけです。

 さて、「友だち」(あるいは家族)の居場所を「嗅ぎつける」というところまでは大歓迎ですが、これが別の使われ方をすると、プライバシーがなくなってしまう。

 たとえば、だんなさんが奥さんの目を盗んで、浮気なんかしていたら大変、一発、地図つきでバレバレになっちゃうわけですね。

 まあ、この程度なら許容の範囲内かも知れませんが、企業が社員の監視に使うんじゃないか、って不安が欧米で出ているんです。

 なぜ、そこまで心配するかというと、ドイツのスーパーチェーン(世界に7000店舗も展開してるんだそうです)、「LIDL(リデル)」ってところが、探偵を雇って従業員の行動を徹底調査していたことが明るみに出て、たいへんな騒ぎになっているからです。
 トイレに行った回数までチェックしてたっていいますから、すごいですね。

 そんなところへ、この「SNIFF」が使われたら、これはもう息が詰まってしまいますよね。

 このSNIFFってサービス、もちろん当事者の合意が必要ですが、社員ってそんなに強い立場にありませんから、最終的にはきっと「わかりました」って言ってしまうかも知れませんね。

 SNIFFはこのように「諸刃の剣」になりうるものですが、旅先で道に迷ったときなんか、威力を発揮して助けてくれるんだそうです。
 「自分の居場所」を「嗅ぎつけ」てもらうわけですね。自分がいまどこにいるのか、地図つきですぐわかる。

 進化し続ける「電脳世界」……次はどんなサービスが飛び出すことでしょう。 

Posted by 大沼安史 at 10:38 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-03-31

〔いんさいど世界〕 アジアで米不足 深刻化 日本 「農業安保」強化の必要性

 アジアで米不足が深刻化している。タイではこの3ヵ月間に価格が倍近くに高騰、「ドロボー狩り」さえ横行する事態になっている。カンボジアのように米の輸出を禁止する国も出て来た。

 「毒ギョーザ」問題で、度を越した「食の海外依存」ぶりがあらわになった、瑞穂の国=日本。「米」をはじめとする「農業安保」の強化が求められている。

 英紙ガーディアン、タイムズ紙の報道によると、アジアの米需給がこれまでになく逼迫している。域内における人口増に伴う需要の増大、インド、中国における開発に伴う農地つぶし、異常気象、産油国などによる買い占めなど、さまざまな要因が重なり合い、「米不足」が増幅している。

 カンボジアでは先週末、米を輸出を向う2ヵ月間、全面禁輸することを決めた。自国の「食料安保(フード・セキュリティー)」を守るための措置である。米の輸出禁止は、中東のエジプトに始まった動きで、アジアに波及したかたちだ。

 サイクロン被害に続く旱魃にあえぐバングラデシュ。国民の4割が貧困線以下の極貧生活にあえぐこの国でも食糧難で価格が高騰し、3月半ば、世界銀行が隣国のインド政府に米を融通するよう働きかけたが、拒絶された。
 インド自体、2006年に食料輸入国に転落、輸出どころか関税を下げてでも輸入を拡大しなければならない立場に追い込まれているのだ。

 フィリピンのアヨロ大統領はベトナムに対して、ことし、150万トンの輸出枠を守ってくれるよう懇願した。
 その頼みのベトナムもついこの間(3月28日)、輸出の2割削減を決定する事態に追い込まれている。
 
 こうした中、世界最大の米の輸出国、タイでは価格が高騰、ことし1月、トンあたり400ドルだたったのが、同760ドルに跳ね上がっている。
 こうした中で、他人の稲を勝手に刈り取る「稲ドロボー」が横行、ショットガンで自衛する状況さえ生まれている。
 米はいまや、まさに「黄金の稲穂」になっているのだ。

 タイの米の輸出先で最も多いのは、アフリカのナイジェリアで、全輸出に占めるシャアは40%。ナイジェリアは産油国だから、お金があるので買い込むことができるわけだ。

 同じ、米輸出国、インドネシアでは値上げに抗議する暴動さえ起きている。

 米農務省によると、世界的な米の備蓄はことし(2008年)、7000万トンに落ち込むという。8年前、2000年の半分という低い水準だ。

 米の世界価格も今後、さらなる高騰が見込まれ、トンあたり1000ドルの大台に乗ることも時間の問題になって来たようだ。

 田植えへと続く、われらが宮城のオラが春……。異常気象で外米を緊急輸入する、20年ほど前にあった悪夢の再来しないことを祈りつつ、わが国の「農業安保」の強化を願わないわけにはいかない。
 「道路(ロード)」より「米(ライス)」、「イージス艦」より「稲狩り」の方が死活的に重要である。
 

⇒  http://www.guardian.co.uk/world/2008/mar/31/thailand.food
     http://business.timesonline.co.uk/tol/business/industry_sectors/consumer_goods/article3613071.ece

☆☆PR 「ソーシャル・ビジネス」の市民出版社「本の森」原稿全国募集 PR☆☆ 
      低価格(四六版並製 500部50万円 より) 全国書店に配本
⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/  

Posted by 大沼安史 at 09:50 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-03-24

 〔いんさいど世界〕 チベットからの流れ……「三峡ダム」に点った「環境惨事」の赤信号 最後の秘境、「怒江」でダム開発始動の動き

 中国政府の支配に反発する「暴動」の勃発で、「チベット」にいま、世界の目が注がれています。ヒマラヤ山脈の向こう側のチベットに、世界の人びとの注目が集まっている。
 考えてみればチベットって、凄いところなんですね。だって、インド亜大陸とユーラシア大陸がぶつかって、できたところだもの……。
 実はこのチベット、大河の発する水源なのですね。中国の「長江」も、チベット高原から流れ出す。チベット高原の水は「怒江」となって、中国・雲南省から南下し、インド洋に注ぎ込んでもいる。
 ヒマラヤ山脈を分水嶺とした、北側(つまりチベット高原)の水は、東南アジア最大の水資源なんですね。
 で、今日は、その「チベットからの流れ」にまつわる話を二つ。いずれも「ダム」をめぐる、知られざる大ニュースです。
 ひとつは、長江の有名な「三峡ダム」。中国政府が威信をかけ、15年がかりで建設工事を進めたもので、ダム湖の全長は600キロに及ぶ、いわば治水版の万里の長城。

 「三峡ダム」はあの毛沢東も夢見た一大国家プロジェクト。それだけに中国政府としても鼻高々だったのでしょう。現地に招いた外国メディアの記者たちに、「三峡ダム、10の世界一」というリストを配ったそうです。
 リストの最初に書かれていたのは、もちろん「三峡ダムは世界最大のダムです」で、それに続いて「世界最大の発電所」「世界最大の建築資材使用」といった項目が並んでいたそうですが、ご丁寧にも最後の「10項目」目に、「113万人」という「世界最大の移転住民数」が書かれていたそうです……。うーん、そこまで書くのか、って感じ、ですよね。
 ま、それはともかく、日本ではあまり知られていないようですが、いま「環境災害」の危機を蓄積しつつあるのだそうです。
 英紙フィナンシャル・タイムズの報道(昨年9月)によれば、中国政府の当局者自体が認めている。
 で、どんな問題が起きているかというと、ひとつは「沈泥」です。ダムができれ流れがせき止られたために上流の流速が、以前の秒速2メートルから同20センチへと、10分の1にも鈍化してしまった。
 おかげで土砂の堆積が進み、水深が浅くなって、船が通行不能になる場所も出ているそうです。
 もうひとつの問題は、「貯水汚染」です。有害物質を使用していた工場が多数水没しているほか、重慶といった都市の廃水が流れ込んで、有毒化・富栄養化が進んでいる。日本の沿海でクラゲが大量発生しているのは、「三峡ダム」のせいだ、という見方も出ているほどです。
 最悪の事態として考えられているのは(考えたくもないことですが……)、地震の直撃です。「三峡ダム」が地震で倒壊したらどうなるのか……。考えたくもないことですね。
 とにかく、この「三峡ダム」、もう出来上がってしまったので、原状回復は望めませんが、チベット発の流れで、もうひとつ、世界の環境団体が注目している「怒江」に関しては、まだ着工に至っていないので、これは何とかなるかも知れません。
 「怒江」(ぬこう・ヌジング・サルウィン)って、知らない川ですよね。でも、ビルマを経由してインド洋に注ぐこの川でも、中国政府が雲南省内の流れに、ダムを13個もつくる計画を立てています。
 この「怒江ダム」の建設計画が持ち上がったとき、世界の環境団体は猛反発しました。

 で、中国政府も、そんな国際世論に配慮して、「計画凍結」を発表していた……。
 ところが、最近になって、開発開始に向けた動きが一部で報じられ出した(香港の英字紙や中国の経済紙などが報じているそうです)……表面ではまだ「計画凍結」ですが、現地では着工への動きが進んでいるようなのです。
 これが明るみにでると、これは大変なことになります。
 
 怒江流域って貴重な生物資源でも有名ですが、独自を文化を育んできた少数民族が暮らす場所なんですね。
 このまま開発を進めてゆくと、「自然破壊」ばかりか、ダライ・ラマの言う「文化殺戮(カルチュラル・ホロコースト)」が起きてしまう。
 「三峡」「怒江……チベットからのふたつの流れは、ひとり中国だけの問題としてではなく、「開発」とは何か、どうあるべきか、「経済発展」とは何か、どうあるべきか、世界の人びとに(わたしたちに)問題を突きつけています。

☆☆PR 「ソーシャル・ビジネス」の市民出版社「本の森」原稿全国募集 PR☆☆ 
                低価格(四六版並製 500部50万円 より)
⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/  

 

Posted by 大沼安史 at 12:08 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2008-03-17

〔いんさいど世界〕 中国の国威発揚策 「聖火エベレスト登頂」に暗雲 「北京五輪」で勢いづくチベット独立運動

 チベット独立運動が再燃しました。中国政府の支配に抗して立ち上がったのは、ビルマ同様、ここでも仏教の僧侶たち。赤い僧衣の列がチベットの都、ラサの市街を行進し、国際社会に「支援」を訴えました。

 デモの模様は、さっそくビデオ映像で世界に流れました。なかでも市民の「携帯」が威力を発揮したようです。ビルマ(ミャンマー)同様、インターネットが現地の模様を全世界に伝えました。

 チベットでは1989年にも独立運動が盛り上がったのですが、そのときと今とで違うのは、このインターネットの有無。この新しいメディアが、旧来の戒律に生きるチベット仏教僧らの運動を世界に報じた!

 中国政府は国内の民主化運動などの動きを警戒し、インターネット規制を強めていますが、その網の目をかいくぐって、チベット(の民衆)発の映像が一瞬のうちに、国外に出た……
 
 出たら最後、もう止められません。英紙ガーディアンなど欧米の有力メディアはこぞって電子版に「ビデオ・クリップ」を掲載、僧や民衆のプロテストと、それに対する中国官憲の弾圧の模様を報じています。

 チベットの独立運動にとっても、インターネットは「追い風」になっているわけですね。

 今回、チベット及び周辺地区で起きた、チベット族による独立運動は、「ネット」の他にもうひとつ、とんでもなく強力な「キャンペーンの武器」を手にしています。

 そう、言わずと知れた「北京五輪」。北京でオリンピックが開かれる8月までの期間……この先、4ヵ月以上も「五輪」とリンケージ(連関)しながら運動を続けることができる……。

 中国政府が「血の弾圧」を続ければ、「北京五輪ボイコット」の声は強まるので、北京の政権としても、そうそう強硬な姿勢はとれない。その間隙をついてデモを続けていけば、中国政府を「交渉のテーブル」に引き出すことができるかも知れない……これがチベット独立派の戦略でしょう。

 つまり、これから五輪開幕まで、4ヵ月間もの長丁場で勝負ができるわけです。

 そんななかでいま、世界の注目を集めているのが、「エベレスト」です。あのヒマラヤの屋根、世界最高峰のエベレストにいま、視線が集まっているのです。

 なぜ、「エベレスト」か、というと、あの山、南はネパールにありますが、北はチベット(中国)なんですね。
 
 中国からすれば、「エベレスト」は「おれたちの山」なんですね。だから「チョモランマ」という中国名さえある。

 で、その「エベレスト」で中国政府がいま何を計画しているかというと、「聖火の登頂」なんです。世界最高峰の山頂、世界の尾根に、中国人クライマーによって「聖火」が灯る……これってけっこう凄い国威発揚ですよね。

 エベレストの山頂から「聖火」を手に世界を睥睨するわけですから。

 「北京五輪」の聖火の採火式がギリシャのオリンピアで行われるのは今月(3月)25日。月末には、いったん北京へ運ばれ、そのあと世界の五大陸でリレーを行い、中国に戻って8月8日の開会式に臨むというスケジュールですが、中国政府としてはどうも5月初旬の10日間に、聖火の登頂を計画しているらしい。

 なぜ、そんな推測が成り立つかというと、中国政府が登山エージェンシーに対して、この期間の外国人による「エベレスト入山禁止令」を出したからです。南側のネパール政府にも協力を求め、カトマンズもこれに同調することにした。

 北京政府が「エベレスト入山禁止令」を出したのは、もちろん、今回の「反乱」が起きたあとのことですが、狙いはもちろん、チベット独立派による妨害活動の阻止です。チベット独立派に「聖火」を奪われたら、目も当てられませんからね。

 で、この「入山禁止令」、早くも世界のクライマーの間に波紋を広げているそう。というのも、その時期に登頂を計画していたチームがけっこういるからです。

 英紙インディペンデントによると、世界のクライマーの間では、けっこう「チベットびいき」の人たちが多い、といいます。昨年には、アメリカ人登山家4人がチベット側のベースキャンプに「ワン・ワールド、ワン・ドリーム フリー・チベット2008」の幕を、記念に残したりしている。

 ですから、中国政府の「禁止令」、チベット人だけでなく、外人クライマーらの動きを警戒してのことかも知れません。

 いずれにせよ、8月の開会式へ向け、チベット情勢をめぐる緊張は高まってゆくばかりですが、「血塗られた五輪」という最悪の事態を避けるには、中国政府がダライ・ラマとの交渉をテーブルにもう一度、着き、話し合いするなかでお互い、歩み寄るしかありません。

 前回、1989年のチベット「騒乱」の際、現地の責任者をしていたのが、いまの胡錦濤主席だそうです。だから当然、チベット問題について、よく知っているはず。

 中国政府にはこの際、チベットの自治権拡大を認めるなど、懐の大きなところを見せてほしいところですね。
 チベット問題を平和解決することができれば、中国政府は世界の尊敬を集めることができるでしょう。「北京五輪」にダライラマも出席!

 そんなふうに事態が進むとよいのですが……

⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/asia/climbers-banned-from-everest-as-china-seeks-to-stop-protests-on-summit-796782.html

Posted by 大沼安史 at 03:11 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2008-02-16

〔いんさいど世界〕 どういうつもりだ、ペンタゴン?! 「サイボーグ昆虫」を開発 デモ監視に「ロボ・トンボ」も登場 

 MEMS(メムス)という国際学会があります。英語で言うと、Micro-Electrico-Mechanical Systems 。「マイクロ電子機械システム」とでも訳すのでしょうか?

 その「MEMS2008」、2008年学会がことし1月13日から17日まで、アメリカのアリゾナ州ツーソンのリゾート施設で開かれました。(MEMS2007は日本の神戸で開催されています)

 その「MEMS2008年」で、驚きの発表があったということを、遅ればせながらキャッチしました。

 アメリカの国防総省(ペンタゴン)の「DARPA」(防衛高等研究プロジェクト局)の委託で、研究開発に当たっているアメリカの2つの大学――ミシガン大学とコーネル大学――が研究成果を中間発表したのです。

 2つの大学の研究テーマは同じです。それは「昆虫のサイボーグ化」。

 生きた昆虫を人間の手でサイボーグに仕立て上げ、その行動を(かなり程度)コントロールしようという目論みです。

 ミシガン大学が取り組んでいるのは、一角のカブトムシ。コーネル大学はタバコの葉を食べるスズメガ。

 カブトムシもスズメガも飛ぶんですね。その飛行のコントロールしようというわけです。

 で、どんなふうなサンボーグを開発しているか、というと、カラダの中に微小な電池を埋め込み、電極を羽根の筋肉に取り付けて電流を流し、それでももって飛行を制御=「操縦」しよう、というわけです。

 そして、この技術開発に見通しがついた!

 どうしてこれが可能になったかというと、電子機器の微小化もさることながら、サナギ・幼虫の段階で体内に埋め込んでしまうテクが開発されたためです。

 この埋め込みのタイミングがなかなか難しい。でも、うまく行くと、カラダの一部として取り込んで、羽化し成虫に育つんだそうです。

 いまのところ、飛行をコントロールするといっても、ラジコンのようなところまで行っていませんが、DARPAの開発目標である「目標に対し、100メートルの距離から5メートル以内に近づける」は、いずれクリアされそうだと言います。

 それにしても、「昆虫サイボーグ」を目標の5メートル以内まで近づけて、何するつもりなんでしょう?

 DARPAってところは、インターネットの開発で大きな役割を果した(これはこのコーナーで以前、紹介したことですが、最近は「無人自動車による無人走行」レースなんてのもやっています)研究機関ですが、あくまでの米軍の総本山、「ペンタゴン」の下部組織です。

 軍事利用、されないはずがない。
 サーベランス(監視)どころか、アタック(攻撃)にも使われかねない……いや必ず、使われるものです。

 こういうものの開発を放っておいてよいものでしょうか?

 この「昆虫サイボーグ」はまだ開発段階で実用化されていませんが、「ロボ・トンボ」ともいうべき「飛行小物体」は、すでに「登場」しています。

 ワシントン・ポスト紙(07年10月10日付)の報道で明るみに出たのですが、昨年(2007年)9月、首都ワシントンのラファイエット広場でのイラク反戦集会で、参加者の頭上を飛びまわっているのが複数の人によって目撃されています。

 ポスト紙が米国の関係機関に照会したのですが、返事はいずれも「うちは知りません」。
 
 でも、「ロボ・トンボ」、あるは「ミニ・ヘリ」ともいえる「羽根」のついた超小型飛行物体が集会の上を飛行したのは、確かなこと。

 CIAとか国土安全省とか、そのあたりが飛ばしたのではないか、とみられています。

 「監視社会」化は、ここまで進んでいるのですね。(そのうち、日本での飛び始めるかも知れません。注意しましょう! 発見しだい、撃墜して証拠をおさえるのが肝要です)

 この「ロボ・トンボ」は全て機械仕掛けですが、さきほど紹介した「昆虫サンボーグ」は機械ではなく生き物(の機械化)です。

 なぜ、DARPAが生き物のサイボーグ化を狙っているかというと、それは生き物のエネルギーを「活用」できるからです。エンジンを仕込まなくても、ブンブンひとりで飛んでくれる。そこが狙い目なわけです。

 米軍はこれまで、いろんな生物(動物・昆虫)を活用しようとして来ました。地雷を嗅ぎ分けられるミツバチ(これは失敗)、サイボーグ・イルカ(ジョーという名のイルカだそうです)、視覚にとられた映像をリアルタイムに送るネコ……最近は、サンボーグ・ザメ(きっと名前はジョーズって言うんでしょうね)の研究が進んでいるそうです。

 神をも恐れぬ所業……ちょっとやりすぎじゃないでしょうか。

 そのうち、蛾やカブトムシが自爆攻撃をしかけて来ないとも限りません……

 やめてほしいですね。

 こうした生物の兵器利用に、そろそろ国際社会が歯止めをかけるべき時期に来ています。 

⇒ http://technovelgy.com/ct/Science-Fiction-News.asp?NewsNum=1421#cyborg

 http://technovelgy.com/ct/Science-Fiction-News.asp?NewsNum=1420

 http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/10/08/AR2007100801434.html?sid=ST2007100801459

  

Posted by 大沼安史 at 03:30 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2008-02-11

〔いんさいど世界〕 「風邪ひきマウス」が「誕生」 霊長類以外で初めて 治療に光

 ことしはネズミ年。春節を迎えた中国もネズミ年。
 ネズミってなんか、ひたすら邁進する、チョースゴ・パワーを感じますよね。
 でも、いまは冬。
 風邪ひいてパワーが落ちてる方、多いんじゃないでしょうか?

 そこで(?)今日は「ネズミ」プラス「風邪」の話題を。

 風邪って英語ではコールド(コモン・コールドとも言うそうです)、フル(インフルエンザ)とは区別されてるんですね。(この違いについては、説明不可。小生にはわかりません)

 ところでこの風邪、霊長類以外の動物はひかないんだそうです。
 風邪をひくのは、霊長類のチンパンジーと、われわれ人間だけ。「高等」(別にほかの生物をバカにするわけじゃありませんが……)な病気、なんですね。

 エヘン、ゴホン(そう、小生、いま風邪ひいてます。どうも茅ヶ崎の親友=真人間=ぼくと同じ旧人類?からうつされたみたい)

 霊長類でない動物といえば、たとえば、動物界のことしの年男・年女である「ネズミ」たちがそうです。この「ネズミ」さんたちが風邪をひかない。(だから、パワーがあるんですね。少子化にあえぐ、われわれと違って、ネズミ算で子づくりしている)

 で、ここからやや専門的になって、小生の説明能力の限界を超えてしまうのですが、人間の風邪って主に、100種類以上ある「ライノ・ウイルス」(ライノとは鼻腔の意味)の、どれかにやられて、かかるんだそうです。

 もちろん、ネズミたちはこのライノウイルスに感染しないのですが、ロンドン・インペリアル・カレッジのセバスチャン・ジョンストン教授ら、英国の研究者たちがライノウイルスにかかる……つまり「風邪をひくマウス」づくりに成功したそうなんです。

 鼻水タラタラ、エヘン、ゴホンの「風邪引きネズミさん」たちが、よりによってネズミ年(英国では関係ないんでしょうが)のことし(去年かも知れませんが)、遺伝子操作で誕生した。

 やや詳しく言うと、ライノウイルスが体内の細胞に入り込む、いわば「ドアの鍵」である「受容体たんぱく質」(これが人間とチンパンジーにはあるんですね。だから風邪をひく)をネズミに埋め込んでしまった……(???)。

 ライノウイルスたちはこの鍵をつかってネズミの細胞に侵入、体内で爆発的に増殖して気管支炎、その他の症状を引き起こすことができるようになったわけです。

 遺伝子操作でこんなカラダにさせられたネズミこそいい迷惑ですが、「実験用のマウス」なんですからいたし方ありません(やな言い方ですね……)。

 なぜ、英国の研究者たちがこうした「風邪ひきネズミ」をつくったかというと、これで風邪治療の研究がぐんと進むのじゃないか、と期待しているからです。

 実は英国では1946年から、常時30人の「風邪ひきさん」(人間)を10日間にわたって診察(観察)、風邪治療法をさぐる研究プロジェクトを続けて来たのですが、結局、成果が上がらず、43年後の1989年に研究を放棄しちゃってるんですね。

 それもこれも、風邪をひける実験マウスがいなかったから。
 人間だと、風邪ぐらいで会社休むと叱らせますから、とか、もう直りましたとか、いろいろあって、落ち着いて研究できなかったんじゃないでしょうか???

 でも、これからは違います。
 ネズミたちがわれわれ人間のためにどんどん風邪をひいてくれる……。

 うれしくもあり、チョー(いや、チュー)気の毒な、「風邪ひきネズミさん誕生」のお話でした。   

⇒  http://www.independent.co.uk/news/science/the-mouse-that-caught-a-cold-and-may-help-us-find-a-cure-777668.html

Posted by 大沼安史 at 10:12 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2008-02-04

〔いんさいど世界〕 「脳内刺激」で「記憶」が甦る! アルツハイマー患者に朗報

 東北大の川島教授の提唱する「脳トレ」がブームです。
 「脳を鍛える」……ぼくも「ボケ」が始まって、2、3日に一度、「あれっ、何するんだっけ?」シンドロームに襲われています。そろそろ、トレーニング、開始のころでしょうか?

 最近の「脳科学」の進歩には目を見張るものがあるようですが、今日の話題は「脳トレ」ならぬ「脳スティ」。「脳スティムレーション」……略して「脳スティ」(ぼくの勝手な造語で、一般に認められてものではありません)。

 実は先月(1月)末、「脳スティ」をめぐる大ニュースが世界を飛び交いました(つまり、情報が世界の人びとの脳に届き、脳内で情報処理され、理解された!)。

 「ディープ・ブレイン・スティミュレーション Deep-brain Stimulation 」(「脳深部刺激」とでも訳したらよいのでしょうか?? ここではとりあえず「ディープ脳スティ」と呼ぶことにしましょう)によって、「記憶」が劇的に回復することが確認されたのだそうです。

 カナダの西トロント病院のアンドレス・ロザノ教授らのチームが、「神経学年報」(1月30日発行)に発表しました。それを英紙インディペンデントがトップ・ニュースで流して、世界に広がったわけです。

 まず、「ディープ脳スティ」とはどんなものか説明しますと、仕掛けは簡単、心臓ペースメーカーと基本的に同じものだそうです。胸の皮膚下の電池を埋め込んでコードを首を通じて延ばし、脳内に埋め込んだ電極から電流を流す。かんたんといえばかんたんな仕掛けです。

 この「脳スティ」、欧米では実は実用化されていて、パーキンソン病や鬱病の治療に利用されているのだそうです。
 今回、「記憶回復」にも効くことを発見したカナダのロザノ教授は、その世界的な権威だそうで、パーキンソン患者では400例、鬱病患者では28例の術例があるそうです。

 さて、ロザノ教授らの今回の「発見」は、偶然の産物でした。いわゆる「セレンディピティー」というやつですね。意図していないのに、とんでもない発見をしてしまう……これがセレンディピティーです。

 ロザノ教授らによる今回の「記憶回復」は、体重190キロもあり、食欲が抑えられない患者さんの食欲抑制中枢を探すため、脳内の「視床下部」(飢餓感を感じるところだそうです)というところに「ディープ脳スティ」の電極を入れて、電流を流しながら反応を探っていた最中の置きました。

 年齢50歳の患者さんが突然、30年前の記憶が突然、甦ったと言い出したのですね。

 公園で友だちと一緒にいるシーンがまざまざと浮かんで来たそうです。それもセピア色ではなく、カラーで思い出した。
 服の色もハッキリわかるし、かつてのガールフレンドの姿も。
 ただ、みんなで何を喋っていたか、会話の中身までは思い出せなかったそうです。

 ロザノ教授らはその後、実験を続け、電流を強くすると、甦る記憶もより鮮明なものになることを発見します。記憶だけでなく学習能力も向上したそうです。〔電流は患者の知覚できない微弱なもので、スパークするようなものではありません。電流をオフにすると、「記憶」も消えたそうです〕

 この発見はロザノ教授らにとって驚きでした。というのも、「視床下部」という部位は、一般に「記憶」とは無関係とみられていたからです。

 ただ、「(すぐ思い出せる)短期記憶」を司るといわれる「辺縁系」という部位が「視床下部」の隣にあるので、もしかしたら「視床下部」は、「忘却された記憶の蓄積所」として役割を担っているのかも知れませんね。

 それはともかく、問題の大事なところはこれからです。
 ロザノ教授らはこの発見を「アルツハイマー」の患者さんに応用したのです。

 教授らが「ディープ脳スティ」を行ったアルツハイマーの患者さんは3人。実験はなお進行中ですが、期待が持てる(英語では「約束された」)結果が出ているそうです。

 つまり、アルツハイマー患者の「治療」にも役立ちそうだ、ということです。
 ボケが始まったぼく個人としても、これは嬉しい話ですね。 
 
 そこですぐ勝手な想像をしてしまうんですが、これが実用化されたら、「メモリー・リプレー」とか「メモリー・メーカー」とか言われるようになるんじゃないのでしょう。

 たとえば、ぼくなんかが今から20年後に、電源のONにして、そういえば、20年前、2008年の2月7日の木曜日の朝、「ディープ脳スティ」とか何とか言って、脳科学の知識もないくせに、ラジオで偉そうに話したことがあるな……なんて思い出しているかも知れない???

 すごいことになって来ましたね。

 でも、心配なことがひとつ、「いい思い出」ばかり甦ってくればよいのですが、悲しいこと、思い出したくないことまで、たとえそれが(電源をOFFにして)一瞬の甦りであったとしても、鮮明に思い出すようになったら嫌ですね。

 記憶のトラウマがある人ならなおさらです。

 忘却とは(思い出すことではなく)忘れることなり……「君の名は」ですね――いま急に甦って来ました!!!

 ⇒  

 http://www.independent.co.uk/news/science/scientists-discover-way-to-reverse-loss-of-memory-775586.html 

 http://www.independent.co.uk/opinion/commentators/joan-bakewell/joan-bakewell-this-could-stir-up-some-painful-memories-776725.html
 

Posted by 大沼安史 at 10:11 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-11-23

〔いんさいど世界〕 アメリカの少女 メガンさん(13歳)の死 隣人(大人)が「少年」になりすまし、対話で彼女を追い込む 「ネットいじめ地獄」の悲劇

 「学校」(学級)が崩れ、「地域社会」(コミュニティー)が壊れ、不信が増幅し合い、憎悪が噴き上がる、この世の地獄……。

 「いじめ」はそこから生まれる魔物のようなものです。それは「人を死に至らしめる病」であるかも知れません。

 教室でのいじめ、職場でのいじめ……。

 日本に蔓延する病理は、「サイバースペース(電脳空間)」にも拡大し、「ネット中傷」の暴走はとどまるところを知らないようです。

 同じような「ネット中傷」がアメルカでも起き、いま大問題になっています。それによって、13歳の少女が自殺する悲劇が生まれたからです。

 しかも、少女とネットで「対話」していた「相」手は実は、近所に住む、少女の元親友の母親が「創作」した「少年」だった!……

 陰湿きわまりない、悲しい事件ですね。こういうことが二度と起きないことを願いつつ、事件のあらましを紹介したいと思います。

 アメリカのミズーリ州の中心都市、セントルイスの北西50キロに、ダーデン・プレーリーという人口7400人のベッドタウンがあります。ミドルクラス(中流階級)が暮らすその住宅街の東の外れに、その少女は住んでいました。

 マイヤー夫妻(ロンさんとティナさん)の長女、メガンさん(13歳)。

 昨年10月26日のことです。雨の日だったそうです。
 メガンさんはその日、通学先の中学校で、自分の誕生日(11月6日)パーティーの招待状を友だちに手渡し、帰宅するとすぐ、母親のティナさんにパソコンを使わせて、と頼みました。

 メガンさんには個人のパソコンはなく、パソコンは親の立会い下、使用するというのが、マイヤー家の決まりだったからです。

 メガンさんが帰宅するなり、パソコンを開こうとするには理由がありました。彼女が「マイスペース」に開いている自分のページ(アカウント)に、新しいメッセージが届いていないか、気になっていたからです。

 参考までの付け加えますと、「マイスペース」は、アメリカで大人気の「ソーシャル・ネットワーキング(SNW)」サイト。SNWは、一言で言えばパソコンを通じた交流の場。「マイスペース」の場合、700万人もの登録者があるそうです。

 彼女が「誰」のメッセージを気にかけていたかというと、「ジョシュア・エバンス」という「16歳の男の子」からのメッセージでした。

 「ジョシュア」がメガンさんの「マイスペース」のページを初めて「訪ねて」来たのは、その一ヵ月半、前のこと。それ以来、メガンさんは「ジョシュア」と大の仲良しになり、ネット上で「お喋り」を楽しむようになっていたのです。

 その「ジョシュア」から突然、おかしなメッセージが届いたのは、前日の25日のこと。

 「これからも友だちでいられるか分からない。君って、友だちにベリー・ナイスじゃないって聞いてしまったんだ」という、「もう、付き合うのやめにしない?」メッセージだったそうです。

 驚いたベガンさんは、「いったい何、言ってるの?」と返信しましたが、その日はそれっきりに。

 そこでこの日、26日に何か返事が来てないか、とチェックしたわけです。

 母親にパソコンを開けてもらい、自分のページに接続して彼女はビックリしてしまいました。

 「ジョシュア」がひどいことを書き込んでいたからです。それも、彼女にだけ言うならまだしも、他の人にも悪口を言いふらしているらしい。

 母親のティナさんは、ひどいことが書かれた、とは分かっていましたが、メガンさんの妹を予約した病院に連れて行かねばならず、「パソコン、閉じちゃいなさい」と言って家を出たそうです。

 でも、メガンさんはスイッチを切らなかった。

 ティナさんと妹が家を出て行くと、彼女は「ジョシュア」と「口論」を始めました。

 病院に着くとティナさんは家に電話して、メガンさんに聞きました。「パソコン、閉じた?」
 するとメガンさんは「ママ、みんなわたしにひどいの?」と言い、ティナさんは「どうして言うこと聞かないの。今すぐ、閉じなさい」と怒って電話を切ったそうです。

 それから15分後、気になったティナさんは家に再び電話しました。

 メガンさんは泣き声で電話に出ました。「あの人たち、わたしのこと、掲示板に書いたらしいの。わtしがズベタでデブだと」
 (メガンさんは太っているのを気にしてダイエットに取り組み、かなりの成果を収めていました。欝でも苦しんでいたそうです)

 ティナさんは家に戻ると、パソコンのある地下室に直行しました。パソコンの前にメガンがいました。そして、その画面に、ひどい言葉が出ているのに気付いた。

 ティナさんが叱り付けると、メガンさんは「わたしのママだと思っていたのに。わたしの味方だと思っていたのに」と言って、2階の自分の部屋に駆け上がって行きました。

 階段で父親のロンさんとぶつかりそうになりました。それが、メガンさんの生前の「最後の姿」になったのです。

 夕方、ロンさんと一緒に台所に立ち、晩ご飯の支度をしていたティナさんが突然、胸騒ぎを感じました。あっと思ってメガンさんの部屋に行くと、クローゼットのなかで首を吊っていました。

 メガンさんはその翌日、病院で亡くなりました。

 わずか13歳で死を選んだメガンさん……。くやしくて、苦しくて、悲しかったんだと思います。
 ティナさんとロンさんも「あのとき、ちゃんと話を聞いてやれば」と、どれだけ後悔したことか。両親の心中を察すると、言葉もありません。

 ロンさんがパソコンを調べたところ、「ジョシュア」からの最後のメッセージには、「クソまみれの人生を生きて行け。お前なんか、この世にいなくていい」というようなことまで書いてあったそうです。

 さて、メガンさんの葬儀も終えた一ヵ月半後のことです。
 母親のティナさんに、近所に住む、あるシングルマザーから電話がかかって来ました。メガンさんと同じ年の娘を持つ人で、用件を告げずに、大事な話があるから少し離れたオハランの町のカウンセラーのところへ来てほしい、というのです。

 ティナさんが駆けつけると、シングルマザーは、開口一番、「ジョシュアという子は実はいないの」と彼女に告げました。

 驚いたティナさんに、さらにショッキングな「真実」が打ち明けられます。

 「ジョシュア」とは、ティナさん一家の近くに住む、ローリー・ドリューという成人女性が創作したキャラクターだというのです。

 ティナさんはその一家とは家族ぐるみで付き合いがあり、マガンさんはその家の娘と小学校が同じで、以前は親友同士でした。

 その子とマガンさんは、どうも喧嘩別れしたらしく疎遠になり、マガンさんは別の中学校に転校さえしていたのです。

 その子の母親が(その娘と一緒に、らしい)「ジョシュア」に成りすまし、偶然の出会いを装って「マイスペース」を通じ、メガンさんにコンタクトを取って来た。

 ハッキリした理由は分かりませんが、どうやら、メガンさんから何らかの「言質」を取ろうと探りを入れていたようです。(その母親は娘さんと一緒に、アルバイトの人に手伝ってもらって、メガンさんとのやりとりを記録に残していたといいます)

 シングルマザーがなぜこうした事情を知っていたかというと、彼女の娘が「ジョシュア」サイドでメガンさんとのやりとりに参加していたからです。

 メガンさんが救急車で運び出されたとき、この娘さんの元に例の母親が電話をよこして、口止めをかけたことも、シングルマザーの告白で明らかになりました。

 事実を打ち明けられたティナさんは家に戻ると、夫のロンさんとフットボール・テーブルを持ち出し、斧とハンマーでメチャクチャに叩き壊しました。

 そのテーブルは、よりによって例の母親一家から預かっていたものです。

 ティナさんとロンさんは母親一家とかねがね親しく、メガンさんが亡くなったときも、いち早く弔問に訪れ、葬儀にも列席してくれたそうです。

 信頼していたのに裏切られた! そんな思いで怒りにまかせて斧とハンマーをふるい、残骸をその母親の家のドライブウエーに散乱させました。

 残骸を撒き散らされた側は警察に訴え、損害賠償の裁判を起こしました。それがメガンさんの悲劇が明るみに出るキッカケとなるのですが、ティナさんとロンさんはこれまでこのことをずっと黙っていました。FBI(連邦捜査局)の捜査の行方をじっと見守って来たからです。

 それがメガンさん一周忌が過ぎた今月になって一気に噴き出し、ニュースとなって全米の人びとの知るところとなったのは、地元のFBIが事件化する罪名が見当たらないとの結論を下したのです。

 これに対しティナさん、ロンさん夫妻が怒ったのは当然ですが、それ以上に激昂したのは、地域の人びとです。

 「ジョシュア」を創作した家の前を車で通り過ぎながら、「人殺し」と叫ぶなどまだかわいい方で、「家の中に死体がある。殺人らしい」などと偽の通報をしたり、その家の商売を妨害したり。

 挙句の果ては、その「住所」「氏名」「写真」「電話番号」までネットで「公示」する人まで現れているそうです。

 これまたネット中傷による人権侵害、ここまで来ると、やはり行き過ぎですね。

 しかし、注目しなければならないのは、こういうマイナスな側面だけでなく、マガンさんの悲劇をきかけに、建設的な議論が出ていることです。

 地元の市議会は「ネット中傷」に対して懲役や罰金を課す条例づくりに乗り出し、検察当局も適用法令があるのでは、として再捜査に入っているそうです。

 「ネット中傷」は「電脳世界」でのことではありますが、「現実における具体的な犯罪」であることに間違いありません。

 「ネット刑法」とか「ネット民法」の整備が、世界的に必要な時代なのかも知れませんね。

 さて、メガンさん一家と、ネット中傷した家族とは、同じ区域で2年半、一緒に暮らして来ました。それなのに、どうして、こんなことになってしまったのでしょう。

 アメリカの「郊外」も荒涼たる、寂しい世界なのだな、と思わざるを得ません。

 「マイホーム」が並ぶ、住宅地に発生した「憎悪」と「敵意」……それがネットで純化・増幅され、「デジタルな凶器」となって結果的に人を死に至らしめた、この「現実」。

 母親のティナさんは、「ジョシュア」が初めてメガンさんの「前」に「現れた」ときのことを覚えています。

 ハンサムな偽の写真と、貧しい家に育った悲しい身の上話を添えて、「ジョシュア」は突然、現れた。

 それはメガンさんにとって、ほんとうに大切な、夢にまで見た男の子との出会いだったに違いありません。

 だから、彼女はティナさんにこう言った。
 「ママ、ママ、ママ、この人のこと見て。すごく素敵(ホット)! ねえ、ねえ、彼と付き合っていいでしょう?」

 その「ジョシュア」が悪意の創作であることを知らずに、彼女は逝った!
 なんだかホントに口惜しいですね。

 ティナさんにはまた、何で早く気づかなかったのだろう、と後悔していることがひとつあるそうです。

 それは「ジョシュア」がメガンさんに電話を一度もかけて来なかったことです。「彼」は自分の家にも電話がない、ケータイも固定電話もまだ、と言い続けていた。

 不思議に思ったけれど、詮索しなかった。

 これまた口惜しく、残念なことです。 
 

Posted by 大沼安史 at 05:35 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-11-19

〔いんさいど世界〕 ホロコースト、忘れまじ アウシュビッツ行き、「記憶の列車」出発 半年かけてドイツ国内諸都市をめぐり、「終着駅」へ

 Zug der Erinnerung ……ドイツ語で「記憶の列車」。

 歴史の記憶を今によみがえらせる「列車」の運行がドイツで始まっています。
 
 どんな記憶をよみがえらせるのか?

 「ホロコースト」の記憶です。ナチス・ドイツの手で、ヨーロッパのユダヤ人らが絶滅収容所に送られ、悲惨な死を迎えた、あの「ホロコースト」の記憶です。

 それを忘れないために、ドイツで「列車」が走っている。

 「記憶の列車」が「始発駅」のフランクフルト駅の「1a番線」に入線したのは、今月7日の昼過ぎのことでした。

 ただの列車ではありません。

 ナチスがユダヤ人らの輸送に使った貨物機関車と同型の「58型」蒸気機関車(1921年製)が、気笛を鳴らしながら、3両の客車を引いて入って来たのです。

 昔、ユダヤ人たちが詰め込まれ、各地の絶滅収容所などに送り込まれた貨物列車が再現されたのです。

 3両の客車は展示用で、車内には「ホロコースト」の資料などが展示されているそう。つまり、「動く展覧会」。

 この「記憶の列車」は、「ホロコースト」という歴史的事実を風化させまいと、反ナチ運動家のクラースフェルド夫妻らドイツ人の実行委員会が企画したものです。

 「ホロコースト」では150万人もの子どもたちや若者が犠牲になっていますが、そのうち、ドイツで暮らしていた子どもや若者は12809人。そのほとんどが帰って来ませんでした。

 「記憶の列車」は、こうしたドイツのユダヤ人の子どもたち、若者に捧げられたものです。

 8日にフランクフルトを出発した「列車」はマンハイムやカールスルーエを経て、現在(22日)、ストットガルトに停車しています。

 半年かけて巡回するドイツ国内の都市は30ヵ所以上。3000キロを走破して、来年の5月8日の終戦記念日に、終着駅のポーランドのアウシュビッツに到着する計画です。

 主催者側は各都市の駅のプラットホームに停車して展覧会を開きたい考えでしたが、「ドイツ鉄道」側がなかなか「うん」と言わず、結局、「駅のすぐそばに停車する」ことで妥協が成立したそうです。

 それでも、とにかく「列車」の運行に漕ぎつけるあたり、さすがドイツの人たちですね。
 これが日本なら「自虐的だ」との反対の大合唱で、立ち往生しかねないところです。

 主催団体がなぜ、「列車」に「駅」にこだわったかというと、それが当時のふつうのドイツ人たちが輸送されるユダヤ人らを目にする最後の機会だったからです。

 それはユダヤ人の側でもそうでした。「駅」に停車したとき、あるいは貨物車の隙間から見たふつうのドイツ人が、かつての「同胞」を見る最後の機会だったわけです。

 一緒に、ふつうに暮らしていた人びとがなぜ引き裂かれなければならなかったか?
 そこにナチスの煽った人種主義の怖さがあるのですね。

 7日のフランクフルト駅1aホームには、ホロコーストの地獄を行きぬいたドイツ在住ユダヤ人女性、マルゴット・クラインベルガーさん(76歳)も姿を見せました。

 マルゴットさんは病身にもかかわらず、入線セレモニーに出席するため足を運んで来たのです。

 マルゴットさんは11歳のとき、ハノーバーから貨物列車に乗せられ、テレジアンシュタットというところ運ばれたそうです。

 細い声で、彼女はこう言いました。「街ではどこでも迫害されるので、汽車に乗ればよりましなところへ行けると思いました。ほとんど誰も生きて帰れませんでした」

 「列車」内の展示場には、マルゴットさんの少女時代の写真も展示され、同世代の子どもたち(「記憶の列車の子ども」たちがガイドしているそうです。

 戦後ドイツの反省と再生の原点を訪ねる、「アウシュビッツ行きの歴史列車」。

 それを走らせた、ドイツの人たちの勇気と正義心に拍手を送りたいと思います。


http://zug-der-erinnerung.de./ 
 

Posted by 大沼安史 at 12:33 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-11-11

〔いんさいど世界〕 最悪の「大量破壊兵器」=「サダム・ダム」決壊の恐れ、ティグリスに「川津波」 50万人 溺死も  モスル、バグダッドを直撃

 北部イラク最大の都市はモスルです。人口170万人。イラク第3の大都会。

 ティグリス川に沿った、主にスンニ派イラク人の住むこの大都市の上流は、名だたる峡谷地帯で、32キロ遡ると、そこに巨大な「モスル・ダム」が聳えています。

 貯水量80億立方メートル。750メガワットの水力発電所を持つこの「モスル・ダム」、もともとは「サダム・フセイン」ダムと呼ばれていました。

 そう、あのサダム・フセインの政権が1980年に着工、4年後の1984年に完成させた巨大ダムです。

 政権崩壊後、「モスル・ダム」に改名されたこのダムの主目的は、洪水対策でした。
 ティグリス川はもうひとつの大河、ユーフラテス川同様、最上流、トルコ山岳地帯の雪解け水で春になると水位が上がり、流域が水没する恐れがあるからです。

 サダムが自分の名前を冠したこのダムに、いま、世界の注目が注がれています。サダムが残した、最悪、最大の遺産とは、このダムではないか、と、イラク内外の人びとが切実な脅威を感じているのです。

 その「脅威」とは、ダム決壊の恐れです。ダムが決壊すれば、「川津波」が下流を襲います。「核」あるいは「核兵器」以上の惨事が予想される。

 「モスル・ダム」(旧「サダム・フセイン・ダム」)とは、イラクの独裁者が遺した究極の「大量破壊兵器」であるわけです。

 10月30日、世界にツナミのような衝撃波が走りました。アメリカの有力紙、ワシントン・ポスト紙が、「モスル・ダム」が崩壊の危機にあると、報じたからです。

 イラクに駐留する米陸軍工兵隊などの調査で、モスル・ダムは決壊の危機に立たされていることが分かった、との「スクープ」記事でした。

 モスル・ダムはいつ何時、決壊してもおかしくない危険な状態にあり、決壊すれば50万人もの溺死者が出る、というのです。

 決壊した膨大な貯水は川津波となって下流のモスル(予想水位は20メートル)を遅い、さらに下流の首都、バグダッド(同4.5メートル)も直撃する、と。

 翌日、イギリスの高級紙、インディペンデント紙が、同紙のイラク特派員、パトリック・コバーン記者の記事を掲載しました。(このコバーン記者は、イラク報道の第一人者で、大沼が邦訳した『イラク占領』の著者でもあります)

 コバーン記者はこう書きました。「わたしが8月に書いた記事の内容を、ワシントン・ポストが追認した」と。

 そう、その通り。コバーン記者はことし8月8日付けのインディペンデント紙で、「モスル・ダム」崩壊の危険性を、いち早く警告していたのです。

 コバーン記者のこのスーパー・トクダネは、もちろん単なる観測記事ではありませんでした。噂を書いたものではなかった。

 ワシントン・ポスト紙が報道した「米陸軍工兵隊」の報告書や、アメリカの駐イラク大使館の「声明」を入手、関係筋に確認して書いた見事なすっぱ抜きでした。

 実は、モスル・ダムの問題は、かねがねわかっていた。米陸軍工兵隊の報告書も前年には出ていたし、ことしの5月には、駐留イラク米軍の司令官と駐イラク大使がイラク政府のマルキ首相に対し極秘の警告書を出していた。

 要するに、アメリカも、イラク政府も、とっくに知っていた。にもかかわらず、バレると大変だ、対策には膨大な資金が必要だし、だいいち、どうしていいかもよく分からない。パニックが起きても困る、とヒタ隠しにしていた。それをこの夏、コバーン記者が暴露したわけです。

 しかし、このコバーン記者のスクープを確認する、「後追い」報道がなかなか出なかった。アメリカの有力マスコミも「続報」を打たなかった。

 おそらく、アメリカ軍もアメリカ政府も、イラク政府も、あまりにコトが重大なだけに、緘口令を敷いて、ニュースの漏洩を必死になって防いで来たのでしょうね。

 でも、ここに来て(つまり10月の終わりになって)ついにワシントン・ポスト紙が、米軍工兵隊の「パワーポイント」によるプレゼンテーション(32枚組み)を入手、動かぬ(?)証拠をもとに大々的に報じた。
 さすが、あの「ウォーターゲート」事件をすっぱ抜き、ニクソンを大統領辞任に追い込んだ新聞は違います。

 ところで、なぜ「モスル・ダム」がいつ何時、決壊してもおかしくない状態になっているかというと、このダム、実は場違いなところに造られたからです。マール(泥灰土)とか石膏とか、硬石膏とか、カルスト石灰岩とか、要するに水溶性の岩の上に造られた。

 つまり、鍾乳洞のような水に溶けやすい土台に、巨大なコンクリートダムを直立させちゃったわけです。

 なぜ、そんなバカなことをサダムはしたのか、今となってはよく分からないそうですが、着工した1980年といえば、イラクが対イラン戦争を始めたとき。

 どうも、サダムは「戦争もやるけど、民生も忘れてはいない。イラク国民よ、おれにまかせておけ」と言いたくて、よく考えもせず、ダム建設に突き進んだらしい。そういうことだったようです。

 で、現在、どんな応急対策がとられているかというと、土台のところに液体コンクリートに岩石を砕いたやつを注入して補強している。トルコの会社が請け負っているそうですが、液体コンクリートをつくる機械が故障したりしていて、この先どうなるか、分からないようです。

 ダムの貯水の水位も19メートル、下げているそうです。構造上、水位をそれ以上、下げられないのでしょうね。

 かりにこのまま何事もなく冬を迎えたとして、心配なのはトルコ山岳部の雪が解ける来春ですね。ティグリス川を雪解け水が轟々と下ってくる。そのとき、どうなるか? 心配ですね。

 応急策ではない、恒久的な抜本策はないのか?

 とりあえず、ひとつ、あるのだそうです。

 決壊に備え、下流に防衛ダムを造ることだそうです。

 実はモスル・ダムの下流のバドゥシュで、イラク水資源省がダム建設計画を進めているのですが、資金不足で立ち往生している。これを何とかすれば、「川津波」を防げると、米陸軍工兵隊は提言していますが、いまのところ早期実現の可能性は薄い。

 イラク政府も、(「カテリーナ」でニューオルリーンズを見捨てた、というより、何ら有効な対策を打てなかった)アメリカのブッシュ政権も、金なし・やる気なしで、どうにもならないんだそうです。

 これは、コバーン記者の記事を読んでいて教えてもらったことですが、聖書に出て来る「ノアの箱舟」伝説って、もともとはバビロニアの「ギルガメッシュ」伝説に出て来る洪水の話なんだそうです。

 メソポタミアって昔から、それだけ洪水が多かったところなんですね。
 その洪水を治水でもっと抑えて、文明が勃興した。

 「モスル・ダム」もそうしたメソポタミア治水対策のひとつなわけですが、それがイラクという国の中枢部を一気に壊滅させる、とんでもない「大量破壊兵器」と化している。

 日本はあの奇跡と呼ばれた「黒部ダム」を完成させたダム建設の最先進地のはず。
 アメリカが動かないなら、日本政府(国土建設省)が中心になって、土建業界&国際社会に呼びかけ、支援・救援活動を始めたっていいような気がします。

 「テロとの戦い」のための「給油」なんてより、こっちの方がもっと重要な「イラク復興・人道支援」だと思いますが、福田さん、小沢さん、いかがですか?  

 福田さんもワシントンに行ってブッシュに会ったら、「こら、若造、戦争やってるときか? ダム、決壊したらどうするんだ!!  サダムが遺したWMD、ようやく見つかったんじゃないか。処理しろ、早く」と、叱り飛ばしてください。   

Posted by 大沼安史 at 01:56 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-11-04

〔いんさいど世界〕 ネズミ界のスーパーマン  「スーパーマウス」 遺伝子操作で新登場 人間にも応用可能か

 ネズミ界のスーパーアスリートというべきか、はたまたネズミ族に現れたスーパーマンというべきか?
 そんなスーパーネズミ、すなわち「スーパーマウス」が、この地上に出現し、繁殖を開始しているのだそうです。

 もちろん、ネズミが自然のうちに、そこまで「進化」を遂げたわけではありません。勝手に「突然変異」したわけでもない。

 すべては、神ならぬ、人間の仕業。
 そう、遺伝子操作によって、そんなとんでもない、ネズミ界の化け物が、とうとう生まれてしまいました。

 「生みの親」は、アメリカ・オハイオ州のケース・ウェスタン・リザーブ大学のリチャード・ハンソン教授以下、15人の研究チーム。

 4年前に遺伝子操作で最初の「スーパーマウス」をこの世に生み出し、それがいまでは、大人マウス500匹の大群に育っているそうです。

 で、この「超マウス」たち、どこがどう「スーパー」かというと、その運動能力です。
 ふつうのネズミたちの「10倍」もの能力で、毎分20メートルの速度で、5時間以上も(距離にして6キロ近くも)、休みなしに走り続けることができるんだそうです。

 人間界のトライアスロン並み(もしくは、それ以上)のことを、軽くやってのけるネズミたちなんですね。

 ハンソン教授はこれを、「ツール・ド・フランス」(自転車競技)を7年連続で勝った、ランス・アームストロング選手がアルプスの山を自転車で「イッキ登山」したようなもの、と表現していますが、要するにとんでもないことなんですね。

 この「超ネズミ」たち、これだけ体力を使っていながら、疲労に伴う「乳酸」の蓄積が見られないそうなんです。つまり、筋肉痛にならない。「明日はスーッ」じゃなくて、「いつでもスーッ」なんですね。

 「体力」だけじゃありません。ふつうのネズミより長寿だそうで(「3年も生きる」と書いています。ふつうのネズミは2年前後のようです……)、それもほとんど死ぬまで繁殖力、旺盛。「セックスを楽しんでいる」そうです。
 そう、あちらの方も、お盛んなんですね。

 そのせいか「食欲」も盛んで、ふつうのネズミの、60%もの「増量」。
 ネズミ界に「大食いコンテスト」があれば、これまた優勝、間違いなしですね。

 それでは、ハンソン教授らは、この「スーパーネズミ」をどうやって生み出したか?

 「PEPCK-C]という酵素を生み出す遺伝子を、ネズミの卵(胚)に注入したら、こういうことになった。

 この酵素は、人間の場合も肝臓や腎臓にあるものですが、この遺伝子操作によって生まれたネズミは、筋肉中にふつうのネズミのなんと100倍も、この酵素を持っていることが判明したそうなのです。

 これが「超ネズミ」が「スーパー」なわけのようです。

 つまり、たった1個の遺伝子の注入だけで、こんなすごいスーパーマウスが生まれる……。

 ここから、超ものすごい、倫理問題が出て来る。
 
 だったら、人間でもやってみればいいじゃない。文字通り「スーパーマン」がたくさん、生まれるよ……という考えと、それが倫理的に許されるものなのか、という大問題です。

 ハンソン教授たちはもちろん、「スーパーマン」づくりには手を染めない、われわれが興味があるのは、人間の筋肉の力を向上させる新薬の開発だ、なんて言っていますが、同じ方法で「スーパーマン」つくちゃおう、なんて輩が出て来ないとも限らない。

 人間界ではこれまで、科学者たちが「ホウレンソウ豚」(日本人科学者)とか「人間の成長ホルモン注入豚」(骨や関節に痛みを発生)、「カイコ注入山羊」など、さまざまな「遺伝子操作動物」を生み出して来たので、動物でやるのも飽きたなぁ、そいじゃあ、ここらで一丁、人間でやってみるか、なんて手合いが出て来ないとも限らない。

 怖い時代になって来ました。
   

http://news.independent.co.uk/sci_tech/article3121157.ece

Posted by 大沼安史 at 02:23 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-10-29

〔いんさいど世界〕 「クルマ」のコンセプトが変わった 時代をリードする「マンガ・スタイル」とは?

 「マイカー」のことを昔、何と言っていたか? 「自家用車」って言っていたんですね。いまの若い人たちが聞いたら、「何、それ?」ということでしょう。

 昔は「カーナビ」なんてのもなかった。「カン(勘・感)ナビ」に頼らざるを得なかった。
 「クルマ」もずいぶん進化したものです。

 自動車(オートモーヴィル)は20世紀に生まれたものですが、21世紀の今を迎えて、その「進化」にますます拍車がかかっています。誕生以来、1世紀の時を経て、「爆発進化」の時代を迎えているような感じがします。

 そう思ったのには理由があります。世界的なモーターショーの舞台に、生物が海から陸に上がったときのような(?)とんでもない「進化」を遂げようとしている――そう実感させられる「新車」が次々に登場しているからです。

 従来の「クルマ」の概念(コンセプト)を超えた、画期的な「コンセプト・カー」が続々と世界デビューを果たしている。それも、日本車が新しい流れの先陣を切っている……。

 ぼくのような「クルマ」に疎い人間がなぜそんなふうに言えるのかというと、「世界」がそう言っているからです。世界のメディアがそれこそぶったまげて報道しはじめている。それで、ぼくのような「ペーパー・ドライバー」まで、なんとか新潮流においてきぼりにされずにすんでいる(?)わけです。

 ことし9月のドイツ・フランクフルトで開かれたモーターショーで、ある1台のクルマに注目が集まりました。日産のコンセプトカー「Mixim(ミクシム)」です。

 これはもちろん、このコーナーのスポンサーが日産だから取り上げているわけではありません(毎週木曜朝のこのコーナーを、ぼくはもう、実は10年間も担当させてもらっているのですが、これまで日産のニの字もなかった!)。イギリスの高級紙「インディペンデント」のような「クルマ嫌い(?)」の新聞まで「絶賛」しているので、それで紹介する気になったわけです。

 さて、この「ミクシム」ってどんなクルマかというと、スポーツタイプの電気自動車です。2012年までには「On the road」する予定――ということは、5年以内に走り出すわけです。

 画像はネットで見ていだくとして、コトバだけで説明しますと、水滴を横倒しにしたような流線型のまるい車体。映画の「バットマン」のクルマみたいに、コウモリの羽根のように両側のドアがはねあがる仕組み。3人乗りで、運転席は車体前方の中央に位置しています。クルマって右ハンドルとか左ハンドルっていって左右どちらかに位置していますが、「ミクシム」の場合、真ん中に居座っている。
 助手席というものがないのですね。

 パセンジャー・シートは、後部に2座席ついています。

 リチウム・イオン・バッテリーで駆動し、最高時速180キロ。1回のチャージによる走行距離250キロ。

 さて、この「ミクシム」、どこが注目のポイントかというと、中央ドライバー・シートの「センター・バーチャル・ディスプレー」に、実際の車外の様子(リアル)とバーチャル映像が組み合わされた合成映像が映し出され、それを見ながらドライブしていく、まるでコンピューターゲームのような、まったく新しい「運転体験」をできるところがミソだそう。

 車名の「ミクシム」というのも、Mix(ミックス。混ぜる)から発想したもので、「リアルとバーチャルを融合させた新しい運転体験の創造」を意味しているものなんだそうです。

 これはもう「クルマ」なんてイメージを超えた、「確認済み走行物体(IMO=アイモ)」とでも呼んだ方がいいようなものですね。

 この「ミクシム」がフランクフルトで大評判になったあと、次の大舞台、10月26日開幕の東京モーターショーで注目の的になったのが、「PIVO2」というコンセプトカー。

 ふだん、「商品」の写真をなかなか載せない世界ナンバー1の経済紙、フィナンシャル・タイムズ(FT紙、電子版)までが、トップに掲げる、センセーションを巻き起こしました。(ぼくも、このFT紙でPIVO2のことを知った次第です)

 さて、この「PIVO2」もまた日産の出品で、車体が360度回転し、なんと真横にも走行できる、電動の優れもの。運転席には運転者の表情や会話を「読解」して話しかける「顔型ロボット」がいて、たとえばドライバーが眠そうな顔をしたら、「300メートル先にコーヒーショップがあるよ」と、元気な声で教えてくれるんだそうです。
 
 まるで、マンガのドラエモンがクルマになったような感じがします。

 まあ、ここまでは「ミクシム」と「PIVO2」の単なるプロフィールの紹介ということで、それはまあそれだけのことですが、問題はなぜ、こうした「日本車」が世界の注目を浴びているか、そのホントウの理由は何か、ということです。

 いま、なぜ、「ミクシム」であり「PIVO2」なのか?

 英紙インディペンデント(9月11日付け)に、なるほどと思わせる(「ミクシム」に関する)解説記事が出ていたので、それを紹介することにしましょう。

 その魅力の秘密は、その「MANGA-STYLE(マンガ・スタイル)」にあるのだそうです。

 ええ、あの「漫画本」の「マンガ」のことですが、ここで言う「マンガ・スタイル」とは、世界の若者文化に大きな影響を与え続けている、日本が誇る、アニメを含んだ文化概念としての「マンガ」なんですね。

 日本のサブカル(チャー)が世界の人びとの心を虜にし、そんな共通舞台に躍り出たクルマが「マンガ・スタイル」のコンセプト・カーだというわけです。

 「ミクシム」をデザインしたのは、ユー・エウンサンという、日産の若い韓国人女性デザイナーです。
 その彼女がインディペンデント紙のインタビューに、日本のアニメやコミックに影響された、と語っています。
 
 つまり、「マンガ」はいまや、国境を越えた、世界共通の文化言語。
 その想像力の新たなスタイル(かたち)のなかから、さまざまなアイデア、デザインが生まれ出てくる、そういう時代になっているのですね。

 「PIVO2」をデザインしたのも、日産の28歳の若手デザイナー。学生のころ、「ロボコン」に出たこともある、マンガ世代の人のようです。

 マンガ、畏るべし。バカにしちゃならないことなんですね。

 アメリカのシアトルの大学に、マリー・アンチョドギーさんという女性ジャパノロジストがいるのですが、彼女によると、日本のアニメを原文で読みたくて日本語を勉強しようというアメリカ人学生も増えているんだそうです。

 日本のコミック、アニメが世界に広げる「マンガ・スタイル」的創造力。それを体現した「ミクシム」なり「PIVO2」に、早く乗ってみたい気がします。 

  
 

Posted by 大沼安史 at 10:36 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-10-24

〔いんさいど世界〕 シリアの「核」施設をイスラエルが空爆 北朝鮮の「原子炉」 ブッシュ政権「幕引き」工作

 10月21日のニューヨーク・タイムズ(電子版)に、シリアのダマスカス発のAP電が載っていました。その日、北朝鮮の最高人民議会議長、チョエ・タエ・ボクがシリアのオタリ首相を会談した、という短い記事です。

 シリア国営通信(SNA)も、この首脳会談を、「相互協力」について話し合ったと報じ、北朝鮮の代表のシリア入りを確認しました。

 いまどき、なぜ、北朝鮮の有力者が、シリアに……?

 このニュースを聞いて、「北朝鮮」問題に関心のある世界の関係筋は「やはり、そうだったのか」という思いにとらわれました。

 「北」の代表のシリア入りを、「情報収集」と「事態収拾」のための「反応」ととらえたのです。
 
 「北」としては、シリア側の「状況分析」を聞き、「口裏合わせ」をする必要があった……。だから、ダマスカスにボク議長を急遽、派遣した……。
 こんな見方が一気に広がりました。

 それでは、ボク議長とオタリ首相の会談の、ほんとうの中身は何をめぐるものだったか?

 それは、シリアが北朝鮮からの技術供与で、イラク国境の近い、ユーフラテス川沿いに密かに建設していた黒鉛型「原子炉」の「破壊」問題です。

 「破壊」??……そう、実は日本ではあまり知られていないことですが、9月6日にイスラエル空軍機がこの原子炉に対して越境空爆を行い、破壊していた……。
 そういう、とんでもない「事実」があったからです。

 「原子炉」から出るプルトニウムは、「核」の材料です。シリアは北朝鮮から「輸入」した原子炉で、プルトニウム爆弾を製造する第一歩に踏み出した……イスラエルはこんな危機感から、空爆を決行した。

 イラクの「オシラク炉」に対する、1981年の越境空爆の対シリア版を、イスラエルは実行したわけです。

 これだけの事件が、どうして世界の「大ニュース」になっていなのか?
 それは、イスラエルがたぶん、アメリカのごり押しで、「蓋をした」からです。ブッシュ政権が慌しく、「もみ消し」に入った。

 イスラエルでは全マスコミに「緘口令」が敷かれ、アメリカもダンマリを決め込みました。

 そんな「幕引き」工作が成功しつつあった、9月半ば、アメリカのAP通信が嗅ぎ付け、「北朝鮮がシリアの核開発を支援」とスクープ報道を行いました。
 この段階では、「イスラエルの空爆」のクの字もなかったのですが、10月10日に、ニューヨーク・タイムズ紙が「イスラエルの(シリア)攻撃が米政府部内で議論に」とすっぱ抜き、14日はついに「分析家が確認:イスラエルがシリアの核プロジェクトを攻撃」と、決め打ちの特ダネをかっとばしましたのです。

 タイムズの報道によると、アメリカがシリアでの原子炉建設を衛星警察写真で確認したのは、ことしになってから。

 北朝鮮はヨンビョンで、5メガワットの黒鉛炉を稼動しているのですが、シリアはこれと同じタイプのものを建設していた、というのが、アメリカ、イスラエル当局の見方だそうです。

 この原子炉攻撃をめぐっては、アメリカが自制を求めたのに、イスラエルがこれを蹴って決行したといいます。

 イスラエルという国は「国の存続(サバイバル)」にとても神経質な国で、イランの「核施設」に対して攻撃計画を練っているといわれています。だから、同盟国のアメリカが何と言おうと、やるときにはやってしまうのですね。

 しかし、イラクの「オシラク炉」攻撃のときと同様、やってしまったあと、口をつぐんでしまった。
 アメリカもひたすら「沈黙」(15日付け、タイムズ紙)を守っている。

 なぜ、ブッシュ政権が「幕引き・沈静化」に動いているかというと、この問題に突っ込んで行くと、「北朝鮮」を追い詰めることになり、せっかくの「核(開発の)放棄」、朝鮮半島の「非核化」構想が台無しになってしまうからです。

 その一方で、イラクで泥沼にはまり込んだブッシュ政権は、「イラン攻撃」で事態を「一点突破」したいと考えている。
 そこに「イスラエル」を絡ませるのは、中東・アラブ世界の対米感情をますます悪化させることになるので、なんとしても避けたい……こんな思惑があるからです。

 それにしても、「国際政治」って何といい加減で、ムシのいいものなんでしょう。
 「現実政治」といえば聞こえはいいが、結局は「ご都合主義」。

 アメリカは「イランの核」を問題にし、イラクのサダムの「大量破壊兵器」を問題にしましたが、同国のイスラエルの「核武装」は認めている。

 この「シリアの北朝鮮原子炉」問題について、「唯一の被爆国」である日本政府もまた沈黙を守っています。
 事実とすれば、「北朝鮮による核の輸出」問題なわけですから、日本政府として、事実関係を究明するなり、北朝鮮、シリア側に説明を求めるなり、少しは何とかするのは当然のことです。

 でも、日本もまたアメリカの顔色をうかがって、首を縮こませているばかり。
 日本の「非核外交」はどこに行ったのか、と、情けない限りです。

Posted by 大沼安史 at 09:00 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-10-15

〔いんさいど世界〕 ゴア氏 初代「環境」大統領の可能性 ノーベル平和賞を受賞 「環境保護」 全人類的政策課題に

 アメリカの前の副大統領、アル・ゴア氏(59歳)が、2007年のノーベル平和賞の輝きました。
 国連の「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」との共同受賞。

 ゴア氏はすでに、地球の環境危機の実態に迫った長編ドキュメンタリー映画、「不都合な真実」で、映画界の最高栄誉、アカデミー賞(07年)を受賞しており、今回の「平和賞」で、前人未到(?)の「2冠」を達成しました。

 「3冠」目は、次の「アメリカ大統領」選で、との声が、アメリカ国内ではもちろん、全世界の環境保護派から噴出しており、世界を救う救世主として一躍、注目されています。

 アメリカの指導者が、ブッシュ現大統領のような、環境問題にほとんど関心のない政治家から、ゴア氏のような人物に代われば、地球のエコは救われる、との期待感が高まっているわけです。

 それにしても、ゴア氏を「平和賞」に選んだ、ノルウェーのノーベル賞委員会、さすがというか、なかなかなものですね。(沖縄密約」の存在に気付かず、日本の某首相に「平和賞」をプレゼントしたときには、その軽率さにあきれ果てたものですが、それ以外は、けっこう、いい目をしています)

 昨年(2006年)、ユヌス氏(貧者の銀行、「グラミン銀行」を創設したバングラデシュの経済学者)に対して授賞を決めたときは、ぼくなども思わず快哉を叫んだものです。

 で、ゴア氏に白羽の矢を立てた、ノルウェーのノーベル賞委員会って、いったいどんな組織かというと、ノルウェー国会が選んだ5人の選考委員で構成されているそうです。

 その委員たちが、北欧のこの国の政治を貫く、「リベラルな国際主義」(ニューヨーク・タイムズ紙)の理念でもって、授賞者を選んでいる。
 
 富豪ノーベルはなぜか「平和賞」だけは、自分が生まれたスウェーデンに任せず、ノルウェーに選考を託したのですね。

  さて、今回のゴア氏に対する「平和賞」の授与、実はこれ、絶妙のタイミングでの授賞となりました。

 地球環境の危機がギリギリのところへ来ているということもありますが、それ以上に、アメリカの大統領選です。ブッシュ大統領に続く、次のアメリカの指導者を決める大統領選が「あと1年」に迫っている。
 そういう段階での、こんどのノーベル賞授賞。

 オスロの委員たち、タイミングを見計らったな、やってくれるじゃないか、と勘ぐりたくもなるような、狙いすました授与決定といえるでしょう。

 ゴア氏はまだ、大統領選に出るなどとは一言も言っていませんが、8年前のジョージ・ブッシュとの戦で「勝利」を収めたと信じている支持者の間から、「再選」(!)を望む声が高まっていて、今回のノーベル賞の受賞は、その勢いに拍車をかける、強烈な追い風になっています。

 いま、「再選」と言いましたが、ゴア氏って実は、ほんとうはブッシュの代わりに大統領になっていた人なんですね。
 (マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画、「華氏911」にも出てきますが、フロリダ州での大掛かりな「選挙不正」がなければ、ゴア氏はブッシュに勝っていた! 全米の大マスコミはそろって「ゴア当確」を打ち、本人も勝利の喜びをいったんは噛み締めたけれど、ブッシュの弟が知事をつとめるフロリダで「逆転」され敗退したことは、アメリカの政治史上に残るエピソードです)

 そんな経緯があるものですから、アメリカの有権者の間には「ゴア再起」を望む声が強い。そういう熱烈な支持者によって、アメリカではいま、「ドラフト・ゴア運動」(ドラフトとはプロ野球のドラフト制度のドラフト=徴兵、です)という広がり出し、ゴア氏を大統領に引っ張り出そうという草の根のキャンペーンに発展しているのですが、その勢いに強烈な弾みがついている。

 そんな支持者によって、ニューヨーク・タイムズ紙に「ゴア氏よ、出よ」の全面広告も出ました。
 ミシガン州やニューヨーク州では、ゴア氏を大統領に、という請願運動が始まっているそうです。
 いまはまだ、受賞が決まっただけですが、オスロで正式な授与式が行われると、運動にさらに弾みがつくこと、請け合いです。

 現在、民主党陣営の大統領候補で先頭を切っているは、ヒラリーさんですが、イラク戦争の開戦に賛成した過去があり、人気はいまいち高まっていません。

 アメリカではいま、「イラク戦争」への厭戦気分が広がっており、それが「ブッシュでなく、ゴア氏が大統領になっていたら、イラク戦争もなかった。ブッシュを選んで失敗だった」という反省を呼んで、ゴア氏再選待望論につながっているわけです。

 ゴア氏とブッシュ大統領との対比では、こういうこともあります。
 ブッシュ大統領は石油資本の代弁者だから、地球環境対策に乗り気ではなかった。あのとき、ゴア氏を選んでおけば、異常気象に対して何らかの歯止めをかけることができていたかも知れない。そうだ、いまからでも遅くない、ブッシュの亜流候補ではなく、ゴア氏を大統領にしよう――という環境保護派の願いも「ゴア出馬」への夢をかき立てる一大要素になっているわけです。

 こうした「ゴア待望論」に応え、ゴア氏自身が最終的にどんな決断を下すかが、今後の注目点なわけですが、今回のノーベル平和賞授賞は、アメリカの大統領選を前に、オスロの委員会がその「リベラルな国際主義」の理念の下、世界的な「お墨付き」を与えたところに、まさに歴史的な意味があると言えます。

 ゴア氏がかりに大統領選への「出馬」を決断するなら、彼の「決断」の背後には、米国民の期待とともに、ノルウェーのノーベル委員会の思いがあり、それを支持する全世界の人びとの願いがあることになる。

 つまり、ゴア氏が大統領選に出て、実際、大統領に選ばれようものなら、それは米国民だけでなく、ノーベル賞受賞を祝福する世界の人びとによって選出された、という意味を持つことになる。

 すなわち、世界の人びとに支持され、米国民によって選ばれた、初のアメリカ大統領が誕生する!

 これが実現すれば、実に画期的なことです。

 今回のゴア氏のノーベル平和賞受賞と、大統領選担ぎ出しの動きは、環境保護が国内問題を超えた、全地球的な政策課題であり、グローバルな政治における最大の焦点になっていることを示すものといえるでしょう。

 グローバルな超大国化したアメリカには、世界に対して責任を負う義務がある。そんなアメリカの指導者を決める大統領選に対し、世界の人びとは何らかの影響力を行使する権利を持つ。

 ゴア氏出馬によって、来年の米大統領選は、そんな新しい構図のなかで行われる、世界注目の選挙戦になるかも知れません。

  

Posted by 大沼安史 at 03:17 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-10-07

〔いんさいど世界〕 守れ、アンネの木 広がれ、希望の葉

 オランダ・アムステルダムの運河に沿った一画に、「アンネの日記」のアンネ・フランクが家族とともに潜んでいた隠れ家が、記念館として保存されています。

 「アンネ・フランクの家」。

 三角屋根の建物はもともと倉庫として使われていたもので、戦後、1950年代になって、所有権が民間企業に渡り、解体の危機に立たされました。

 それを救ったのは、当時の「アンネの家を守れ」という世界の人びとのアピールでした。その訴えに応え、アムステルダム市が介入して「家」は救われたのです。

 いま、その「アンネの家」をめぐり、新たな存続運動が始まっているそうです。

 裏庭にある、一本の栗の木。アンネが窓の隙間からのぞき見た一本の栗の木を守る運動が広がっています。

 ニューヨーク・タイムズの記事(電子版、9月28日付け)で教えてもらいました。

 アンネの一家が密告で捕まる3ヵ月ほど前の「1944年5月13日」。
 あと1ヵ月で15歳の誕生日(6月12日)を迎えようとするその日の日記に、アンネはこう書いているそうです。

 「わたしたちの栗の木は満開です。葉で覆われ、去年のよりもきれいです」

 時はうるわしき5月。栗の白い花と葉の緑は青空の下、輝くばかりだったことでしょう。

 アンネがナチスの絶滅収容所(ベルゲン・ベルゼン)でチフスで亡くなってから(1945年3月12日)から60年以上が過ぎ、裏庭の栗の木も樹齢150年に達しました。

 大木だそうです(タイムズ紙は「象の足が何本か集まった幹の太さ」と書いています)。でも、10年前、裏庭が油で汚染される事故に見舞われたせいか、害虫や病気に蝕まれ、アンネの時代のみずみずしさを失っているそうです。

 このため、アムステルダム当局はこれは切り倒すしかないと昨年、結論を出すのですが、世界の人びとから早速、「反対」の声が湧きあがり、「アンネの家」を運営する財団を中心に、現在「延命」措置の検討に入っているそうです。

 現状は幹が虫に食べられたり、葉も黄色く病変したり、かなりキビシイ状況。
 現地の専門家の世話でぜひ立ち直ってほしいところですが、もしオランダの人たちの手にあまるなら、桜の老木を延命させている日本の「樹木医」たちが出て行ったって、かまいませんよね。

 とにかく、全世界の知恵と熱意で、なんとか昔の緑を取り戻してほしいと思います。

 それはそうと、蘇生措置とともに、もうひとつ、「アンネ・フランク財団」が進めようとしている、「アンネの木」プロジェクトがあります。

 それは、裏庭の栗の木から接木した若木を世界各地に植えて行こうという計画です。

 日本にも「アンネの若木」が届き、しばらくしてアンネの栗の実がなる日がきっと来るはず。
 いまから楽しみですね。

 こんなふうに、守るだけでなく、増やす運動が広がり始めた「アンネの木」ですが、どうしてこんなに人びとの思いをかきたてているかというと、アンネが2年間、隠れ家の窓からのぞいて見ていた(ときには双眼鏡で!)裏庭の栗の木が、アンネにとっても大事だった(そして、いまを生きるわたちたちにも大事な)あるなにものかを象徴するものだからだそうです。

 その大事なものとは何か?

 それは、「慰めであり、いたわりであり、自由であり、自由への希求である」と、「アンネの家」を守る、アネマリー・ベッカーさんという女性が語っています。

 ひとことで言えば「平和」、あるいは「希望」。

 それはアンネの時代だけでなく、いまのわれわれの時代でも大切なことですね。

 「アンネの木」をめぐっては、実はもうひとつ、プロジェクトが進められています。

 去年から始まっているもので、「アンネの家」のウェブ・サイトで、「アンネの木」の緑の繁りのなかに、自分だけの「一枚の葉」を加えるプロジェクトです。

 だれでもできます。「アンネの木」に思いを寄せ、願いをかけたい人なら、だれでも「一枚の葉」を添えることができます。

 パソコンがあれば、もちろん、いますぐ、あなたにも。
 それも、メッセージつきで。

 世界中の「祈り」や「希望」が集まる「アンネの木」。

 イラク戦争など戦乱が絶えない今、現実の「アンネの木」が蘇生措置でみずみずしさを取り戻す一方、ネットの世界の「アンネの木」が、世界の人びとの平和の願いをつないでいく。

 それもこれも、あのアンネがあの一冊の「日記」を残してくれたからですね。 

 ほんとうはアンネが、お父さんのオットーのようにあの戦争の狂気を生き延び、「家」に再び戻って、栗の木の葉陰で「日記」の続きを書くことができればよかったのですが……。

 でも、それは望んでもできなかったこと。

 しかし、わたしたちは、彼女の代わりに「一枚の葉」になって、「アンネの木」から平和を願う心を広げることができる……。

 それだけは、いますぐ確実にできる。

 あなたも「アンネの木」の緑の中に、自分の「一枚の葉」を、つけてみませんか?


http://www.annefrank.org/content.asp?pid=1&lid=2

http://www.annefranktree.nl/index.aspx?lang=en

Posted by 大沼安史 at 11:14 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-09-28

〔いんさいど世界〕 ヤンゴン発 ミャンマー「サフラン革命」を「市民レポーター」が全世界へネットで報道 

 軍事独裁国家、ミュンマーが僧侶、市民の決起で揺れています。

  日本人カメラマンの長井健司さんも首都ヤンゴンの路上で、治安部隊によって射殺されました。日本政府はいったい何をしているのでしょう。在京のミャンマー大使を呼びつけて、厳重に抗議すべきです。

 今回のヤンゴンでの反政府運動は、「サフラン革命」と呼ばれています。
 サフラン色……ミャンマーのお坊さんたちの僧衣の色です。黄色というかカレー色というか、あのサフラン色の市民革命。

 前回、1988年の市民の反乱のときは、軍部の武力鎮圧で3000人以上が殺されたといいます。今度はどんなことになるのでしょう。心配です。

 「1988年」の反乱から20年近く。ミャンマーの軍事独裁という事実は変わりませんが、時代は大きく変わりました。

 「軍事鎖国」に近いこの国にも「インターネット革命」の波が押し寄せ、閉ざされた体制に少しだけ罅割れが起きていることです。

 ミャンマーのインターネット人口(アドレス所有者)は25000人。ネット普及率は1%に満たない状況ですが、それでも今回の「サフラン革命」では世界中にネットで情報を発信し、国際世論の喚起に大きな役割を果たしました。

 ひとつは現地発の「ブログ」です。

 ヤンゴンに住む若い女性、「ドーン(英語で「夜明け」の意味)」さんは、ヤフー上のブログにこう書きました。

 「女優で歌手のフトゥン・アインドラ・ボが昨夜、逮捕された。コメディアンのザール・ガ・ナールと俳優のクヤウ・スと一緒に。デモに参加したことで捕まった」
 「ヤンゴンで最近降った雨は偽ものの雨である。軍が雨爆弾を投下したのだ」
 「このブログを書いていることで、わたしはたぶん捕まらないと思う。でも……どうなるかわからない」

 同じくヤンゴンの「ミャ」さんは、こうブログに書きました。

 「お坊さんがひとり、わたしたちのところへ来てこう言いました。『われわれは恐れていない。犯罪を犯しているわけではないから。祈りを捧げ、デモに参加しているだけだ……』」

 こんなブログが他にも5ヵ所ほどあるようです。
 ブログには「記事」だけでなく、血まみれのサンダルを写した「写真」も。

 アメリカのビデオ・サイト、YouTubeには、デモの現場を撮影した手振れでゆれる生々しい映像がポスティングされました。

 CNNテレビには、同放送の市民ジャーナリスト・プロジェクトの「ireport」システムを通じ、65本の記事や映像が集まったといいます。

 ビルマ語サイトと放送を持つ英BBCも、現地の市民にネットを通じ、レポートを寄せるよう呼びかけています。

 BBC、CNNもさることながら、インドのデリーに本拠を置く、亡命ミャンマー人ジャーナリストの団体、「ミジマ・ニュース」や、ノルウエーのオスロを拠点とした「ビルマ民主の声」、さらにはタイで発行されている雑誌「イラワジ」編集部といったミャンマー人の国外組織も、現地の市民レポーターの協力で、「ヤンゴン発」の情報を発信し続けています。

 情報を発信しているのは、ヤンゴンやマンダレーといった都市に住む匿名の個人。最初のころはインタネット・カフェからの発信もありましたが、ミャンマー軍政当局がネットのアクセスを遮断したことで、27日以降、流出する情報量は激減したそうですが、衛星電話を利用した発信、当局のブロックを「迂回」しての発信などで、ミャンマーの市民レポーターの報道はなお健在だそうです。

 パリに本部を置くジャーナリスト団体、「国境なきレポーター」によると、ミャンマー軍政は中国政府よりも取り締まりが厳しい、悪名高きインターネット警察を持っていて、「ネット報道管制」を強化していたそうですが、今回の「サフラン革命」では市民レポーターたちが「壁」を突き破って、「真実」を世界に告げました。

 「イラワジ」誌の編集人、アング・ザウさんはこう語っているそうです。「彼らが情報を抑圧すれはするほど、情報は外に出て来る」と。

 ミャンマー現地で奮闘する「市民レポーター」たちに声援を送りたいと思います。 

Posted by 大沼安史 at 10:42 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-09-03

〔いんさいど世界〕 「大雨男」が進化して攻撃開始? 中国人民解放軍ハッカー ドイツ政府機関コンピューターに侵入 スパイウエアを仕込ンで データ奪取を企てる 

 中国の人民解放軍に所属するとみられるハッカー・グループがドイツの政府機関コンピューターにスパイ・ウエアを仕込み、データの奪取を企てていたことが、ドイツ誌「シュピーゲル」の報道で明るみに出ました。

 ベルリンの中国大使館は当初、「でっちあげ」だと事実を否定していましたが、温家宝首相はこのほど北京を訪問したメルケル首相に対し、「根絶」を約束、中国軍が「サイバー攻撃」を仕掛けたことが確認されました。

 中国軍ハッカーが行っていたのは、ネットを通じた「経済スパイ」攻撃で、水面下で進む「サイバー戦争」の実態をのぞかせた形です。

 ドイツの権威ある週刊誌、「シュピーゲル」がオンラインの電子版でこの問題をスクープ報道したのは、メルケル首相の訪中直前の8月25日のことでした。

 「中国の〈トロイの木馬〉スパイ・ウエアが首相府のパソコンに」という見出しの、すっぱ抜き報道。
 ドイツ国内はもちろん、全世界に衝撃波を広げました。

 それによりますと、スパイ・ウエアを仕込まれていたのは、ベルリンの首相府ばかりか、ドイツ政府の経済、研究、外務の各省の多数のコンピューター。
 これを、連邦憲法擁護庁と連邦情報テクノロジー安全局が確認したということです。

 仕込まれた「トロイの木馬」スパイ・ウエアは、コンピューター内のデータをこっそり盗み出すもので、連邦憲法擁護庁などは160ギガ・バイト分の情報流出を阻止したそうです。

 しかし、これはあくまで「阻止」に成功した分であり、実際それまで、どれだけの情報が奪取されていたかは不明。

 具体的にどんな「情報」が狙われたかについても明らかにされていません。

 問題は誰が「トロイの木馬」を仕込んだか、ですが、憲法擁護庁などの調べて、中国の人民解放軍に属するハッカーによる仕業と分かりました。

 「シュピーゲル」誌の続報(電子版、8月26日付け)によれば、ハッカー攻撃の発信源は、中国の広東、蘭州、北京の3ヵ所だそうです。

 このうち、蘭州は中国の核・宇宙開発の拠点で、この最先端のハイテク研究拠点からハッカー攻撃が行われたことは記憶にとどめてよいことかも知れません。

 では、中国軍の「赤いハッカー」たちが何をねらったかというと、ドイツ政府の「経済情報」ではないか、と見られています。
 
 でも、実は中国の赤いハッカーたちには米軍の軍事研究施設にサーバー攻撃を加えたとみられる「前科」があり、もしかしたら経済情報ばかりか軍事情報などを奪取しようとしていたのかも知れません(「シュピーゲル」も、ここまでは踏み込んでいません)。

 中国のハッカーによる米軍研究施設攻撃は、いまから2年前、2005年11月に明るみに出ました。
 当時の「シュピーゲル」誌の報道によると、アリゾナ州のフォート・フアチュカにある米陸軍情報システム・エンジニアリング司令部など数施設に対し、およそ20の中国ハッカー・グループによって、サイバー攻撃が仕掛けられました。

 米軍はこのハッカー・グループを「タイタン・レイン(大雨男)」と名づけ、監視活動を強めていますが、2004年の1年間に1300件の「低リスク」の「侵入」に成功しただけで撃退された経緯があります。

 今回、ドイツで発覚したコンピューター侵入事件の犯行グループは、もしかしたらこの「大雨男」の仕業かもしれません。2年前よりもさらに進化を遂げ、攻撃を続行しているのでしょうか。

 「シュピーゲル」誌の報道によれば、中国ハッカーによる対ドイツ政府機関攻撃をドイツ当局が察知したのは、ことし5月だそうですが、実はドイツの民間企業――とくに電子産業のハイテク企業に対しても、同時にスパイウエアによるデータ奪取攻撃が行われており、これまた見逃せない事態になっているといいます。

 同誌によれが、民間企業への中国のハッカー攻撃は、スパイ・ウエア攻撃全体の6割を占めているといいますから、ただ事ではありません。

 中国政府は訪日したメルケル首相に対し、温首相が早速「根絶」を約束する潔い態度を見せました。
 ベルリンの中国大使館が「事実無根のでっちあげ」と全面否定していただけに、この温首相の率直さは、全世界から驚きをもって迎え入れられています。

 メルケル首相は北京から東京に立ち寄り、安部首相と会談しましたが、日本政府やハイテク企業は中国軍ハッカーたちの攻撃に、まったく曝されていないのでしょうか?

 なんだか心配です。

 日本のお役所のコンピューターは、実は「大雨男」に荒らされまくっていて、機密・特許情報がどんどん流出している……なんてことで、なければよいのですが、「霞ヶ関」の体たらくを見るにつけ、不安でなりません。


http://www.spiegel.de/ 

Posted by 大沼安史 at 06:41 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-08-27

〔いんさいど世界〕 地球SOS 「川ヘドロ」 世界の清流に広がる 魚類、死滅の恐れ

 世界の川で異変が起きています。「ディディモ」とも、あるいは「岩の鼻汁」とも呼ばれる「藻」の一種が各地の清流に突如、出現し、生態系を脅かしています。

 このままでは、世界中の川が魚が棲めない場所になってしまうかも知れない……。

 いったい、地球のECOはどうなったのでしょう?

 問題の「藻」はふつう、学名を縮めた「ディディモ」の名で知られていますが、英語圏ではその形状から「ロック・スノット」、「岩の鼻汁」と呼ばれ、忌み嫌われています。

 「鼻水」ではなく「鼻汁」……ネバネバでベットリした感じ。
 日本語なら「川のヘドロ」といった感覚ですね。

 色は緑、あるいは白色。「岩の鼻汁」と言われるように、川底の岩にまとわりついて、ベットリした緑の岩にしてしまいます。それが千切れて川水に流されると、ティッシュペーパーみたいに見えることも。

 もともとは標高の高く、栄養分の少ない川に棲んでいるものですが、これがこのところ、低地の川にも出現、異常発生しています。

 「震源」は南半球の極東の島国、ニュージーランド。
 この国は北島と南島のふたつの島からなる島国ですが、「川ヘドロ」は南島でブレークし、なんと55の河川が汚染されてしまったそうです。

 ニュージーランドで確認された「川ヘドロ」の厚さは、最大約20センチにも。
 こうなると、ほんとうに不気味ですね。

 危機感を強めたニュージーランド政府は鉛を使ったトリートメント(どういうものなんでしょう?)で蔓延を防ぐ一方、「川ヘドロ」を故意に広げた人(そんな人、いるんですかねぇ?)を最高5年の刑に処すなど、対策をとっていますが、焼け石に水の状況のようです。

 さて、この「川ヘドロ」、ニュージーランドに限ったことであれば、局地的なものとして見過ごすことも出来るでしょうが、ヨーロッパや北米でも同時多発で異常発生したことから、世界中、大騒ぎになっている。

 ヨーロッパではイギリスやアイスランドの川で発生が確認されていますが、いま最も被害が深刻なのは北アメリカです。

 最初、カナダのバンクーバー島で発見されたあと、アーカンソー、サウスダコタ、テネシー、ミズーリ、バーモントなど北米各地の河川に瞬く間に広がり、サウスダコタではブラウン・トラウト(ニジマス)がやられ始めた。

 釣り人が「かかったかな」と釣り上げると、ネバネバした「川ヘドロ」の塊だったりしている。

 この「川ヘドロ」、細胞一個が釣具などでに付着して持ち込まれるだけで飛び火してしまう「感染力」を持っているといい、バーモント州などでは、釣具の消毒、ボートの水洗いの徹底などを、ラジオを通じてキャンペーンしているそうです。

 それにしても、どうして「川ヘドロ」の蔓延が起きているのか?
 これがまったく分かっていません。

 この「ディディモ」という藻、もともと栄養分の少ない、標高の高い川にいるものなのですが、これがなぜ低地へと爆発的に広がったのか、地球温暖化と川の汚染(富栄養化)との関連から言っても、それぞれ真逆ですから、ちょっと説明がつかない。

 それだけにますます不気味に感じられるわけです。

 日本ではどうなのでしょう?
 ふるさと、宮城県の川はどうなっているのか?

 関係機関による早急な調査が望まれるとことです。

 
⇒ http://www.epa.gov/region8/water/didymosphenia/White%20Paper%20Jan%202007.pdf

Posted by 大沼安史 at 12:45 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-08-21

〔いんさいど世界〕 北極資源戦争 ロシアが先手 北極真下の海底に「国旗」 核爆撃機のパトロールを再開

 世界のてっぺん、北極を舞台に「資源戦争」が勃発しかけています。北極海の海底に眠る石油・天然ガスをめぐる戦いが始まろうとしている。

 先手を打ったのは、ロシアです。
 北極の「真下」の海底に「ロシア国旗」を据え付けて領有権を主張したあと、北極圏の空に核搭載の爆撃機を繰り出し、戦略哨戒飛行を再開しました。

 これに対して、カナダ、デンマークなど関係各国はロシア領有権の無効を主張、ホットな「冷戦」が続いています。

 ロシアのミニ潜水艇が北極直下、水深4000メートルの海底に潜航、海底にチタニウムのカプセルに入った「ロシア国旗」を据え付けたのは、8月2日のことでした。

 3人乗りのミニ潜水艦2隻によるチームプレーの快挙。
 チームを率いたのは、プーチン大統領のスポークスマンを務めるペズロフ特使で、潜航の模様はテレビで生中継され、ロシア全土に放映されました。

 冒険のためではありませんでした。
 目的はハッキリしていた。
 狙いはただひとつ、北極点の海底にロシア国旗を翻らす(?)ことで、北極地方に対するロシアの領有権を全世界にアピールすることでした。

 ロシアは北極海を走る「ロモノゾフ海嶺(海の山脈)」を中心、北極地方の半分の領有権をかねて主張しており、そのことを目に見えたかたちで示す、「潜航ショー」を決行してみせたわけです。

 その理由は何か?
 実はシロクマの楽園の北極の海って、海底に石油や天然ガス資源の眠る宝庫なんです。
 推定埋蔵量、100億トン。
 地球に残された最大かつ最後のエネルギー資源です。

 それが手付かずのまま、開発される日を待っている。ロシアはこれにいち早く、ツバをつけてみせたわけです。

 早速、北極圏の関係諸国から批判と抗議の声が上がりました。

 カナダ政府はレゾリュート湾に軍事訓練施設の名目で基地を開設、バフィン島には海軍基地をつくり、軍事力で権益を保全する構え。

 グリーンランドを抱えるデンマークも、ロシアの領有権主張の根拠となっている「ロモノゾフ海嶺」が実はグルーンランドから伸びるものと主張し、海底の地形調査に乗り出す考えでいます。

 アラスカを持つアメリカも神経を尖らせていますが、国連の海洋法条約を締結しなかたことで、アラスカ沖に対する領有権を主張できず、指を咥えながら苛立ちを隠せないようすです。

 ロシアが北極に触手を伸ばした背景には、プーチン大統領の資源戦略があります。資源を武器に、ロシアを超大国として復活させる……そんな戦略をとってプーチンさんは成功し、政治的な基盤を固めて来ました。

 ヨーロッパ向けの天然ガスパイプラインをストップするぞと言っては脅しをかけ、外交上の切り札にして来たわけです。

 そんな新生超大国・ロシアの復活を賭けたことですから、ロシアは真剣です。
 マジ、北極資源をゲットしようとしている。そう見なければならないわけですが、それを裏付けることが最近、起きて、西側関係者に衝撃を与えました。

 それが核搭載爆撃機による戦略哨戒飛行の再開です。

 核哨戒飛行は「冷戦」の最中、続けられていたもので、文字通り核爆弾を装備した爆撃機が北極の空をパトロール飛行し、有事の場合、直ちに攻撃に入るという危険きわまりないものでした。

 それが冷戦の終結で1992年に中止され、これまで続いていたのですが、これをロシアは今月(8月)17日から再会しました。
 爆撃機14機が一斉に飛び立ち、哨戒飛行を開始したそうです。

 北極はロシアの「北方領土」、国際社会に何として認めさせるんだという、これはもう断固たる意志表示ですよね。

 このように、ロシアが北極の海の海底資源確保に動き出した背景には、実は意外なものが潜んでいます。
 それは、なんと「地球温暖化」。

 地球温暖化によってさしもの北極海の寒さも和らぎ、氷が溶け出すなど、開発しやすい状況が生まれつつある……。

 地球温暖化も遂にここまで来たか、という感じがしますね。
 開発が進むと、シロクマたちもおちおち冬眠してられないわけで、「おい、いい加減にシロ。クマるじゃないか」な~んて怒っていたりして……。

 でも冗談じゃないですよね。
 「北極産の石油」まで世界に(日本に)に出回る日には、真夏の暑さはどのくらいになっているのでしょう。
 45度、50度……。
 考えるだけで背筋が寒くなります。 

Posted by 大沼安史 at 10:40 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-08-13

〔いんさいど世界〕 巴里は自転車に乗って 好調「ベリブ」 市民、ツーリストの「足」に

 「ベリブ」、ベロ(自転車)とリベルテ(自由)の合成語です。訳して「自由自転車」。
 この「自由自転車」が、パリ市民やツーリストの間で、いま大人気で、新しい街の風物詩になっているそうです。
 パリは自転車に乗って……花の都は「ベリブ」がお似合いのよう。

 「ベリブ」がパリ・デビューを果したのは、7月15日のことでした。
 市内750ヵ所の専用パーキングロットに、1万600台が配置され、貸し出しが始まった。

 そう、「ベリブ」はパリ市役所の交通局が始めた、公営貸し自転車。

 でも、ふつうの貸し自転車と違うのは、レンタカーのように行き先で乗り捨てることができる、その名通りの「自由」さにあります。つまり、借りたところに返す必要がない。だから便利。
 
 たしかに自転車ではありますが、特徴的です。明るいグレーの車体。自転車というより、おしゃれなバイクのようなデザイン。それでいてハンドルの前に、ちゃんとカゴがついている実用性……。
 耐久性も抜群で、アンチ・パンク・タイヤを装備しているそうです。

 どうしたら、これを利用できるか?
 パリ市民でなくとも、外国人でも――ということは日本人観光客でも利用できます。

 カードがあればいい。電話ボックスのような、銀行のキャッシュディスペンサーのようなところで手続きすれば、誰でも使えるんだそうです。
 フランス語が読めなくてもOK。ちゃんと日本語を含む外国語7ヵ国語で使用法が表示されているのだそうです。

 カードで前払いして予約する。そうすると、データが入力された「ベリブ・カード」がもらえます。その「ベリブ・カード」を、パーキングロットの「ベリブ」に挿入すれば、ロックが外れ、乗り回すことができる。

 お値段は「1日パス」が「1ユーロ」(日本円で166円前後)で、「1週間パス」が5ユーロ(830円)、「1年間パス」だと29ユーロ(5800円)かかります。

 これさえ払えば、1回につき30分以内なら、何回乗っても「無料」です(これを超えると超過料金を払わなければなりません)。

 つまり、けっこう安い。
 専用のパーキングロットは、300メートル間隔で設置されていますから、目的地の近くまで乗って行って、そのまま乗り捨てれきる。用件を済ませたら、また乗って、別の場所に回る。

 安いし便利ですよね。

 この公設貸し自転車のシステムを開発したのは、「J・C・デコー」という広告会社でした。
 パリ市役所のPR掲示板、1628ヵ所の使用と引き換えに、自転車から何からすべてを用意して、市役所に「話に乗りませんか」と持ちかけたわけです。

 市役所の負担はゼロ。おまけに、市内の交通渋滞の緩和も期待できる……とあって、デラノ市長も乗り気になり、一気に実現しました。

 といって、パリが実験の先頭を切ったわけではありません。
 実はフランス国内では、「J・C・デコー」というフランスの広告会社と、「クリア・チャンネル」というアメリカ系の広告企業が先をあらそって、地方都市を舞台に「公営貸し自転車」システムの売り込み合戦を続けて来たのです。

 レンヌというフランス西部の町では、1998年から実施され、リヨンでは2005年5月からスタートしている。

 まるでツール・ド・フランスのように全国で広がり、ついにパリでも始まった、というのが現実の姿です。(参考まで言うと、マルセイユではことし9月から、トゥルーズでは来年1月からスタートします)

 つまりで地方で成功したのを、パリでも始めた。2匹目、3匹目のドジョウ、というわけです。
 パリ市って、けっこうしたたかですね。「事故」など考えられない、ただ乗りの“安全運転”を始めたわけですから……。

 で、利用状況はどうかというと、やっぱ好調です。ベリブ1台あたり、一日平均9回の利用がある。
 「平均」の中には雨の日も入っているはずですから、これはもう、かなりのものですね。
 まさに「乗っている」というか「乗りまくられて」いる。

 ルモンドという新聞(8月11日付け)には「争いがたい大成功」と出ていました。

 この「公営貸し自転車」、パリなどフランス各地でなぜ、成功したのか?

 ヨーロッパでは実は1968年、オランダのアムステルダムで、同じような乗り捨て方式の「自由自転車」システムが鳴り物入りで始まり、見事に失敗したことがあります。
 自転車がみんな盗まれちゃったんですね。

 ところが、それから40年ほど経ったいま、フランスではうまく行っている。

 その秘密は、カードを使った決済と一元的なデータ管理にあるといいます。
 つまり、自分のカードで自分の身元を明かさなければならない。それに「ベリブ」はふつうの自転車とは違ったスタイルをしているので、目立ってしまい、盗めないんですね。

 この「自由自転車」システム、フランス国内ばかりか、スペインのバロセロナ、セルビア、ドイツのベルリン、ノルウェーのオスロへと今後、飛び火して行く見通しだそうです。

 ということは、遅かれ早かれ、日本に上陸することはまず間違いのないところで、いずれ、宮城県にもやってきそうな感じがします。

 仙台市では一度、同じような実験が試みられたことがあるようですが、市役所の交通局あたりが率先して、導入に向け、検討を始めてもらいたいところですよね。

 ところで、気になるのは、この「ベリブ」でパリのタクシードライバーのみなさんが悪影響を受けていないか、という点ですが、ルモンドによると、「相補的」で共存に成功しているのだそうです。

 短距離はベリブ、中距離以上はタクシーという具合にすみわけができているんですね。

 これからパリ観光に行かれる方は、これはもう、一見の価値ありというか、一乗の価値ありで、ぜひベリブに乗って来ていただきたいですね。「これはいい」の実感が積み上がれば、市役所や広告会社が動いて、案外早く、実現するかも知れません。

 その場合の愛称として、「ジデ」なんてどうかしら?
 「ジデ」……そう、「自由自転車」の略称――!!!??? 
 
 

Posted by 大沼安史 at 06:00 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-07-24

〔いんさいど世界〕 8・8・8・8 北京五輪カウントダウン あと1年 ハエたたき運動始まる 天安門広場のビーチバレーは会場変更

 中華の威信をかけた歴史的なスポーツの祭典まで、あと1年――。中国が来年夏の北京五輪に向け、フィーバーしています。準備は進んでいるのでしょうか?

 北京五輪の開催日をご存知ですか? そう、来年2008年の8月8日です。つまり、8・8・8。
 中国人にとっても、末広がりの「八」って、ラッキーナンバーなんだそうです。

 それじゃぁ、開会セレモニーの開始時間は?

 正解は(午後)8時。
 そうなんです。8年8月8日8時のスタート。8888。
 中国って、ここまでゲンを担ぐんですね。元の国ですから、なんちゃって……??

 この世紀の祭典に北京市が投入する予算は、日本円で5兆円。老朽化した建物はブルドーザーで撤去され、代わって超モダンな施設がどんどん建って、ハイウェーなど都市インフラの整備も進んでいるといいます。

 前回、2004年のアテネ五輪のあがり(収入)は、日本円でざっと8兆円。こんどの北京五輪はこれを軽く上回る、史上空前の「黄金五輪」になる見通しです。

 世界1の経済大国に向かって驀進する中国。その巨大なマーケットを狙って、公式スポンサーになりたがる外国企業が目白押しなんだそうです。TV中継料、グッズの売り上げもありますから、アテネなんか目じゃありませんね。

 そこでまず、競技の話題から見ますと、天安門広場で開催されることになっていたビーチバレーが会場変更になりました。朝陽公園ってところに移されてしまった。

 日本でビーチバレーって言っているあのスポーツ、英語(たぶん正式名)では、「バレーボール、サンド(砂)、ビキニ(水着)」って言うんですが、かなり「健康的」な競技。

 それをあの天安門事件(1989年)が起きた、あの広場でやるのはどうか?……
 中国って、そういうことにヤッパ、抵抗があるんですかねぇ~。

 公衆マナーの徹底運動(唾を吐かない、など)も盛んですが、公衆衛生運動も始まっているそうです。
 具体的にいうと、「ハエたたき」。

 ある北京のレストラン(料理屋さん)では、死んだハエを持って来た人に一律日本円で10円の報奨金を支払い始めたそうです。

 もちろん、ハエを食材にするわけではありません。北京五輪に向け、ハエの撲滅運動を呼びかけてのこと。

 洛陽っていう人口155万人という都市では、区がハエ一匹10円の報奨金制度をつくり、一斉ハエたたきデーの今月(7月)1日は、2000匹のハエの死骸が集まったそうです。

 実は中国って、1950年代にも、同じようなことをしたことがあるんだそうです。毛沢東主席の命令で、ハエ、ネズミ、蚊、ツバメを一掃する大キャンペーンが繰り広げられた……。

 五輪協賛のこのハエたたき運動、現段階ではポツラポツラって感じですが、来年のいまごろには、すさまじいキャンペーンになってるかも知れませんね。

 五輪記念グッズの話では、この6月、ベルギーのブリュッセルに本部を置く、「プレーフェア2008」って団体が中国で現地調査をして、「12歳の子どもまでグッズづくりをさせている」と非難する報告書を出して、注意を喚起しています。

 五輪のロゴ入りバックパック、帽子、その他のライセンス・グッズを製造している工場を調査し、その劣悪な労働条件を告発したわけです。

 記念グッズではありませんが、先日、子どもたちに奴隷労働をさせていたレンガ工場がビデオ映像で告発されましたよね。あれも、五輪特需のなかで起きたこと。

 北京の工事現場では転落事故などが多発しているといい、史上空前の「黄金五輪」に暗い影を落としています。

 8888、末広がりの北京オリンピック。 
 金にまみれた、ギラギラ・ウハウハ・ドロドロ五輪にだけはならないでほしいですね。

   

Posted by 大沼安史 at 09:56 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-07-17

〔NEWS〕 対イラン軍事力行使にシフト ブッシュ政権 チェイニー副大統領の勝利

 英紙ガーディアン(電子版)が7月16日に報じたところによると、米国のブッシュ政権内部で、対イラン軍事力行使を唱えるグループが内部討議で勝利を収めた模様だ。

 イラン各施設への攻撃に積極的なチェイニー副大統領の影響力が政権内の意見をシフトさせた。慎重派の国務省は敗北したらしい。

 ブッシュ政権の終焉まであと1年半。

 米軍による対イラン軍事力行使が現実の問題として懸念される事態となった。


http://www.guardian.co.uk/frontpage/story/0,,2127343,00.html

Posted by 大沼安史 at 12:55 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (3)

〔いんさいど世界〕 破局に近づく温暖化 世界の屋根 エベレストからの警告

 「世界の屋根」といえばエベレストですね。標高8848メートル(異説あり)。ヒマラヤ山脈のなかでもひときわ突き出た、地球で最も宇宙空間に近い山です。
 チベット名は「チュモランマ」で、これは「世界の母」の意味。

 このエベレストがいま、地球温暖化の洗礼を受けているのだそうです。あんなに寒くて高いところが地球温暖化の犠牲に?
 にわかには信じられない話ですね。

 今月(7月)初め、世界の主要都市で、地球環境を守る「ライブ・アース」という連続コンサートが開かれました。
 それに合わせて、ニュージーランド人のピーター・ヒラリーさんと、ネパール人のジャムリン・テンジンさんの2人が「エベレスト、危うし」のアピールを発して、世界中の人びとに警告したのです。
 ヒラリーさんにテンジンさん?
 聞いたこと、あるような名前ですよね。

 そう、その通り、2人は実は、1953年、エベレスト登頂に成功しエドムンド・ヒラリー卿と、シェルパのテンジン・ノルゲイさんの息子たちです。(ちなみに2人とも、エベレスト登頂成功者なんだそうです)

 その2人によると、エベレストでは氷河が溶け始め、54年前、父親たちがベースキャンプを張った氷河上の地点は、標高5320メートルから5280メートルへと40メートルも「沈下」しているそうです。標高差40メートルということは、もちろん、垂直に40メートルも低くなった、ということです。

 これは相当なものですね。

 ヒラリー卿らがその上にベースキャンプを張った氷河は、この20年間だけで、5キロほど後退(縮小)しているのだそうです。

 エベレストに限らず、ヒマラヤ山脈には氷河がたくさんあるのですが、その長さは最長のものでも5キロほど。
 これが温暖化の影響で溶け出しているのですね。

 このままでいくと、エベレストなどヒマラヤの山々の氷河はあと50年ほどで、雪渓や氷の塊がところどころに残る、荒れ果てた岩山になってしまう、と科学者たちは警告しているそうです。

 さて、エベレストのある「ヒマラヤ」山脈ですが、これはもともと、古いインド言葉で「大雪山」という意味。
 この大雪の山々は実は、世界最大の淡水供給源で、世界のフレッシュ・ウォーターの40%にあたる膨大な水が、ここから生み出されているそうです。

 氷河が消えれば、中国やインドなど周辺国が大変な事態になることは必至。このまま行くと、麓や9つの主要河川の流域に住む数十億人の生存にも影響が出かねないわけです。

 氷河が溶け出したことで、直近の危機として問題なのは、氷河湖のことです。

 国連の調査によると、氷河が溶けて生まれた湖は、ヒマラヤ山脈全体でなんと9000にも達し、そのうち200以上が決壊の危機にあるそうです。
 水がたまり過ぎて、ダムが決壊するように大規模な鉄砲水となって麓の村を襲う危険が指摘されているのです。

 現に1985年にはエベレスト山系の「ディグ・トショ」という氷河湖が決壊、高さ10メートルの水の壁になって流れ落ち、発電所や橋を流し去り、80キロ遠方に住む人びとも呑みこむ、大変な惨事を引き起こしました。

 現在、決壊の危険が指摘されている氷河湖はこの「ディグ・トショ」湖の20倍もの推量だそうです。なかでも、「イムジャ・トショ」という湖は、ヒラリー卿たちがエベレストに登った54年前には存在しなかったもので、その真下では1万人も人びとが毎日の生活を送っているそうです。

 ネパール政府がいま、最も心配しているのは、こうした氷河湖が標高の高いところから連鎖反応で決壊していく、玉突き大洪水。

 これが起きると、数千人が死亡し、表土もすべて流されて、農業を営むことも不可能になる、と恐れています。

 世界の屋根のてっぺんまで迫ってきた地球温暖化。
 いよいよ、待ったなし、です。

Posted by 大沼安史 at 09:01 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-07-10

〔いんさいど世界〕 サッカー・アジアカップ開幕 がんばれ、イラク・チーム 初戦はタイと引き分け

 サッカーのアジアカップが開幕しました。日本は9日、ハノイで行われた初戦のカタール戦で、1-1の引き分けに終わりました。ちょっと残念ですが、こんごの活躍に期待しましょう。

 このアジアカップで、もうひとつ、応援したいチームがあります。

 「イラク戦争」下にあるイラクの代表チームです。

 イラクといえば、やはり日本が敗れた、1994年の「ドーハの悲劇」を思い出しますね。試合終了後、カズがピッチに倒れ込んだ、あのドーハでの一戦です。

 イラクのサッカー、「戦争」に挫けていません。
 4年に一度のアジアカップの今大会に、また「駒」を進めて来ました。

 イラクの初戦の相手はタイ。7日、バンコクで行われた試合は、アジアカップ2007の開幕戦となりました。 

 タイは前半 6分に幸先良くPKで先制点を入れましたが、その後、イラクが攻め続け、32分に左クロスからクハレフが鮮やかにヘディングシュートを決め、引き分けに持ち込みました。アウェーなのに、よく戦いましたね。

 このイラク・チームですが、よくもアジア・カップへ出てきたものと、ほんとうに感心させられます。

 イラク国内は米軍との戦いに加え、シーア、スンニ派が殺し合う内戦が続いていて、地獄のような様相を示している。ことし2月にはラマディーのサッカー場に自動車爆弾が仕掛けられ、その爆発で、サッカーを楽しんでいた子どもたち18人が死亡する悲劇さえ起きています。

 イラクはもともとサッカーが盛んな国で、三部までリーグがあり、一部リーグには36チームが所属して戦っていました。バグダッドには大きな専用スタジアムがふたつあり、数万人の観客を動員していたといいます。

 
 全国リーグは中止され、クルド、スンニ、シーア派の3地域で、それぞれ試合が続けられているそうですが、テロを恐れ、試合後、選手が雲隠れするようなことにもなっているようです。

 で、今回、アジアカップに乗り込んで来た代表チームですが、リビアやアラブ首長国連邦など国外でプレーする選手を中心に編成され、隣のヨルダンで練習してチーム力をつけて来ました。

 監督はブラジル人のビエイラさん(53歳)。この5月に就任したばかりです。
 
 イラクの代表チームの監督はビエイラさんの前、3代続けて、「死の脅迫」を受けて辞任しているのですね。
 代表チームを支えるスタッフの中には、誘拐され殺害された人もいるそうです。

 「聖戦」を続行しているのに、サッカーをするなんて、許せない、ということなのでしょうか?

 ビエイラ監督はアメリカのテレビ局のインタビューに答え、こう語ったいます。

 「チームのメンバーで、家族を失っていないものはひとりもいない」と。

 でも、チームに政治を持ち込まないようにしているんだそうです。選手たちは誰一人、「政治」のことを語ろうとしない。チームの団結を優先してるのですね。

 「チームにはスンニ派の選手もいればシーア派の選手もいる。でも、トラブルはない。みんな仲間だから」と、ビエイラ監督は言っています。

 選手のなかで注目なのは、若きストライカーのユウニス・マーモウド選手だそうです。カタールのチームでプレーし、今シーズン、なんと19ゴールも上げているそうです。

 こうしたイラク・ナショナルチームのプレーぶりを固唾をのんで見守っているのは、イラクの人びとです。
 バグダッドでは電力不足が続いており、自家発電装置のある家に集まって、テレビで観戦したりしている。ゴールが決まれば、通りに出て喜びのダンスを踊る。

 イラクは「国家崩壊」の危機に立っていますが、まだまだナショナリズムは健在なんですね。

 イラクのいる組には強豪、オーストラリアがいるそうですが、ぜひ勝ち上がって、日本と対戦してもらいたいですね。

 イラクと日本が決勝戦で対決する。「カタールの悲劇」の雪辱なるか、イラクが「アラブ馬のようなプレー」(イラク紙の表現)で、日本を打ち負かすか。

 イラクに平和が訪れ、バグダッドなどのスタジアムでアジアカップが行われる日が来ることを、祈りたいものですね。

Posted by 大沼安史 at 07:36 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-07-09

〔いんさいど世界〕 「鳩の王子さま」 軍用機取引で2000億円リベート疑惑 渦中のサウジのプリンスが全米最高値の豪邸を売却へ

 サンテグジュペリの「星の王子さま」が日本でブーム再来です。新訳がどって出て、再び脚光を浴びています。「六年前、ぼくが砂漠であった」星の王子さまの物語。
 詩的で澄んだ、心が洗われるようなお話です。

 「ぼくはだから、夜、星たちに耳をすます。五億の鈴のように鳴っている」……

 ときどき夜空を見上げながら、静かにもう一度、読み返してみたくなるような本ですね。

 きょうはそんな「星の王子さま」、とは似ても似つかない、「鳩の王子さま」のお話を紹介しましょう。

                     ★

 この「鳩の王子さま」は、この地球に実在する人物です。
 マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画、「華氏911」に出て来る人です。ブッシュ大統領のお友だち。サウジアラビアの王族で、去年まで駐米大使を務めていた人です。

 本名はバンダル・ビン・スルタン。世間では「バンダル王子」で知られています。
 「王子」というと、少年っぽい感じがしますが、駐米大使をするくらいですから、けっこうな年です。そのサウジのオジン王子さまが、いま「時の人」になっている。それも「星の王子さま」とは真逆の、お金にまみれたダーティーなイメージで語られているのです。

 最近、王子さまのセカンドハウスが売りに出され、全米の話題になっています。その超豪邸に、アメリカの不動産史上、最高値(売値)が付いたからです。

 1億3500万ドル。日本円で160億円。

 バンダル王子がアメリカのコロラド州アスペンに所有する「ハラ牧場」という超豪華別荘に、こんな売値がついて、引き合いが殺到しているのだそうだです。

 大統領のホワイトハウスよりも大きい建物で、ベッドルームが15、バスルームが16、理髪店(店ではないですよね)や美容室もある。もちろん、巨大な室内プールもある、ものすごい邸宅です。

 大邸宅、英語でいうとマンション(日本でいう「マンション」は、あれはただのミニアパートですから、超誇大広告になるわけですが……)。

 管理のスタッフは12人。450人規模のパーティーが開ける大広間もあるそうです。

 築16年。

 王子がどうして、手離す気になったかというと、ワシントン駐在のアメリカ大使をやめてしまったので、足を運ぶ機会がなくなったからだそうです。
 サウジの超リッチな王族たちは世界中に住まいを持っていて、バンダル王子もきっとそのはずですから、わざわざコロラドの田舎くんだりで生活する必要はないのですね。

 そんな超大金持ちのバンダル王子ですが、こうした別邸売却の話題など比べ物にならない、とんでもない疑惑の渦中にあって、全世界から疑惑のまなざしを注がれています。

 「ヤママ疑惑」……ヤママはアラビア語で「鳩」。
 「ヤママ」という名の軍用機取引をめぐって、英国から10億ポンド(2000億円)を超えるリベートを取っていたのではないか、という疑惑が表面化しているのです。

 「鳩の王子さま」というと、なんか平和で清く正しいイメージですが、こうなると汚い感じで、いやですね。

 「ヤママ」取引とは、1985年にサウジアラビアとの間で結ばれた軍用機取引。英国BAE社製のトルネード戦闘機120機、ホーク攻撃ヘリ50機が、これまでに売り渡されたそうです。総額430億ポンド。8兆6000億円規模。

 英国国防省が肩入れし、受注に成功したもので、もちろん、英国史上、最大の武器輸出となりました。

 この取引にからんで、バンダル王子のワシントンの銀行口座に10億ポンド以上の袖の下が振り込まれた。それも、BAE社ではなく、なんと英国国防省が振り込んだ……。

 こういう疑惑が、先月(6月)中旬、英国の高級紙、ガーディアン紙によって明るみに引き出され、「重罪局」という英国司法当局が捜査に動き出す事態になっているわけです。

 この英国政府を巻き込んだ空前のスキャンダル(疑惑)を暴いたのは、ガーディアン紙の有名な調査報道のコンビ(リー&エバンス記者)。

 バンダル王子らの「否定」に一歩も引かず、ガンバリ続けています。

 事実とすれば、日本のロッキード事件をさらにスケールアップしたような、大変なスキャンダルですよね。

                     ★

 サンテグジュペリの「星の王子さま」は、一本の薔薇の花を心配します。花とは愛する人の命のことでしょう。
 しかし、「鳩の王子さま」の軍用機は、命を破壊するものです。

 「星の王子さま」に出てくるバオバオの木のように、金、金、金の金権腐敗が寄生植物みたいにまとわりついた、わたしたちの星=地球(テラ)……。

 なんだかますます、「星の王子さま」を読み返したい気になって来ました。

 

 

Posted by 大沼安史 at 08:36 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-07-04

〔いんさいど世界〕 7年7月7日 こんどの土曜日はトリプルセブン 超ラッキーなゴールインの日に 「世紀の結婚式」 アメリカでフィーバー

 今週の土曜日は、7月7日です。日本では「七夕」の日ですね(仙台七夕は「旧」の七夕ですから、8月7日を中日としていますが……)。

 その日、「7月7日」に向かって、アメリカ中が超コウフン、というか熱く燃え上がっています。もちろん、アメリカ人の全員じゃなくて、一部の当事者、関係者だけの話ですが……。

 この日、7月7日に結婚式を挙げるアメリカ人がいっぱいいるんだそうです。それで、お熱いカップルばかりか、式場を持つホテルなんかが鼻息も荒く、早くもコウフンしまっくっている。

 そんな話が、ワシントン・ポストという新聞(電子版)に出ていました。
 紹介しましょう。

 「7月7日ウェディング」がなぜ人気かというと、もちろん「ラッキー7」の日だからです。それもダブル、いやトリプルの「7(セブン)」。

 そう、ことしは(200)7年。
 ことしの7月7日は、「7年7月7日」、つまり、「トリプル7」の日、というわけです。

 こういう日は、1000年に1回しかやって来ません。次は紀元3007年の7月7日。
 (もう少し待って、紀元7777年7月7日に式を挙げるって手もありますし、もっと待てば紀元77777年7月7日という、もっとラッキーな日にゴールインできます。この日だと7が7個ですから、最高にラッキーですが、地球温暖化でそれまで人類が持つかどうか……ちょっと心配になります)

 そう、こんどの7年7月7日の挙式はまさに「1世紀に一度の華燭の宴」、文字通り「世紀のウェデング」になるわけです。
 
 アメリカ人ってのも、けっこう縁起をかつぐんですね。

 カジノのスロットマシーンの大当たり(ジャックポット)は「オール7」。キリスト教の世界創世は7日間の出来事。アフリカ系アメリカ人の間には、元日までの7日間、蝋燭を7本、灯して祝う「クワンザ」という祭りがある……。

 「777」に式を挙げれば超ラッキー、人生最高、超ハッピーと考えるカップルが出て来るのも当然のことでしょう。

 アメリカのある「結婚式サイト」によると、こんごの土曜日、全米で式を挙げるカップルは、同サイト分だけで38000組。昨年の7月の土曜日の3倍に達しているそうです。

 「3倍」というと、なんだそれだけ、と受け取り人もいると思いますが、これってたぶんキャパぎりぎりの数字。
 昨年の暮れには早々と、75%が予約で埋まっていた、というデータもあるそうです。

 でも、そのころにはまだ「7年7月7日」に気づいていた人はアメリカでもまだそれほどでもなかった(ようやく、いまごろになって、その日のラッキーさに気づいた人も多いようです。このわたしも、ポスト紙の記事を読んで、気づいたひとりですが……)

 ヒタヒタ、ジワジワと、会場が埋まっていった感じ、なんだそうです。

 「7月」の結婚式って、アメリカではジューン・ブライド(6月の花嫁)って言葉があるように(ジュライ・ブライドって言葉がないように)、暑いので、これまではあまり人気がなかった。それが、予想外、という意外感を誘ったらしいのです。

 いずれにせよ、当事者であるカップルもさることながら、ホテル(式場)側も準備に汗ビッショリ(?)。

 千年一度、いや、千載一遭のチャンスとばかりに、「付加価値づくり」に千年、いや専念しているそうです(あとの方はパソコンの変換ミス。そのままにしときました……)。

 たとえば、ラスベガスのあるホテルでは、7年7年7日の(午後)7時に、合同結婚式をやらかそうとしているそうです(7組、集めるのでしょうか? 7組集めれば利益も7倍???)。

 それから、せっかくのラッキー日の挙式ですから、ウェデングケーキはいっそのこと7段にしましょうとか、料理は7コースで、とか、花嫁、花婿の親にとっては懐が痛くなりそうな、この日だけの「特別プラン」も「ご用意」されているそうです。

 ホテルの予約に成功したカップルのなかには、ちゃっかり、「権利」を売ったりしている人もいるようです。

 こんなふうに、お堅いイメージのワシントン・ポストにはそぐわない(?)愉快なことが書いてある記事なんですが、当日は地元のワシントンで挙式するのが、さらにラッキー、なんてことを言い張ってます。
 ワシントンが西経77度にあるから、がその理由。
 ちょっと、ゴジツケのような気もしますが……。

 それはそうと、アメリカのケッコン業界が期待している2匹目のドジョウは、来年の8月8日だそうです。
 
 そう、8年8月8日。

 日本では「8」は末広がりで縁起がいいということになってますから、日本人であるわれわれとしては、来年のこの日に挙式するのも、ひとつの手かも知れません。

 仙台で挙式すれば「末広がり・七夕挙式」となるわけです。(仙台の結婚式場さん、これってキャンペーンにあたいする、ちょっとしたビジネスチャンスじゃないですか??? )

 さて、今週の7日の土曜日ですが、日本のカレンダーでは「先負(せんぶ、さきまけ)」の日。
 午前より午後の方が縁起がいいそうです。

 しかも、トリプル7。
 (余興でウルトラマン7のカッコウをして登場すると、受けるかも知れません……)

 「世紀の結婚式」で、末永く、お幸せに!!!!!!!
 

  

Posted by 大沼安史 at 08:25 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-06-23

〔いんさいど世界〕 「闇の都市」巴里(パリ)にようこそ

 そろそろ、夏休み。バカンスは海外、行き先はパリという方も多いと思います。
 そこで今日は「花の都=パリ(巴里)」の話題を。

 日本では「花の都」と呼ばれているパリですが、世界的には「光の都(市)」と呼ばれています。「花」であれ「光」であれ、「芸術の都=パリ」にふさわしいたとえですね。

 そのパリに実は、もうひとつの「顔」(といっても、不可視の顔というか、見えない顔ですが……)がある……「花」も「光」もない、もうひとつの「顔」が……。

 みなさん、ご存知でしたか?
 わたしも昔、どこかで聞いたような気もするのですが、詳しいことは知りませんでした。パリにはほんとうに意外な、驚くべき「隠れた顔」があるのですね。

 その「もうひとつの顔」のことを、ちょっと調べてみました。リサーチの結果を報告しましょう。

 その予想外の「顔」とは、「闇の都(市)」という「側面」(というより、土台、基礎部分といった方がいいかも知れません)です。

 そう、光の届かない、花の咲かない「闇の都(市)」が、パリにはある。どこに? どのあたりに?

 地上ではなく、地下に。

 「花と光の都」の地表下になんと、巨大な「地下都市」が眠っているのだそうです。トンネルで結ばれ、ところどころに広場もある、広大な「闇の都(市)」。その名も「カタス」!

 トンネルの総延長は300キロ以上。「地図」まで発行され、週末ともなると、当局の目を盗んで、400人もの地下生活愛好家(こういうモグラのような人びとを「カタフィル」というのだそうです)が、闇のなかのハイキングを楽しんでいる、といいます。ちょっとした冒険観光の名所といったところですよね。

 この闇の地下都市の名、「カタス」ですが、「カタリエール」(石切場)と「カタコンベ」(初期のキリスト教徒が隠れていた地下の避難施設)から出た言葉のようです。

 そんな名前から分かるように、パリの地下は昔、石灰岩の石切り場でした。地表から井戸のように縦穴を掘ってゆくと、36メートルもの分厚い石灰岩の層にぶちあたります。そこから石灰石が切り出されていた。

 パリで石切りの地下作業が始まったのは、12世紀から。あのノートルダム寺院も、そんな石灰岩で建てられたものだそうです。
 その後、石の切り出しはどんどん進んで、18世紀には大規模な陥没事故も起きたそうです。

 そのとき、陥没の現場につけられた名前が「地獄通り」。いまの「サンミシェル大通り」だといいます。

 ではなぜ、パリの地下に石灰岩の層があるのか?

 それはいまから4500万年ぐらい前までは、このあたりには浅い海が広がっていた。 
 海生生物の死骸が体積し、石灰石が形成されて行った。

 そんなせいで、「パリ地下」の石灰岩は、1立方メートルあたり、300万もの海生生物の殻が含まれ、それが独特の蜂蜜色をかもし出しているのだそうです。ルーブル宮の石灰石の色合いの秘密は、ここにある、といいます。

 石切りは19世紀になる前、終わりを迎えますが、その跡はそのまま放置され(修復しようもありません)、地下生活者の住み着く「カタス」となって行きます。迷い込んだら、出てこれない、恐ろしい、闇の迷宮。

 1793年11月には、グラス谷病院の地下室から、「カタス」に入り込んで行方不明になった男が、11年後、白骨化した姿で発見されるという事件も起きているそうです。

 第2次大戦中は、ナチスドイツの占領軍を闘うレジスタンスの「地下」司令部が、デンフェール・ルシェロウ地下の「カタス」内に設置されました。

 1968年の「パリ5月革命」でも、警察に追われた学生たちが「カタス」に逃げ込み、追っ手をまいたりした。

 そんな「カタス」が、闇の観光名所になったのは、1983年に『カタフィルたちの都市』というガイド本が出てからだといいます。

 地底探検の冒険ハイキングを楽しむ場所として人気になっていたのですが、強盗やレイプ犯まで出没するようになり、現在は300箇所あるアクセス・ポイントが封鎖され、ときどき、警官隊が坑内跡のトンネルなどをパトロールするなど、取締りを強化しているそうです。

 でも、それでおめおめ退散するような「カタフィル」たちではありません。当局の監視の目をかいくぐって、今なお、もぐりこんでいる。

 当局がアクセス・ポイントを封鎖したおかげで、湿度が100%まで上がって(坑内温度は平均15度)、「快適」とはとても言えない環境になっていますが、それでも「カタフィル」たちはもぐって行く。
 なかには地下でキノコを栽培している「カタフィル」もいるそうです(キノコって光が差し込まなくても育つのでしょうか?)。
 まあ、地下水はそれなりに豊富でしょうから、都会生活の快適さを投げ打てば、けっこう生きていけそうな気もします……。

 そのパリの地下都市、「カタス」で最近、ちょっとした異変が起きているそうです。
 さきほど、当局が入口をふさいだことで湿度が100%に達しているといいましたが、おかげで手のついていない石灰岩層の侵食が進み、ひび割れが起きているのだそうです。
 
 そう、入口を開放して風通しをよくしないと、またも陥没事故が起きて、「花と光の都」に、現代の「地獄通り」が出現しかねない……。
 
 そんな危険も秘めた場所ですから、ルーブルのあとは「カタス観光」などと、パリでのバカンスを計画中の方には、「冒険心」を起こさないでいただきたいですね。

 誘われてもやめた方がいい。捕まれば罰金、です。

Posted by 大沼安史 at 11:24 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-06-16

 〔いんさいど世界〕 日本の女性に比べ、オランダの女性はなぜ落ち込まないか? 答えは彼女たちの「自由」に オランダの女性学者が著書で指摘

 『オランダの女性たちはなぜ落ち込まないか?』――こんなタイトルの本がオランダで出て、世界の注目を集めています。権威ある世界紙(グローバル・ニュースペーパー)、IHT紙(インターナショナル・ヘラルド・トリビューン、6月8日付け)が紹介して、一気に世界的な関心の的になりました。

 なぜ、世界の関心を呼んでいるのか(なぜ、IHT紙は世界の読者へ、この本を紹介したのか)? それは、たぶん、それだけ世界中の女性たち(日本の女性も含めて)が落ち込んでいるからでしょう。

 表面上、元気を装ってはいても、実は陰々欝欝としている暮らしている。挫折感のなかで自分を呪ったりしている……。それが全世界に共通する、真実であるからです。
 

 IHT紙の記事によれば、このオランダの本には、日本人やフランス人女性との比較論も出ていておもしろい。

 つまり、「日本人の女性にとって、年をとったり太ることはいけないことで、フランス人女性には太ることはいけないことだけけれど、オランダ人女性はそんなこと、あまり気にしていない」……これが、オランダ人女性が「落ち込まない」=「幸せでいられる」ひとつの理由だそうです。

 なるほど、言われてみればたしかにその通り……。日本人&男性のぼくにも、わかるような気がしますね。
 東京の通気電車の車内広告にあふれる雑誌の見出しや商品の広告は「痩せろ。痩せろ」「メタボがどうの」の大合唱。

最近では(ぼくのようなオジンどもの)「加齢臭」まで取りざたされるようになり、気持ちは暗くなるばかりです。

 さて、話題の本、「フランス、日本の女性たちへの回答」という副題つきの『オランダの女性たちはなぜ落ち込まないか?』を書いたのは、エレン・デ・ブルインという、オランダ人女性心理学者兼ジャーナリスト。

 歴史家、ファッション・デザイナー、お店の売り子、雑誌編集者など、さまざまな職種の(ふつうの)大勢のオランダ人女性たちにインタビューをして分析した結果、オランダの女性たちは「自由、だから幸せ、なので落ち込まない」という結論にたどり着いたそうです。

 話を進める前に、前提の説明をしておくと、オランダ人って、男も女も「世界で最も幸せの国民」だっていうことが、わかっています。

 オランダ・ロッテルダムのエラスムス大学に、ルート・ベーンホーベンという、世界的に有名な男性社会心理学者がいるのですが、そのベーンホーベンさん比較研究で、オランダ人は世界トップの「人生満足度」であることが確認されている(10点評価で7.5)。
 ちなみに、日本は「6.2」で、フランス(6.5)や米国(6.4)にも劣っている……。

 政府がしきりに「美しい国」だと言い立てている「日本」って、世界的には、やっぱり「不幸せな国」なんですね(自殺者年間3万人、「年金」「介護(保険)」の、あのザマを見ればわかります)。

 で、ではなぜ、「オランダ人の女性」は幸せかという本論に戻ると、「オランダ人女性は日本人やフランス人女性に比べ、自分たちの人生をより自由にコントロールできる社会組織を持っているから」だそうです。

 それに比べて、日本には「非常に集団主義的な文化があって、個人の自由はほとんどない」とも。

 著者のデ・ブルインさんによれば、「オランダ人女性の経済的な自由」は14世紀以後の中世に起源を持つ、伝統的なものだそうです。
 男たちが疫病(ペストでしょうか?)で倒れたあとを、女性たちが担って以来、オランダの女性は経済的な自由を享受している。

 パートナー選びの自由も中世以来です。13世紀にローマ法王のグレゴリオ4世が出した、「同意による結婚」奨励の勅令を遵守して以来、「性の自由」を謳歌する、現代に至っているんだそうです。

 こうなると、ホイジンガのいう「中世の秋」は、むしろ「中世の春」、ですよね??!!(オランダの中世は、いよいよもって暗黒時代ではなかった!!)

 「女性上位」……女性が男性を組み敷く「婦唱夫随」は、早くも16世紀の文献にも現れるオランダの伝統で、オランダ人女性はマッチョな男を好まず、逆に男性はボス的な女性を好む現在につながっているそうです。(ちょっと驚きですね、知リませんでした!)

 こんなオランダに比べ、日本人女性を取り巻く状況は、まだまだ、ですね。
 女性の、ひとりの個人としての自由、一個の人間としての自立を煙たがる向きも多い。

 IHT紙の記事には、本を書いたデ・ブルインさん(アムステルダム在住)が大学での講義に自転車で向かう姿の写真が載っていましたが、服装は実にカジュアル。天下(?)のIHT紙の取材を受けるのに、こんな(?)カッコウでよく出られたものだ、と思わせるような、スーパー質素な出で立ちです。

 つまり、この1枚の写真が物語るように、オランダの女性は、自由を普段着として着こなし、幸せを自然に身にまとっている。

 そんな彼女たちが、日本に来て、「夏まで痩せる」とか「セレブな生活」とか「ブランドを持たなければならない10の理由」とか、「不自由な記事・広告」であふれる雑誌を見たら、どう思うことでしょう?
 
 氾濫する情報に負けず、流されない、自立と自由。
 そんな内面の強さをゲットすることが、落ち込まず、幸せを感じる近道のようです。 

 

Posted by 大沼安史 at 11:16 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2007-06-13

〔いんさいど世界〕 アスペルガーの天才 ダニエル・タメットさんの精神世界

 英国、ケント州の田舎に、ひとりの天才が暮らしています。28歳の男性、ダニエル・タメットさん。アスペルガー症候群という「障害」、いや「個性」を持った「天才」です。

 アスペルガー症候群というのは、自閉症など広汎性発達障害のひとつで、一般にはそのうち言葉の遅れの少ないもの、と定義されています。急にパニックに陥っていまう、とか、限られた関心への極度の集中とか、そんな性向を持った人たちのことです。

 タメットさんは、そういうアスペルガーのひとり。この障害にありがちな天才的能力を持ったひとりです。

 そのタメットさんが、自伝を書いたので、取り寄せて読み出しました。
 読んで驚きました。
 「アスペルガー」というものが、どういうものか、当事者として、実に冷静に描き出しているのです。
 「本人」によって明らかにされた「アスペルガーの人の精神世界」……自伝、『青の日に生まれて』に書かれた中身を紹介しましょう。

 タメットさんは「数」と「言語」の天才です。
 まず、「数」から紹介すると、自伝に、こんなことが書いてありました。
 タメットさんは「カレンダー」が大好きだそうです。カレンダー……数が1列7個ずつ配列されている。

 そのカレンダーに関して、タメットさんはこんな「法則」を紹介しています。

 ① その月の13日目の曜日は、その月の初日の2日前の曜日に等しい(ことしの6月13日は水曜日。6月1日は金曜日だから、その2日前は水曜日になりますね)

 ② 1月と10月、9月と12月、2月と3月の初日の曜日は同じ(これも、たしかにそうです……。月・月・木)

 数に弱いぼくなんか、これだけでも「うーん」とうなってしまいますが、こんなのほんの序の口。
 タメットさんの数学の能力をたしかめた、ある大学教授によると、たとえば「37の4乗」なんて問題など、瞬間で答えてしまうのだそうです。1,874,161と。
 また、「13割る97」は割り切れませんが、少数点以下100桁まで言いなさいと言われれば、たちどころに数字を並べていくのだそうです。
 まるで人間コンピューター。すごいですね。

 問題はタメットさんの頭のなかで、いったい何が起きているか、ですが、たとえば、53×131の掛け算を解こうとすると、頭のなかに「53」の(空間的な)「塊」と「131」の「塊」が出現して、その2つの塊が形を変えながら融合して、「6943」の塊の「かたち」になるんだそうです。

 タメットさんにとって数はかたち「イメージ」として現れてくるのですね。

 たとえば、「89」という数。
 ぼくらはたんに「80+9」(90-1)といったふうに認識しますが、タメットさんの場合は「(白い)雪が降っているありさま」に見えるのだそう。

 つまり、タメットさんの「数たち」はそれぞれ、色さえ持っている。

 たとえば「1」は、眩い、明るい白として認識されるんだそうです。

 「美醜」の感覚もある。
 タメットさんにとって「189」は「116」より、明らかにビューテイフルなんだそうです。

 タメットさんは人に会うと、その人にふさわしい数を連想するそうです。背の高い人なら9を、太ったひとなら3を。

 タメットさんのもうひとつの天才領域の「言語(コトバ)」に移りますと、たとえば火曜日(Tuesday)というコトバは、暖かなな色にイメージされる。木曜日は、ぼやけた色。

 彼の「自伝」の題、『青の日に生まれて(Born on a Blue Day)』も、まさにそんな感覚からつけられたタイトル。
 タメットさんは、1979年1月31日の生まれですが、その日は水曜日(Wednesday)で、彼によって水曜日は「青の日」なんだそうです。
 「誕生日は青、すれは数字の9や大声での言い合いの音のよう」と、タメットさんは書いています。

 タメットさんは語学の天才でもあります。アイスランド語、リトアニア語など10ヵ国語を自由に話すことができます。
 コトバを色つきのイメージで吸収してしまうので、ものの数週間でゲットしてしまう。

 タメットさんは語学の才能を生かし、自分のHPを通じ、語学の勉強法を教えたりもしています。

 住んでいるのは、英国ケント州の片田舎。両親とネコのアビーと暮らしています。
 静かなところが住みやすいそうです。

 そんなタメットさんなら、日本語なんかもかんたんにモノにしてしまいそうですね。
 そのうち、ケント州のコテージ風の自宅から、この番組に電話出演してくれるようなことにもないとは限りませんね。

 日本にも、もちろんアスペルガーの人(子ども)がいます。そんなアスペルガーの子どもを受け入れている私立の特区学校、「ライナス学園」といいます)が神奈川県の小田原市にできたりしていますが、日本ではまだまだ、支援態勢が整っていません。

 タメットさんのように、アスペルガーの才能が認められ、受け容れられて開花するような、日本社会にしたいものですね。 
 

Posted by 大沼安史 at 01:44 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-06-10

〔いんさいど世界〕 天才ランナー、それとも児童虐待 スラム生まれ それでも走る5歳の少年 インドのマラソン・ボーイ ブディア・シン君 2016年の「インド(?)五輪」に照準

 インドに5歳のマラソン・ランナーがいます。スラムに生まれたブディア・シン君。

 昨年(2006年)5月、「70キロマラソン」に挑戦したことで一躍、スターダムに躍り出ました。

 いま、インドで最も有名なアスリートといえば、このマラソン・ボーイ、ブディア・シン君のことです。卓球の愛ちゃんのインド版といったところでしょうか?

 しかし、この「天才ランナー」、シン君をめぐって、目下、インド国内で激論を交わされています。早期英才スポーツ教育のモデルとして認めるか、児童虐待の事例として出走を禁止するかで、裁判にまでなっています。

 スラムの育ったシン君を行商人から買い戻して引き取り、天分を発揮してスター・アスリートに育てた専属コーチを務める養父の柔道家、ダスさんは、9年後、2016年の五輪を目指したいとしていますが、シン君がそれまで「順調」に育つかどうか、先行きは微妙になっています。

 シン君は1昨年、3歳の年からマラソン・ランナーとして走り出しました。
 有名になったのは、昨年(2006年)5月2日、地元、オリッサ州(インド東北部、コルコタ〔旧名カルカッタ〕の南西に位置する、ベンガル湾に面したところです)で、州都ブバネスワルから、沿岸の町、プリを目指す「70キロ」マラソンに挑戦、地元の軍警察官ランナーたちを打ち負かしたときのことです。

 気温37度近い暑さのなか、シン君はひたすら走り続け、数百人もの警官ランナーたちのほとんどを振り切り、脱落せずに残った数人の警官ランナーとともに、ゴールまであと5キロというところで、ドクターストップにかかり、レースを中止させられました。
 ドクターストップがなければ、「優勝」もありえたわけです。

 「70キロ」のマラソンを、「残るところ、あと5キロ」まで走ったということは、65キロを走り抜いたわけ。
 それも猛暑の最中に。
 時間は「7時間2分」だったといいますが、これって、マジ、ものすごいことですね。

 この「激走」で「時の人」になったシン君、インドのギネス・ブックの「リムカ・ブック」に載るなど、一躍、スーパー・スターに。インド各地で行われるマラソン大会などスポーツ行事に呼ばれるなど、「インドで最も有名なアスリート」の座へと一気に登りつめました。

 その人気を支えたのは、オリッサ州の州都、ブバネスワルのスラム(貧民窟)出身というシン君の生い立ち。スラム生まれの小さな、最強アスリートということで、拍手を喝采を浴びたわけです。

 たしかに、シン君は厳しい環境のなかに生まれ落ちた。
 物乞いをしていた父親はシン君が生後10月のとき亡くなり、皿洗いをしていた母親は生活に困窮し、シン君のことを行商人に、800ルピー(2000円)で売り渡しました。

 そんなシン君に目をとめたのが、シン君をランナーとして育て上げた、スラムの近くでタクシー業を営む、柔道家のダスさん。
 シン君を行商人から買い戻し、自分の道場に住まわせ、稽古をつけ始めました。

 そんなダスさんがシン君に「走り」の才能があることを発見したのは、偶然のことです。近くのホステル(簡易旅館)で、同じ年頃の子どもに悪罵を投げつけた罰に「走って来い」と命じたところ、その走りっぷりが凄いので、柔道ではなくランニングのトレーニングを始めたそうです。

 1日に48キロも走り込む、厳しいトレーニングをしたこともあるそうですが、いまは1日おきに早朝、5キロから20キロ走り、午後に1時間、水泳し、その後、夕方まで昼寝するのが日課。
 チキンカレーやマトンのカレー、バナナ、パンアップルジュース、山羊の脚のスープで体をつくって来たそうです。

 さて、そんなスラム生まれのシン君とダスさんの「父子鷹(?)」コンビは今、地元オリッサ州から活動拠点を旧都デリーに移し、ホステルに暮らしながらトレーニングを積んでいますが、ふたりの行く手に「人権の壁」が立ちはだかり、こんごの選手生活が危ぶまれています。

 人権団体が「児童虐待」だと非難する一方、地元オリッサ州の当局も、シン君を身体検査するなど調査に乗り出し、今月、シン君が挑戦する予定だった、オリッサ州からコルコタまで、500キロの「マラソン・ウォーク」では、「出場禁止」処分を言い渡す騒ぎになっています。

 州政府の処分に対して、シン君サイド、つまりダスさんは、裁判所にその取り消しを訴える裁判を起こし、現在係争中。
 敗訴の可能性もあり、シン君の今後のマラソン人生に暗雲が漂っているかたちです。

 現在、5歳のシン君の(というよりダスさんの?)「夢」は、2016年のオリッピックに、インド代表で出場すること。

 北京、シカゴのその次、2016年の五輪はインドで開催されることも大ありですから、シン君が出場するようなことになれば、東京五輪の円谷選手並みの注目度のなるはずです。

 シン君もまた、ダスさんに教え込まれたのか、「インドの誇りのために走ります」などと、五輪を意識した発言をしている。

 けなげ、というか、いじらしい、というか……。

 シン君がいま暮らすデリーのホステルの近く、旧デリー駅の一帯はスラムで、同じ年頃の子どもたちが路上生活をするなど、厳しいサバイバルの毎日を送っているそうです。

 シン君も「走る」才能がなかったら、そういうスラムで、おそらくは短い一生を終えざるを得なかった!!……

 経済大国に離陸しはじめたインドの現実を映し出すような、マラソン・ボーイ、シン君の話ではあります。
 

http://www.hindu.com/2007/06/07/stories/2007060702842200.htm

http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/4241958.stm

Posted by 大沼安史 at 01:14 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-06-03

〔いんさいど世界〕 ヨドク(耀徳)、忘れまじ 北朝鮮・政治犯強制収容所 脱北者の悲劇 明らかに

 軍事独裁の全体主義国家……いまの北朝鮮は、戦時中の「美しい国(=日本)」そっくりです。「天子様」を頂く支配のピラミッドの底で、民衆の人権は踏みにじられ、飢えに苦しんでいる……。
 「北朝鮮」はわたしたち日本人にとって、「美しい国」の「過去」を映し出す「鏡」のような存在です。

 先日、英字国際紙、IHT紙(インターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙、電子版、5月31日付け)に、脱北者に関するソウル発の特電が載っていました。英国のインデペンデント紙も“おっかけ”の記事(電子版、6月2日付け)を載せ、この問題に対する欧米の関心の強さを浮き彫りにしました。

 IHT紙の記事で、いまから7年前、国連が介入して救おうとした、北朝鮮からの脱北者7人の、その後の運命がわかったからです。

 7人はロシア政府の手から中国政府の手へ引き渡され、最後には北朝鮮に送還されていた。

 北朝鮮は7人のうち、5人は故郷に戻し、年少者は学校に通わせると、国連に約束していたのですが、実はそうではなかった。
 あの悪名高き政治犯強制収容所、「ヨドク(耀徳)管理所」などに送られ、地獄のような日々を送ることになりました。7人のなかの唯一の女性などは管理所に着いて2週間後に亡くなったそうです。

 こんな7年前の真実がなぜ、いまごろになって明るみに出、IHT紙を通じ、全世界に報道されたか?

 それは7人のなかの最年少者、当時、14歳だったイル少年が、その後、脱北の成功、自分の悲惨な過去を隠しながら、いま21歳の青年となって韓国の大学に通っていることが、もうひとり、韓国入りを果たした、6歳年上の脱北者仲間、チュルさん(27歳)と韓国内の人権擁護団体によって確認され、当時の状況を語り始めたからです。

 チュルさん、イルさんを含む7人が北朝鮮を逃れ、中国東北部の延吉市に潜伏したのは、1999年の秋のことでした。
 一行のなかにはパンさんという女性と、その夫のヘオさんが含まれていました。
 飢えに耐えかね、食べるものを見つけるための脱北でしたが、パンさんとヘオさんの場合は、駆け落ちでした。ヘオさんは北朝鮮軍を不名誉除隊させられており。パンさんの親が結婚に反対していたのです。

 延吉のキリスト教会にかくまわれていた7人は、韓国人の口車に乗り、その男に金を払って、その年の11月10日、国境線の鉄条網をくぐり、黒龍江省からロシアに逃れます。しかし、結局はロシアの官憲につかまり、ウラジオストクへ。

 ロシアのテレビ報道でこれを知った全世界の人権団体が7人の釈放を要求、国連も7人を難民に認定し、ロシア外務省も出国査証を発行するところまで行ったのですが、そこで北朝鮮政府が巻き返しに出ます。

 ついに7人は全世界の人権団体の猛烈な抗議になか、ロシアから中国に引き渡され(このとき実は、最年少のイルさんだけは逃亡に成功しましたが、その後、北朝鮮に戻ったところを逮捕されました)、ついで中国政府の手で北朝鮮に送還された。
 このことは当時、日本でも報道されたことなので、覚えている方も多いことでしょう。

 このとき北朝鮮政府は国連に対し、パンさんとヘオさんだけを盗みを放火の疑いで逮捕したが、ほかは全員、故郷に返し、学校に戻す、と約束していたのです。

 それが嘘だとバレた。最年少のイルさんだけは浮浪児の収容施設を転々としますが、残る6人はピョンヤンの北東110キロにある、ヨドクの強制収容所に送られました。

 女性のパンさんは拷問で「犬のように体で」担架で収容所に運び込まれたそうです。彼女と再会したヘオさんは自分の食べ物を食べずに、それをキャンディーに変え、彼女になめさせていたそうです。その彼女が2週間後に亡くなったとき、ヘオさんは狂ったように泣いて、精神に変調をきたしたそうです。
 
 また、逃亡仲間の男性のひとりは、ヨドクのなかでも最悪の「特別管理所」に入れられてしまったそうです。入ったら最後、2度と出て来れないところだそうです。

 ヨドクに入れられたチュルさんは、そこで3年間の重労働に耐え、昨年、韓国への逃亡に成功しました。
 最年少のイルさんは一足早く、いまから5年前に韓国に逃れ、過去を隠して生きて来た……。
 
 ロシア官憲から中国当局に行き渡される際、唯一、逃亡に成功したイルさんは郷里に戻ったところを逮捕されますが、北朝鮮の治安当局は、イル少年に、熱く焼いた鉄板の上に正座させる拷問を加えたそうです。

 米国務省によると、北朝鮮では20万人もの「政治犯」が、ヨドクをはじめ各地の強制収容所で過酷な重労働を強いられているそうです。戦前の日本の言葉で言えば「非国民」ですね。

 北朝鮮は自分の国のことを「地上の楽園」と呼んでいたそうです。「美しい国」だと言ったかどうかは知りませんが……。
  
 ヨドクなど国内の強制収容所に「拉致」されている北朝鮮の人びと……。
 わたしたちはこうした「拉致」問題にも注目していかなければなりません。

 全体主義国家、北朝鮮の抑圧のシンボルとしての、ヨドク、忘れまじ!!!


http://www.iht.com/articles/2007/05/31/asia/refugees.php

Posted by 大沼安史 at 11:00 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-05-28

〔いんさいど世界〕 世界最速 女性F1ドライバー ダニカ・パトリック ことしも「インディ500」で健闘 8位に食い込む 一時は3位に ピットイン後の雨で無念の涙

 日本では競馬の日本ダービーが開催され、牝馬のウオッカが優勝した5月27日(日曜日)、米国のインディアナポリスでは、世界3大レースのひとつ、「インディ500」が行われ、アメリカの女性F1ドライバーの果敢な「走り」に、全世界のカーレース・ファンが熱い声援を送りました。
 女性ドライバーによる「インディー500」初優勝の期待も高まっていましたが、残念ながら、結局、8位に。
 一時は3位まで順位を上げる果敢な「攻め」を見せましたが、ピットインしたあと雨がふたたび降り始め、無念の涙を流しました。

 惜しかったですね。
 でも、「インディ500」の「8位「は、もちろん胸を張って誇れる成績〔ちなみに日本人ドライバー(男性)の最高は、松浦孝亮選手の16位でした〕。
 次回こそ「優勝」、の呼び声は高まるばかりです。

 「インディ500」は言うまでもなく、F1モナコGPとルマン24時間耐久レースと並ぶ、世界のカーレースの最高峰。1週2.5マイルのコースを200周、500マイル(800キロ)走行するものです。最高時速350キロ以上、平均でも240キロ以上で突っ走る、一瞬たりとも集中力を切らしてならない超過酷なレースです。

 そんなことしの「インディ500」で、「優勝」の期待を背負っていた女性ドライバーは、ダニカ・パトリックさん(25歳)。

 実績に加え、女優やモデル顔負けの美貌とスタイルの持ち主とあって、世界のレージング・ファンの憧れの的になっている人です。
 
 155センチ、45キロの小柄な体つき。

 2005年の「インディ500」で彗星のようにデビュー、いきなり4位に食い込んで、世界のトップレーサーの仲間入りを果たしました。
 そのとき、彼女が予選で記録した最高速度はなんと369.957キロ。よほど勇気と度胸のある方なんですね。

 2006年のシーズンはすこし調子を落として、「インディ」は8位の成績に終わりましたが、各レースで着実に上位をキープ(9位以内の入賞、なんと11回)。3年目の今シーズンへの期待が膨らんでいました。

 ことし2007年の「インディ500」は2度目の降雨のため、8位のポジションにつけていた165週目に入ったところでレースは打ち切られました。
 一時は3位まで順位を上げ、先行車を射程にとらえ、2位をうかがおうとするところまで行ったときに最初の降雨で中断。その後、ピットインして追い上げようとしたとき、2度目の雨になってレース終了が宣言されたそうです。
 雨が降らなければ、「優勝」もありえたわけですね。

 ことしのレースにはダニカさんのほか、女性ドライバーが2人、参加しましたが、もともとF1レースの世界は、男の世界で、女性には無理を思われていました。男性レーサーと比べ、ヒップが大きな女性には、FIレーサーとしての適性がないと考えられていたそうです。

 ダニカさんはその常識を打ち破ったわけですが、男勝りのドライブテクニックを身に着けるまでには、元レーサーの父親による、子どものころからの厳しい特訓(ゴーカートのレースから始めたといいます)と、16歳で英国に渡って始めた、欧州での「カーレース武者修行」での実戦訓練、自己鍛錬がありました。

 ダニカさんはつまり、F1界の「サラブレッド」(牝馬)だったわけですね。

 ダニカさんの活躍で、女性ドライバーの持つ、あるアドバンテージ(有利さ)が見直されてもいるそうです。つまり、男に比べ、体重が軽い……。ということはそれだけマシンの速度が上がる可能性があるわけです。

 こうなると、そのうちF1界でも「男女逆転」が起こり、「女性優位」の時代が来るかも知れませんね。

 さて、ダニカさんの「インディ」初優勝の可能性は、ほんとうのところ、どこまで現実的なものなのでしょうか?

 この点について、「インディ」の伝説的な存在であるマリオ・アンドレッティさんは、「彼女はやるよ。勇敢だから」と、太鼓判を捺しています。

 ダニカさんのこれからの「走り」に、わたしたちも声援をおくることにしましょう。  
 


http://www.danicaracing.com/

http://www.latimes.com/sports/la-sp-danica24may24,1,6776623.story

http://www.latimes.com/sports/la-spw-hinton26may26,1,492078.story

Posted by 大沼安史 at 06:17 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2007-05-20

〔いんさいど世界〕 バルト海の小国、エストニアに対して 世界史上初の「対国家サイバー攻撃」 ロシア政府が関与の疑い 「反ロシア」に警告か?

 エストニアという国をご存知ですか? バルト海に面した、エストニア人による小さな国です。エストニア語という独自の言語も持っています。

 バルト海で、わたしたち日本人がすぐ思い出すのが、日露戦争のあのバルチック艦隊のバルト。
 エストニアはそんなロシアの海の出口、バルト海に面した、人口140万人、国土も北海道の5分の3しかない、小さな国。ソ連崩壊後の1991年に「独立」回復を宣言した、ロシアの隣接国です。
 ロシア(旧ソ連)の事実上の衛星国だったことから、残留ロシア人も多く、国民の4人に1人はロシア人だそうです。
 対岸のフィンランドと競うように、国を挙げてIT化と取り組んでおり、インターネットの普及率は世界トップクラスと言われています。
 
 そのエストニアがこの春、大規模かつ集中的な「サイバー攻撃」にさらされました。大統領府をはじめ国家機関のウェブサイトにツナミのようなアクセスがなんども押し寄せ、この国のネットを通じた活動をダウンさせてしまいました。世界初、史上初の「対国家サイバー攻撃」が、繰り返し行われたのです。

 発端は、首都タリンでの、4月27日の出来事だと言います。
 タリンは旧市街が「世界遺産」にも指定されている美しい街ですが、その中心部に立つ、旧ソ連の第二次大戦戦勝記念の銅像が、その日、エストニア政府の手で撤去、移転されました。
 これにデモで抗議したのが残留ロシア人たちで、政府当局により1300人が拘束され、100人が負傷、1人が死亡する事態になりました。

 エストニアに対する、大がかりなサイバー攻撃は、この危機のさなかに開始されたといいます。

 「DDoS(分散的サービス否定)」といわれる、アクセス集中攻撃で、英紙ガーディアンの報道によれば、少なくとも100万台のパソコンが動員され、世界中から、エストニア国内のターゲット(WEBサイト)にアクセスが殺到したといいます。

 波状攻撃の第一波は5月3日をピークに吹き荒れ、5月8、9日の第二派へと続き、同月中旬には第3派が荒れ狂いました。

 おかげで、エストニアの大統領府、国会、ほとんどの政府機関、政党のウェブサイトがダウンしたほか、主要銀行2行、通信各社、3つの主要報道機関のサイトも閉鎖に追い込まれました。

 ガーディアン紙によれば、損害の全容はまだわかっていないそうですが、かなりのダメージがあったことは確かです。同紙は「3週間にわたって、エストニアを無能化した」と書いています。

 エストニアは2004年にNATО(北大西洋条約機構)に加盟、翌2005年にはEU(欧州連合)に加わって、ロシア離れを加速していますが、新規加入の同盟国に対する「サイバー攻撃」に驚いたNATOは、専門家をタリンに急派し、エストニア防衛に乗り出しました。

 その結果、外国からのアクセスを排除する(国内からのアクセスだけを可能とする)水際作戦で「サイバー攻撃」を撥ね付けることには成功したようですが、これだとエストニアのネットがグローバルな接続から切り離され、ローカルなものになってしまうわけで、抜本的な対策にはなっていないのが実情のようです。

 サイバー攻撃者の「公式特定」もできていません。
 エストニア政府関係者らによれば、波状攻撃の初期段階でロシア政府機関発の攻撃があったことが確認されているので、どうもロシア政府が背後にいるのではないかと、そのの関与が疑われていますが、ガーディアン紙の問い合わせに対し、駐ブリュッセルのロシア大使はこれを否定、「ロシア政府が関与しているというなら、証拠を出せ」と突っぱねています。

 NATOもロシア政府追及には及び腰で、今回のエストニアという同盟国への「サイバー攻撃」を、集団的自衛権の発動対象となる「軍事行動」とはとらえず、反撃は控える態度。
 EUもロシア政府との政治的な折衝を通じ、問題解決の糸口をつかみたい考えだそうです。

 エストニア政府もロシアを公式に非難する態度には出ていませんが、エストニアの代表紙のひとつ、「ポスティメーズ」の編集長、メルト・コプリ氏が言うように、「ロシア発のサイバー攻撃。疑問の余地はない。政治的な攻撃だ」と、エストニア人の誰もがみな、信じているようです。

 かりに真犯人がロシア政府だとして、ではどうして今回、こうしたサイバー攻撃に踏み切ったのか?

 背景には個別エストニアにとどまらない、大きな広がりがあるようです。旧ソ連衛星国のポーランドやチェコなどが米欧の「反ロシア包囲網」に加わり、ブッシュ政権が進めるミサイル防衛網の整備などに同調する動きを示していることに、ロシアは神経を尖らせています。
 そうした動きに対する警告の意味が、今回のサイバー攻撃にはあったのではないでしょうか?

 ところで、こんどのエストニア攻撃に使用されたPCは、いわゆる何者かによって、いわゆる「マル・ウエア」が仕込まれたパソコンが相当数、含まれているようです。他人のPCを乗っ取って、それをサイバー攻撃に使う手口ですね。

 ガーディアン紙によると、今回と同じような攻撃は、ことし2月、インターネットの通信の流れを管理するコンピューター・サーバーのうちの3つに対して決行され、一時的なダウンに追い込んだことがあるそうです。
 アメリカの国防総省とインターネット管理団体Icann、そしてUltraDSNの3機関のサーバーで、韓国発の攻撃ではないか、と見られているそうです。

 ネット世界にも「有事」があるのですね。
 こっちの方が、よほど平和な国民生活をおびやかす脅威ですよね。 

 ネットの「専守防衛」は、日本の現行憲法上の義務であるはず。どうなっているのでしょう?
 日本政府関係者、とくに防衛省には聞いてみたいところです。

 もっとも、「イージス艦極秘情報」を全世界に「発信・大公開」しているような「お役所」ですから、聞くだけ野暮かも知れませんが……。
 「美しい国」の興廃はむしろ「ネット防衛」にあり、各自一層、奮励、努力せよ――でしょうに??!!……。 


http://www.guardian.co.uk/frontpage/story/0,,2081512,00.html

Posted by 大沼安史 at 10:26 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2007-05-15

〔いんさいど世界〕 Wi-Fi(ワイファイ)に「電磁波スモッグ」の危険 欧州で学校での設備禁止の動き

 Wi-Fi(ワイファイ)……聞いたこと、あります? 正確の言うと、「ワイアレス・フィデリティー」(これはたぶん、ハイ・フィデリティーから来たコトバです。信頼性が高い、って意味の)の略。かんたんに言うと、ワイアレスの無線LANのことだそうです。
 パソコンって、コード(ワイヤ)で接続するのが、これまでの常識でしたが、いまは無線でつなぐのがフツー。
 日本ではまだまだ普及していませんが、英国では小学校の半分、中学校の4分の3に設備され、パソコンを使った学習・教育活動に役立っているそうです。
 時代物のパソコン、「期限切れ」のOSを使っている日本の公立学校とは大違いですね。

 その英国の高級紙、「インディペンデント」が先頃(電子版、4月22日付け)、「ワイファイ:〈電磁波スモッグ〉の危機に立つ子どもたち」という記事を掲載し、ワイアレス無線接続に警告を発しました。
 「電磁波スモッグ(electronic smog)」とは、日本ではおなじみ(?)の「光化学スモッグ」の電磁波版っていったところ。人体に悪影響を及ぼす、電磁波によるスモーク(煙)のようなフォッグ(霧)という意味の新造語。
 欧州ではこれまで、携帯電話による「電磁波スモッグ」の、とくに子どもたちへの影響が取り沙汰されていましたが、同じ危険が「ワイファイ」にもある、調査に乗り出すべきだという声が高まっているそうです。

 同紙によれば、オーストリアの医学協会ではワイファイの学校への設置反対活動を行っており、モーツァルトの音楽祭で有名なザルツブルクでは市当局が各学校に設置見送りを勧告、将来的には設置禁止に踏み切りそうです。

 英国ではバッキガムにある「ストウ校」という有名校で「ワイファイ」を設置後、撤去しました。その学校で28年間、「古典」を教えている校長先生が、設置後間もなく、頭痛や吐き気に悩まされるようになったからです。

 2000年5月、携帯電話の電磁波の子どもに対する影響に警鐘を鳴らす、「スチュアート報告」を発表した、英政府「健康保護局」(局長=ウイリアム・スチュアート卿)も、「ワイファイ」に対する関心を強めており、英国内の小中学校の現場の状況をモニター(監視)する方針を固めているそうです。

 ところで、日本でのすっかりフツーになった、このワイヤレス無線接続、英国では家庭とか職域を越えて、地域ぐるみ導入する方向に進んでいます。
 ノルウックという市では市役所を中心に半径4キロを「ワイファイ」化し、誰でも「1時間まで無料通信」を楽しんでいるそうです。ブライトンという保養地の街は来年、全市ワイファイ化する予定で、マンチェスターも220万市民に無料アクセスを提供する計画を立てています。前述の通り、小学校は2校に1校、中学校は4校のうち3校がすでに設置済み。
 つまり、英国では国中、すごい勢いでワイアレス化が進んでいるわけです。それだけに、ワイファイに“副作用”に対する警戒心も高い。

 携帯電話について言えば、最近、フィンランドで出た研究発表によると、携帯を10年以上、使い続けた人は、脳の受話器を当てた側に40%、脳腫瘍ができる恐れがあることが判明したそうです。スウェーデンのルンド大学の研究者は、携帯による電磁波が脳細胞を破壊し、携帯世代の若者たちは40代、50代で老化してしまう、と警告を発しています。

 欧州で点った「電磁波スモッグ」に対する赤信号……。
 これって、他人事じゃありませんね。

 日本政府、研究機関の「追試」のリサーチが求められるところです。


http://news.independent.co.uk/uk/health_medical/article2472133.ece

Posted by 大沼安史 at 08:51 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-05-06

〔いんさいど世界〕 「北風」よりも「太陽」? ドイツに大規模「太陽光発電所」続々

 たった一度だけ、ドイツに行ったことがある。ロンドンのサマースクールで仲良くなったドイツ人らに誘われ、帰国前に、ケルン、ベルリンと、列車で旅した。
 ベルリンの壁が消える10年ほど前。ドイツとベルリンが東西に分かれていたときのことである。
 夏の終わりだったが、肌寒かった。「冷夏」という言葉がぴったりの、曇天のドイツだった。

 その「曇天のドイツ」に、世界最大規模の「太陽光発電所」が相次いで建設され、発電を開始していると知って、驚いた。ドイツが環境保護の先進国であることはなんとなく分かっていたが、これほどまで太陽光発電に力を入れているとは知らなかった。陰鬱な曇り空の多い北国だからこそ、日の光への希求はなおさら、強いということか?……
 
 晴れの日が少ないにもかかわらず、「太陽光発電」に挑むドイツ……。
 ワシントン・ポスト紙(電子版、5月5日付け)が掲載した現地発の記事を読んで、ドイツの人びとの根気強さと粘りに、あらためて感心させられた。

 石油生産がピークを過ぎたいま、自然エネルギーの利用は、日本を含む世界各国の、まさに死活的な課題だ。同紙の記事を手がかりに、「ドイツ太陽光発電事情」を紹介しよう。

 ポスト紙によれば、ドイツ1ヵ国だけで、昨年(2006年)、世界の太陽光発電の約「半分」を占めた。世界には、太陽電池(パネル)を連ねた大規模な「太陽光発電所」は20ヵ所あるが、そのうち15ヵ所、4分の3は、ドイツにあるという。

 ドイツは、たとえばポルトガルと比べ、晴れの日はその半分しかないのに、にもかかわらず、圧倒的なシェアを誇る、「太陽光発電」断トツ世界1の国である。

 では、どうして、そういうことになったのか?

 理由はいくつかあって、ドイツが世界6位の炭酸ガス放出国であり、自然エネルギー発電に切り替えて地球環境への負荷を減らそうと努力しているのがひとつ。(2020年までにエネルギー必要量の4分の1を自然エネルギーに切り替える)
 もうひとつは、国内の原子力発電を2020年までに段階的に全廃することを、国として決定しているからだ。

 しかし、何よりも大きな威力を発揮したのは、ドイツが2000年に制定した「再生可能エネルギー法」という法律。
 これにより電力会社は、太陽光発電による電気を特別価格で買い取ることが義務付けられた。
 そうした助成策のおかげで、「曇天の北国」にもかかわらず、太陽光発電が広がっているのだ。

 自然エネルギー発電ではほかに風力発電やバイオ燃料発電があるが、ドイツでは風車などを大型施設を建設しなくてすむ「太陽光」が、より人気だそう。「北風」よりも「太陽」の知恵(?)が、こんなところにも働いているようだ(???)。

 さて、ドイツが誇る「太陽光発電所」とは実際、どんなものなのか?
 
 ポスト紙の記者が訪ねたのは、太陽光発電専門の電力会社、「ゲオゾル」社(本社・ベルリン)が旧東ドイツの元採炭地、エスペンハインに2004年に建設した発電所。
 ボタ山の跡地、15万平方メートルの敷地に3万3500基のソーラーパネルを並べている。 
 現地で管理にあたっているのは、わずか3人(それと犬が2匹。名前はプーシキンとアディ)。
 小雨の日でも晴天の日の4分の1から2分の1の電気を産み出しているというから驚きだ。

 ポスト紙の記事に導かれ、「ゲオゾル」社のHPにアクセスしてみると、同社はスペインでも太陽光発電事業に取り組んでいるという。曇天という悪条件のなかで培ったノウハウが、外国にも進出するパワーを生んでいるようだ。

 同社のエスペンハイン発電所は3年前の操業開始時点では「世界1」だったが、いまでは後発の発電所6ヵ所(いずれもドイツ国内)に追い越され、目下、第7位。

 そのエスペンハインの20キロ北にあるブランディスの軍の基地跡では、現在世界1のものをさらに上回る、40メガワット規模の太陽光発電所の建設工事が進んでいる。完成すれば1万世帯に送電するという。

 ドイツ政府による太陽光発電の目標値は2020年時点で、国内全発電量の3%。0.5%にも満たない現状からすると、かなりの挑戦だ。
 
 日の出の勢いにはまだまだ程遠い、夜が明けたばかりのドイツ太陽光発電業界だが、それでも全体で4万人の雇用を生んでいる。ソーラーパネル、太陽電池の輸出のシェアも15%に達し、昨年、95億ドルを稼ぎ出した。

 「再生可能エネルギー法」は世界各国のお手本になって、スペインやドイツ、イタリアで同じような法律が出来ている。

 日本では家の屋根に取り付けるソーラー・パネルは目にするが、大規模な太陽光発電所建設の話は聞かない。
 経営難にあえぐ「三洋」は太陽電池の開発では先進的な取り組みを続けていたメーカー(昔、新聞記者だったころ、同社の太陽電池開発を取材したことがある)。その蓄積を、わが国の「太陽光発電所建設プロジェクト」に生かすべきだと思うが、いかがなものか。

 ドイツに負けない、文字通りの「日の丸発電所」づくりが、日の本を自認するこの美しい国でも、そろそろ始まっていい頃である。   


http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/05/04/AR2007050402466_pf.html

Posted by 大沼安史 at 11:16 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (2)

2007-04-29

〔いんさいど世界〕 「環境保護のノーベル賞」 モンゴルの遊牧民 ツェツェジー・ムンクバヤールさんが受賞 鉱毒・渇水からオンギ川を守る

 「環境保護のノーベル賞」と言われる「ゴールドマン環境賞」の2007年受賞者(6人)のひとりに、モンゴルの遊牧民、ツェツェジー・ムンクバヤールさん(40歳)が選ばれた。

 ヤクを遊牧するツェツェジーさんは、生活の場であるオンギ川の自然と、金鉱山の操業に伴う鉱毒と渇水から守る闘いの先頭に立ち、国会で規制法を通すなど、ついに勝利を収めた。
 
 オンギ川はモンゴルの主要河川のひとつで、30もの支流を持ち、流域の草原で暮らす遊牧民ら10万人(と100万頭の家畜)の貴重な水資源になっている。

 ツェツェジーさんは元々、そんな貧しい遊牧民の一人。

 エリートでないにもかかわらず、29歳の歳で地域の住民評議会のリーダーに選出されるなど、人々の信望を集めていたツェツェジーさんが、オンギ川の異変に危機感を抱いたのは1995年のこと。オンギ川の水源となっている「赤い湖」が干上がってしまったからだ。科学者らは、金鉱の取水が原因ではないか、と疑問を投げかけた。

 そこから、ツェツェジーさんの「川を守る」活動が始まった。オンギ川流域、37の金鉱による環境破壊は、取水による渇水だけではなかった。金の溶脱に使用する青酸など鉱毒が川に流れ込んでいることがわかった。

 川の水が毒水になれば、人も家畜も生きてゆけなくなる。ツェツェジーさんは地域の住民に呼びかけ、2001年には「オンギ川運動」(ORM)を立ち上げ、流域の各郡すべての支部を設置するなど、総勢4000人(うち活動家2000人)の強力な組織に育てた。

 記者会見やタウンミーティングで住民の理解を深め、オンギ川沿い470キロを行進したりして、鉱害追放を訴えた。「赤い湖」から取水する3つの金鉱を相手に訴訟を起すなど、キャンペーンを繰り広げた結果、37ある金鉱のうち35が操業を停止。モンゴル国会も鉱山法を成立させ、規制に乗り出した。

 ツェツェジーさんのORMの運動は、オンギ川の流域から全国的なものに発展、2006年には国内11の河川を守る流域運動が合流して「モンゴリア自然保護連盟」を生み出すまでに至った。

 「草原の国」のモンゴル(人口270万、家畜3300万頭)は実は、鉱物資源の豊かな国。金、プラチナ、銅、錫、石油を資源を狙って、外資が進出の勢いを強めており、ツェツェジーさんたちの活動は、鉱毒から遊牧民の生活を文化を守ると同時に、シベリア・マーモットやモンゴリア・ガゼルなど野生の動物たちが生きる自然を維持する闘いにもなっている。

 「ゴールドマン環境賞」のインターネット・サイトに掲載された写真(スライドショー)を見ると、ツェツェンさんは、角刈り頭の、われわれ日本人に似た面立ち。
 明治の頃、足尾銅山の渡良瀬川流域鉱毒汚染に抗議して立ち上がった田中正造のようでもあり、同じモンゴロイドとして、拍手をおくりたくなる受賞ではある。

 「ゴールドマン環境賞」は、米国サンフランシスコのリチャード・ゴールドマンさんが、今は亡きローダ夫人とともに1990年に設置したもので、日本からは熱帯雨林保護運動の黒田洋一さん(91年)、諫早湾干拓反対の闘いに最後の力を振り絞った山下弘文さん(98年)が受賞している。

 リチャードさんは「ゴールドマン生命保険」を起こし、米国有数の保険会社に育て上げた(2001年に別の保険会社に売却)。
 「環境賞」はリチャード夫妻の社会貢献の一環で、文化・芸術活動などの支援も行っている。
(日本の保険会社各社もゴールドマン夫妻のように、業界を挙げて共同で「メセナ基金」を設立するなど、「不払い」の「罪滅ぼし」をしてはどうか……。足尾の古河財閥が、たとえば東北大学の開学に貢献したように……)

 最後に英紙インディペンデントに載った、ツェツェジーさんの受賞の「言葉」を紹介して、この稿を閉じることにしよう。

 If we have a river, we have life. Without the river, there is no life there.

 わたしたちに川があれば、わたしたちは命を持つ。川がなければ、そこに命はない。

 モンゴルの草原から、風のように届いた、シンプルなコトバである。


http://www.goldmanprize.org/node/606

http://www.goldmanprize.org/slideshow/user/271/640

http://news.independent.co.uk/environment/lifestyle/article2474402.ece

Posted by 大沼安史 at 11:54 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-04-22

〔いんさいど世界〕 アメリカで「ズボンの下の劇場」 派手パンツ 日本でも流行???

 男の最後の「聖域」に、「超カラフル&かわいいド派手さ」が侵入を開始し、氷河のような「白一色」の世界を溶かし始めているそうだ。

 アメリカの、男性下着(アンダーウェア)界における新現象。「丘(?)の上の王者」だった、あの白いブリーフが少数派に転落し、代わって、色柄とりどりのカワイイ・パンツが爆発的に売れているという

 ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)がこのほど、カラーの写真つきで報じた。
 ⇒ http://www.nytimes.com/2007/04/19/fashion/19UNDERWEAR.html?_r=1&oref=slogin

 そう、これはもう、あの切れ味鋭い社会学者、われらが上野千鶴子女史(東大教授)が分析した「スカートの下の劇場」の男性版、「ズボンの下の劇場」である。

 アメリカの男たちの「聖域」ではすでに、華麗にもカワイクも、白一色の清教徒的世界を突き破る、「太陽の季節(?)」が始まっているのだ。
 見えないところで、いつの間にか「イチジク革命(と、おバカな僕なら命名したいところですが……)」が勃発し、多彩な勝利の小旗を振るようになっていたのである。

 それでは具体的に、どんな「かわいいド派手パン(英語では novelty underwear といいます)」が、ヤンキーたちの「聖域」を覆い始めたのか?

 上記のニューヨーク・タイムズの記事にアクセスすれば、ひと目で分かるが、言葉で表現すれば、保守的な「白パン」愛好者が目を剥きそうな、「非常識(offbeat)」な「色柄」の勢ぞろい。
 なかには「消防車(どういう意味なんでしょう?)」とか、「ホットドッグ(???)」をあしらったものもあるという。

 デザインも、「下げて・下げて・上げる(low-low rise)」あり、「××ソックス」(そう、あのボストン・レッドソックス=ボストンの赤靴下を履いた野郎どもの「ソックス」です。そのソックスが、アメリカでは別の用途に使われ始めているのですね……。サポーター兼用にもなりそうですから、ひょっとしたら松坂投手も、あっちに行ってから、愛用しているかも知れません???)あり。
 
 まるで百年前、20世紀の初頭にパリで起きた「絵画革命」を思わせる百花繚乱ぶりだ。

 それではこの現象、いつごろからアメリカで起きたのかというと、つい数年前からのこと。
 以前は一部の「愛好者」限定で、ジョークの種だったのが、現実世界(たとえばオレゴン州ポートランド市の中心部、など)やインターネット上に「専門店」が出来たりして一気にブレイク、2006年には男性下着界の王者だった「白ブリーフ」の市場占有率を50%未満に追い込んで、その後も「破竹の勢い」を続けている。

 そう、これはもう、被服文化史に残る、まさに歴史的な事件。
 ニューヨーク・タイムズ紙によると、男性下着界に「ブリーフ」が登場し、市場を席捲するのは、1934年のことだが(当時は「Yフロント」と言ったそうです。Tバックの男性版のような感じでしょうか?)、それに勝るとも劣らない、革命的な事態が進行しているのだ。
 それも、若者だけでなくオジンの間にも広がっているというから、怖いというか、凄い。

 では、なぜ今、そうした「かわいいド派手パン革命」が起きているのか?
 ニューヨーク・タイムズの記事は「幼児化」「回春」「楽しいから」といった理由を挙げているが、どうもいまひとつ、ピンと来ない。

 これはもう、上野千鶴子先生に分析をお願いするしかないと思い始めた矢先、先生が突然、「夢」のなかに現れ、小生の質問に応えてくれたので、参考までに紹介することにしよう。

 Q アメリカで「ズボンの下の劇場」が開演しているそうですが、先生、ズバリ、どう思われますか?
 
 A タイムズのあの記事ね。わたしも読んだわ。あの記事に、イラク帰りの兵士が、砂漠のカモフラージュ迷彩パンツを買って、みんなに褒められたってエピソードが出ていたわね。わたし、グッと来ちゃった!……

 Q 軍人が迷彩パンツ……。フォーブな感じですね。それで先生も、ついついグッと来た!……

 A ほんとにあんたはバカね。わたしがグッと来たと言ったのは、胸にグッと来た、胸が痛くなったという意味よ。砂漠の戦地に送り込まれ、生き残って帰還した兵士が、自分の命の証ともいうべきファルス(×根)を、迷彩パンツで覆う……これって、単純なファルス(笑劇)じゃないないわね。悲喜劇よ。その兵隊さん、イラクで戦った兵士としての自分を肯定しながら、きっと心のどこかで、自分のことを可愛そうだと思っている。しかし、それ以上には進まない。過去を乗り越え、新しく生きられない。悲しきマッチョね。惨めなナルシムズよ。

 Q でも、別に、イラク帰りの帰還兵だけが「かわいいド派手パンツ」、穿いてるわけじゃないですよね?

 A つくづくバカね、あなたは。イラクだけが戦地じゃないのよ、この世界は……。「派手パン」の色柄に、まるでカメレオンのように自己を同定するしかなくなった、男のナルシズム。「スカートの下の劇場」には、ほの暗い、命の深みに通じる凄みがあるけれど、「ズボンの下の劇場」には包み紙の下のパッケージの、上っ面の明るさしかない……。

 Q それじゃぁ、「派手パン」には、まったく取り柄はないと?……

 A いや、そうは言い切れないわ。「ズボンの下」の「リゾームの世界」で、男どもがチョイ自己主張を始めたという点では評価できる。「スカートの下」で「怖い女」が育つように、「ズボンの下」では「怖い男」が頭をもたげ始める……「朝」は「夜」のなかから生まれるものよね。

 Q その「リゾーム」って「リフォーム」のことですよね。「朝」って、「朝ナントカ」の「朝」ですよね???

 A あんたはほんとうにバカね、と言いたいところだけど、実はそう、あなたの言うとおりよ。「ズボンの下」で世界をリフォームする朝が始まろうとしているかも知れないわね。

 ――というところで、目覚ましが鳴り、夢から覚めたが、上野千鶴子先生の夢でのお告げ、当たっているような気もするが、いかがなものか?

 アメリカがくしゃみをすれば、日本が風邪をひく日米関係。
 大統領の山荘に、日本の首相がわざわさ訪ねてゆく日米蜜月。

 となると、やはり、「かわいいド派手パンツ革命」、日本上陸の日も間近!!??

 たとえば仙台の目抜き通りに「専門店」が店開きし、独眼流・政宗もビックリの、地場産、「伊達なド派手パンツ」が陳列される日も、そう遠くはなさそうだ。 

   

Posted by 大沼安史 at 10:59 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-04-18

〔いんさいど世界〕 「2001年9月11日: フランスはそれをずっと前から知っていた」 「真相」に迫る、ルモンド紙 スクープ報道

 仏紙ルモンド(電子版、4月16日付け)が諜報機関、9・11同時多発テロをめぐるDGSE(対外治安総局)の秘密ファイルを入手し、裏づけ取材のあと、調査結果を記事にして公表した。

 秘密ファイルは全328頁。2000年7月から2001年10月までの間に、DGSEがまとめたもので、ノート、分析、組織図、フローチャートなどから成っている。まるで、9・11をめぐる「真実のエンサイクロペデア(百科事典)」。

 同紙の取材班が、DGSEのルノー長官に「ファイル」を突きつけ、コメントを求めたのは、4月3日のこと。長官は取材班の前で、「漏洩を嘆くことを抑えることができかなった」。2001年8月まで、長官だった前任者のロレンツ氏も同じように凍りつき、躊躇したあと、「覚えています」と、ファイルがホンモノであることを認めた。

 日本でも一部新聞ですでに報じられた通り、「秘密ファイル」には、「イスラム過激派によるハイジャック計画」というタイトルの、5頁の長さの分析(報告)が含まれていた。

 その「報告」の「序」で報告者は、「ウズベキスタンの諜報機関によると、航空機ハイジャック計画は200年の年初、カブールでオサマ・ビンラディンの組織の代表者が開いた会合で議論された、と見られる」と指摘。
 さらに、「報告」によれば、ビンラディン配下の「聖戦士」たちは、当初、フランクフルト-米国間でハイジャックしようとして、航空会社9社をリストアップ、最終的に(実際にハイジャックした)アメリカン航空とユナイテド航空の2社を選択した、とされている。

 DGSEはつまり、アルカイダの航空機テロ計画を察知していたわけだが、問題はこの「報告」の「日付」だ。
 なんと、「2001年1月5日」と記されているのである。
 そう、同時多発テロのなんと8ヵ月前に、フランス当局は、航空機乗っ取り計画をつかんでいたのである。

 ハイジャック計画に関する「ファイル」の「報告」は、この5頁のものを含め、9本。この問題に関するDGSEの関心の強さと持続ぶりを示している。

 ところで、この「2001・1・5報告」の「序」で指摘されている「ウズベキスタンの諜報機関」についてだが、DGSEの「ファイル」に登場したのには、次のような理由がある。

 DGSEの所属組織、安全情報局の元局長であるシューエ氏は同紙の取材に対し、信頼できるウズベキスタン情報ルートは、アフガンの軍閥のリーダーの一人で、タリバンと戦っていたドスタン将軍(ウズベク人)との同盟のなかで切りひらかれた、と証言した。
 ドスタン将軍は、ウズベキスタンの親米政権に反対する、親アルカイダ組織、「MIO(ウスベキスタン・イスラム運動)」の中枢にスパイを送り込み、アルカイダの司令部にまで浸透させていた。
 そして、そのスパイ情報は、ウズベキスタンを通じ、「ワシントン、ロンドン、パリ」に流れていたという。

 もちろん、DGSEは、この「ウズベキスタン情報」情報にのみ頼り切っていたわけではなく、ヨーロッパの大都市の郊外からリクルートした「聖戦士」候補者を、アルカイダのキャンプに送り込んだり、マスード率いるアフガンの「北部同盟」のゲリラを浸透させながら、独自情報を収集していた、と同紙は指摘している。そうした手段のなかには、「衛星電話の傍受」も含まれていたそうだ。

 これに続けて同紙は、さらに驚くべき事実を明らかにしている。
 現DGSE長官のブロシャン氏の側近のひとりは、同紙に対して、「少なくとも1995年以降、オサマ・ビンラディンの細胞のひとつを自由に使っている」と語った。
 フランスはビンラディンの組織の一画に食い込むどころか、自分の手先をして使っていたのである。
 「2001・1・5報告」は、このようにさまざまな検証を踏まえ、まとめられたものだと、同紙は指摘している。

 さて、こうして確定した「ハイジャック情報」を、DGSEはどう扱ったか?
 アメリカに対する他の危険情報を同様、「ハイジャック情報」は、DGSEはアメリカ側に伝達した。
 伝えた相手は、CIA(米中央情報部)のパリ支局長で、俳優の「ジョン・ウエインのような体つきでフランス語を話す」ビル・マレー。
 マレーはその後、本国に戻り、今回、ルモンド紙が取材しようとしたところ、応じようとしなかったそうだ。

 DGSEがマレーを通じ、CIAルートで情報を提供したのは否定しがたい事実のようだが、同紙が米国でCIAの関係者2人(うち1人は、CIAのビンラディン追跡班のキャップで、ブッシュ政権を批判したことで知られるマイケル・ショイアー氏)に確認したところ、ともに知らないと答えたという。

 となると、考えられるのは、DGSEの「情報」は途中、どこかで揉み消された可能性があるということだ。
 (大沼の私見によれば、可能性ではなくて実際、揉み消しがあったということだろう)

 以上がルモンド紙のスクープ記事の概略だが、アメリカがアルカイダの計画を事前に察知していたことは、これまでさまざまなかたちで「推測」されていたことだ。
 ドイツやロシアの情報機関も、アメリカに事前警告を発していたとも伝えられている。

 今回のルモンド紙の報道の意味は、「秘密ファイル」の「現物」を入手し、そうした「推測」の信憑性を一気に「事実」に高めたことである。

 ブッシュ政権による「世紀の犯罪」、「9・11やらせテロ」をめぐる「真実」がまたひとつ、浮かび上がった。
  
 

http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0,36-896553,0.html

http://www.asahi.com/international/update/0417/TKY200704160332.html

http://www.kahoku.co.jp/news/2007/04/2007041601000720.htm

Posted by 大沼安史 at 09:45 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (1)

2007-04-15

〔いんさいど世界〕 「クラシック中国革命」の幕が上がった オペラ「ファースト・エンペラー」から天才ピアニスト、ランランまで 音楽の世界でも世界制覇へ

 中国の温家宝首相が来日し、国会で演説して帰国しました。「氷を溶かす旅」をして、帰って行った。魅力的な立ち居振る舞い……。日本の薄汚い、「ネオ・ファシスト」政治家どももギャフン、といったところでした。

 それにしても、12日の国会演説は見事でした。「泰山」と「富士山」を並べる、といった対句的な表現がとくに印象的でした。
 中国政府にはスピーチライターがいるのでしょうか? 日本の指導者の演説は役人が下書きしたもので、つまりませんが、温首相の演説はよかった。

 温首相で思い出すのは、1989年の天安門事件のときのあの「写真」ですね。民主化運動に同情的だとレッテルをはられ失脚した総書記の趙紫陽さんが、天安門広場で出向いて説得にあたっているとき、その後ろで温さんが呆然とした不安気な顔で立ちすくんでいる……。
 あのとき、温さんは何を考えていたのでしょう?
 
 温首相はこんどの訪日で、日本に譲歩をし過ぎだと、中国の保守派から批判されそうだと言われていますが、日本政府はそんな温首相を追い込んではいけませんね。

 さて、きょうは中国に関するお話です。
 中国というと経済のことばかり言われていますが、文化の面でも日の出の勢いなんですね。それも、なんと西洋音楽、それもクラシック音楽の分野で、大躍進を遂げている。まるで「クラシック中国革命」が起きているような感じです。どんな様子なのか、ちょっと見てみましょう。

 オペラといえば、クラシック音楽の王様というか、西洋音楽のステージの頂点に立つものですが、昨年の暮れからことしの正月にかけ、ニューヨークのリンカーンセンターで、「メトロポリタン・オペラ(Met)」が、中国製のオペラを初上演しました。

 チェン・イさん(中国生まれ、アメリカ国籍)作曲のオペラ、「ファースト・エンペラー」。そう、映画の「ラスト・エンペラー」の反対、伝説の初代皇帝、Sinを題材にしたオペラでした。
 (Sinって誰なのか、貝塚茂樹さんの『中国の歴史』で調べてみましたが、よくわかりません。「五帝」のひとりで、農業の礎を築いた「神農」のことかも知れません。★ サッポロの「ヒデオさん」より、秦の始皇帝ではないか、とのご教示がありました!!!)
 
 あの世界的なオペラ歌手のドミンゴさんも出演して話題をさらいましたが、ニューヨーク・タイムズの評論家からは、さんざんな批評をもらってしまいました。
 でも、チケットは全席売り切れ。1月6日のマチネ公演は全世界に中継されたそうです。

 中国を舞台としたオペラというと、プッチーニの「トゥーランドット」(去年暮れ、ウクライナ歌劇団が東京公演をしました)が有名ですが、こんどは中国人作曲家による純正オペラ。北京歌劇団の女性歌手、ウー・シンクオさん(ニューヨーク・タイムズは彼女のことだけ、とても評価しています)も参加して、豪華絢爛たる舞台を盛り上げました。

 この「ファースト・エンペラー」、Metでは、冗漫な部分をカットしてすっきりした筋に仕立て直し、ことしのシーズンに再演するそうです。そして、来年は中国各地を巡演するそう。いずれ、日本にも来るかも知れませんね。

 中国人のクラシック演奏家では、ピアニストのランランさん(パンダみたいな名前ですが、郎朗と書きます。男性です)がいま、全世界注目の的です。
 瀋陽生まれの24歳。9歳で北京の中央音楽学院に入学、12歳のとき(1995年)、東京で開かれたチャイコフスキー国際ヤング・ミュージシャン・コンクールに優勝、その後、アメリカに留学してブレークしました。

 この人は、天才というか驚異ですね。ことし、日本に来るバレンボエムとも共演するなど、ホロヴィッツの再来などと言われています。演奏の技巧とスケールの大きさが評価されているそうです。

 中国にはもうひとり、同じ24歳のリ・ユンデという男性ピアニストがいます。中国市場で売り込む、アメリカの有名スニーカー・メーカーのCMに出たりして、国民的な人気を誇っています。
 この人の演奏をぼくは聞いたことがあるのですが、中国的な絢爛さあって、印象に残って消えない、すごいピアノでした。

 温首相はポスト文化革命の世代の中国指導者ですが、中国共産党は30年前には西洋クラシック音楽を目の敵にしていたのですね。それがこの10数年で、大きく転換した。

 ランランさんもリ・ユンデさんも、実は中国の膨大なクラシック音楽層の氷山の一角に過ぎません。
中国のピアニスト人口はなんと3000万人、バイオリニストも1000万人に達するそうです。
 ピアノ工場も142ヵ所あって、年間37万台を出荷、バイオリンも100万台、生産されているのだそうです。

 ランランさんを育てた中央音楽院のように、天才教育にも力を入れており、15歳のバイオリニスト、ユ・ゼンヤンさんのような新しい才能が、世界の舞台への飛躍を待っているそうです。

 アメリカの専門家の予測では、クラシック音楽界ではこんご20年、「中国の時代」が続くそうです(次はインドの時代になるのでしょうか?)。

 この「中国発」の世界的な「クラシック革命」はしかし、足元の中国本土の音楽文化を大きく変えるエネルギーをはらんでいるような気がします。
 そう、ほんとうの意味での「文化大革命」がいま、中国本土で起きようとしている。

 中国政府は江沢民さんの時代、天安門広場の西に、フランスの建築家の設計で、巨大な「国立劇場」の建設に着手、4年遅れでよくやく完成させたそうです。(アヒルの卵みたいだと悪口も叩かれているそうですが……)

 温首相の時代にそうなるかどうかはわかりませが、「北京」が遅かれ早かれ、ニューヨークやロンドン、ベルリンなどに並ぶ(あるいはそれを超える)、世界のクラシック音楽の「首都」になることは間違いありません。  

 クラシック音楽とともに「民主化」も進み、いずれ天安門広場で、あの悲劇的な事件を追悼する野外大コンサートが開かれるようになるかも知れない。

 聴衆のなかに、温さんの姿もあって、あの写真のような、不安気な呆然とした顔ではなく、訪問先の京都の農家で見せたような、やすらいだ笑顔を見せる……そんな日が一日も早く来てほしい気がします。  

Posted by 大沼安史 at 01:25 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-04-09

〔いんさいど世界〕 全米揺るがす ペットフード・クライシス 犬、ネコが腎機能障害で相次ぎ死亡 メーカー、製品をリコール

 アメリカで汚染されたペットフードを食べた犬やネコが死亡する事件が相次いでいます。メラニンというプラスチック製品の原料となる化学物質を含んだペットフードが原因で、製造メーカーでは回収を急いでいます。連邦政府当局(FDA)が確認した死亡例は16例にとどまっていますが、実態としては数千匹レベルに達しているとみられ、アメリカのペット社会に波紋を広げています。

 シカゴの新聞にこんな例が出ていました。フラム家の飼い猫、バスチ(13歳、オス)のケースです。
 家族と一緒のシャワーを浴びたがるなど元気いっぱいなバスチの様子がおかしくなったのは、3月19日のことでした。食事をとらなくなって、物陰に隠れるようになりました。そして、意識不明の昏睡状態に。
 動物病院に連れていっても症状はよくなりません。
 心配した高校生のお嬢さんがその夜、添い寝をしてあげましたが、バスチは苦しがり続け、次の日の夜、息を引き取りました。
 動物病院での検査の結果、バスチは腎機能障害を起こしていたとわかりました。

 同じような事例は全米各地でほぼ同時に発生しました。バスチのようなネコだけでなく、ペットの犬たちも腎機能障害を起こしていたのです。FDAによると、飼い主からの訴えが全米で1万件も、出ているそうです。

 原因はペットプードでした。カナダのオンタリオ州に本社をおく「メニュー・フード」という大手メーカーの製品がメラニンに汚染されていたのです。

 メーカーでは、自社テストでも死亡が確認されたとして、3月16日にまず、ウエット・タイプのペットフードを全米スーパーなどから回収、4月5日には「ドッグ・ビスケット」などドライ・タイプの回収に乗り出しました。

 FDAの調査の結果、メニュー・フード社の製品に混入していたメラニンは、中国から輸入された原料の「小麦グルテン」に含まれていたものとわかりました。
(これに対して、名指しされた中国のメーカーは、アメリカやカナダにはそもそも輸出していないと、疑惑を否定。中国政府も、中国産「小麦グルテン」説を否定しています)

 FDAは汚染源は特定されたとしていますが、メラニン自体は毒ではなく、どうして腎機能障害がおきたのか、因果関係はハッキリしていません。
 「なぞの奇病」であるわけです。

 「奇病」それ自体は、メニュー・フード社の回収(リコール。昨年12月以降の製造分のすべてを回収)でこんご沈静化してゆく見通しですが、「被害」はさらに拡大しそうな見通しです。
 死に至らないまでも、動物病院にかかったペットはかなりの数に上ると見られ、メーカーの製造責任を問う裁判が続発しそうな状況です。

 メーカー側は動物病院の診療代を持つとしていますが、収まらないのは、ペットを「殺された」飼い主たちで、大規模な集団訴訟に発展しそうな雲行きです。

 そうしたなかで注目されるのは、「ペット」がどう法律的に扱われるかという問題です。
 アメリカの州法でもペットは、車やパソコン並みの「私有財産」とされていますが、ペットはいまや「家族の一員」。人間並みの損害賠償請求訴訟になるのでは、との見方が出ています。
 サンフランシスコなどでは条例で、ペットの飼い主を「保護者」と規定しており、わが子のようなペットを失った「保護者」に、人間並の補償をせよ、という判決がでるかも知れない雲行き、だそうです。

 こうしたペットフード・クライシスのなかで、おもしろいのは、ペットにも「家庭の味を」という流れが出ていることです。
 人間の食材と同じものを、犬やネコたちに食べさせよう、残り物を料理してエサにしようという動きです。

 「家族の一員」というのであれば、安易にペットフードに頼るのではなく、ペットも一緒に食卓を囲もう(?)という動きですね。
 (ぼくが子どものころは、どこでもみんなそうでしたけど……)

 その一方で、安全性を売りものにした、値段の高い、グルメ・ペットフードにも飼い主の関心が集まっているそうですが、こうなるともう、エサ代がバカになりませんよね。

 このアメリカのペットフード・パニック、今回は幸い「対岸の火事」に終わり、日本では被害が出ていないようですけれど、こんごのこともあるので、政府当局には一度キチンと調べ、「安全宣言」を出してもらいたいところですね。
 
  

  

Posted by 大沼安史 at 01:37 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (3)

2007-04-02

〔いんさいど世界〕 サンフランシスコがプラスッチック・ショッピングバッグ禁止条例

 アメリカ西海岸、サンフランシスコ市が3月27日、大型スーパーやドラッグストアのチェーン店でのプラスチック・ショピングバッグ禁止条例を可決しました。
 プラスチックの買い物袋の禁止は、全米の都市では、これが初めて。日本にもいずれ波及しそうな風向きです。

 地元紙のクロニクル紙によると、同市の「監督者委員会」が「条例」(オーディナンス)を承認し、間もなく市長が署名して正式なものになります。

 対象は大型スーパーと、ドラッグストアのチェーン店で、大型スーパーでは半年以内に、ドラッグのチェーン店では1年以内に、買い物客へのプラスチック・バッグの提供が禁止されます。

 禁止の理由は、腐らず、リサイクルがしにくいのと、風に乗ってどこへでも飛んでゆき、森や川、海に住む動物たちの生存をも脅かしているため。

 サンフランシスコでは年間1億8000万枚のプラスチック・ショッピング・バッグが使用されていますが、今回の規制でかなりの部分が再生紙使用やコーン・スターチ製のバッグに切り替わるのではないかと見込まれています。

 今回の決定に「さすが、シスコ」と、全米はもちろん、全世界の環境保護派から賞賛の声が出ていますが、地元のスーパーの団体では、再生紙やコーンスターチバッグは割高で、消費者へ転嫁せざるを得ないと警告しています。

 シスコでは2年前、フラスチックバッグ1個あたり17セント(20円)を課税する案も検討されましたが、結局、「禁止」のかたちに収まりました。

 このプラスチック・バッグの禁止ですが、世界的にはアイルランドのように全国的に禁止もしくは課税措置をとる国も出ており、世界的な流れになりつつあります。

 そういう流れに今回、「シスコ」が加わった!

 実はこのサンフランスシコという西海岸の都市、世の中のトレンドを決める都市として有名で、これが「プラスチック・バッグ」禁止に動いたということは、今後の世界的な流れを決定付けるわけで、無視するわけにはいきません。

 シスコの禁止令がどんな結果をもたらすか、わたしたち消費者はもちろん、日本の環境行政・廃棄物処理当局者にとっても見逃せないところです。

Posted by 大沼安史 at 11:21 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (2)

2007-03-27

〔いんさいど世界〕 仏レジスタンスの英雄 同名の「息子」と再会 母はナチスの強制収容所で出産、父と同じ名前を名づけていた!

 フランスのレジスタンス運動。ご存知ですよね。ナチス・ドイツに対する地下抵抗運動です。
 第2次世界大戦が終わって……ヒトラーの支配から解放されて60年。フランスではいま、レジスタンスの英雄とその同名の息子さんの再会劇に注目が集まっています。

 父親の元レジスタンスの闘士は、ロベール・ナンさん(82歳)。その「息子」のロベール・ナンさんは(62歳)。現在、DNA鑑定で最終確認中ですが、父親のロベールさんが20歳のときにもうけた子が息子のロベールさんだったわけです。

 息子のロベールさんが生まれたのは1945年3月のことでした。場所は「ブッヘンヴァルト収容所」。そうナチスの悪名高き絶滅収容所が、出生地だったわけです。
 生んだ女性は名前も分かっていません。ただ、ロベールさんを生んで間もなく収容所内で死亡したことはわかっています。

 その女性にとって、おなかの赤ちゃんを産み落とすことは、人生の最後を賭けるにふさわしい、大事なことだったに違いありません。 
 男の赤ちゃんを産んだあと、彼女はどうしたか?
 赤ちゃんの名前を「ロベール・ナン」と登録したのです。

 勲章ももらったレジスタンスの英雄、父親のロベールさんには、こんな思い出があります。ノルマンディー上陸作戦が続いている1944年6月の終わり、ナチスの協力者たちの追っ手を逃れて、ヴッルフランシェという街の地下室の潜伏していました。ナチス軍の制服を着て逃亡を続けていたそうです。

 そしてその地下室にレジスタンスの同志の長い金髪の若い女性がいた。名前はたしか、ポーレット、あるいはジョーゼット。ふたりは若い情熱をぶつけ合い、一夜をともしたのだそうです。

 そして彼女は、翌朝、地下室のアジトを出ていった……。
 父親のロベールさんが、彼女がナチスに捕まり、ブッヘンヴァルトへ送られて死んだと聞かされたのは、戦争が終わったあとのことでした。

 息子のロベールさんは戦後、リヨンの近くに里子に出され、苦難の少年時代を過ごすことになります。
 その息子のロベール・ジュニアが自分の出生の秘密を知ったのは1963年、18歳のとき。母親がレジスタンスの活動家で、自分がその母から、ブッヘンヴァルトで生まれたことを。
 それから、息子ロベールの父親探しが始まるわけですが、12年後、30歳の秋(1975年10月)、父親のレジスタンス活動のことを記事で読んで、同じ名前だから、もしかしたら、叔父さんか従兄弟か、血のつながりがあるかも知れないと、手紙を書きました。
 そして、ホテルで面会を約束をする。
 ところがそのときの約束は、父親の到着が遅れたことで結局家、すれ違いに終わり、その数日後、息子がかけた電話も、父親の奥さんにブロックされてつながらない。
 運命の神はそのとき、父と子の再会を赦さなかったのですね。

 それから30年……。息子との再会を阻んだ前の奥さんと離婚した父親ロベールさんは私立探偵を頼んで、ついに東部のナンシーで清掃員として働く息子さんを探し出し、DNA鑑定に漕ぎ着けたわけです。

 結果ができるのは4月初め。再婚した妻と二人の娘さんが認知に反対していて、ちょっと心配ですが、父親としては「認知」する気でいるそうです。
 うまくいってくれるといいですね。

 ブッヘンヴァルトで死んだお母さんも、こうなる日を夢見て、息子に地下室のアジトで一夜をともにした同志の名前をつけたんだと思います。

 父親はこう言っています。「これは名誉の問題だ。わたしは常に息子を望んでいた。それが叶って素晴らしいと思っている。それが人生のとても遅い時点でのことではあっても」

 父子再会の日が来ることを、祈りたいと思います。

Posted by 大沼安史 at 12:29 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-03-19

〔いんさいど世界〕 「イレーナのリスト」明るみに ワルシャワ・ゲットーから ユダヤ人の乳幼児2500人を救いだしたポーランド人女性 イレーナ・センドレローワさん(97歳)ノーベル平和賞候補にノミネート

 「イレーナのリスト」が明るみに!――最近、こんな驚くべきニュースが世界を駆け巡りました。あの「シンドラーのリスト」のドイツ人実業家、オスカー・シンドラー氏を同じように、ユダヤ人の子どもたちの命を救った、ポーランド人女性がいたことが、わかったでのす。

 ワルシャワの養老院で余生を送る、イレーナ・センドレローワさん(97歳)が、その人。ことしの「ノーベル平和賞」の候補にノミネートされ、彼女の命がけの救出活動が世界の人びとの知るところとなったのです。

 イレーナさんはナチス・ドイツ占領下のワルシャワで、市役所の衛生局の保健婦として働いていました。彼女の担当は、ナチスがユダヤ人らを囲い込んだ「ワルシャワ・ゲットー」。そこへ仕事で出かけるかたわら、幼い子どもや赤ちゃんを脱出させる危険な任務を果たしたのです。

 40万人のユダヤ人が家畜のように追い込まれたワルシャワ・ゲットーが設置されたのは、1940年11月のことでした。高さ3メートルの壁に囲まれたゲットー内ではチフスや結核も蔓延し、ユダヤ人家族は強制収容所行きを前に、苦難の生活を強いられていました。

 イレーナさんの手で、そんなゲットーの塀の中から救い出された幼い子どもたちは、あかちゃんを含めて2500人近く。

 そのひとり、エルズビエタさんの脱出は、こんな風だったといいます。

 エルズビエタさんは当時、生後5ヵ月の赤ちゃんでした。母親は外出の際、新生児の彼女を布袋に入れてあやしていました。あるとき、ナチスの兵士が怪しんで、布袋を銃剣で刺したそうです。エルズビエタさんは奇跡的に刃先を逃れ、助かりましたが、母親はもうゲットーにおいてはおけないと、彼女を手放すことにしました。

 そのとき、母親の願いを聞き入れ、エルズビエタさんを脱出させたのが、当時、30歳のイレーナさんでした。
 イレーナさんはエルズビエタさんを道具箱に隠し、レンガを運ぶ四輪馬車に乗せて、塀の外へ送り出しました。見つかれば死刑になる危険なことでした。

 脱出法はさまざまでした。袋に入れたり、下水本管を通したり、救急車の担架の下に隠したりもしたそうです。

 カーテンを引いた窓の外に子どもを隠し、その子のからだを必死で支えて、ゲシュタポの魔手を逃れたこともあったそうです。

 こうしてゲットーを逃れた幼い子どもたちは身元を隠して、ポーランド人の家庭に引き取られ、ポーランド人として育てられたのです。

 イレーナさんは戦争が終わって実の親子が再会できる日のために、子どもたちひとりひとりの記録をつけていました。タバコの巻紙に書き込んでいたのです。

 そんな「イレーナのリスト」は、万が一に備え、同じものがふたつ、つくられました。それぞれ別のガラスの瓶に入れられ、イレーナさんの職場の同僚の庭に埋められていたのです。

 そんな彼女がナチスのゲシュタポに捕まったのは、1943年10月のことでした。夜明けに自宅に踏み込まれ、家宅捜索の末、彼女はゲシュタポの本部に連行されたのです。

 拷問が待ち構えていました。イレーナさんは手足を折られましたが、口を割りませんでした。
 死刑を宣告された彼女は、ある日、牢屋から連れ出されました。処刑場に向かうのだと覚悟しましたが、違いました。

 イレーナさんの知らないところで救出活動が続いており、ナチスの係に米ドル札の賄賂をつかませ、監獄からの脱出に成功したのです。

 実はカトリックの信者でもあるイレーナさんは、ロンドンのポーランド亡命政府の秘密組織、「ゼゴタ」のメンバーで、人道的な立場から、この危険な救出活動に従事していたのです。

 ナチスの手を逃れた彼女はそのまま、地下に潜伏、母親の葬儀にも出ることができませんでした。

 この「ゼコタ」(架空の男性の名前です)は、カトリックの作家、ゾフィア・コザックさんと、ワンダ・クラエルスカヤ・フィリポウィッツさんという社会主義者が組織した抵抗組織で、ポーランドでも10年ほど前までは、一般には知られていませんでした。そしてイレーナさんの活動もまた、戦後、長い間、知られずにいたのです。

 イレーナさんにわが子を託したユダヤ人の家族は、ワルシャワ・ゲットーから、ナチスの絶滅収容所に送られ、ガス室に消えて行きました。「イレーナのリスト」は、親子の再会には役立ちませんでしたが、脱出した子どもたちに、親の分も生きる、それぞれの「人生」をプレゼントしたわけです。

 養老院にいるイレーナさんは拷問の後遺症で、松葉杖をついているそうです。
 その彼女が、インタビューに来た記者たちにこう言いました。「わたしは英雄ではありません。その正反対です。わたしは、どうしてもっと助けられなかったんだろうと思い、胸が痛いのです」と。

 ことしのノーベル平和賞の候補にノミネートされたイレーナさんは、高齢のため、候補指名のセレモニーに出席できず、代わりにこんなメッセージを寄せたそうです。

 「いまは亡き秘密のメッセンジャーたち全員と、わたしが助けた子どもたちひとりひとりは、この地上におけるわたしという存在の証(あかし)であります。栄誉のタイトルではありません。ホロコーストの地獄から半世紀が過ぎていますが、その妖怪はいまだ世界を覆っており、わたしたちに悲劇の忘却を許していません」

 日本にも「日本のシンドラー」と呼ばれる、杉原千畝さんというリトアニア領事の外交官(6000人に査証を発給して救った)がいますが、イレーナおばあちゃんもまた、世界の誇りです。

 イレーナ・センドレローワさん。
 2500人のユダヤの子どもたちを救ったこのポーランド人女性のことを、わたしたちもまた、わたしたちの「忘却しないリスト」に記録しなければなりません。 

 

Posted by 大沼安史 at 03:11 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-03-14

〔いんさいど世界〕 ミツバチが消えた 異常現象 全米に広がる 「蜂群崩壊症候群」と命名 原因不明 農作物の受粉に影響

 ミツバチの群れが突然消えたり、巣箱で大量死しているのが見つかる異常現象が全米規模で起きています。昨年11月、東部ペンシルバニア州などで確認された謎の現象は、年が明け、春3月になっても収まらず、西海岸のカリフォルニアなど全米規模に拡大して、深刻な問題になっています。

 養蜂家の巣箱を「我が家」に、トラックで全米を歩き回る(?)アメリカのミツバチ(honeybee)たちは、ハチミツをつくるだけでなく、農産物の受粉に重要な役割を果たしているそうです。
 その壊滅は、アメリカの農産業にも大きな打撃となります。
 ミツバチたちにいったい、何が起きているのでしょう?

 異変は昨年秋、フロリダ、ジョージアなど東部、南部の3州で初めて確認されました。養蜂家が巣箱を開けると、もぬけの空、という事態が相次ぎ、ミチバチたちの集団失踪事件として騒ぎになりました。

 東海岸に限定された地域的なものと思われたミステリーは、その後、全米に拡大、春を迎え、野山に花が咲き出した今になっても続いています。どこかへ飛んでいってしまうケースのほか、巣箱内で大量死している例も確認され、集団失踪はどうやら集団死と関連しているのではないか、と見られるようになりました。

 アメリカでは1980年代などに地域限定で同じような現象が小規模に起きたことがあるそうですが、全米規模は史上初の出来事。
 あまりの異常事態に、「蜂群崩壊症候群(CCD=Colony Collapse Disorder)」という、病名のような名前で呼ばれるようになりました。
 (この問題を3月1日付け夕刊で報じた朝日新聞は、「いないいない病」と命名された、としています)

 デンバー・ポスト紙が3月4日、伝えたところによると、コロラド州では30万コロニー(ミツバチの群れ)が、このCCDにやられてしまったそうです。
 同紙によれば、養蜂家のジェフさんは「ひとつの巣箱で4000匹から5000匹が死んでいる。もぬけの空になったものもある。どこかへ消えてしまった」

 コロラド州の場合、ミツバチたちの、冬のオフシーズンの間の減損率は2%から、せいぜい多くて10%ですが、ことしは40%に達しているそうです。

 こうした状況は現在、全米24州に広がっていますが、世界一のアーモンド産地であるカルフォルニア州でも被害が深刻化しています。

 ニューヨーク・タイムズ紙が2月23日付けで報じたところによると、同州ヴィサリアの養蜂家、デービッドさんは1月になって、そろそろアーモンドの受粉の準備をしようと巣箱を開けたところ、彼の飼っている1億匹のミツバチの半分が蒸発していました。50歳んあるデービッドさんにとって、こんなことはもちろん、初めてのことだと言います。

 原因についてはいくつかの説がありますが、どれも推測の域を出ていないそうです。
 その第一は、働き過ぎによるストレスで免疫が低下し、感染症に弱くなっているのではないか、との見方です。
 アメリカの養蜂家は最近、中国やアルゼンチンからの輸入ハチミツなどで収益が低下し、年から年中、あちこちにトラックで出かけていっては、ミツバチたちに働かせないと利益が出ない状況に追い込まれているそうです。
 ミツバチがまさに「働きバチ」になって過労を強いられているのですね。

 とくに問題なのは品種改良でアーモンドが2月から開花するようになり、その受粉に駆り出されるようになったこと。
 春が来るまで、のんびりしよう、ってことができなくなり、それがストレスを呼んで、ウイルスにやられやすくなっている、という説です。

 もうひとつは、ヨーロッパで禁止されている殺虫剤が養蜂に使われていることです。
 ミツバチたちってダニに弱いんだそうです。で、ダニ退治に殺虫剤を使っている。

 ところが、これがミツバチの群れにとってはあまりよいことではないらしく、働きバチたちの帰巣能力を損なっているのではないか、と見る研究者もいるそうです。
 女王蜂も殺虫剤の影響で、数年前と比べ、寿命が半減している、という説もあります。

 ミツバチというと、すぐハチミツを連想して、どうもそっちのことばかり心配してしまいますが、そんなことより、もっと心配されるのが、農作物への影響です。
 アメリカのミツバチたちって、受粉作業員としても駆り出され、その方の稼ぎがミツを集める本業の数倍にもなっているのだそうです。
 アボカドもキウイも、ミツバチが受粉を助けていると、ニューヨーク・タイムズには出ていました。
 (余談になりますが、まさか、ミツバチまで花粉症になっているのじゃないですよね?!)

 ミツバチたちが花粉まみれになって農作物(植物)受粉をしてくれないと、どうなるのか?

 どうも大変なことになるようです。
 
 米農務省によれば、わたしたちが食べている食物(植物)の3分の1はミツバチによって受粉しているものだそうです。
 そのミツバチが、このままCCDによる被害拡大で壊滅状態に陥ってしまえば、農産業に赤信号が点り、食料危機さえ招きかねないことになってしまう……。
 これはもう、聞き捨てならない、由々しき事態になってしまうわけです。

 アメリカではモンタナ大学と連係する「ハチ警報テクノロジー」という民間団体が中心になって、被害拡大を防ぐため、被害にあった巣箱の隔離など、さまざまな「対策」を呼びかけていますが、いずれも「当面の試験的予防策」に過ぎず、決め手なし、が実情のようです。

 日本にも養蜂家がいます。もちろん、宮城県にも。
 いまのところ「対岸の火事」ではありますが、なにごともグローバル化した現在、鳥インフルエンザのように、いつなんどき、飛び火しないとも限りません。

 県庁などの関係機関には、注意深いウオッチをお願いしたいところですね。 


http://beealert.blackfoot.net/~beealert/index.php

Posted by 大沼安史 at 10:46 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-02-19

〔いんさいど世界〕 「捕鯨反日」 如何に対処すべきか? 南氷洋 クジラ戦争 捕鯨母船 船内火災 1人死亡 「沿岸捕鯨文化」へ理解を示す「グリーンピース」 過激化する「シーシェパード」 ペンギン生息地危うし

 南氷洋でまたも「クジラ戦争」が勃発しました。日本の「調査捕鯨」を「偽装した商業捕鯨」だと反発する環境保護団体がまたも抗議船を繰り出し、妨害活動に入りました。

 ゴムボートで体当たりしたり、酪酸入りのボトルを投げつけたり、保護団体側のプロテストもエスカレート。

 対する捕鯨船団側は放水で対抗するなど、文字通り、グジラをめぐるバトルが行われました。

 クジラをめぐる今シーズンの戦いは、捕鯨母船の「日新丸」が火災を起こして操業不能となり、このまま休戦となりそうです。

 それにしても、気になるのは、グローバルな規模で広がる「捕鯨反日」の広がり。
 日本政府の対応力が問われています。

 ニュージーランドのはるか沖合いの南氷洋で操業中の捕鯨母船「日新丸」(8000トン)で火災が発生したのは、2月15日の昼過ぎ。

 出火場所は船内(センカンド・デッキ)の処理工場内で、火災は17日未明まで続き、焼け跡から乗組員1人の遺体を収容しました。鹿児島県出身の牧田和孝さん(27歳)で、死因はCO中毒と見られています。

 「日新丸」は昨年11月、下関を出港、ことし3月半ばまで南氷洋で操業し、英紙インディペンデントの報道では「945頭のクジラを殺害する」(日本のシドニー発共同通信社電ではミンククジラ約850頭とナガスクジラ10頭を捕獲する)予定でした。 

 インディペンデント紙によれば、「日新丸」の火災は、1989年に続き、これで2度目。今回の船内火災が荒れ狂ったのは、鯨油に引火したのも一因ではないかとみています。

 今回の火災で「日新丸」は電気系統とエンジンがダメージを受け、自力航行不能になりました。シドニー発の共同電によると、燃料補給船が港まで曳航するとのことです。

 さて、今回の「日新丸」の火災に関する世界的な反応ですが、環境保護団体の「グリーンピース」」などは、これを機会に「調査捕鯨」を止めにしてください、という姿勢ですね。

 もう、2回も火災を起こしていることだし、「調査捕鯨」というのは名ばかりで、1982年以降、禁止された「商業捕鯨」そのものじゃないか、科学的調査をするのであれば、「観察」するだけでいい、殺す必要などないじゃないか、もうそういう偽装捕鯨はやめたら、いいという声が出ているわけです。

 先ほども引用しましたイギリスの高級紙、インディペンデントなど、捕鯨母船が火災を起こしたことで、「クジラたちが救われた」との見出しの記事を掲げています。

 捕鯨母船「日新丸」の火災について日本ではほとんど報道されませんが、世界的にはこれだけ関心を呼んでいることを忘れてはなりませんね。

 「日新丸」の火災は鎮火しましたが、これで終わったわけではありません。
 日新丸」から重油などが流出するのではないか、と危ぶまれているのです。

 実は現場の160キロ先に、アデリー・ペンギンの営巣地(25万ペアが営巣しているそうです)があって、重油などが漂着したら、壊滅的な打撃を受けることは必死。

 このため、ニュージーランド政府は「船(日新丸)を、なんとかして、南極の沿岸部から移動させなければならない」などと言っています。

 南氷洋に船団を送り込んでいる、農水省所管の「日本鯨類研究所」では、燃料補給船で曳航するといっていますが、ちょっと心配です。

 たぶん、曳航先はオーストラリアになるのでしょうが、どこに行くにも「南緯40度台」の「ローリング・フォーテーズ」と呼ばれる暴風圏を突破しなければならないからです。

 大丈夫でしょうか?

 実は「日新丸」に対して、環境保護団体の「グリーンピース」が救いの手をのばしているのです。
 南氷洋に配備している抗議船の「エスペランツァ」号に曳航させましょう、と申し出たんです。

 この「エスペランツァ」という船、もともとは曳航用のタグボートで、船長も海難救助のベテラン。
 それなのに、日本側は、この「敵に塩をおくる」申し出を断ってしまったんです。
 意地張ったとしたら、問題です。

 自力曳航の成功を祈るほかありません。

 さて、この救いの手をのばしてくれた「グリーンピース」ですが、ことしのバレンタインデーに、「わたしたちは日本を愛しています。でも、捕鯨に無意味だし、わたしたちのハートをブレークするものでしかありません」キャンペーンを世界中で展開しました。

 「グリーンピース」としては、われわれは日本の沿岸捕鯨の伝統と文化を尊重している、しかし、調査捕鯨という名の偽装商業捕鯨に反対だ、という態度を表明し、世界に広がる「捕鯨反日」運動に釘を刺してくれたわけです。

 北欧スウェーデンの首都、ストックホルムの日本大使館には、「カワイイ女の子」ルック(マンガ・ガールというそうですが)の女性メンバーが花束を届けて、大使館員に面会を求めました。
 大使館側が面会には応じましたが、その花束、凶器になるかもしれないから、外に置いて中に入れ、って言ったそうです。
 冷たい仕打ちですね。大人気ないというか……。

 「グリーンピース」は、もっといいこともしてくれました。メンバーの一人がおばあちゃんの家で、クジラの竜田揚げなんか食べて「これは、うまい」っていう場面を収めた、「日本の沿岸捕鯨文化PRビデオ」を自主制作して、キャンペーンを繰り広げてくれたそうです。

 ありがたいことじゃないですか。うれしいことじゃないですか。
 そんな「グリーンピース」の曳航の申し出を無碍に断った日本側、いったい誰がどんな判断でそんな決断を下したのでしょう?
 ちょい、みっともない感じがしますね。

 実はこうした「グリーンピース」の「大規模偽装捕鯨」と「伝統捕鯨」をきちんと区別し、日本人が昔から続けてきた沿岸捕鯨の文化的伝統に配慮する姿勢に対して、ほかならぬ保護団体のなかから批判が出ています。

 そう、クジラの竜田揚げを食べるビデオをつくったことに対して、「裏切り者」と言った批判が出ているのです。

 「グリーンピース」をう槍玉にあげているのは、北米の海洋生物保護団体の「シーシェパード」。
 この「シーシェパード」は今シーズン、南氷洋に2隻の抗議船を派遣し、「日新丸」船団に対して、さまざまな妨害活動を続けて来ました。

 シーシャパード側によると、2月9日には海幸丸という捕鯨船に対して酪酸入りのボトルを投げ込む事件が起きています。これに対して日本側はおかげで乗組員2人が負傷したと発表、非難しましたが、シーシャパード側は「嘘付け、酪酸は無害だ」と一蹴、泥仕合っぽくなっています。

 「シーシェパード」側によると、プロテスター2人が乗り組んだゴムボートが「日新丸」と接触して転覆した事故もありました。2人は8時間、漂流し、無事救助されたそうです。

 昨シーズンは、グリーンピースの「エスペランツィア」が果敢な抗議抗議行動を続け、クジラの船内引き上げを45分間も阻止する騒ぎも出ていますが、ことしは「シーシェパード」が執拗に抵抗しています。

 どうして「シーシェパード」の抗議行動が活発化しているかというと、日本政府の圧力で、ベリーズ政府が抗議船2隻に対する船籍付与を取り消し、無国籍船になったことで怒っているらしい。日本側の責任者(在京の財団理事長)が「海賊船による海洋テロだ」と言ったりしたことも、火に油を注いでいるようです。

 彼らにしてみれば、クジラを「調査研究」で殺戮しておいて、海賊行為はお前らの方だろうが、ということになるわけですから。

 しかし、こんな激しい応酬にもかかわらず、現場海域では「海の男たちのルール」がギリギリのところで守られているようです。

 「シーシェパード」のプロテスター2人が海に投げ出されたとき、わが「日新丸」は海難救助のルールに基づき、操業を中止して捜索活動を続け、それに対して「シーシャパード」の船長が感謝の無線を送っています。

 また、グリーンピースの「エスペランツァ」の乗り組んで日本人スタッフが、捕鯨船とアメリカ沿岸警備隊の砕氷船との交信の際、「通訳」したりもしている。

 さらに「エスペランツァ」からヘリが飛んで、流氷の位置を確認して、日本の船団側に伝えたりしている。

 「クジラ戦争」の南氷洋で、こうした「海の男の友情」が生まれていることはうれしいことですね。
 船内火災の犠牲になった「日新丸」の乗組員に対しても、ちゃんと哀悼の意を表する電報を打っているんです。

 こういう「友情」は大事にしなければなりません。
 こんなときのための教訓を学ぶため、われわれ日本人はNHKテレビで信玄と謙信のドラマを観ているわけではありませんか。

 日本側も、昔の「大本営」のような、かたくな「対決姿勢」をとったりせずに、受け容れるべきことは受け容れるべきでしょう。
 
 燃料補給船での曳航が難しいなら、「エスペランツァ」に、お願いしたって構わないじゃないですか。
 グリーンピースに支援を求めて、それで「大本営」の面子がつぶれたって、そんなの問題ではありません。
 ペンギン生息地を守るため、日本の捕鯨船団は速やかに現場海域を脱出した!……そういう「評価」が出る方が「業界の権益」よりもはるかに大事なことです。

 これ以上、「捕鯨反日」を広げてはなりません。 
 

http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007021900082

http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp200702180132.html

http://news.independent.co.uk/world/asia/article2281372.ece

http://www.greenpeace.org/international/news/greenpeace-assists-whalers170206

http://www.seashepherd.org/

Posted by 大沼安史 at 01:42 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-02-17

〔いんさいど世界〕 「こびない・ひかない・なびかない」  「ブッシュはテキサスの恥」   バッシングに耐えてグラミー賞5冠  テキサスのカントリー・トリオ 「ディクシー・チック」の受賞を喜ぶ 

 アメリカの音楽界最高の栄誉、「グラミー賞」の授賞式が2月11日、ロサンゼルスのステープル・センターで開かれ、テキサス出身のカントリー・トリオ、「ディクシー・チックス」が年間最優秀レコード賞など5部門を受賞する快挙を成し遂げた。

 バッシングに耐え続けた末、ついに獲得した栄冠だった。保守派の圧力で、いまなおトリオの歌を流さないラジオ局も多いという。

 ボーカル&ギターのナタリー・メインズ(32歳)が授賞式のスピーチで、こんなジョークを飛ばし、会場の喝采を受けた。「(わたしたちの授賞を知って)たったいま、テレビのスイッチを切った人、いっぱいいると思う。ごめんなさいね」

 彼女はまた、こうも語った。「今夜、この賞とともに、人びとは言論の自由を行使していると思う」

 5冠もさることながら、異例の受賞スピーチだった。

 ナタリーがそう語るにはわけがあった。言論の自由を行使し、激しいバッシングを受けて来たからだ。

 2003年3月、ブッシュ大統領が「イラク戦争」を始める直前のことだった。反戦デモが相次ぐロンドンでのツアーで、彼女はこう言ってブッシュ政権を非難した。
 

 「わたしたちはこの戦争を、この暴力を、望んではいない。アメリカの大統領が(わたしたちの)テキサス出身であることが恥ずかしい」

 米国内ですぐさま「非国民バッシング」が始まった。
 それがどれほどひどいものだったか、アメリカの反戦放送局、「デモクラー・ナウ」が抜粋を放映(⇒)したドキュメンタリー映画、「シャラップ&シング(Shut Up & Sing)」を観て知った。

 「自由の共和国」という極右団体がラジオ局に圧力をかけ、「放送禁止」にしてしまった。
 ヒットチャートのトップにあった「トラベリング・ソルジャー」は下位に転落し、彼女たちのCDはトラクターに踏み潰され、ゴミ缶に捨てられた。

 〔3人のその後の闘いを記録したドキュメンタリー、「シャラップ&シング」は、バーバラ・コッペルという女性ディレクターが制作したもので、間もなく全米でDVD発売される。(この女性監督は、ケンタッキーの鉱山ストなどのドキュメンタリーなどで知られる人だそうだ)〕

 バッシングの一方、3人への支持も集まった。
 同年5月、3人はサウスカロライナ州グルーンズヴイルでコンサート活動を再開した。
 1万4000人のファンが集まった。

 ナタリーが舞台から叫んだ。「ブーイングしたいならしてもいいよ。これから秒読みするからね、3、2、1……」
 ブーイングの代わりに喝采が返って来た。

 コンサートを終えると、3人は泣いた。

 バーバラ(女性監督)によれば、「南部(デキシー)の小娘」3人組は、この3年間、苦難に耐えるなかで成長したという。
 政治的にさらにコミットし、自分たちで曲を作るようにもなった。

 そうして生まれたのが、今回「グラミー賞」をとったアルバムの「遠くまで行くんだ(大沼意訳、原題は、 Taking the Long Way)であり、その2曲目に入った「いい子になれない(Not Ready to Make Nice ⇒)だった。

 そのサビの部分は歌詞は以下の通り。
  

   I’m not ready to make nice
   I’m not ready to back down
   I’m still mad as hell and I don’t have time to go 'round and 'round and 'round
   It’s too late to make it right
   I probably wouldn’t if I could
  ‘Cause I’m mad as hell
   Can’t bring myself to do what it is you think I should

 日本語に訳(約)してしてしまえば、わたしは「こびない・ひかない・なびかない」という意味。つまりは、意志表示の歌、プロテストソングである。

 グラミー賞授賞式で、この歌をイントロデュースした反戦フォーク歌手、ジョン・バエズは3人を「この勇敢な女性たち」と紹介した。

 まさに、然り。そう、彼女たちはブッシュ大統領という自国の最高権力者に戦を挑み、栄誉をつかんのだ!

 ぼく(大沼)はアメリカの音楽にも昏い。しかし、フォークソングではなく、カントリーミュージックから、彼女たちのようなグループが出たことに驚きを感じた。保守的なジャンルから、こうしたパワーあふれる歌が生まれたことに驚いた。

 ナッシュビルを「ふるさと」とするアメリカの「カントリー」の土は、それだけ健康であるのだ。

 カントリー・ミュージシャンの重鎮にウイリー・ネルソン(Willie Nelson)という歌手がいるそうだ。
 その人が70歳の誕生日を迎えた2003年の暮れ(イラク戦争第1年の暮れ)、「ディキシー・チックス」に刺激され、「地球の平和に何が起きようと(Whatever Happened to Peace on Earth)」という歌を作って歌いだした。

 その歌の歌詞には、「一人の人間の命の価値は石油どれくらい分?」との一節があるという。

 アメリカの「カントリー(田舎)」はブッシュのイラク戦争に怒りの歌を歌っているのである。

 「デイキシー・チックス」のナタリーを除く他の2人は、マーティー・マグワイア(36歳)とエミリー・ロビンソン(33歳)。〔2人は姉妹である〕

 1989年から活動を開始した3人の活動歴等については、下記の公式サイト(⇒)を見ればわかるが、サイトには出ていない(ようだ。探したけれど見つからなかった!)「データ」をひとつ、紹介しよう。

 実は彼女たち、3人とも既婚で、3人合わせて7人の子どもがいて、そのなかには双子が2組含まれているという。〔バーバラ監督の話〕

 そう、彼女たちは、ディキシー(南部)の小娘(チックス)ではなかったのだ。
 「テキサスの肝っ玉母さんトリオ」が、ホントの姿だった。

 彼女たちの果敢な音楽活動に敬意を表しつつ、その「5冠」授賞を喜ぶ。   


http://www.democracynow.org/article.pl?sid=07/02/15/1528222

http://columbiarecords.com/dixiechicks/

http://www.dixiechicks.com/default2006.asp

Posted by 大沼安史 at 05:18 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-02-13

〔いんさいど世界〕 地球温暖化SOS 「緑の農地」で現金収入 「シカゴ気候取引所」(CCX)の「排出権取引」に脚光

 先日、世界の専門家による、地球温暖化に関する「国連報告」が発表されました。日本語で「温暖化」というと、春めいた感じがして、どうもプラスイメージにしかなりませんが、実態としては「高温化」というか「発熱」ですね。
 つまり、「地球発熱」。

 かけがえのないわたしたちの地球(テラ)が高熱でうなされている。そんな状況が、「国連報告」で確認されました。

 「地球発熱」にどう対処するか? いまやこれが人類的・死活的な課題になって来た。それも待ったなしで――そんな感じがします。

 アメリカの「ロサンゼルス・タイムズ(LAT)」という、いい新聞があります(「イラク問題」の報道で、健闘しています。ぼくの評価では、ニューヨーク・タイムズに負けていませんね。むしろ、その上を行っています)。この新聞はもちろん、ロスで発行されているわけですが、ネットで電子版が読むことができます(ぼくは無料のメール配信も受けています。便利ですよ)。

 このLATにこの前、「地球温暖化」というか「地球発熱」がらみでおもしろい記事が出ていました。「シカゴ気候取引所」のことが出ていたんです。「国連報告」が出て、地球温暖化に「赤信号」が出て以来、注目を浴びているんだそうです。

 英語の「本名」は、Chicago Climate Exchange。略して、CCX。
 ぼくはCCXのことを、耳にしたことがありますが、ほとんど何も知りませんでした。そのことを、LAT紙の記事を読んで痛感させられました。

 でも、「無知」よりも「無知の知」。
 LAT紙の記事を読んで興味を覚え、CCXのサイトにアクセスしてみました。
 「うーん、なるほど」「でも、それだけでは」――それがぼくの率直な感想でした。

 LAT紙の記事で面白かったのは、アイオワ州の農家がCCXを通じて、「匿名の企業」に農地1600エーカー分の「カーボン・クレジット」を「2800ドル」で売り渡す取引に成功したというのですね。

 アイオワ州のデニソンという町の近くで農業を営んでいるダグ・グロノーさん(57歳)という方で、自分の所有する農地2100エーカーの約8割を、温暖化ガス排出企業の「排出相殺」のため売却したそうです。

 売却した農地は、もちろん未耕作地です。作物を育て終えて、いま「一休み」している「緑の大地」です。
 農地としては一休みしているけれど、「緑の大地」は大気中の二酸化炭素(温暖化ガスの一種)を休みなく、どんどん吸収している……。遊んじゃいないわけです。
 だから「カーボン(炭素)・クレジット」、取引権になるんですね。

 デニソンさんのCCXを通じた取引は、実は「集合取引」です。「アイオワ農場局」という組織が、地元アイオワ州はもちろん、ネブラスカなど近隣4州の遊休農地をまとめてCCXに出している。

 この組織はこれまで、グロノーさんの農地を含め、「50万トン」分の「炭素排出権」の売却に成功しているそうです(面積でどれくらいかは、残念ながらLAT紙の記事には出ていません)。

 ちなみに、この「50万トン」の炭素排出権ですが、1000メガワットの石炭火力発電所の1ヵ月分に相当するそうです。

 なぜ、こうした「緑の大地」が売れるかというと、「地球発熱」が進むなかで、各企業はますます地球環境を守る責任を引き受けなければならなくなったからです。

 企業の生産活動を通じて、どうしても温暖化ガスを放出せざるを得ない。その放出を「緑の大地」の「炭酸ガス吸収力」でもって少しでも相殺しようというわけです。

 つまり、温暖化ガス放出企業として、「カーボン・クレジット」(排出権)を購入する負担を企業コストのなかに組み込む。
 CCXを通じて購入する「排出権」の値段が高くなれば、企業としてはコスト削減のため、環境対策を進め、排出量を減らすしかない。そういうところまで、排出企業を追い込む――これがCCXの究極の狙いだそうです。

 CCXが世界初の「排出権取引所」としてオープンしたのは、2003年のこと。IBMなど民間企業や財団、自治体など200団体が参加しているそうです。二酸化炭素(炭酸ガス)を含む6種類の温暖化ガスの排出量を、排出権購入による相殺分も算入しながら、毎年削減していく。

 CCXを通じ、これまで取引が成立したのは、なんと炭酸ガス1360万トン分。トン当たりの取引価格は4ドルから8ドルだそうです。

 アイオワの場合は農地ですが、このCCXの取引を通じ、森や林が守られていく。これまであまり顧みられなかった地球の緑に経済的な価値が付いていく。

 これってたしかに、グッド・アイデアですね。
 CCXのサイトを覗くと、カナダのモントリオールに「取引所」が新たにオープンするなど、グローバルに広がりそうな勢いも感じられます。

 日本にも同じようなシステムが出来たらいいかも知れませんね。
 休耕田が、遊休農地が、裏山の林が、新たな経済価値を持つわけですから。
 過疎地対策につながるかも知れません。

 ただし、気になるのは、「取引所」ですから、どうしても強いものが勝つ「市場原理」が働いてしまうことですね。
 「排出権」取引の値段は市場価格で行われますから、こんご値段が上昇すると、力のある企業しか買えなくなる、という問題が出てきそうです。

 大企業だけは「排出権」を買って、どんどんガスを排出しながら、引き続き生産活動を続ける――なんてことにもなりかえない。

 CCXのような「市場」にまかせるだけでなく、(各国)政府による「規制」もまた必要になるのではないでしょうか?
 「市場」か「規制」か、ではなく「市場」プラス「規制」。
 そこでどんなシステムを産み出していくか、それがいま問われていることだと思います。


http://www.latimes.com/business/la-fi-carbon10feb10,1,1514157.story

http://www.chicagoclimatex.com/

Posted by 大沼安史 at 11:10 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (2)

2007-02-06

〔いんさいど世界〕 宇宙を目指す中国 ナビ衛星「北斗」打ち上げに成功 

 中国が独自のGPS人工衛星群の宇宙配備を続けています。2月3日には、ナビ衛星「北斗」の打ち上げに成功し、またも世界を驚かせました。

 「またも驚かせた」というは、中国はついこの間、老朽化した気象衛星を地上から発射したロケット(ミサイル)で撃墜に成功したからです。

 この衛星撃墜は、中国がアメリカの「スターウォーズ」戦略を脅かす力を誇示したものとして、全世界に衝撃波を広げました。
 日本の政府当局もビビりまくったそうです。
 なにしろ、何キロも先の針の穴を通すようなことを、やってのけたわけですから、

 そして、今回の「北斗」打ち上げ……。つい先日、グローバルな舞台に登場したかと思ったら、こんどは宇宙へも進出するというのですから、「赤い星・中国」はすごいですよね。

 ところでナビ衛星の「北斗」って、あの北斗七星のことです。中国語では「バイドウ」って発音するんだそうです。
 ほんもののバイドウに続き、ナビ衛星「バイドウ」が、天空にデビューを果たしたわけです。

 で、このナビ衛星のナビですが、ナビゲーションのナビです。
 そう、車に装備されていたりして、わたしたちの生活に欠かせないものになって来た、あの「ナビ」のNAVIです。

 念のため説明しますと、わたしたちが「ナビ」できるのは、米軍のGPSシステムを利用させてもらっているからなんです。GPSというのはグローバル・ポジショニング・システムといって、いくつかのナビ衛星の電波で地球上の自分のいる位置を確認、表示する仕組みです。

 もっと詳しく言うと(これ以上はわかりませんが)、米軍が世界の人びと(わたしたち)に開放しているのは、GPSの一部。より精度の高い――自分の位置をピンポイントで確認・表示する部分は「軍事機密」として公開していないのですね。

 実は中国は英語名で「コンパス」という、独自のGPSシステムの開発を急いでいるんです。
 さきほども言いましたように軍事機密がからむので、謎のヴェールに包まれていてハッキリしないですが、2000年から2003年までの間に、バイドウ衛星を3個、打ち上げているそうなんです。しかし、これはまだ精度の低いものでした。
 今回、打ち上げられたバイドウは、前の3個を補完する精度の高いものとみられています。

 中国は昨年11月、新年早々、バイドウを2個、打ち上げられる発表していますから、間もなく2個目が宇宙配備されるわけですね。
 この計5個の態勢、来年(2008年)までに、中国とその近隣諸国をカバーするんだそうです。中国が電波の一部を開放してくれれば、日本でも使えるんじゃないでしょうか。

 中国は将来的に宇宙に30個のバイドウを配備して、全世界的なGPSシステムを完成させる計画だそうです。
 すごい意気込みですね。

 GPSシステムは現在、アメリカと欧州(ガリレオといいます)が配備しているのですが、中国のGPSシステムも同じ周波数の電波を使うことになりそうだとの言われてます。
 同じ周波数だと、電波妨害(ジャミング)できなくなってしまうわけですね。

 それにしても中国は凄い。
 日本の文科省も、子どもたちの「低学力」ばかり問題にしないで、外郭団体の「宇宙航空研究開発機構」の「低能力」ぶりを自己反省してもらいたいものですね。自慢(?)のH2型ロケットだって、いつもハラハラドキドキの打ち上げじゃないですか。
 以前、田中真紀子さん(科学技術省長官)が、文部省の役人はH2型ロケットの失敗を誰も取ろうとしないと怒っていましたが、その通りですね。

 「教師イジメ」と「統制教育」にばっかり熱心な文科省が「宇宙開発」まで握っているかぎり、日本人のわれわれが「日の丸ナビ」を使える日は来ないでしょうね。
 
 残念なことです。

Posted by 大沼安史 at 10:34 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-01-23

〔いんさいど世界〕 二人のナザニンの物語 死刑判決を受けたイランの少女ナザニンを救え イラン系カナダ人女性歌手、ナザニンが救援運動 レイプ犯を殺害 正当防衛 再審の可能性浮上

 イランと、カナダと。海を越えて連帯する、同じ名前を持ったふたりの女性、「ふたりのナザニン(Nazanin)」に、いま世界中の目が注がれています。

 死刑判決を受けて獄中にある、ひとりのイラン人少女、ナザニンを、イラン系カナダ人の女性歌手ナザニンが救出しようとしているからです。
 

  少女と女性歌手はいま、全世界の人々の注目のなか、「再審」を勝ち取ろうとしています。少女がレイプ犯の刺したのは正当防衛にあたると……。
 今日は、そんな「ふたりのナザニンの物語」を紹介します。

 2005年3月のことでした。イランの首都テヘランから西へ、車で一時間。カラジという町の公園で、ボーイフレンドと一緒にいたナザニン・ファテフィさん(当時17歳)と、姪の15歳の少女のふたりを、3人組の男が取り囲みました。

 男たちがナザニンさんを押し倒すと、ボーフレンドは逃げてしまい、誰も助けてくれません、

 このままでは自分だけでなく姪もレイプされると、ナザニンさんは持っていたナイフで抵抗、男3人のうち2人を刺してしまいました。2人のうち、胸を刺された男は死亡。

 ナザニンさんは殺人容疑で捕まり、2006年1月、絞首刑の判決を言い渡されました。ナザニンさんには有名な女性人権派弁護士のシャディ・サドルさんがついて無罪を主張しましたが、結局、死刑判決が言い渡されてしまったのです。

 そのとき、海を越え、支援の手を差し伸べたのが、イラン系カナダ人で、ミス・カナダに選ばれ、2003年の準ミス・ワールドになった、ナザニン・アフシン・ジャムさん(現在27歳)でした。

 イランの獄中にあるナザニンさんは現在、19歳ですから、カナダのナザニンさんは8歳年上のお姉さんになります。

 そのお姉さんナザニンさんは、まさに絶世の美女ですが、バークーバーの名門、ブリテイッシュ・コロンビア大学で国際関係論を学んだあと、イギリスやフランスでも勉強を続けたガンバリ屋さん。大学での研究活動を終えたあとは、「赤十字」の活動に従事していた人です。「美しさ」だけが売り物の人じゃないんですね。

 で、お姉さんナザニンが何をしたかというと、ネットに救援サイトを立ち上げ、救援活動に乗り出した。

 弁護士を通じて獄中のナザニンさんにインタビューした一問一答を載せたり、ネットで署名運動を始めたり、イランのアハマディネジャド大統領やイランの宗教指導者指導者らに助命の嘆願書を送ったりした。

 反響は全世界に広がり、集まった署名は23万人以上に達したそうです。

 そんなイラン国内外の支援運動が実って、新年早々、イランのイスラム宗教判事団がついに「再審」の決定を下しました。
 英紙インディペンデントの1月14日付け、報道によると、「死刑」をまぬかれる可能性も出て来たそうです。

 お姉さんナザニンが立ち上げたサイトには、イランのナザニンさんの少女時代の家族写真も掲載されています。とっても愛らしい方ですね。

 獄中のナニリンさんは、一時、恐怖と絶望のあまり、激ヤセして精神不安定な状態になっていたそうです。獄中の女性受刑囚に励まされ、最近、少しずつ元気を取り戻しているそうです。

 一日も早く、「無罪判決」が出て、釈放されるといいですね。

 お姉さんナザニンさんの方は、獄中のナザニンさんのために作った自作の歌、「いつかきっと(Someday)」を3月にCDリリースするそうです。
 歌手デビューですね。

 イランのナザニンさんが獄中から「生還」し、お姉さんナザニンと一緒に「いつかきっと」を歌える日が来ることを願って、報告を終えたいと思います。 


http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article2132568.ece

Posted by 大沼安史 at 10:36 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-01-13

〔いんさいど世界〕 ノルウェー沖に眠るナチス・ドイツ潜水艦 日本向け水銀65トン コンテナ腐食、大規模漏洩の恐れ 「水俣病」の恐怖

 北欧のノルウェーに、ベルゲンという港町があり、そのベルゲンに近い島の海底にナチス・ドイツの潜水艦が沈んでいて、積荷の「水銀」が漏れ出しているそうだ。

 魚介類が「水銀」で「汚染」されると、それを食べた人間は「水俣病」になってしまう。
 ナチス・ドイツはとんでもない「置き土産」を残してくれたものである。

 ニューヨーク・タイムズ(電子版、1月11日付け)によると、現場はベルゲンの北北西約40キロにあるフェイユ(Fedje)島の海底。水深120メートルのところに、ナチス・ドイツの潜水艦、「U-864」が眠っている。
 
 「U-864」が沈んだのは、1945年2月9日。英潜水艦の魚雷攻撃で撃沈された。
 
 「864」には水銀65トンがキャニスター(容器)に詰められ、積み込まれていた。武器製造に使われる水銀だった。

 その容器が腐食して、液体水銀の漏出が始まった。ノルウェー政府が調査に動き出し、付近海域で捕獲された蟹や魚の体内から、通常をやや上回る水銀が検出された。

 「864」が搭載していた「水銀65トン」は、水俣の「27トン」を倍以上、上回る大変な量。
 現地の人びとの間に不安が広がるのは当然のことだ。

 これだけでも驚ろくべき報道だが、この「水銀65トン」、実は「日本向け」だったというくだりを読んで、びっくりしてしまった。
 Uボート「864」は、日本に向け航海を始めたところを敵潜水艦に捕捉され、撃沈されたのだそうだ。

 「864」には、ほかにもナチス・ドイツが開発していたジェット機のエンジンも積み込まれていたとする歴史家もいるそうだ。

 イギリスの海軍史家、マーク・フェルトンさんが一昨年に発表した論文によると、ナチス・ドイツと帝国・日本の間には、潜水艦による交易が続いており、交換された情報のなかには原爆開発に関するものも含まれていた。

 こうなると、もはや他人事ではない。「水銀」は日本側が「買い付け」たものである(かも知れない)以上、日本政府が頬被りして済ませることはできない。

 現地では石棺で潜水艦を包み込んだり、砂で覆いつくしその上を岩で蓋する、といった案が検討されているが、日本政府としても、何らかの技術的支援に乗り出すべきではないか。

 「水俣病」が発生する前に、日本政府、とくに環境省は動き出すべきである。 

 

http://www.nytimes.com/2007/01/11/world/europe/11norway.html?_r=1&oref=slogin

Posted by 大沼安史 at 05:08 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2007-01-02

〔いんさいど世界〕 ヘプタ(7)の年 ラッキー・ニュー・イヤー、2007年 !!!!!!!

 新年、明けましておめでとうございます。

  2007年、ことしはラッキー・セブンの年。いい年になってほしいものですね。

 ぼくが愛読(といっても電子版を見ているだけですが)しているイギリスの新聞、「インディペンデント」(大晦日号)に、新年(2007年)にちなんで、「ヘプタ(ギリシャ語から来た英語で「7」を指します)」にまつわる話題を77個も集めた特集記事が出ていました。

 サイモン・アスボーンという記者が書いた記事です。「7」だから「77」個、集めたわけですが、けっこう大変だったみたいです。「ふつうのテントウムシ(英語ではレディーバードっていうんですね。知りませんでした。淑女の鳥なんだそうです。テントウムシって)は星が7個ある」なんてのも混じっているくらいですから。相当、無理して77個、そろえたみたいです。

 イギリスの新聞なので、「エリザベス・テーラーはだんなを7人もとっかえひっかえした」なんて、やたら「洋物」エピソードが出てくるのは仕方ないところですが、けっこう世界にも目配りしています。

 「7」がラッキーナンバーであることは、世界的にどうも共通することのようです。
 サイモン記者は「日本でもシチフクジンというのもある」なんて、七福神のことを、その例証に使っています。

 縁起の悪いところから始めますと、イギリスには鏡を割ると、不幸な年が7年続くって迷信があるそうです。
 もしかしたら、このブログの読者のなかに、最近、鏡を割ってしまった人もいるかも知れませんが、でも大丈夫、割れた鏡は土の中に埋めるか、川に流してしまえばいいんだそうです。
 ……ん? つまりは「水に流す」……。イギリス人も同じようなこと、考えてますよね。

 「7」って、「1」と自分の数でしか割り切れない素数なんでが、サイモン記者によると、これも調べて書いたのでしょうが、1から10までの数で、われわれ人間が最も頭に浮かべることが多いのが、この「7」だっていいます。

 なぜなんでしょう?
 サイモンさんの記事には、「クリスチャンにとって7は(世界創世の)完成を意味する」なんてヒントめいたことが書かれていますが、キリスト信者ではない、ぼくなんかも、言われてみればそんな感じがしますね。

 イギリスのスーパー・スパイの「007」も、「002」なんて言ってしまったら、二流のズッコケ、間抜けスパイになっちゃいます。

 秘数、7。どこにそのパワーが潜んでいるのでしょう。

 サイモンさんの記事で教えられたのは、ヘプタグラムです。
 7つの角をもった星、それがヘプタグラムで、魔よけのシンボルなんだそうです。
 アメリカの西部劇で、保安官が胸にバッジ、つけてますよね。「胸の輝く金の星」とか何とか言って。あれって、ヘプタグラムなんだそうです。ぼくもこんど、西部劇を観るとき、確かめてみるつもりですが……。
 
 アイルランドの言い伝えでは、7男の父親から生まれた7人目の男の子(7男の7男、7男生んだまた7男)には、マジカルなパワー(魔力)があるんだそうです。
 きっと、災難なんかぶっ飛ばしてくれそうなすごい男になってくれるんでしょうが、いまの日本じゃ無理ですよね。少子化ですから……。

 ぼくは仙台で「本の森」って出版社を仲間と一緒にやっているので、本の話にふれますと、サイモンさんの話では、ヘプタロジーといって「7冊シリーズの長編物語」って、売れるんだそうです。
 『ナルニア国の物語』も、ことし2007年に、7冊目が出て完結する、あの『ハリー・ポッター』も、ヘプタロジーなんだそうです。

 2007年に7冊目を出すなんて、『ハリー・ポッター』の著者のローリングさんて、意外に縁起をかついで書き出したのかも知れませんね。

 さて、サイモンさんの記事には、そのほか、

 ・酸性・アリカリー性のPHで、中性は「7」だ

 とか

 ・人間の睡眠最適時間は一日7時間だ

 とか、いろいろ出ていますが、最後にひとつだけ、日本では知られていない。「7」にまつわる、世界の大ニュースを紹介しましょう。
 
 ことし07年の7月7日、おそらく午前7時7分に、ポルトガルのリスボンで、「新世界7不思議」が発表されるんだそうです。
 そう、七夕の日に。

 この「新7不思議」は世界の人たちの投票によって決まるんだそうです。
 いまのところ、「ストーンヘッジ」なんかが有力候補になっているみたいですが、日本からも1個ぐらいは入ってもらいたいものですよね。

 ラッキー・セブン・イヤー、2007年。
 いい年でありますように!!!!!!! 
 

Posted by 大沼安史 at 11:23 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2006-12-25

〔いんさいど世界〕 時代精神(Zeitgeist) 2006

 2006年が暮れてゆきます。この年、いろんなことがありました。アメリカの「イラク敗戦」がハッキりしました。日本では「硫黄色の過去」が復活、ヒトラーと手を握った松岡洋右&元満州国産業部次長・東条内閣商工大臣・元A級戦犯ながら、なぜか巣鴨から釈放され、「鬼畜アメリカ」との安保条約を強化した岸信介のDNAを持つ安部晋三氏が「首相」となり、欧州知識層に衝撃を与えました(ル・モンド・ディプロマティーク誌)。

 そんな2006年が終わりに近づいています。
 そこで今日は、2006年に「世界」は何に関心を寄せたか、この年、世界の人びとは何に注目し、何を知ろうとしたか、振り返ってみたいと思います。

 ちょっと前までは、「世界」の人たち(あるいは日本の人たち)が何に関心を寄せているかなど、知る由もありませんでした。
 なんとなく想像するしかなかった。
 でも、いまは違うんですね。ちゃんと分かるようになった。
 

 そのひとつの方法が、グーグル(Google)です。この世界的な検索エンジンが「時代精神」、ドイツ語で「Zeitgeist」という統計データをとるようになって、わかって来たんです。世界(日本)の人たちが、何に関心を寄せたか、ということが……。「検索」の件数分析でわかるわけです。

 で、2006年の「世界」の「関心事ベスト10」を見てみると、なるほど、世界はこう動いているんだなってことがわかります。

 早速、「ベスト10」を発表することにしましょう。
 第一位は、bebo。みなさん、何のことかわかりますか? わたしも分からないで調べてみました。
 これって「ソーシャル・ネットワーキング」の「次世代」サイトなんだそうです。ソーシャル・ネットワーキングといえば、日本では「ミクシー」が有名ですよね。これって世界的には「マイ・スペース」って言うのが有名ですが、その上をいくサイトが誕生して、人気を呼んでいるそうです。
 この「ベボ」、アメリカのサンフランシスコに拠点を置いており、「学生時代の友だち」とコンタクトを取りつづけることができるのが売りなんだそうです。
 それ以上のことは、ちょっと分かりません。

 で、この「ベボ」に続く第2位が、さきほど触れた元祖ソーシャル・ネットワーキング・サイトである「マイ・スペース」。
 こうしてみると「世界」の人びとはことし、ネット上でヒューマンなつながりを求める「ソーシャルイ・ネットワーキング」へと関心を集中させたことがわかります。
 ネットが世界中の人びとを繋ぐ時代になったわけですね。

 3位以下は、③worldcap④Metacafe⑤radioblog⑥wikipedia⑦video⑧rebeide⑨mininova⑩wiki―の順。
 3位の「ワールドカップ」とか7位の「ビデオ」はわかりますが、ほかは何だかよく分かりませんよね。

 で、ちょっと調べてみると、4位の「メタカフェ」とか、5位の「ラジオブログ」とか、9位も「ミニノバ」というのは、ネットのビデオとか音楽のダウンロード・サイトなんですね。8位の「レバイド」もラテン・アメリカ系の同じようなサイト。

 世界のビジュアル(映像)アート・音楽アートは、いまやネットを通じ、世界的にむすびつているわけですね。

 6位のウィキペデアも10位のウィキも、ネット上で有名な、自分たちで書き込める「ネット百科事典」および、情報共有に関する書き込みスキルのこと。
 世界中の人びとがネットに知識を書き込み、共有する時代が来ているわけですね。いや、すごいことになりました。

 それでは、2006年の日本の関心事は何か、グーグルの「時代精神」分析を見てみると、最新データであることし11月の「ベスト15」はこんな状況です。

 1位はau。これはもう説明しなくてもいいですよね。
以下、②デスノート③ps3④ユニクロ⑤時のオカリナ――の順。 これまた、説明しなくてオッケーですよね。

 ベスト15も顔を覗かせている、タレントさん、3人について、下の方から見ると、⑮に「長澤まさみ」さんが入っています。そのひとつ上、⑭は「藤原紀香」さん。お笑い芸人と一緒になった、あの人ですよね。

 それから⑧には「新垣結衣」さん。
 この人、愛称はガッキー。とっても可愛らしいタレントさんです。

 時代はこの人、ガッキーこと新垣結衣さんの時代になっているんですね。知りませんでした。

 ところで、「グーグル」って米西海岸、ポートランドに大拠点施設を設けて、まさに日の出を勢いIТ企業ですが、サイト検索だけでなく、最近は「地図検索」にも乗り出し、すごい人気なんです。

 そしてこんどは、NASA(米国航空宇宙局)と契約して、「月面地図」の映像で見れりようにするんだそうです。

 「グーグル」はまた、世界の大学図書館の蔵書を、ロボットを使ってデータベース化する作業を続けており、ネット上に全世界、古今東西の「活字情報」が「保存・活用」される日も近づいています。

 ネットでもって世界は変わる。
 2007年にはどんな「予想外」のことが起きるか、楽しみですね!!

Posted by 大沼安史 at 09:40 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2006-12-14

〔いんさいど世界〕 イラク石油法を視野に ISG オイリー・ダメコン報告

 ベーカー元国務長官による「イラク・スタディー・グループ(ISG)」の報告なるものが、12月6日に発表された。
 主流メディアの目は、当初「2008年の第一四半期における米軍撤退」にばかり注がれていたが、ここに来て、ISGの提言のほんとうの狙いが明らかになってきている。
 「米軍撤退」に加え、シリア・イランとの協議、パレスチナ問題への言及など「柔軟姿勢」をちらつかせながら、新石油法の年内成立を図る――これが、ベーカー氏の狙いである。
 ターゲットはあくまでも、埋蔵量世界第2位のイラクの石油。
 今回のISG報告とはつまり、ブッシュ政権のずさんな戦争計画による破局のダメージ・コントロールを図る一方、「石油確保」という、米国のイラク軍事侵攻の理由を明確化させた、「オイリーなダメコン報告」以外の何ものでもない。

 米紙ロサンゼルス・タイムズの報道(電子版、12月8日つけ)によれば、ISG報告の79項目に及ぶさまざまな「勧告」のうち、たとえば「第63勧告」に、ベーカー氏らの意図が透けて見える。
 同勧告は、米政府(ブッシュ政権)に対し、イラクの政府指導者たちに国内石油産業を民間の事業として再編成することを支援させ、国際社会及び、「国際エネルギー企業」による投資を促進させる、ことを求めている。
 
 イラクの石油産業は1972年に国営化されており、それを抜本的に見直す新石油法案の検討作業は現在、大詰めを迎えている。
 ISG勧告は、その法案を早期に成立させ、イラクの石油権益を石油メジャーに売り渡す後押しをせよ、とブッシュ政権に求めているわけだ。

 ISG報告にはほかにも、石油がらみで驚くべき勧告が盛られている。
 たとえば「第62勧告」。
 米国の平和運動家、トム・ヘイドン氏の指摘によれば、同勧告は、ブッシュ政権に対して、「投資のために金融と法的な枠組み」を創設する石油法の条文整備にについて「支援すべきである」と言い切り、IMFとともにイラク・エネルギー資源に対する統制撤廃を進めるよう求めている。
 露骨すぎるほど露骨な「勧告」である、といえよう。

 ベーカー長官がイラク戦争開始後、日本を含む世界19ヵ国(パリ・クラブ)に対するイラクの対外債務1200億ドルの80%を帳消しにするのと引き換えに、イラクの経済運営をIMFの管理下に置く工作をした当事者である。
 IMFによる縛りをかけておいて、イラクの石油利権を確保する……借金、棒引きはそのための布石だったわけだ。

 それでは、現在、米国の圧力下、法案整備が進められている「新石油法」の中身とは、どんなものか?
 フィナンシャル・タイムズ(FT、電子版、12月7日つけ)によれば、「生産サービス協定(PSA)」を柱とした「歴史的」なものになるのだそうだ。
 石油を国営化した現行法を完全に覆し、石油開発を長期にわたって外国資本の手に委ねる――それが「PSA」である。

 新石油法とは、石油メジャーを潤す「PSA=ネオ植民地主義協定」(注・FT紙の表現ではありません)を軸とする新法であるわけだ。

 イラクの石油は地表に近いところにあり生産しやすく、しかも硫黄分の少ない「最も甘い」ものだという。それが手付かずのまま、地下に眠っている! だから、サダムの手から、それを奪う!

 言うまでもなくベーカー長官は、石油資本の代弁者であり、ブッシュ大統領、チェイニー副大統領と政治基盤を同じくする人物だ。
 そのベーカー氏がまとめたISG報告とはつまり、ブッシュ政権を追い込むものではなく、その場しのぎの「助け舟」に過ぎない。

 イランやシリアにいい顔をしながら、とりあえず新石油法さえ通せばいい。それが、このタイミングでISG報告が出されたほんとうの意味である。

 主流メディアがこぞって報じた「2008年初めの撤退」にしても、引き揚げるのは戦闘部隊だけであって「防護の兵力」は残すと言っている。

 米軍は何を「防護」するため残留するのか?

 答えははっきりしている。石油関連施設――それだけは間違いなく、半永久的に守り抜くはずである。
 

 

Posted by 大沼安史 at 11:15 午前 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2006-12-08

〔いんさいど世界〕 「歳末宇宙3大噺」 月・火星・ホーキング博士の夢

 2006年も残すところわずか。あっという間の1年でした。

  まさに光陰、矢の如し。時間は時速で過ぎていった!

 そんな、年忘れのきょうの話題は、「宇宙」。
 最近、「宇宙」がらみの、「うん、これは」といったニュースが「3連発」で流れたので、「歳末宇宙3大噺(ばなし)」として紹介することにしましょう。

 まず、最初の「噺」は、米国航空宇宙局(NASA)による「月面基地建設プロジェクト」。
 そう、NASAが月に人間が暮らせる恒久基地と建設する計画を進めている、という話です。
 NASAが12月4日に計画を正式発表、プロジェクトの全容が判明しました。

 ワシントン・ポスト紙に報道によると、月面生活者の第一陣(4人)がお月様に送り込まれるのは、西暦2020年(ということは13年後)。月の南極に建設した、持続生活可能な「入植地」に降り立ち、とりあえず1週間、暮らして地球に引き揚げる計画です。
 その後、第2陣、第3陣と後続チームを派遣、滞在期間を延ばしながら施設を充実。最終的には2024年に「永住」が可能なかたちに持っていきたい考えです。
 
 そこで、いろいろ疑問が湧くわけですが、どうして南極かというと、月の南極って、ほかの場所と比べ、条件的にいいんだそうです。
 「白夜」というか、日照時間が長い。太陽発電が可能なわけですね。

 つぎに、永住地の「基地」の規模ですが、ショッピング・モール並みのサイズになるといいます。けっこう広いわけですね。
 気密式のランドローバーも配備され、宇宙服を着ないで、月面ドライブも楽しめるとか。

 問題は「水」ですが、月面で水素と酸素を採取してつくるそうです。
 地球にはあまりない「ヘリウム3」というガスも採取し、原子力発電に利用する。鉱物資源も開発し、ロケットの燃料もつくる……なんか、本格的な計画なんですね。 

 この月面基地建設は、「アレス・ロケット」と「オリオン・カプセル」という新しい機材を使って、2009年から開始するんだそうです。

 なぜ、米国が月面に永久基地をつくるかというと、月面探査ということもありますが、もっと凄いことを考えているからです。
 人間による火星探査の中継基地にする、という構想です。

 月を足ががりにして火星へと飛んでいく……夢みたいな話ですね。

 でも、気になることがあります。

 ポスト紙によると、米国としては世界各国と協調しながら、計画を進めたい考えで、これまで世界11ヵ国の宇宙開発当局と話し合い、今回発表した「月面基地建設構想」を練り上げたそうですが、その「11ヵ国」のなかに、「日本」が入っていないのですね。
 中国、韓国、オーストラリア、ロシアは入っていても「日本」は入っていない。
 これはどういうことなのでしょう。H2型ロケットの失敗がたたっているのかな?

 さて、「宇宙3大噺」の2つめは、「火星」をめぐるお話です。
 「火星」の表面の「水流」が「確認」されたという、世紀の大ニュースです。
 火星の軌道を周回しているNASAの探査衛星による衛星写真を解析した結果、火星の2箇所で「水の流れ」が確認されたそうです。
 英紙ガーディアン(12月7日付け)の報道によると、発見したのは、米カリフォルニア州サンジエゴの「マリン・スペース・サイエンス・システム」の研究者たち。

 発見場所は火星の南半球の2地点で、水量もそれぞれ、「プール5~10杯分」に達していた!

 地下水が隕石の衝突かなにかの拍子に地表に飛び出したようです。

 これがもし事実だとすると(液化した二酸化炭素ではないかという説もあります)、これは大変なことですね。
 「水」があれば「命」もある(かもしれない)ということになるわけですから。

 「発見」された「水流」ですが、地表を流れたあと、しばらくして消えたと見られています。
 というのも、火星の表面の気温は摂氏マイナス8度から同100度で、水分はすぐ沸騰し、蒸発してしまうんだそうです。

 でも、地下には地下水が大量にある可能性は高い。
 火星もまた昔は水の惑星だったらしく、表面には湖の跡が残っている。
 われわれ人類、火星に行けば水もあるので、暮らしていけるかも知れません。

 「3大噺」の最後は、車イスの宇宙物理学者、あの英国のホーキング博士に関する話題です。
 ホーキング博士って言えば、アインシュタインが気に入った仙台が気になって、一度お忍びで車イスで来て、一番丁で目撃されたこともある人ですが、11月の30日、ロンドンで、英国の最高科学勲章である「コプリー・メダル」というのを受章しました。その授賞式でホーキング博士が、記念の講演でこんな発言をしたそうです。

 人類の未来世代は種の持続のため、この地球をあとにし、生活可能な他の惑星に移住しなければならない、と。

 つまり、あのホーキング博士が「地球脱出」の必要性を強調したんです。

 博士はBBC放送のインタビューにも出て、そのためのに必要な宇宙旅行のテクノロジーは、「物質・反物質」の衝突から生じる消滅放射のエネルギーを利用したものになるだろうって予言もしました。

 このテクノロジーを使うと、次の惑星に辿り着くまで、最低でもふつう50000年かかるところを、6年間で行ってしまうんだそうです。

 そう予言するホーキング博士自身、英国に富豪にスポンサーになってもらって、地球大気圏外の宇宙旅行をするんだと意気込んでいるだそうです。

 あの不自由なからだで、すごい気力ですね。まさに気宇壮大。

 わたしたちも、下ばかり見て歩いていないで、新年こそ、大空を見上げながら、夢と希望を胸に歩いていきたいものですね。
 

 

Posted by 大沼安史 at 01:28 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)

2006-12-01

〔いんさいど世界〕 メリーXマス! レアナ・ニシムラ軍曹! ある日系シングルマザー兵士の帰還

 そろそろ、ことしもクリスマスである。

 先日、ワシントン・ポスト紙の電子版を見ていたら、去年の暮れに、「一日遅れのクリスマス家族再会」を果たしたシングルマザー兵士の話が出ていた。イラクの戦場から戻った日系の女性兵士が、3人の子どもたちとともに、生活を始める話である。

 素晴らしい記事だった。感動して涙が流れた(57歳ともなると、涙腺が緩んでしまって……)。
 筆者のドナ・セント・ジョージ記者に敬意を表しつつ、記事の中身の概略を紹介したい。

 米軍(メリーランド州兵)の通信部隊の軍曹としてイラクの戦場で任務に就いていた、日系の女性兵士、レアナ・ニシムラさん(29歳)が、米国東部メリーランド州トーソンの基地に、生き残った部隊の仲間ととも帰還したのは、昨年11月初めのことだった。

 ニシムラさんが送り込まれていたのは、バグダッドの北にあるティクリット。スンニ派の武装抵抗勢力が活動する、サダム・フセインの出身地だった。
 ニシムラさんも常にM16自動小銃を携行、通信兵として危険な任務についていた。

 生還したニシムラさんたちのバスが、黄色いリボンの基地に到着すると、1人の兵士が降車するなり地面にキスをした。そこには同僚の家族が待っていて、帰還した夫(父)、妻(母)にかけより抱きついた。

 その場に、ニシムラさんを待つ家族の姿はなかった。
 夫とはすでに離婚、7歳の長男、T・Jを頭とする3人の子は、ハワイの祖母(シンシア・ニシムラさん)の元に預けていたからだ。

 帰還の日はもちろん、わかっていたが、戦地から仕送りを続けていた彼女に、3人の子をハワイから呼び寄せるだけの余裕はなかった。 
 
 ニシムラさんはイラクに派兵されるまで、学校の教師としており、チアリーダーのコーチでもあった。州兵に登録していたのは、3人の子を抱えたシングルマザーとして、少しでも収入を増やすためでもあった。

 イラク戦争は、そんな彼女を戦地に駆り出した。
 イラク、アフガニスタンに送り出された米軍女性兵士は、ドナ・ジョージ記者によると、実に15万5000人に上る。そして、そのうちの1万6000人が、ニシムラさんのようなシングルマザーだ。
 
 ティクリットに送り込まれた2年前、ニシムラさんは、枕に3人に子どもたち(T・J=当時7歳、2男・ディラン=6歳、長女・シャイアン=3歳)の「顔」を縫い付けてて、一緒に眠るようになった。基地を離れるときはダッフルバッグに入れ、持ち歩いた。

 帰還した彼女に、教職への復帰の道は閉ざされていたが、州兵組織にフルタイムの仕事を得て、なんとか暮らしを立てれるようになった。

 新しい勤務先は、トーソンから90マイル離れたアーブル・ド・グラースの州兵基地。
 借家を借りて、電話を引くのが精一杯だった。離婚に至る経過のなかで経済状態が悪化し、クレジット・カードも持てないでいた彼女に、もう余裕はなかった。

 そんな彼女をみかねて、手を差し伸べてくれる人が現れた。向かいの教会の牧師と信者が食料品を差し入れてくれた。職場の上司が子ども用のベッドを届けてくれた。近くに住むクロフォード夫妻が食品や衣類を持って来てくれた。

 ハワイの子どもたち、新しい家から電話をした。
 1日に早い再会を願って、「オペレーション・ヒーロー・マイル」というプログラムを利用し、航空チケットをゲットしようとした。申し込んだら、戦傷者とその家族向けの援助プログラムだった。
 彼女に寄贈を申し出る人もいたが、有資格者ではないと使えないとわかった。

 クリスマスが近づいていた。それまでに、なんとしても子どもたちに会いたい、再会し、一緒に暮らしはじめたい、と彼女は願った。

 上司のひとり、ティモシー・ムレン少佐が動いた。復員兵の団体や教会に手紙を書いて、義捐金を募ったのだ。
 3人の子どもたちと祖母のシンシアさんの4人をハワイから呼び寄せる格安クリママス航空チケット代(1500ドルを切る額)が集まったのは、クリスマスの12日前のことだった。

 子どもたちとシンシアおばあちゃんがハワイから着いたのは、昨年12月26日の朝。クリスマスの1日後だった。安いチケットは、そうでもしないと手にできなかった。
 1日遅れのクリスマスの再会だった。

 人びと善意に支えられ、一家4人の生活が始まった。彼女と子どもたちに幸せが戻って来た。
 もう安心していいはずなのに、そんなニシムラさんを悪夢が襲うようになった。夜、眠られなくなったっり、突然、涙を流すようになった。
 
 こんな夢を見た。爆弾が炸裂する中、2番目の子どもを背負って匍匐前進する夢を。
 子どもたちを、探しても、探しても見つけることができない夢を見た。

 カウンセラーに相談すると、PTSD(後心的外傷ストレス障害)だと言われた。

 家族再会から8ヵ月経ったことし夏のことだった。勤務先の州兵基地で、彼女のイラクからの帰還を祝う式典があった。
 制服を着た彼女を見て、長男のT・Jが泣き叫び、膝に抱きついて離そうとしなかった。
 式典は彼女なしに行われた。

 最近、ニシムラさんは配置転換で、従軍牧師のアシスタントに就いた。

 ついこの間、11月半ば、長男のT・Jが参加する「ボーイ・スカウト」の集まりで、イラクの話をした。
 イラクの戦場にいる兵士に、クリスマスの贈り物を送る集まりだった。

 そこで彼女は、スカウトの子どもたちに、「どこに行くにもM16(自動小銃)を抱えていたわ」と言った。
 初めての打ち明け話。
 T・Jが目を大きく見開いて聞いていた。

 ニシムラさんがスカウトの子どもたちに「(わたしの子どもたちのように)1年間も、パパやママに会えなかったら、どんな気がする?」と聞いた。
 一人が答えた。「さびしい」
 もう一人が「クレージーになっちゃう」と言った。
 T・Jが立ち上がって言った。
 「ぼくはいっぱい泣いちゃった」

 T・Jは、ほかの男の子と一緒に、イラクへ送るクリスマス・カードにメッセージを書き込んだ。母親に書いた手紙と同じメッセージだった。

 Come back safely!   そう書かれていた。

 ――以上が、ドナ・ジョージ記者の長文記事の要約である。
 ことしはニシムラさん一家にとって家族が再会し、初めて迎える「1日遅れ」ではない、本当の「クリスマス」だ。T・Jたちにもきっと、サンタがプレゼントをするだろう。
 ニシムラさん一家の幸せを、わたしたちも祈ることにしよう。
 一足早い、「メリー・クリスマス!」をレアナ・ニシムラさんとその家族へ! お幸せに!!
 

 
    

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/11/23/AR2006112301236.html

Posted by 大沼安史 at 12:54 午後 1.いんさいど世界 | | トラックバック (0)